第7話 アシュクロフト・システム
ドリス博士はこちらに頭を預けると、舌舐めずりしながら太ももを擦ってきた。
「ワシのこの天才的な頭脳と、お主の魔道使いとしての体質……これが掛け合わさってできた子がどんなものか、楽しみに思わんかえ?」
そう言って上目遣いをする彼女の頬は、赤く熱を帯びている。
「別に思わない」
しかしヴァルカは素っ気なかった。
「きっと、いずれ英雄になるぞ?」
「……興味ない」
「これでもワシ、テクニシャンじゃぞ? 経験はないが妄想で――」
「自己申告ほど信用ならないものはない」
「ああもう! ああ言えばこう言う! お主の腕をメンテしてるのは誰じゃ!? タダで人に労働してもらおうとか、罪悪感はないのかのっ!」
「……そもそも、〈スペムノンハベット〉の提供と、研究への協力で等価交換という話だったはずだ。そこにまさかメンテナンスを含んでいないとは言うまい」
「うぐ……まあ、それはそうじゃが……」
とドリス博士は言葉に窮するのだった。
「……ちぇ、ミーシャちゃんとは、ズッコンバッコン楽しんだくせに」
そのボソッとこぼした小さな独り言を、ヴァルカは聞き逃さなかった。
「そういえば、あの薬……また彼女に渡したな?」
「ワシ特製〝疲れがすごく取れる薬〟のことかの?」
しれっと悪びれなく言う。
ドリス博士は今もプライベートでミーシャさんと交流がある。特に自分がクエストで街を離れている間は、そばにいて話し相手になってもらうことが多いのだ。
昨日飲まされた薬は市場には流通していない代物だ。似たようなものはあるが、あそこまで効果の強いものは普通制限がかかる。となれば、入手先はここくらいしかない。何より前科がいくつもすでにある。
「はぁ……」
頭を抱えるヴァルカであった。
「まったく、エコヒイキ男よのう。それとも、ミーシャちゃんで心を決めたってことかえ?」
「何を言っている。元々私達はそのようになる関係ではない。彼女も同じ考えのはずだ」
すると彼女はじとっとした半眼で、こちらを見てきた。
「……まったく、呆れるわい」
呆れるのはこっちである。媚薬のような薬を軽々しく提供するのだから。
「まあ、ワシが何かを言う立場でもないか」
やれやれと言った様子で、ドリス博士はソファーから立ち上がった。
「雑談はここまでにしようかの。今ちょこっと触って確かめたんじゃが、そろそろ人工水晶を交換したほうが良さそうじゃ」
実はここまでの時間、ただ会話していただけではなかった。こうして話しながらも彼女は義手に触れて、簡単なチェックをしていたのだ。
「……やはり触るだけでわかるのはすごいな」
義手の甲に設置された金半透明の人工水晶は、〈アシュクロフト・システム〉の核だ。ここにシステムを通して、適量の魔力を流し込みつつ決まった詠唱を加えることで、人為的に〈オーバードライブ〉を引き起こすことができる。この水晶の開発も彼女によるものだ。
「ウム、そう何年も研究者やっとらんよ。特にそやつはワシの子供みたいなもんじゃからな。触るだけでおおよそのことはわかる」
「さすがだ。さっそくだが、交換を頼む」
「それは良いが、あまり酷使せぬよう気をつけるのじゃぞ? 確かに使ってくれればそれだけ検証はできるが、その分劣化が早まる。コレの素材には限度があるでな」
「……魔獣を使っているんだったな」
「そのとおりじゃ。魔獣の死骸を人類の技術で結晶化させ、それをこの形にしたものじゃな。じゃが、魔獣は無限のようにいても、その死骸を状態の良いまま研究用に入手するのは容易ではない」
自分の武器の素材が魔獣の死骸と聞いたときは複雑な気分だったが、毒をもって毒を制すと思えばなんのことはない。
「……善処する」
「してくれたことなんかないくせに」
ヴァルカは義手を取り外し、ドリス博士に手渡した。
受け取った彼女は部屋を出ていこうとする。
「ちょっと研究室で見ることになる。夕方前には終わるじゃろうから、それまでは街でもぶらついてくるのじゃ」
「わかった」
研究室はあまり入ったことがない。高額な機器や貴重な研究資材が置いてあるので、入室は避けるよう言われている。
ドアノブに手をかけたところで、ドリス博士は振り向かないまま口を開いた。
「〈アシュクロフト・システム〉は、確かにお主の助けになっているようじゃ。人工水晶の状態を見ればよくわかる。じゃが、これを使うってことは激戦地にいたということ。あまりミーシャちゃんに、心配をかけるんじゃないぞ」
「…………」
ため息をつきつつ、彼女はこちらに振り返って、
「そこは嘘でも〝問題ない〟くらい言うのじゃ。誠実なのは美点じゃが、不器用なのは欠点じゃぞ? その態度で不安になる女のことも考えるのじゃ。あの子に限らずな」
「あ、ああ……」
「ミーシャちゃんはお主が思うより、お主を気にかけておる。〝あの子はこう〟じゃとわかってる気でいるが、女の心を完璧に読めるとは思わんことじゃな」
そう「ふふ」と口角を上げて言いたいことを言うと、そのまま彼女は執務室を後にした。




