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『異世界で死に戻る。ただし、持ち越せるのは最期の三分だけ』  作者: エクレアだった物


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第八話 消えた悲鳴


 翌朝。


 健は寝不足だった。


「眠そうですね」


「……昨日、変な声聞いたからな」


「声?」


「夜に悲鳴が聞こえた」


「ケン、私は聞いていません」


「そうなのか?」


「はい」


 健は首を傾げた。


 確かに聞いた。


 女のような声だった。


 短い悲鳴。


 そして、突然消えた。


「空耳だったのかな……」


「疲れているのでは?」


「かもしれない」


 そう言って、健は朝食のパンをちぎった。


「みゃ」


 ルゥが足元から見上げている。


「お前は食べられないだろ」


「みゃ」


「……そんな目で見るなよ」


 健は少しだけパンを分けてやった。


 ルゥは嬉しそうに食べ始める。


「甘やかしすぎです」


「だって可愛いし」


「……」


 セレネがルゥを見る。


「確かに可愛いですね」


「認めたな」


「認めました」


「そこは否定しないんだ」


「可愛いものは可愛いので」


 健は少し笑った。


 昨夜の不安が、ほんの少しだけ薄れた。


     ◇


 宿を出る。


 今日は街で旅の準備をする予定だった。


 食料。


 服。


 薬。


 そして、最果ての塔へ向かうための情報。


「まず冒険者組合へ行きましょう」


 セレネが言う。


「冒険者組合なんてあるのか」


「あります」


「本当に異世界だな」


「昨日も言っていました」


「何度でも言いたくなるんだよ」


 二人と一匹は街を歩いた。


 そして。


 昨日の少女と再び出会った。


「……あなた」


 レナ・ヴァルガ。


 彼女は道の端に立っていた。


 昨日と同じ黒髪。


 腰には剣。


 ただし、今日は一人だった。


「昨日の」


 健が声をかける。


「ケン…」


「覚えてたのか」


「名前を聞いたから」


「そうか」


 レナはセレネを見る。


「あなたも一緒だった」


「はい。セレネ・アルシェリアです」


「……アルシェリア?」


 レナの表情がわずかに変わった。


 しかし、すぐに元へ戻る。


「何か?」


「いえ」


 レナは首を横に振った。


「少し珍しい名前だと思っただけ」


 健は二人を交互に見る。


「知り合い?」


「いいえ」


 セレネが答える。


「初対面です」


「そう」


 レナは短く答えた。


 そして。


「昨日の夜、何か聞かなかった?」


「え?」


 健の表情が変わる。


「悲鳴とか」


「……!」


 レナは健を見る。


「聞いたの?」


「ああ」


「どんな声?」


「女の人だったと思う。短い悲鳴だった」


「場所は?」


「分からない。遠かった」


 レナは黙った。


「何かあったのか?」


「……まだ分からない」


「まだ?」


「調べている」


 健は少し考える。


「俺も手伝おうか?」


「駄目」


 即答だった。


「なんで?」


「危険だから」


「でも、何が起きたか分からないんだろ?」


「分からないから危険なの」


「……なるほど」


 正論だった。


 健は少しだけ困った。


 そのとき。


「レナ!」


 遠くから兵士が走ってきた。


「探していたぞ!」


「何かあった?」


「西地区でまた一人、行方不明者が出た」


 レナの表情が変わった。


「……また?」


「ああ」


「人数は?」


「これで三人目だ」


 健は眉をひそめた。


 三人。


 昨日の悲鳴。


 そして行方不明。


「魔物じゃないのか?」


 健が尋ねる。


 兵士がこちらを見る。


「君は?」


「旅人です」


「余計なことに首を突っ込むな」


 兵士はそれだけ言ってレナを見る。


「隊長がお呼びだ」


「分かった」


 レナは歩き出す。


 しかし数歩進んだところで、振り返った。


「ケン」


「ん?」


「昨日の少女を助けたことは忘れない」


「……?」


「だから」


 少しだけ間を置いて。


「この件には関わらないで」


 それだけ言い残し、レナは去っていった。


     ◇


「……どう思います?」


 セレネが言った。


「何が?」


「レナさんです」


「悪い人には見えない」


「私もそう思います」


「でも、何か隠してる」


「はい」


 二人は顔を見合わせる。


「行ってみるか」


「行くのですか?」


「……」


 健は少し迷った。


 昨日までなら。


 きっと首を突っ込んでいただろう。


 だが。


 自分には戦う力がない。


 危険な目に遭う可能性もある。


「健?」


「無茶はできない」


「……」


「だから、できるだけ安全第一で」


 セレネは静かに頷いた。


「その方がいいと思います」


「だろ?」


「はい」


「じゃあ、調べるとしても無理しない方向性で」


「どうやって?」


「……そこを今から考える」


 健は頭を掻いた。


 戦えない。


 魔法も使えない。


 特殊な力の使い方も分からない。


 なら。


 自分にできることを探すしかない。


     ◇


 その夜。


 健は宿へ戻った。


 昼間の件は一旦忘れることにした。


 少なくとも、今日は無事に過ごせた。


 ベッドに横になる。


「……三人、か」


 行方不明者。


 悲鳴。


 レナの妙な態度。


 何かが繋がっている気がする。


 だが、今の健には情報が少なすぎる。


「明日、冒険者組合で聞いてみるか……」


 目を閉じる。


 眠気がやってくる。


 そして。


 ――その夜。


 健は夢を見た。


 暗い路地。


 誰かが走っている。


 黒い影。


 剣。


 そして――。


「逃げて!」


 誰かの声。


 健が振り向く。


 そこにいたのは。


 ◯◯だった。


「どうして……」


 彼女が何かを言う。


 しかし。


 声が聞こえない。


 次の瞬間。


 胸に衝撃が走った。


「――っ!」


 健は飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


 胸を押さえる。


 夢だった。


 ただの夢。


 それなのに。


 なぜか嫌な感覚が残っている。


 窓の外を見る。


 まだ夜。


 街は静かだった。


 そして。


 遠くから。


「――助けて!」


 昨日と同じ悲鳴が聞こえた。


 健の身体が固まる。


「……今度は、聞き間違いじゃない」


 ベッドから立ち上がる。


 扉を見る。


 その向こうにはセレネがいる。


 起こすべきか。


 それとも。


 レナに言われた通り、関わらないべきか。


 健はしばらく動けなかった。


 そして――。


 遠くで。


 何かが倒れる音がした。


 ドン。


 静寂。


 健は拳を握った。


「……くそ」


 結局。


 放っておける性格ではなかった。


 扉へ手を伸ばす。


 その瞬間。


 健はまだ知らない。


 今夜の選択が。


 自分が初めて「誰かを傷つけた人間」と向き合うきっかけになることを。


 そして。


 その人物こそが。


 後に健自身を何度も追い詰めることになる存在だということを.

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