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『異世界で死に戻る。ただし、持ち越せるのは最期の三分だけ』  作者: エクレアだった物


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第五話 死ななければ、救えない


 魔獣を倒したあと。


 健とセレネは、再び森の中を歩いていた。


 先ほどまでの戦闘が嘘だったかのように、森は静かだった。


 ルゥだけが健の足元を歩きながら、


「みゃ」


 と時々鳴いている。


「……なあ、セレネ」


「はい」


「さっきの魔獣って、強かった?」


「普通の魔獣としては、かなり強い方です」


「じゃあ、やっぱり危なかったんじゃ?」


「いえ」


 セレネは即答した。


「私一人なら、そこまで苦戦しません」


「……」


 健は少し気まずくなった。


「前は?」


「前?」


「いや、その……」


 もちろんセレネは前回のことを知らない。


 健だけが知っている。


「俺がいたときは、苦戦してたよな」


「……そうですね」


 セレネは少しだけ考えてから答えた。


「健が前に出てきたので」


「やっぱり?」


「はい」


「ですよね……」


 健は肩を落とした。


「すみません」


「謝る必要はありません」


「いや、あるだろ」


「健は私を助けようとしたのでしょう?」


「まあ……」


「なら、悪いことではありません」


 セレネは前を向いたまま言った。


「ただし」


「ただし?」


「戦闘中に私の前へ出るのはやめてください」


「……はい」


 健は素直に頷いた。


 それくらいは守ろう。


 自分は剣士でも魔法使いでもない。


 セレネほど戦えるわけでもない。


 だったら、できることを考えればいい。


「でもさ」


「はい」


「俺にも何かできることがあると思うんだよ」


「あります」


「あるの?」


「荷物を持つことです」


「……」


 健は無言になった。


「今の俺、異世界で荷物持ち?」


「重要な役目です」


「妙に説得力あるな……」


 セレネが少しだけ笑った。


 その横でルゥが、


「みゃ」


 と鳴く。


「ほら、ルゥも賛成してる」


「たぶん違います」


「即否定された」


 そんな会話をしながら歩いていると。


 木々の隙間から光が差し込んできた。


「……あ」


 健が立ち止まる。


 森の外が見えた。


 視界が一気に開ける。


 遠くに草原。


 さらにその先には、小さな街のようなものが見えた。


「……街?」


「はい」


 セレネも頷く。


「最初の目的地です」


「人がいる?」


「います」


 健は少しだけ緊張した。


 異世界に来てから、まともに話した人間はセレネしかいない。


 自分の常識がどこまで通じるのかも分からない。


「俺、変な格好してない?」


「かなり」


「そこはフォローしてくれよ」


「事実です」


「ですよね」


 健は自分の服を見る。


 現代日本の服。


 この世界では明らかに浮くだろう。


「……大丈夫かな」


「大丈夫です」


「本当に?」


「私がいます」


 セレネは何でもないことのように言った。


 健は少しだけ驚いた。


「……頼りになるな」


「そうですか?」


「うん」


 セレネは首を傾げた。


「普通だと思います」


「その普通ができる人、結構少ないんだよ」


 健は笑った。


     ◇


 森を抜ける。


 風が変わった。


 草の匂い。


 遠くから聞こえる鳥の声。


 そして、人の声。


 健は足を止めた。


「……人だ」


 街道を数人の人間が歩いている。


 荷車を引いている者。


 剣を腰に下げている者。


 大きな荷物を背負った獣人らしき人物もいる。


 まるでゲームの中の光景だった。


 人がいる。


 人間ではない種族がいる。


 つまり。


 自分が本当異世界に、来てしまったのだと痛感した。


 そして。


 自分が死ねば、また戻る。


 その事実が頭をよぎった。


「……」


 健は自分の手を見る。


 死ぬのは怖い。


