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第8話 生き残りのクラスメイト、エステル

 研究所の敷地を出たヴァルカは、一旦家に戻ろうと考えた。夕方までまだ時間はある。久しぶりにミーシャさんと、昼食をともにするのも良いだろう。そのあとはだらだら時間まで一緒に街をぶらつき、義手を引き取ってから夕飯の買い物をして帰る流れだ。

 ――と予定を立てながら歩いているが、


(やはり気になるな)


 何者かがこそこそ跡をつけて来ている。研究所から出てずっと続いており、その時点で気にはなっていたが、これが完全に尾行だと確信したのは今さっき。あえて必要以上に回り道したのを、律儀にずっとついてくるのだ。さすがに偶然道が被ったとはなるまい。


(素人だな……)


 尾行を知識で知っているが、実践した回数、成功経験は足りていないように思えた。あるいはこちらに気づいてもらうために、わざと存在を匂わせながら付いてきているのか。

 後者だと試されているということになる。


(なら、応えよう)


 ヴァルカは路地に入る道を曲がり、曲がったすぐのところで振り返った。

 すると――。

 ごつん。


「あいたっ!」


 振り返ると同時に、小柄な青髪の女性が道を曲がってきて、胸にぶつかった。


「……私に何か用か?」


 一歩後ずさって顔を上げた青髪の女性は、あははと苦笑している。

 よく見ると、左眼に黒の眼帯をしていた。他に青髪をそれぞれの耳より上の位置で二つ結びにし、肩上に届く長さのツインテールにしているのが特徴的だ。背は低めで、歳の頃は自分と同じかやや下に見える。


「……えっと、やっぱりバレてました? さすが普段から戦場にいる方は、感覚が研ぎ澄まされてますね……これなら合格ですっ!」


 〝合格〟。何やら彼女視点で審査されていたらしい。変な子だ。


「そんな杜撰な尾行、D級くらいの討伐者であれば誰でも気付ける」


「なんですと!? フツーに自信あったんですが!」


「そうか。なら、自分を見直すいい機会になったな。過大評価は修正したほうがいい」


「ナチュラルに言葉で刺してきますね」


 何が狙いかわからないが、怪しい人物だ。

 少なくとも彼女はこちらが〝普段から戦場にいる〟ことを知っている。つまり事前にある程度、こちらのことを把握した上で尾行してきたわけだ。


「これ以上、関わってくるなら衛兵を呼ぼう」


 街中で初手から暴力に訴えるほど、血の気は多くない。街の治安は街の治安維持組織に任せるべきである。


「ま、ままま待ってください! っていうか、私のこと覚えてないんですか!?」


「知らない」


 ばっさり言われて、ショックを受けたように青髪の女性は目を丸くした。


「ヒドいです! ムゴいです! ザンコクですっ! 本当に覚えてないんですか!? 三年前、セイラム魔道学園で同じクラスメイトだった、エステル・バスカヴィルですよ! ヴァルカ・グランさん!」


 どうしよう、覚えていない。


「……すまない」


「うぅ……確かに入学から間もなかったから、交流もあまりありませんでしたし、あれから三年も経ってますし……」


 そこでピコン! と彼女の頭上に、電球が見えたような気がした。何かを閃いたようだ。


「ミーシャさんに会わせてください! ご一緒ですよね、ミーシャ・レスレメルさん!」


「……どうして私が、彼女と一緒にいることを知っている?」


 さっきから無駄にこちらに詳しい。


「久しぶりの再会ですから! これくらい事前に調べてトーゼンです!」


 当然ではないと思うが――――。


「……わかった、会わせよう。だが怪しい真似をしたら、衛兵に突き出す。あるいは私も実力行使に出る」


「まったく信用されていませんね……」


「第一印象が最悪だからな」


「第一印象なら、三年前に済ませているでしょう!」


「覚えてない」


「そうでしたぁ……。あ、でもミーシャさんが覚えていてくれたら、私が元・クラスメイトであることを確かめられるはずです!」


 ――と、彼女は言ったが。


「……誰?」


「ガーン!!」


 〝ガーン〟というリアクションを言葉で唱える人間は初めて見た、とヴァルカは思った。

 ミーシャさんは首を傾げて、訪問者のエステルに怪訝そうな目を向けた。あれからヴァルカはアパートにエステルを連れて行って、ミーシャさんに会わせた。途中「ボロっちぃですね~」とか「稼ぎあんまないんですか~?」とか失礼な言葉が聞こえるたびに、睨ませては黙らせつつ。


 そして玄関のドアを開けて迎えたミーシャさんに、エステルは開口一番「お久しぶりです!」と元気いっぱいの挨拶。さっきの反応はこれに対するものだ。


「私って、当時そんなに影薄かったんでしょうか……」


 あんぐりと口を開けているエステルに、ふふっと珍しくいたずらっぽくミーシャさんが微笑んだ。


「……冗談。ちゃんと覚えてる。エステル・バスカヴィルさん。貴方は当時も元気いっぱいだったから」


「本当ですか!? そこの木偶の坊とは全然違いますね!!」


「……〝木偶の坊〟?」


 ヴァルカが睨みをきかせると、びくっとエステルの背中が震えた。


「なんでもありません! 渋くて強くて素敵な殿方です!」


「ふふ、ちゃんとわかってる」


 と、ミーシャさん。どういう意図で言ったのか、ヴァルカには読めなかった。


「エステルさん」


「……はい?」


「生きていて、良かった」


「……!」


 ミーシャさんは目尻に涙を浮かべて、そっとエステルを抱きしめた。当然だ。クラスメイトは自分達以外、全滅したと思っていたのだ。その絶望はヴァルカよりも深く、濃かっただろう。そこに生き残りがいたというニュースは、思わぬ喜びと言える。

 エステルも涙を浮かべて、そっと抱きしめ返す。


「私も……! おふたりが生きていた良かったと、心からそう思っています!」


 それから一同は、ちょうどまだ三人とも昼食を取っていなかったこともあり、アパート近くの食事処に移動した。


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