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『異世界で死に戻る。ただし、持ち越せるのは最期の三分だけ』  作者: エクレアだった物


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第十一話 路地裏の作戦変更


 ――女性の悲鳴。


「――いや!」


 健の身体が強張る。


 前と同じ。


 このあと、女性が襲われる。


 黒い服の男が現れる。


 そして、自分は助けようとして――死んだ。


「セレネ」


「はい」


「俺の言うこと、信じてくれるか?」


 セレネが健を見る。


「内容によります」


「ですよね……」


「ですが、健がそこまで真剣な顔をする理由は聞きます」


 健は一度、息を吸った。


 言えない。


 死んだ。


 そのことは言えない。


 けれど、今なら言えることがある。


「この先にいる人は、危ない」


「……分かりました」


 セレネはすぐに剣へ手を掛けた。


「どうすれば?」


「まず、俺は前に出ない」


「それは絶対です」


「うん」


 健は路地の奥を見る。


「それから、あの人を一人にしないでほしい」


「女性を?」


「ああ」


 そして。


「でも、セレネが一人で守るのも駄目だ」


「どうして?」


「敵が……二人を同時に相手にできるくらい強いから」


 セレネの眉が動いた。


「……見たことがあるような言い方ですね」


「勘だよ」


「また勘ですか」


「便利だろ?」


「便利すぎます」


 セレネは少しだけ困った顔をした。


 だが、それ以上は聞かなかった。


「分かりました。私が女性を守ります」


「俺は?」


「健は私の後ろです」


「それなら――」


 健はレナを見る。


「レナさんには、路地の出口を見てもらいたい」


「私に?」


 レナが怪訝そうに眉を寄せた。


「どうして?」


「逃げ道を確保してほしい」


「……」


「敵が来たら、俺たちはそこから出る」


 レナは健をじっと見た。


「あなた、本当に何なの?」


「普通の旅人」


「普通の旅人は、初対面の私に指示しない」


「……それはそう」


 健は苦笑した。


 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「お願いだ」


 レナはしばらく黙っていた。


 そして。


「……分かった」


「助かる」


「ただし、あなたが勝手に動いたら斬る」


「怖いな」


「死にたくなければ従って」


 その言葉に。


 健の胸が締め付けられた。


「……そうするよ」


     ◇


 三人は路地へ入った。


 少し進む。


 前の記憶と同じ場所。


 壁際に。


 一人の女性が座り込んでいた。


「……来ないで」


 健は一瞬、足を止めた。


 やはり同じだ。


「大丈夫です」


 セレネがゆっくり近づく。


「私たちは敵ではありません」


「……本当に?」


「はい」


 女性がセレネを見る。


 その視線が、少しだけ緩む。


「怪我をしていますね」


「……腕を」


「見せてください」


 セレネが女性の腕を見る。


 傷は浅い。


 前と同じ。


 健はそこから少し離れた場所に立った。


 壁を背にする。


 前回。


 ここでレナが現れた。


 そして。


 健は振り返った。


 レナが路地の入口に立っていた。


「……やっぱり」


「何が?」


「いや」


 健は首を振る。


「何でもない」


 レナは女性を見る。


「その人は?」


「怪我をしています」


 セレネが答える。


 レナは頷いた。


「分かった」


 前回と同じ。


 ここまでは。


 しかし。


 今回は違う。


 女性の位置が違う。


 セレネが女性の前に立っている。


 レナは出口を見ている。


 そして健は――。


 死んだ場所から離れている。


「健」


 セレネが呼ぶ。


「はい」


「少し下がってください」


「分かった」


 健はさらに壁際へ移動した。


 その瞬間。


 路地の奥。


 カツン。


 石を踏む音。


 健の心臓が跳ねた。


「来る」


 レナが剣を抜く。


「誰が?」


「……分からない」


 健は答える。


 だが。


 知っている。


 黒い外套。


 顔を半分隠した男。


 短い剣。


 そして。


「……見つけた」


 暗闇から男が現れた。


 前と同じ。


 黒い外套。


 顔の半分を布で隠している。


 右手に短剣。


「ヴァルガ家の犬か」


 レナの表情が変わる。


「……あなた」


 男はセレネを見る。


「それに――」


 視線が止まる。


「アルシェリア」


 セレネが剣を抜いた。


「なぜ、その名を知っているのですか?」


 男は答えない。


 ただ、短剣を握り直した。


 そして。


「予定が変わった」


 健の背中に冷たい汗が流れる。


 来る。


 前回と同じ言葉。


 だが。


 その瞬間。


 健は一歩も動かなかった。


 男が消える。


「セレネ!」


 男の身体がセレネへ迫る。


 セレネが剣を構えた。


 ――ガキン!


