69話 ミケーネ商会 不安と信用
リンの転移魔法で宿の部屋に戻ると皆はリビングでくつろいでいた。
「リン。ありがとね。助かるよ」
「いいえ。礼には及びません」
ハルトは部屋に着くなり、何故か気になったルナの姿を探してみるが、部屋の中にルナの姿はなかった。
「あれ?ルナは?仮眠でもしてるのか?」
「ルナ様でしたら先ほど従業員に用があるといって部屋を出られましたよ」
ユキのその言葉を聞いて再びミケーロの姿が頭をよぎり
胸がチクリと痛む気がした。
そしてハルトは気が付くと部屋を出てルナの姿を探していた。
すると、廊下の先でミケーロと笑顔で談笑しているルナの姿を見つけてしまった。
同じキャトラン同士で美男美女。
はたから見るととてもお似合いのカップルに見えてしまう。
そこでナターシャの言葉が頭をよぎった。
『ルナちゃんは美人だしとってもいい子だから、あんまり待たせると他の男に取られちゃうかも知れないわよ?それでもいいの?』
その瞬間とても胸が苦しくなるのを感じたハルトは、楽しそうに談笑する二人をこれ以上見ていたくないと思い、気が付けば無意識に踵を返し部屋に戻ろうとしていた。
そんなとき、ハルトの姿を見つけたルナが声を掛けてきた。
「あっ!ご主人様っ!ミケーロさんありがとうございました♪それでは失礼します」
「いえいえ。私でよければ何時でもお声かけください」
ハルトは振り返ることなく速足で部屋へ向かっていた。
そんないつもと違う雰囲気のハルトを見て横に追いついたルナは、少し困った表情をしながらハルトの顔を覗き込んで声を掛けてきた。
「ご主人様……?何かあったのですか?」
「いや……。何でもないよ。もうすぐ時間だし部屋に戻ろうか?」
「……はい」
どこかよそよそしい雰囲気のハルトの様子を見て、ルナはそれ以上話しかけることもなく、悲しげな表情を浮かべながらハルトの後ろをついていき部屋まで戻った。
部屋に戻ったあとハルトは少し疲れたから時間まで仮眠するねといい一人寝室へ向かい。
いつもならハルトが寝るときは一緒について行きたがるはずのルナが寂しそうな顔をしてその場に残っていることに違和感を感じたリンがそれとなくルナに話しかけていた。
そして同じく違和感を覚えたユキが寝室のベッドに寝ころぶハルトの元へやってきた。
「ハルト様。少しよろしいでしょうか?」
「ユキか?どうした?」
「ルナ様のことについてです」
「…………」
「ルナ様が口をつぐんでいるのに私がこんなことを言うのは本当はいけないことだと思ったのですが……。ハルト様には知っていて欲しいのでお話します。私たちが攫われて囚われていた時、ルナ様は何もされていないから大丈夫だとハルト様におっしゃいましたが。あれはハルト様をあの場でこれ以上心配させないように言った言葉です」
「……!!」
その言葉を聞いてハルトはベッドから上体を起こした。
「ほんとはルナ様はボーゼスという商人に無理やり胸を触られ、下腹部もまさぐられそうになり、とても辛い思いをされております。ですがハルト様を心配させまいとして、あの場では気丈に振舞っていたことをどうかご理解ください。…………ルナ様を癒してあげられるのはハルト様だけです。どうかルナ様のことをよろしくおねがいします」
それだけ言い残すとユキは部屋を出て行った。
ルナの気持ちを想うハルトの目からは気が付くと涙が流れていた。
※ ※ ※
数十分後―――
ミケーロが部屋へ迎えにやってきたので一行は宴会用の会食場へ向かった。
「どうぞこちらへ。中で父とブランド様がお待ちしております。それではごゆっくりどうぞ」
ミケーロは案内を済ませると部屋を出て行った。
ブランドさんももう来てたのか。
「お待ちしておりました。ささ、どうぞ皆様おかけください」
中に入るとそこからは息子に代わりミケーネが応対を進めた。
ブランドはハルトの顔を見ると軽く会釈をした。
皆が席に着いたのを確認するとミケーネは奥に待機していたティガーのウェイトレスに目で合図を送る。
そして料理と飲み物が運ばれてきた。
「まずは食事をどうぞ。マナーなど気にせず存分にお楽しみくださいませ」
