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鬼の子と呼ばれる少年


カラカラカラ……


鉄の擦れる音が、湿った路地に響く。


夜明け前のスラムは、いつもより静かだった。

雨が、全部を洗い流したみたいに。


……いや。


洗い流されたのは表面だけだ。


壁の染みも、腐った臭いも、

人間の澱みも、何一つ変わってない。


「……ひっ」


路地の端にいた男が、小さく息を呑んだ。


濡れた麻布を肩に掛けたまま、

固まったみたいに動かない。


「お、おい……帰ってきたぞ……」


「今日は……誰やったんだ……」


「……鬼の子め」


別の奴が、小声で囁く。


声を潜めてるつもりなんだろうが、

全部聞こえてる。


――どうでもいい。


ライゾーは視線だけ向ける。


それだけで、連中は一斉に目を逸らした。


目が合うのが怖いのか、

それとも――やられた事を思い出すのが嫌なのか。


どっちでもいい。


カラカラカラ……


手に持った鉄の棒が、地面を引きずる。


雨水を含んだ石畳に、鈍い音が広がる。


血はほとんど流れていた。


けど、完全には消えない。


鉄の先端に、黒ずんだ跡が残っている。


「……ちっ」


腕が痛む。


じん、と遅れてくる痛み。


見下ろす。


浅く、切れている。


刃物か何かでかすった程度だが、

水に濡れて余計にひりつく。


「……いつやられた?」


思い出せない。


まぁいい。


その程度の傷でいちいち覚えてられるほど、

丁寧な生き方してねぇ。


近くの壁に肩を預ける。


湿った石が、背中に冷たい。


布を引きちぎる。


ぐるぐると巻きつける。


強く、きつく。


血が滲む。


止まるかどうかなんて、どうでもいい。


死ぬほどじゃないなら、それでいい。


――それでいいんだ。


「……」


顔を上げる。


建物と建物の隙間。


細く切り取られた空が、白み始めている。


濁った色。


どこまでも汚いくせに、

妙に落ち着く色。


「はー……」


静かだ。


けど。


静かすぎて――


頭の奥が、うるさい。


――焦げた匂い。


――焼ける音。


――誰かの、叫び。


「……」


世界が一瞬だけ揺れる。


夜の森、燃え盛る炎。


黒い煙。


崩れた機体。


折れた柱。


転がる身体。


誰も、動かない。


何も、動かない。


動かない。


――その中で。


白い手が、差し出される。


汚れていない。


この場所に似つかわしくない、

やけに綺麗な手。


『……大丈夫……?』


鈴みたいな心地いい声。


丸くて、やわらかい声。


「……」


ゆっくりと、瞬きをする。


消えない。


――残る。


そういえば、さっきの女。


雨の中で、震えてたあいつ。


あの声に似ていた。


「……」


舌の奥が、ざらつく。


考えるな。


思い出すな。


「……あー、うっぜぇ」


吐き捨てる。


頭を振る。


記憶ごと、振り落とすみたいに。


――関係ねぇ。


全部。


どうでもいい。


「……ちっ」


身体を起こす。


足を踏み出す。


水が跳ねる。


通りの奥、一人、壁にもたれてる男がいた。


目が合う。


ぴく、と肩が揺れる。


「……あ、いや、その……」


何か言おうとしてる。


言い訳か。


謝罪か。


媚びか。


――どれでもいい。


すれ違いざま。


ベシッ


鈍い音。


乾いた衝撃。


「おわっ、!?」


男の頭が横に弾かれる。


よろけるが、倒れるほどはやらない。


ライゾーは振り返らない。


「……あんま調子乗んなよ」


低く吐き捨てる。


それだけ。


それ以上はやらない。


やる必要がない。


後ろで、男が頭を押さえてる気配。


周りの連中は、見て見ぬふり。


誰も近づかない。


誰も何も言わない。


これが、この場所の距離だ。


カラカラカラ……


また、鉄の音が鳴る。


路地の奥へ、ゆっくりと消えていく。


朝の光が、少しずつ広がる。


それでも、この場所は変わらない。


腐ったまま。


濁ったまま。


「……」


ライゾーは歩く。


どこへ行くでもなく。


ただ、生きてるから歩いてるだけだ。


それだけなのに。


頭の奥に、残る。


あの声が。


「……」


――似てる。


「……だからなんだよ」


小さく呟く。


答えは出ない。


カラカラカラ……


鉄の音だけが、やけに大きく響いていた。


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