 短剣と剣がぶつかった。


「っ!」


 セレネが一歩下がる。


 だが。


 前回と違う。


 女性がセレネの背後にいる。


 男が女性へ向かうためには、セレネを突破しなければならない。


「今!」


 健が叫んだ。


「レナ!」


「分かってる!」


 レナが横から斬り込む。


 男が身体を捻る。


 刃が外套を掠めた。


「……!」


 男が距離を取る。


 セレネとレナ。


 二人が左右から挟む。


「これなら――」


 健が呟く。


 だが。


 男は笑った。


「なるほど」


 視線が健へ向く。


「お前か」


「……」


 健の喉が鳴った。


 前回。


 男は自分を狙ったわけではなかった。


 自分が女性を庇ったから。


 だから。


 今回は動かなければいい。


 そう思っていた。


 しかし。


「お前が邪魔をしているのか」


 男が健へ向かって踏み込んだ。


「健!」


 セレネが叫ぶ。


 健は動かない。


 いや。


 動けない。


 怖い。


 足が震える。


 胸を貫かれた感覚が蘇る。


「……来るな」


 男の短剣が迫る。


 その瞬間。


 レナが間に入った。


「させない!」


 ――ガキン!


 短剣が弾かれる。


 男が舌打ちした。


「……邪魔を」


 レナが剣を構える。


「それはこっちの台詞」


 セレネも並ぶ。


「健、大丈夫ですか?」


「……ああ」


 健は壁に背を預けた。


 まだ震えている。


 けれど。


 生きている。


 それだけで十分だった。


     ◇


 男は二人を睨む。


「そこを退け」


「嫌」


 レナが即答する。


「お前たちに用はない」


「だったら、なぜ襲う?」


「知る必要はない」


「そう」


 レナの目が鋭くなる。


「じゃあ、ここで捕まえる」


 男が笑った。


「できるか?」


 次の瞬間。


 三人の剣がぶつかった。


 速い。


 健には、やはり何が起きているのかほとんど分からない。


 ただ。


 前回との違いだけは分かる。


 女性が狙われる前に、セレネが守っている。


 健が飛び出していない。


 レナも最初から戦える位置にいる。


 少なくとも。


 自分が死ぬ流れは変わった。


「……これでいい」


 健は小さく呟いた。


 しかし。


 その直後。


 女性が突然、立ち上がった。


「え?」


 健が振り向く。


 女性は路地の奥へ走り出した。


「待って!」


 セレネが叫ぶ。


 女性は止まらない。


 そして。


 黒い男が一瞬だけ女性を見る。


 その目が。


 明らかに変わった。


「……そういうことか」


 健は息を呑んだ。


 前回。


 自分は女性を助けることだけを考えていた。


 だから。


 気づかなかった。


 女性はただの被害者ではない。


 少なくとも。


 この男との間に、何かがある。


「レナ!」


「何?」


「彼女を追って!」


「分かった!」


 レナが走る。


「セレネは男を!」


「はい!」


 健は二人が別れたのを見て。


 ようやく理解した。


 自分が死ぬ直前の三分間は。


 全部を教えてくれるわけじゃない。


 けれど。


 死んだ瞬間まで見たからこそ。


 前回は見落としたものもある。


 男が女性を狙った。


 しかし。


 女性も何かを隠している。


「……だったら」


 健は拳を握った。


「今回は、俺が死なないだけじゃない」


 この三分間を使って。


 もっと先まで見てやる。


 そう決めた。


 そして。


 路地の奥から。


 今まで聞いたことのない、低い声が響いた。


「――見つけた」


 健は顔を上げる。


 誰の声なのか。


 まだ分からない。


 けれど。


 今度の三分間は。


 死ぬためではなく、生き残るために使う。

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