運ばれてくる料理はどれもが一級品で皆、初めて食べる高級料理に舌鼓を打っていた。
そんななか、2人だけどこか浮かない顔のハルトとルナだったが、雰囲気を壊さないように笑顔を取り繕って食事を楽しんでいた。
「さて、食事もお済みのようですし、そろそろ商談と参りましょうか」
「ええ。よろしくおねがいします」
「まずは、何故フォーレンシアへ向かうのかをお聞かせいただけますか?」
きた。
流石に鎖国国家に向かうなんて普通じゃない。
ミケーネがそこを気にするのは当然だろう。
「マナリスに対抗するためです」
「なるほど?興味深いお話ですね。しかしフォーレンシアは鎖国国家。何故かの国に向かうことでマナリスに対抗できるのか理由をお聞かせいただけますか?もちろん無理にとは言いませんので、言える範囲で結構です」
ハルトはプルフラを顔を見合わせた。
そしてプルフラは頷きで答えた。
「実は魔族領の魔王たちの中にマナリスに対抗するために動いている勢力があります」
「ほう。まさかとは思っておりましたが、ハルト殿は魔王様にもお知り合いがおられたとは驚きです。それでその魔王様というのは?」
「サタナキア様です。そして私の正面に座る彼女。プルフラはサタナキア様の部下の魔族の方になります」
「……!?ハルト殿のお仲間の方ですので普通の方ではないとは思っておりましたが、流石にそこまでは予想しておりませんでした」
「マナリスを止めるのは魔王が連携しなければ難しいとのことで、サタナキア様は魔王同士で連携を取りたいとお考えです。まずはサタナキア様と同じく人族との協力を望むアザゼルとイブリースに協力を求めたいと考えており、そのうちの片方、魔王イブリースが治めるホルストラインはフォーレンシアと密かに国交を結んでいるとの情報を得ております」
「……なるほど。それでホルストラインへ向かうためにフォーレンシアへ行きたいと」
「はい」
「ですが疑問が残ります。魔王の協力を得ているのなら何故魔族領を経由してホルストラインへ向かわず、フォーレンシアを経由しようと思うのですか?確かに魔族領を人族が行き来するのは危険かもしれませんが、魔王の協力があればそれほど難しい話でもないように思えるのですが?」
「それは……」
流石にアスタロトと魔眼の話をしていいものかと言いよどむハルトを見て、プルフラが口を開いた。
「それについては私から説明いたします」
「いいのか!?」
「こちらからハルト様に協力を仰いでおいて情報の出し渋りでもたついてしまっていては、マナリスの後手に回ってしまう可能性があります。でしたらこの場で全てを伝え、ミケーネ様の信頼を得て話を進める方が得策かと思いますので」
「わかった。プルフラがいいというなら俺には止める権利はないよ」
「では。まずはマナリスの首魁についてです。人族の領で暮らす者でも名前くらいは聞いたことがあるかと思います。首魁の名はアスタロト。前魔王にして魔眼の持ち主です」
「なんと……。とんでもない大物の名前が飛び出しましたね。それに魔眼ですか……。噂には聞き及んでおります。魔を魅了する眼。その目の力に囚われた者は術者の意のままに操られてしまうと……」
「ええ。ですのでどこにアスタロトが潜んでいるか分からない以上、魔族領内を進むのは大変危険が伴います。そこでイブリース様に協力を仰ぐためにもフォーレンシアへ向かいたいのです。どうかお力をお貸しいただけますか?」
「……正直、マナリスと敵対してでもあなた方に協力した方が益があると思っておりましたのでブランドさんの話に乗りましたが、そこまで大物の名前を聞くと利よりもリスクのほうが遥かに高いですね」
「…………」
やはりだめだったか……。
「ですが。あなた方には恩もあります。借りたものは倍で返すのが商人としての矜持です。フォーレンシアへあなた方を送るということはマナリスに目を付けられるということ。確かにリスクは高いですが、あなた方へ恩を返し、更に魔族領の魔王様との伝手も得られるともなれば、リターンも期待できるというものです。いいでしょう。我がミケーネ商会はあなた方へ協力することを約束いたします」
