26話 ナターシャ
戦闘が収束し、まだ息があるナターシャにハルトは話しかけた。
「お前らの目的はなんだ?すべてを話すなら助けてやってもいいぞ」
「助けなんて……。いらないわ。でも、そうね……。話してあげても……いいわよ。マナリスは元々大嫌いだから……」
「大嫌い?まぁいい。ケビンさんとルッツがポーションを預かってましたよね?ナターシャの応急処置を頼めますか?」
「……ああ」
ケビンは裏切りに合った直後ということもあり、情報を得るためとはいえナターシャを治療することに抵抗がある様子だった。
ルッツは特に何も言わず、無言でナターシャの体を起こし、ナターシャを壁際に座らた。
そしてケビンとルッツが軽く応急処置を施した。
ポーションで傷口を塞ぎ流血は止まったようだが、流れた血液までが戻るわけではない。
未だに顔色の悪いナターシャだが、一命はとりとめたのを確認してハルトは話を聞くことにした。
「さて、君が知ってることを話してくれるか?」
「……私とアガレスはマナリスの幹部アスタロトの部下よ。マナリスは全部で6人の幹部と一人のトップで構成されているわ。トップは幹部にしか素性を見せないみたいで顔も名前も知らないわ」
「陽動のためにわざわざ街を襲撃してまでこのダンジョンから目をそらさせて攻略しようとしていたな?目的はなんだ?」
「ダンジョンの最奥には魔力制御コアがあるからって聞いているわ」
「魔力制御コア?」
ハルトは聞きなれない単語だったので皆の顔を見て確認してみたが、皆知らないといった様子で首を横に振った。
「そのコアがあれば強力な魔導兵器を造れるって噂よ。それを造るためにマナリスは各地のダンジョンを探して攻略すべく動いているの。魔王領でもダンジョンの監視は厳しく、私が潜伏しているこの街が一番都合がよかったのよ……。魔王サタナキアが攻めた風に見せれば、人の国がサタナキアを潰してくれる可能性もあったしね……。まさかキールやアガレスを倒せる者が、この町に居たのは流石にマナリスも予想外だったと思うわ……」
「マナリスの次の目的はなんだ?」
「そんなの知らないわよ。私はこの街に5年近くいたんだから……。でもここで失敗したからには他のダンジョンを狙うでしょうね。アガレスが死んだことはすぐに組織に知られると思うから。これで私が知っている組織の情報は全部よ。さぁ。もう殺しなさい」
「最後に一つだけ質問する」
「何故お前は組織に加担していたんだ?」
「……それを聞いてどうするの?」
「ナターシャは今まで人を殺したことがないだろう?人を手にかけるのにも抵抗があるんじゃないか?他のマナリスの奴らとはどこか違うように思えるんだ」
「!?……どうしてそう思うのよ?」
「俺が生きてるのがその証拠さ。背後から無防備な俺を攻撃したのにあえて急所を少しそらして刺しただろう?殺すのではなく動けなくなるように肺を狙ったな。だから俺は自分の能力を使ってすぐに回復することが出来た。ナターシャが人の命を奪うことになんの抵抗も感じない冷酷な魔族だったら確実に殺されていたはずだ」
「ふふ、ははは……。……ええそうよ。私は人を殺したことが無いし無暗に殺したくもない。あなたの言う通り躊躇したのよ。もし私が躊躇しなければアガレスたちが勝っていたかもしれないわね。私はマナリスの糞野郎たちと同じになりたくなかったから……」
「それはどういう……。ではなぜナターシャはそうまで嫌うマナリスに協力してたんだ」
「……私が組織に加担していた理由はね。妹の仇を探し出して殺すためよ」
「妹の仇?」
「ええ、私の妹はとある魔王領にある色町で務めていたの。サキュバスには本職だからね。そんな妹から連絡があって、いい人が出来たからその男と暮らすために色街を卒業して普通の仕事を探すと聞いたの。私達サキュバスは性に対して淫らな印象があるかもしれないけど、最愛の伴侶を見つけると一生その人しか受け入れられない体になる特性があってね。そうしてようやく子供を授かれる体になるのだけど。その連絡を境に急に妹と一切の連絡が取れなくなったのよ。最初は最愛の人と結ばれてうまくやってるんだろうと思っていたわ。でもそれから半年後、お腹に子供を宿した妹が冷たくなった姿で闇市のある路地で発見されたの」
「……」
「私は最初は妹の旦那を疑ったわ。でも目撃者の話を聞いていくと妹に手をかけたのは、胸に金のウロボロスのマークを入れた女性魔族にやられたってわかったの」
ウロボロスのマーク……。
ウロボロスっていうと輪廻の象徴みたいな自分の尾を喰らう蛇だっけか?
