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第3話 ミーシャ・レスレメルはヴァルカの帰りを待っている。

 アウロラ共和国首都セト――。

 その街の片隅にミーシャ・レスレメルは住んでいた。アパート二階の角にある小さく狭い安価な部屋が住処だ。建物も設備も古くて、さすがに今すぐ壊れるわけではないが、窓の建付けは悪く、木の板を張っただけの床も抜けてしまわないか常に心配である。しかし同居人とのふたりきりの居場所と思えば、居心地はそこまで悪くない。

 ミーシャは臀部まで伸ばした、ストレートの薄桃色の長髪を揺らしながら窓際に近づく。


「……雨、止むかな」


 窓を無数の水滴が濡らしており、それは乾く間も許さず次々と供給される。

 あれから――フェリックス王国が滅亡してから三年が経った。

 何が起こったのか詳細は覚えてないが、ヴァルカくんの〈シフト〉に異常が起こり、彼曰く自分の〈限界変換量〉ではありえない距離――襲撃を受けた王都リーリスの郊外まで転移したことで、なんとかふたりして生き延びることができたのだ。


 ――トントン。


 ドアノックが静かな部屋内に響き渡る。


「……私だ」


 もう何度も聞いた声。聞きなれた声。

 そして思わず胸が高鳴る声。

 ミーシャはためらいもなく玄関ドアを開けると、そこには想像通りの人物が立っていた。


 その顔を見て、ほっと安心が心を包む。気付けば彼の胸に身を預けていた。


「おかえり……ヴァルカくん」


「ただいま」


 ヴァルカくんはミーシャを拒絶しない。しかし抱きしめ返すこともしなかった。


「怪我はない?」


「問題ない。だが、私の代わりにまた四人、〝背負う〟ことになった」


 背負う。それは彼の関わった人間が、魔獣に殺された時に使う言葉だ。そこに彼の責任や落ち度があろうとなかろうと、他人の死を自分の復讐の一環として背負う。


「……何度も言うけど、ヴァルカくんがみんなの復讐を背負う必要はない」


「私が背負いたいんだ。これは私が憎しみを忘れないための覚悟でもある」


 彼は以前の彼を喪失した。

 リィナを失ってから三年。セトを拠点にして討伐者となってから、ヴァルカくんは取り憑かれたように無数の戦場に取り込まれては生きて帰ってきた。そしてそのたびに目は死んでいき、ミーシャの知らない傷が身体中に増え、表情の変化もどんどん乏しくなった。数え切れないくらいの死と出会い、見送り切れないほどの生と別れて、いつの間にか一人称も〝私〟になった。恐らくは死別の悲しみに心が摩耗しないよう、無意識に他人の心に踏み込まないし、自分の心にも踏み込ませないような性格になったのだろう。だって心が近くなりすぎると、それだけ別れが辛いから。


 しかしそんな彼でも、唯一あのとき誓った復讐心だけは、何も変わらない。むしろ他が極限まですり減らされて心に余白ができたせいか、そこを容赦なく憎しみが占拠した。

 そうして復讐のために、〝死ねない〟人生を今は歩んでいる。

 ミーシャは彼の胸から離れる。


「疲れてない?」


「帰りの馬車で寝たから問題ない」


「じゃあ、夕飯は? 何か作る……?」


「……ああ、頼む。戦場ではろくなもの食べてないからな。君の手料理が食べたい」


 魔獣以外の関心事が減った彼が、それ以外に関心を向けてくれていることが嬉しい。


「すぐ用意する」


     ★☆★☆★☆★☆★☆


 食事を終えて、ヴァルカくんが食卓の椅子から立とうとする。


「食器は私のほうで洗っておこう」


 ――が、思わずふらついて、手をテーブルに突いて支えにした。


「大丈夫……?」


 そう言って、ミーシャは立ち上がるとそっと彼の隣に寄り添う。


「……ミーシャさん、また混ぜたか?」


「……もうバレた?」


 そう、ミーシャはある〝薬〟をヴァルカくんの食事の中に混ぜていた。さすが我ながら前科が多いだけに、一瞬でバレてしまったようだ。


「何度もやられたからな……」


「でも疲れがすごく取れる薬だよ」


「副作用で、強い性的高揚感が出てしまうが……」


 むしろそっちが目当てだろうと、ヴァルカくんの目が訴える。


「だって、そうしないと、〝して〟くれないし……。大丈夫、私も飲んだ」


「大丈夫、ではないだろう……私達は恋人同士ではない」


「……そう、だからこれからするのは、愛のない行為。ただ私がその場しのぎに心の穴を埋めたくて、貴方を付き合わせているだけ。罪悪感を覚える必要はない」


「だが……」


「そっか、〝アレ〟が足りなかった」


 そういうとミーシャはスカートのポケットから一つのリボンを取り出し、その長い髪を〝ポニーテール〟に結った。

 そして――。


「〝ヴァルくん〟……しよ?」


 リィナの真似。もう何度もやっていて、そして慣れた彼女の模倣。いつもの抑揚のない声色は明るく弾むように、いつもの変化に乏しい表情は柔らかさに富み、いつもの起伏の少ない感情は緩急多彩になる。

 そうやって〝代わり〟という言い訳を、彼に与えるのだ。


「でも私は……」


「〝でもでもだって〟は禁止! 今ヴァルくんの前にいるのは、〝リィナ〟なんだから!」


 そのままつま先立ちをして、彼の唇に無理やり自身のそれを重ねる。

 それが、トドメだった。


「リィナ……!」


 彼はガッと強くミーシャを抱きしめると、そのまま言葉を挟む間もなく強引にベッドに連れ込んだ。


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