 さっきだって、死ぬ直前は泣きそうになるほど怖かった。


 なのに。


 戻れると知ってしまったことでどこかに油断が生まれている気がした。そして同時に次死を迎えたら本当に戻れるのか?と不安も感じていた。


「健?」


「……いや」


 健は手を握る。


「なんでもない」


 そのときだった。


「――止まって!」


 街道の先から叫び声が響いた。


 健が顔を上げる。


 荷車の前で、一人の少女が倒れていた。


 その周囲には、数匹の小型魔獣。


「魔獣です!」


 セレネが剣を抜いた。


「待って!」


 健は反射的に叫んだ。


「俺も――」


 言いかけて、止まる。


 出しゃばれば、セレネの動きを邪魔する。


「……俺はここにいる」


「はい」


 セレネが走る。


 速い。


 魔獣の横を抜け、一体を斬る。


 続けて二体目。


 三体目。


 その動きに無駄がない。


 あっという間に魔獣が倒れていく。


「すご……」


 健は思わず呟いた。


 これなら大丈夫だ。


 そう思った。


 ――その瞬間。


「セレネ!」


 街道の脇。


 倒れていた荷車の影から、巨大な魔獣が飛び出した。


「……!」


 セレネが振り向く。


 大型。


 さっきの魔獣とは比べ物にならない。


 セレネが剣を構える。


 魔獣が爪を振り下ろした。


 ガァン!


 セレネが受け止める。


 地面が沈む。


「っ……!」


 初めて。


 セレネの表情が険しくなった。


 健の心臓が跳ねた。


「セレネ……!」


 だがセレネは踏ん張った。


「下がってください!」


 健は言われた通り下がる。


 セレネが反撃する。


 剣が魔獣の肩を裂いた。


 血が飛ぶ。


 魔獣が咆哮する。


 セレネも無傷ではない。


 腕から血が流れている。


「……!」


 健は動きそうになった。


 助けたい。


 だが。


 ここで出れば――。


 また同じことになる。


 セレネは一人で戦っている。


 自分が邪魔をしなければ。


 勝てる。


 そう信じるしかない。


 しかし。


 そのとき。


 倒れていた少女が、小さく動いた。


「……おかあ、さん……」


 健は少女を見る。


 その視線の先。


 荷車の下に、別の女性が挟まっていた。


「……!」


 魔獣。


 セレネ。


 少女。


 母親。


 状況が一気に理解できた。


 セレネが魔獣を抑えている間に、母親を助けなければならない。


 だが健には戦闘能力がない。


「どうする……」


 その瞬間。


 頭の中に、あの感覚が蘇った。


 死ぬ直前。


 世界が止まった感覚。


 そして。


 最期の三分間だけが残ったこと。


 健は思う。


 もし。


 この先、誰かが死んだら。


 自分が死ねば戻れる。


 だったら。


「……やるしかないだろ」


 健は荷車へ走った。


「健!」


 セレネが叫ぶ。


「大丈夫!」


 自分でも何が大丈夫なのか分からない。


 荷車に手を掛ける。


 重い。


 動かない。


「くっ……!」


 力を込める。


 少しだけ浮いた。


 その下から女性の腕が見えた。


「もう少し……!」


 その瞬間。


 背後から咆哮が響いた。


 健が振り返る。


 セレネが魔獣に押されている。


 そして魔獣の視線が――。


 健へ向いた。


「……あ」


 セレネの顔色が変わった。


「健、離れて!」


 魔獣が地面を蹴った。


 健は動けなかった。


 そして。


 その瞬間。


 健は初めて理解する。


 死に戻りは。


 死ぬことで失敗をやり直せる。


 だが。


 死ぬまでの三分間以外の時間に、誰かが死んでしまった場合自分はそれを記憶できない。


 その死を、どうやって覆すのか。


 まだ健には分からなかった。


 魔獣の爪が迫る。


 健は歯を食いしばった。


「……だったら」


 逃げない。


「俺が――」


 その先の言葉を。


 健自身も、まだ知らなかった。

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