第4話 ミーシャはヴァルカに依存する。
――数時間後。交わりを終え、ミーシャとヴァルカくんのふたりはひとつのベッドの中で静かに寄り添っていた。彼らを覆う一枚の肌掛けの下は、何もまとっておらずそのせいか直に体温が伝わってくる。
ベッド脇には椅子が置かれていて、そこには左義手が外して立てかけてあった。
彼は右手で頭を押さえながら、罪悪感に打ちひしがれている。
「はぁ……私はまた……」
そんな彼にミーシャは頭を預ける。
「ヴァルカくんは無理やり私に付き合わされただけ。それに薬も使ったから仕方ない」
「いや、私自身、どこかで君の演技の中のリィナに甘えてしまっていた。薬は言い訳だ」
死人になりそうな優しい瞳が、ミーシャに注がれる。
「本当にあいつの真似が……上手くなったな」
「そうでもしないと、貴方……私のこと触れてもくれないから。……ごめんね」
「私は……弱いな。リィナを裏切り、君を彼女の代わりとして扱い、それで満たされないものを補おうとしている。ふたりには謝罪してもし足りない」
「そんなことを言うなら、友人の彼氏を友人の格好までして、誘惑してる私は?」
「それは……」
「弱いのは私もだよ」
甘えているのは自分のほうだと思う。
(私にはもう……ヴァルカくんしかいないから……)
三年前に自分もヴァルカくんもすべてを失った。ミーシャは王都に実家があったが、あの日はすでに学園が襲撃を受けた時点で王都は壊滅状態。当然家族が無事なはずはなかった。友人や家族から、財産もお気に入りのぬいぐるみも、勉強道具も予備の制服から私服まで何もかもあの日に失った。
ヴァルカくんはとても強いと思う。あんな目に遭ったのに、復讐を心の支えにして立ち上がって戦場に赴いている。自分にはそれができなかった。魔獣が怖くて、戦いが怖くて、魔道を使うことすら、魔獣を連想して躊躇いがある。
今の自分にとって、どうにか精神を保てているのが、最後の友人である彼の存在だ。彼がいるから自分はようやく崖っぷちギリギリで、孤独ではないと思えるし、明日を生きる理由を作られる。一言で言って、依存だ。
自分がここまで脆い人間だなんて、以前は知りもしなかった。
予想以上に弱虫で、予想以上に誰か他人に縋らないと、ミーシャは生きていけなかった。
彼にその場しのぎの肉体的な温もりを求めるのも、そんな不安な心を安定させるためだ。
(ごめん……リィナ)
ヴァルカくんを独り占めしている裏切り者であることは重々承知している。彼らがいかに愛し合っていて、そして今罪悪感で彼を苦しめていることも承知している。こうして自身が不安を払拭するために、性的興奮が強まる薬を使ったり、あの子の格好をして誘惑している。そんな自分は、きっともう彼女の友人を名乗る資格はないだろう。
最低の裏切り者だ。
そして弱いこと自体を理由にして甘えている卑怯な人間だ。
弱いことに、打ち勝てない。
きっと彼が戦場で死ねば、死を恐れて少し躊躇ったあと、でも後を追うだろう。
本音をいえば、彼には戦場に行ってほしくない。死ぬかもしれないようなことをしてほしくない。でも止められるほど、自分はきっと彼の心の重しにはなれない。
だからいつも見送るしかないのだ。失うことを恐れながら。
(最初はヴァルカくんじゃなくても良かったのに……)
当然誰でも良くはないけど、彼でなくてはならないわけではなく、三年前は少なくともたまたま一緒に生き残ったクラスメイトで、友人でしかなかった。身近な男子ではもっとも好印象な人間ではあったが、シーナのようにリィナがいるのに密かに恋心を抱くような、そんな感情はなかった。
ただただすべてを失った絶望感とこれからの不安感が拭えたら――今いる泥濘のような感情から逃れようと手を伸ばした先にいたのが、たまたま一番身近で、そして〝彼ならいいか〟と思える程度に、信頼はあったヴァルカくんだったのだ。
ああ、彼なら自分を受け止めてくれるだろうと、甘えた。縋った。
身勝手に、都合よく、利用した。そして、〝初めて〟を彼に捧げた。
そのときはリィナの格好だけで成功した。当時は彼も不安定だったから、簡単だった。
(でも今は、そんな簡単な気持ちじゃない)
不安を払拭するためなのもゼロではないが、三年一緒にいるのだ。別の感情も次第に挟まってくる。もう彼以外の異性は考えられないし、今彼がどんな悪辣な人間になっても捨てないでと縋り付くだろう。
それくらいには――――。
(ヴァルカくんのことが……)
でもこのような感情、こんな弱さの対症療法から始まった関係の中、今更言えなかった。何より未だに復讐に燃える程度には、彼の心の中にまだきっとリィナが強く残っている。自分では到底敵わない。
今の関係がきっとちょうどいいのだ。壊れる可能性があるくらいなら、ずっと今のままでいい。
「私達は弱さを慰め合っただけ。それ以上でも以下でもない。要は一人で〝する〟のと変わりない。〝博士〟が言うには……人は社会的動物だから強い不安や絶望を感じたとき、本能的にそばにいる心を許した者の温もりで、安心しようとする習性があるんだって」
果たしてその言葉は彼への慰めか、自分への言い訳か。
「ミーシャさん……」
「あ、そういえば明日、その〝博士〟のところに行くんでしょう?」
「あ、ああ、そうだな……」
「だったらもう寝ましょう」
そう就寝を促して、ミーシャはヴァルカくんの胸板に頭を預ける。わかっていたが、彼はその頭を撫でるような受け入れも、押しのけるような拒絶もしなかった。
「おやすみ、ヴァルカくん」
「……おやすみ、ミーシャさん」
かくしてふたりは、夜も明けそうかという時間に、ようやく静かに眠りにつくのだった。




