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ギルド・リバーフロント支店



鉄の匂いが、街に染みついている。


朝だろうが昼だろうが関係ない。

この街は、ずっと働いている。


炉の熱気。

煤けた煙。

どこかで鳴り続ける金属音。


――カン、カン、カン……


「……今日も煙てえし相変わらずだな」


ライゾーがぼそりと呟く。


その横で、ヒエンが肩をすくめた。


「それがこの街でしょ。“リバーフロント”は」


川沿いに広がる労働者の街。

鉄と火で成り立つ、眠らない場所。


その中心にある建物。


――ギルド、リバーフロント支店。


分厚い扉の前で、ライゾーは一瞬だけ立ち止まる。


「……あー、だりい」


「言うなって。どうせ怒られるんだからさ」


「……わかってるっつーの」


ガチャ、と扉を開ける。


その瞬間――


「遅い!!!!」


怒号が飛んだ。


「っ!?」


ヒエンがびくっと肩を跳ねさせる。


ライゾーは顔をしかめたまま、頭をぼりぼりと掻いた。


「……朝から元気だな」


「元気で済ませていい話じゃないからね、これ」


視線の先。


カウンターの奥。


腕を組んで仁王立ちしている女。


整った顔立ち。

長い髪を後ろでまとめ、きっちりとした服装。


その目だけが、やたらと鋭い。


エリナだ。


この支店の受付嬢であり――


ライゾーたちにとっては、面倒くさい“お姉ちゃん”みたいな存在。


「今月のノルマ、終わったのかしら……?」


声が低い。


笑っていない。


完全に怒っている。


「……いや、それは――」


ヒエンが口を開きかける。


「終わってないわよね?」


即座に被せられる。


逃げ道はない。


「地回りなんてアウトローの真似っこしてないで仕事しなさい!!」


カウンターを、バン、と叩く。


周囲のハンターたちが、ちらりとこちらを見る。


「いや、これもオレたちの食い扶持の一つだから……」


ヒエンが苦笑しながら言う。


「言い訳しない!!」


即座に一蹴。


ヒエンが「はいはい」と両手を上げる。


その横で。


「あーうっせぇうっせぇ」


ライゾーは聞き流した。


頭をぼりぼりと掻きながら、そのままカウンターを素通りする。


「ちょ、ちょっとライゾー!?あんた聞いてんの!?」


「聞いてる聞いてる」


全く聞いていない声で返す。


そのまま歩いていく。


ギルドの奥。


壁一面に貼り出された依頼板の前で、足を止めた。



依頼書が、ぎっしりと並んでいる。


討伐。護衛。運搬。


その中で。


ひときわ地味な紙。


誰にも触られていないそれに、目が止まる。



・上薬草の採取 ×10 未達成



「……」


無言で見つめる。


眉間にしわが寄る。


口元が、あからさまに歪む。


「……うわ、顔」


後ろからヒエンが覗き込んでくる。


「そんな嫌そうな顔する?そこまで?」


「……採取とか、だりいだろ」


「人気ないのはわかるけどさ、それやんないと上がれないんだから仕方ないじゃん」


「上がる気ねぇし」


「はいはい、出ました」


ヒエンがため息をつく。


「だからいつまで経ってもアイアン止まりなんだよ、オレたちは」


「別に困ってねぇだろ」


「今はね……でもそのうち詰むって」


「詰んだらその時考える」


「考えないだろオマエは……」


「……」


無言。


図星だ。


「ほら、だから――」


ヒエンが何か言いかけた、その時。



ぬっ、と。


後ろから、大きな影が差した。



「……」


空気が、少しだけ変わる。


ヒエンの言葉が止まる。


ライゾーは、振り返らない。


ただ、わずかに肩が動いた。


次の瞬間――


ゴンッ


鈍い音が響いた。


「いっっってぇな……!!」


ライゾーが頭を押さえて振り返る。


そこに立っていたのは。


でかい男。


無精髭。

太い腕。

鋭い目。


――ザンガ。


ギルドマスターだ。


「……クソガキども。ノルマはどうした」


低く、短く言う。


それだけ。


それだけなのに。


逃げ場がない。


「……うっせぇな」


ライゾーが舌打ちする。


「やるっつってんだろ」


「いつだ」


「……」


一瞬だけ詰まる。


ヒエンが横から割って入る。


「今から行きます。ね?」


笑顔。


でも目は笑ってない。


ザンガは、じっと二人を見る。


少しの間。


それから。


「……さっさと行け」


短く言って、視線を外した。


それだけ。


それ以上は何も言わない。



「……あー、だりい」


ライゾーが頭を掻く。


さっきより少しだけ、強く。


「ほらね。言ったでしょ」


ヒエンが肩をすくめる。


「ザンガ出てきたらもう終わりだって」


「……めんどくせぇ」


依頼板から、紙を一枚引き剥がす。


上薬草採取。


やりたくもない仕事。


でも。


やらなきゃ、先はない。


「行くぞ」


ぼそりと呟く。


ヒエンが頷く。


その後ろで。


カウンターの奥から。


エリナが、腕を組んだままこちらを見ていた。


「……まったく」


