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『異世界で死に戻る。ただし、持ち越せるのは最期の三分だけ』  作者: エクレアだった物


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第十二話 追う者、追われる者


「――見つけた」


 路地の奥から響いた声。


 健は反射的にそちらを向いた。


 だが、暗闇の中には誰もいない。


「……誰だ?」


 呟いた直後、金属音が響いた。


 振り返ると、セレネが黒い服の男の短剣を受け止めていた。


「健! 下がっていてください!」


「分かってる!」


 分かっている。


 自分が前に出れば、また誰かの邪魔になる。


 それでも、気になることがあった。


 女性が逃げた瞬間、男は驚かなかった。


 むしろ、彼女が逃げることを予想していたように見えた。


 そして、あの声。


 男の声とは違う。


 ならば、もう一人いる。


「……最悪だな」


 敵が一人だと思っていた場所に、もう一人いるかもしれない。


 しかも、自分には戦う力がない。


 健は壁際を移動し、路地の奥を見渡した。


 逃げ道は二つ。


 来た道と、女性が走っていった先。


 ただし、後者はまだ安全かどうか分からない。


 そして今、セレネは男を引きつけている。


 自分がすべきことは、何だ。


 戦うことではない。


 情報を集めることだ。


「セレネ! 無理に倒さなくていい!」


「……分かっています!」


 返事と同時に、セレネが男の剣を弾いた。


 男は後ろへ跳び、距離を取る。


「妙だな」


 男が健を見た。


 男


 その隙をセレネは見逃さない。


 踏み込んだ剣が、男の外套を深く切り裂いた。


「っ……!」


 男は初めて顔を歪めた。


 しかし、追撃はしない。


 代わりに、路地の奥へ視線を向ける。


「……もう始まったか」


 その呟きを、健は聞き逃さなかった。


「何が始まった?」


「お前には関係ない」


「関係ない人間を殺そうとするのか?」


「……」


 男は答えなかった。


 代わりに短剣を構え直す。


 その瞬間、路地の奥で爆発音が響いた。


 ドンッ!


「きゃあっ!」


 遠くから悲鳴が聞こえる。


 セレネが顔を上げた。


「今のは……!」


 男が笑った。


「遅かったな」


「待て!」


 健が叫ぶ。


 男はセレネの剣をかわし、脇をすり抜けた。


 健の目の前を、黒い外套が横切る。


 身体が硬直した。


 胸を刺された記憶が蘇る。


 息ができない。


 倒れる自分。


 セレネの叫び。


 ――死にたくない。


「健!」


 セレネの声で我に返る。


 男は路地の入口へ走っていた。


 追えば、また殺されるかもしれない。


 だが、追わなければ何も分からない。


 健は歯を食いしばった。


「……追わなくていい!」


 セレネが足を止める。


「ですが!」


「今、追っても逃げられる! それより奥だ!」


 男は一瞬だけ振り返った。


 その目には、驚愕が浮かんでいた。


 そして、暗闇へ消えた。


     ◇


「健、怪我はありませんか?」


 セレネが駆け寄ってくる。


「ああ。セレネは?」


「問題ありません。少し疲れましたが」


 そう言いながら、彼女は剣を納めた。


 健はその顔を見て、胸を撫で下ろした。


 生きている。


 今のところ、誰も死んでいない。


 それだけで、ひどく安心した。


「……さっきの声、聞こえたよな?」


「はい。男性の声だったと思います」


「男が二人いるってことか」


「断定はできません。あの男が何か仕掛けた可能性もあります」


「だよな……」


 健は路地の奥を見た。


 爆発音がした方向。


 女性が逃げていった方向と同じだった。


「行こう」


「危険です」


「分かってる。でも、放っておけない」


 セレネは少しだけ目を細めた。


「……健は、本当にそういうところがありますね」


「どういうところ?」


「怖がっているのに、誰かを見捨てられないところです」


「いや、怖いからこそ、できるだけ安全に済ませたいんだけど」


「その割には、危険な場所へ向かっています」


「……返す言葉もない」


 健は苦笑した。


 二人は慎重に路地を進んだ。


 曲がり角を抜けた先には、小さな広場があった。


 石畳の中央に、割れた木箱が散乱している。


 その向こうに、レナが立っていた。


「レナさん!」


 健が呼ぶ。


 彼女は剣を構えたまま、こちらを振り返った。


「来ないで!」


 鋭い声だった。


 健は反射的に足を止める。


「どうしたんだ?」


「その女から離れて!」


「……女?」


 レナの視線の先。


 広場の隅に、先ほどの女性がいた。


 怪我をしていたはずの腕を押さえながら、何かを握りしめている。


 それは、小さな黒い石だった。


 女性は健たちを見ると、怯えたように後ずさった。


「違う……私は、ただ……」


「嘘をつくな!」


 レナが叫ぶ。


「三人も行方不明になった! 一人は死体で見つかった! その現場に、お前の持ち物と同じ紋章が残っていた!」


「……っ」


 女性の顔が青ざめた。


 健は彼女の手元を見た。


 黒い石の表面に、見覚えのない紋様が刻まれている。


 そして、その中央には小さな穴が開いていた。


 まるで、何かを通すための鍵穴のように。


「待ってくれ」


 健はレナに声をかけた。


「彼女が犯人だと決まったわけじゃないだろ?」


「あなたは何も知らない!」


「そうだよ。だから聞いてるんだ」


「その女は逃げた!」


「逃げたから犯人?」


「……!」


 レナが言葉に詰まる。


 健は女性へ視線を戻した。


「あなたも、説明してくれ。どうして逃げた?」


「……殺されると思ったから」


「誰に?」


 女性は答えなかった。


 その視線が、レナの背後へ向く。


 健もそちらを見た。


 広場の入口。


 誰もいない。


 しかし、石畳の上に黒い粉のようなものが落ちていた。


 風もないのに、それがゆっくりと動く。


「……セレネ」


「はい」


「これ、普通のものじゃないよな?」


 セレネは剣を握り直した。


「ええ。魔力の残滓に似ています。でも、こんな動き方は……」


 黒い粉が集まり始める。


 地面に、細長い影が伸びた。


 女性が悲鳴を上げる。


「来ないで!」


 彼女は黒い石を握りつぶすように力を込めた。


 その瞬間。


 広場の空気が歪んだ。


 健の背筋を、冷たいものが走る。


 あの男が言った言葉。


 ――もう始まったか。


 そして、誰かの声。


 ――見つけた。


 健はようやく理解しかけていた。


 あの男は、女性を殺すためだけに現れたのではない。


 彼女が何かを始めるのを、止めようとしていたのかもしれない。


 だが、それなら。


 なぜ自分たちまで殺そうとした?


「……くそ」


 健は拳を握った。


 分からないことだらけだ。


 自分が死ぬまでの三分間で得た情報は、未来の全てを教えてはくれない。


 それでも。


 今回は、まだ生きている。


 ならば、考える時間がある。


「セレネ、レナさん。いったん全員、距離を取ってくれ」


「健?」


「理由は後で説明する。今は、あの黒いものに近づかないでくれ」


 黒い粉が、ゆっくりと人の形を作り始めた。


 女性が震える声で呟く。


「……どうして、ここまで追ってくるの」


 その声は、誰に向けたものなのか。


 健には、まだ分からなかった。


 ただ一つ。


 今度の敵は、剣を持った男だけではない。


 そう確信した。

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