そういえば、マナリスのローブにそんな形の模様があったような。
「それって……」
「ええ、マナリスがシンボルとして使っているもの。だから私は組織に入ってその時の情報を探ったわ。そしてたどり着いた、あの闇市を取り仕切っていたのはマナリスの幹部リリス。リリスは気に入った男がいると必ず自分の者にするそうよ。どんな手を使ってもね……。妹はリリスに最愛の人を奪われた上に殺されたのよ!それを知りどうしてもリリスを許せないと思ったわ!!でも幹部はそう簡単に会えない。しかもリリスは男の部下しか雇わない。だから妹の無念を晴らすには―――リリスに近づくには組織の仕事をこなして幹部になるしかないと思ったの。でも結局このざま。結局何も成せず……バカみたいでしょ……。さぁ、これで話は終わりよ。私を生かす必要もなくなったでしょ、殺しなさい」
ハルトはルナとルシアの顔を見た。
二人ともハルトの考えを理解し無言で頷いた。
そしてハルトはナターシャに手をかざす。
「ケビン、ベンゼルいままで騙しててごめんなさいね。あなた達と居た時間。悪くなかったわ。さよなら」
二人は複雑な感情が絡まりあった表情をして黙り込んでいた。
「…………」
ナターシャが覚悟を決めてハルトを見ると、自身に向けられたハルトの手が淡く発光し始めた。
ナターシャは覚悟を決めて目を閉じてそれを受け入れた。
ごめんね、リーシャ……。
結局私はあなたに何もしてあげられなかったみたい……。
私の無念を晴らしてあげたかったんだけど……。
あたしじゃ力不足だったみたい……。
ナターシャの閉じた瞳から一筋の涙が流れ落ちる。
そして、ハルトがナターシャに向けた手から強い光が発せられる。
ああ、これで最後ね。
もうすぐそっちへ行くからねリーシャ。
……。
…………。
死を覚悟したナターシャだったが、何故か一向に殺される気配がない。
それどころか体の痛みがいつの間にか消えているのに気が付いた。
「えっ?」
ゆっくり目を開けると微笑むハルトの顔が目に入る。
そして自分の体に触れてみると、先ほど受けたはずの致命傷が跡形もなく消え去っていた。
困惑しているナターシャに対してハルトは声を掛ける。
「傷は全て治癒させてもらった。どこへでもいっていいぞ。だけどマナリスに復讐を考えたとしても一人で無茶をするのはもうやめた方がいいぞ」
「……はぁ!?私が許されて言い訳ないじゃない!!リーザスの街に魔族を引き入れたのよ!?私のせいで一体何人が被害にあったと思ってるのよ!!!それに、さっきは貴方だって殺そうとしたのよ!?」
「でも俺は死んでない。街だってナターシャが居なくたってマナリスはいずれ襲ってきてただろう」
「そんな……。でも、私は、うぅ……」
ナターシャは
マナリスに加担していた自分に対する自責の念。
まだ生きているという安堵感。
罪を償うための死を受け入れたはずが生かされている罪悪感
そしてこんな自分を信じて助けてくれたこの場の皆への感謝の念
様々な感情が溢れ地面に両手をつき涙を流していた。
「色々気にする気持ちは分からんでもないが、実害を受けたハルトがそう言うんだしもう自分を許してもいいんじゃねぇか?」
「ですね。元同僚が死ぬとこなんて俺も見たくないですしね」
「ベンゼル……。ケビン……」
二人の優しさを感じ、ナターシャの目から再び大粒の涙があふれた。
「でも……。あたしの魔力は組織に知られているからもうこの街に―――いえ、貴方たちの近くにはいられないわ……。どこか遠くに身を潜めて―――」
「それならハルト様の街にくるといいんじゃないですか?」
ルシアが唐突にナターシャの勧誘を始めた。
「わ、私はこんな、ご主人様に色目を使うような女の人が来るのは反対です!!……まぁ確かに可哀そうだとは思いますけど……」
アルレンセスの話はこの場の誰も知らないことだ。
能力もたった今、ナターシャを治癒するために使ったばかりで言い訳を考えようと思っていたところでアルレンセスの話をするのは非常にまずい!