「ありがとうございます!!」
「それで日程の方なのですが、ちょうど10日後。フォーレンシアへ我が商会からある商品を輸送する仕事がございます。その護衛としてあなた方を雇うということでいかがでしょうか?」
「それは願ってもない話なのですが、商会外部の者を護衛として雇い入れて入国許可は下りるのですか?」
「そこは問題ありません。こちらをどうぞ」
ミケーネはテーブルの上に10枚のカードを差し出した。
ハルトはどこかでそのカードに見覚えがあった。
「こちらは我が商会で発行している従業員専用の通行証です。我が商会はこれでも顔が広いので、人族領内であれば大抵の場所はこの通行証を使って行き来が可能となります。もちろんフォーレンシアへもね」
「ミケーネ商会ってすごいんですね……」
「はは。これでも商人としては誰にも負けないと自負しておりますゆえ」
「では10日後に出発ということでよろしくお願いします」
「かしこまりました。滞りなく手配しておきます。出発までに何処かへ行かれる予定はございますか?」
「いえ、特に予定はありませんが、リーザスに店があるのでそちらに数度顔を出すくらいですね」
「なるほど。幻想郷アルレンセスは大繁盛らしいですから羨ましい限りです」
「!?」
「ふふっ。私は商人ですよ。珍しい品物を扱っている商店の確認は怠りませんので。今回の件がうまくいった暁には是非我が商会にも幻想郷アルレンセスで取り扱っている品物を下ろしていただけると助かります」
「ははは。ミケーネさんにはかないませんね。わかりました。善処します。ただ、その時にまたお話しますが、品物の生産に関しては人手不足で幻想郷アルレンセスで扱う程度の物量しか今のところ用意できない状況でして、ミケーネ商会にも卸すとなれば、口が堅くて優秀な人材をある程度紹介していただければ助かります」
「かしこまりました。それでは交渉成立ということで。今後ともミケーネ商会をよろしくおねがいします」
「こちらこそ。よろしくおねがいします」
二人は握手を交わし交渉は無事終了した。
人材の確保についてもミケーネさんに丸投げできたのでハルトの方が得をしたといってもいいだろう。
「部屋の方は出立までそのままにしておきますので自由にお使いください。私は忙し意味なのでこれにて失礼させていただきますので、何かあった場合は息子のミケーロになんなりと申し付けくださいませ」
「ええ。ありがたく使わせていただきます」
「それではお先に失礼します」
ミケーネは足早に会食場を出て行った。
すると入れ替わりでミケーロが迎えに来た。
「皆さん部屋にお戻りになられますか?」
「ええ」
「かしこまりました。では後ほど部屋まで軽食と飲み物をお持ちいたします」
「何から何まですみません」
「いえいえ。皆様方はお客様でもあり、我が商会の大切な取引相手でもございますので、宿泊されている期間は心行くまで満足していただきたいと思っております」
親子ともども商魂たくましいな。
俺のことを取引相手って呼ぶってことは、ミケーロさんも幻想郷アルレンセスのことを知っていて、ミケーネさんが俺との商談を今日取り付けると確信していたということか。
商人はやっぱ恐ろしいな。
「ハルト殿。少しよろしいでしょうか」
部屋を出ようとするとブランドがハルトを呼び止めた。
「ええ」
「フォーレンシアへ向かう度に私も同行してもよろしいでしょうか?」
「えっ!?ブランドさん程の実力者に同行してもらえるならこちらとしては願ってもない話ですけど、まだ国が慌ただしい中で大丈夫なんですか?」
「確かにこの国に残れば出来ることは沢山あるでしょう。ですが現騎士団長はウィリアムです。私はもう引退した身、私がいつまでも出しゃばっていては彼らの成長の妨げにもなりえますので」
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。それでは10日後にまた。それまでは騎士団員として国の立て直しに尽力してまいります」