小さく、ため息をつく。


でもその目は――


ほんの少しだけ、安心していた。




街の喧騒が、背中の方で遠ざかっていく。


鉄の匂いも、煤けた煙も、

いつの間にか風に溶けて消えていた。


代わりに。


柔らかな匂いが、鼻をくすぐる。


湿った土。

若い草。

水の気配。


「……あー、やっと抜けた」


ヒエンが大きく息を吐いた。


肩を回しながら、空を見上げる。


「やっぱ外はいいなー。あの街、息詰まるって」


「仕事だからな」


ライゾーはぶっきらぼうに返す。


けれど、足取りは少しだけ軽い。


視界が開ける。


川沿いの草原。


工業用水とは別に流れる、澄んだ水の流れ。


陽の光を受けて、きらきらと反射している。


その周囲には、手つかずの自然が残っていた。


「……ここだな」


ライゾーが立ち止まる。


ヒエンが帳簿を開いて確認する。


「うん、この辺。上薬草の群生地、ってなってる」


「……さーて」


ヒエンがぱちんと算盤を鳴らす。


「ちゃちゃっと終わらせますかー」


「……んな簡単に終わるか」


ライゾーは不機嫌そうに吐き捨てる。


バールを肩から下ろし、地面に突き立てる。


「(ここ、野良の狼とかでけえ毒蛇出るからめんどくせえんだよな)」


小さく舌打ち。


それぞれ、別方向に散る。



探す。


草をかき分ける。


葉の形を見る。


匂いを確かめる。


違う。


また違う。


探す。


探す。


探す――



日が、頭の上に来ていた。


風が少しだけ温かくなる。


「……はぁ」


ヒエンが腰を下ろす。


「とりあえず、こんなもんでいいでしょ」


袋を軽く持ち上げる。


それなりの量は集まっている。


「……昼にするか」


ライゾーもその場に座り込む。


草の上に、どさっと寝転がる。


空が、広い。


街とはまるで違う。


「はいよ」


ヒエンが紙包みを投げる。


「落とすなよ」


ライゾーが片手で受け取る。


中身は、まだほんのり温かい。


「……」


一口かじる。


肉の旨味と、香辛料の香り。


「ん〜〜!今日もジャイロサンドイッチうめえ!あのにいちゃんのとこは最高だよな!ねえちゃんも綺麗だしさっ!」


ヒエンが大げさに声を上げる。


寝転がったまま、足をばたつかせている。


「……そうだな」


ライゾーが、少しだけ間を置いて答える。


「いつも世話になってばっかだな、あの二人には」


「初めて会った時に盗んだらオレたちボコられたもんな、あのおねーさんにさ」


ヒエンが笑う。


でも少しだけ、引きつっている。


「マチェットで腕落とされそうになった時は流石に焦ったよな」


ライゾーも小さく笑う。


「……あのにいちゃんが制してくれなかったらオレたち今頃……」


ヒエンがぶるっと震える。


「……まぁ、死んでたな」


「間違いねー」



風が、吹く。


やわらかい風。


草が、さわさわと揺れる。


水の音が、遠くで静かに流れている。


――その中で。


「……」


ヒエンが、ふと目を細めた。


「……なあ」


「……あ?」


ライゾーも、そちらを見る。


少し離れた場所。


草原の一角。


そこだけ――


空気が違っていた。




蝶が、舞っている。


一匹や二匹じゃない。


無数に。


光を受けて、ひらひらと。


その合間を縫うように、小さな鳥が飛び交う。


地面には、小動物。


耳を立てて、じっとしている。


逃げない。


警戒していない。


まるで――


そこが“安全な場所”だと知っているみたいに。


そして。


その中心。


円を描くように、花が咲いていた。


色とりどりの花。


見たことのない種類も混ざっている。


風に揺れて。


光を受けて。


やわらかく、呼吸しているみたいに。


「……なんだあれ……?」


ヒエンが小さく呟く。


「……」


ライゾーは答えない。


ただ、じっと見る。


風が、そこだけ少し違う。


やわらかい。


温度が、少しだけ高い。


匂いが、優しい。


「……行ってみるか」


ヒエンが立ち上がる。


ライゾーも、ゆっくりと身体を起こす。


草を踏みしめて、近づいていく。


一歩。


また一歩。




蝶が、逃げない。


鳥も、小動物も。


ただ、そこにいる。


まるで。


そこにいることが、当たり前みたいに。




花の円の中。


その中心に。


ひとりの少女が、いた。




風に揺れる髪。


光を受けて、柔らかく輝く。


目を閉じている。


両手を、そっと胸の前で重ねて。


周囲の花と、呼吸を合わせるみたいに。


静かに、そこに座っていた。



「……」


ヒエンが、言葉を失う。


ライゾーも、動かない。


ただ、見ていた。




世界の音が、少しだけ遠くなる。


風の音。


水の音。


羽ばたき。


全部が、やわらかく混ざり合う。



その中心で。


少女が、ゆっくりと目を開けた。




視線が、合う。



「……あ」



朝、見た顔だった。


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