そう思い、ハルトは慌てて二人の口に手をあてて話を遮ろうとしたが、全員の視線はハルトに集まっていた。
「こ、こら二人ともその話は――」
「なぁ、ハルトって田舎から出てきたって言ってたよな?自分の街があるってどういうことだ?」
ルッツが当然の質問を投げかけてきた。
こうなってはもう言い逃れのしようもできない。
ほら、こうなっちゃうじゃん!!
はぁ、もうごまかせないか。
まぁここに居る人達は信用できると思うし、知ったことで俺やルナたちに危害を加えたりもしないか……。
ハルトは腹をくくって、街のこと、異世界のことそしてルナとルシナのことを皆に話した。
ハルトにアルレンセスや創造神の加護の話を聞いて全員完全に固まってしまった。
一番驚いていたのは普段冷静で表情が崩れるところが想像できないエラルドだった。
常に仏頂面でクールなエラルドまでもが、開いた口が塞がらないほどの驚きを見せていた。
皆がハルトの現実離れした話を受け止めきれず、その場は暫く沈黙に包まれていた。
そんななかで最初に我に返ったルッツが沈黙に耐えかねて口を開いた。
「信じられない……。そんな世界があるなんて……」
「まぁ普通は信じられないと思う。俺も逆の立場なら信じろって言われても無理だと思う。でもあの世界ならナターシャが隠れ住むことも可能だと思うぞ。ただし俺の街に住むなら色々と条件は出させてもらう。それにきっちり仕事もしてもらう。それでもいいなら歓迎する」
「確かに魔法も無効化されるこのダンジョンで致命傷を完全に治癒する力なんて現実離れしているとは思ったけれど……。説明を受けてもいまだに信じられないわ……。でももし。本当にそんな世界があるというならお願いしようかしら。あなたが出す条件ならどんな条件でも私は構わないわ。奴隷としてでも……」
「いや奴隷は流石にちょっと……」
「あらそう?じゃあ愛人なんてどうかしら?」
「あ、愛人!?」
「あなたならいつでも私の体を好きにしていいわよ♪」
ナターシャはいつもの調子を取り戻したようで、必要になまめかしい肢体をアピールしながらハルトの首に両手を回した。
「ちょ!?流石に困―――」
「ダメぇぇぇぇ!」
ルナがハルトに引っ付き誘惑するナターシャを見て尻尾をピンと立てながら真っ赤な顔で叫び、ナターシャをハルトから引きはがした。
「あら。いいところだったのに」
「やっぱりあなたは私の敵です!!」
「ふぅん♪いいわよ?じゃあ……。どっちがハルトの体を満足させられるか今度勝負でもする?」
「望むところです!!」
「お、おい!!ルナ!意味わかって言ってるのか!!!」
二人のやりとりを聞き、流石に恥ずかしさが限界になったハルトは突っ込みを入れた。
「えっ?何かの勝負じゃないんですか?」
ルナが周囲を見渡すと、皆頬を赤らめてルナから目をそらした。
「ふふっ♪私が説明してあげるわね♪」
会話の流れをよく理解していないルナの耳元で、ナターシャが先ほどの流れを説明していく。
ナターシャの耳打ちを聞いて徐々に顔を赤らめるルナ。
最後は沸騰したように真っ赤な顔をして両手で顔を抑えかがみ込んで狼狽していた。
「な、な、な!?ご主人様に私がそんなこと……!?」
「うふふっ♪ルナちゃんったら初心なんだから♪かーわいい♪」
「うぅぅ……!くっ!ご主人様は絶対ナターシャさんにはあげませんからね!」
「ふーん♪まぁ別にいいわよ。今のはちょっとからかっただけよ?私も命の恩人に無理やり迫るつもりはないから安心してちょうだい。でも、そうね♪ ハルトが私を求めてくれるっていうのなら……話は別よ♪」
「ご、ご主人様ぁぁ!!!」
「だ、大丈夫だから!お、俺はそんなことは求めてないから安心しろ!」
「……ったく、見てるこっちが恥ずかしくなる。そういう話はよそでやってくれないか?そろそろ真面目な話をしてもいいか?」
先ほどまでフリーズしていたエラルドだったが、いつもの冷静さを取り戻し脱線した話を戻しにかかった。
「そ、そうだな。とりあえずマナリスとナターシャの件はこれで解決として。最後にダンジョンの最奥へ行って魔族の目的だったものを回収して帰るってことでいいか?」
「ああ、そうだな。ここまで来たんだ。それにこの面子なら例えどんな魔物が出てきても余裕で対応できそうだしな」
「んじゃ先に進むとするか」




