第2話 〝銀腕〟のヴァルカ・グラン
ところどころ岩山が立ち並ぶ荒野を、一台の幌馬車が走っている。その中に乗っているのは、十人の武装した男女だった。武装といっても全員が魔道使い。ゆえにそれぞれ武器として持つのは、大半が自身の背丈ほどもある大杖である。
彼らは馬車内の両サイドに設置された木製の座席に向かい合って座り、一言も会話を交わさず、ただ揺られて目的地への到着を待っていた。
が、そんな中で、
「かーっ! さっきからなんだよ、みんな一言も会話ナシかよ!」
もっとも出入り口に近い最後部に座っていた十代半ばの少年が、声を上げた。じっと黙っていられないタイプだった。
そんな彼に周囲は視線を向けるも、誰も言葉を返さない。
「って、これでも無反応~!」
頭を抱える少年に、ようやく中央付近に座る二十歳前後の黒い長髪の女性が口を開いた。
「皆緊張しているのよ。仕方ないわ。これから向かうのは、戦場なんだから」
「だったら、尚更今くらいは明るく気楽に話さないか? みんながこの〝討伐者ギルド〟に入った理由とかさ。今回赤の他人同士でパーティー組むわけだし、ちょっとは互いのこと知っておこうぜ?」
少年の向かいに座る、スキンヘッドの筋肉隆々な三十代前半の男が問う。
「もしかして、戦場は初めてか?」
「……そうだけど? なんか悪いか?」
少年はこれから向かう戦場が、対魔獣の群れの初陣らしい。バカにされたと思ったのか、少し不機嫌になる。
「悪いとは言っていない。だが、戦場を一度でも知れば、そんな調子にはなれないんだ。私も初めての戦場に向かう馬車の中で、君と似たようなことを言っていたからな」
そういう男の身体はよく見れば傷だらけだ。いずれも人間によるものではないのだろう。それが説得力となって少年を黙らせた。
「……じゃあ、静かにしておくよ」
「すまない、静かにしてほしいって意味じゃないんだ。むしろ、〝戦場以外のことを考える〟という発想を、思い出させてくれたことに感謝しているくらいだ」
そう言って、このスキンヘッドの男は笑顔を作るも、目は疲れ切っている。戦いに染まりすぎると、多くはこうした〝半分死人のような目〟になってしまうのだ。
「そ、そっか」
少年は困惑した表情を浮かべる。
「あんたこれで何度目の戦場なんだ?」
ふと興味本位から彼は尋ねた。
「前線は五度目だ。今まで運良く生き残れたに過ぎないがな」
「五度って……すげーよ。そもそも初陣の時点で、生還率四割くらいなんだろ?」
「四割なんて、そんな〝楽観的な〟数字信じてるの?」
先ほどの二十歳前後の黒髪の女性が、少し嘲りを込めた口調で言った。
「楽観的……?」
「調子よく〝追い返せた〟戦場で、四割弱を無理やり四割と言い張っているだけだ。実際は平均して三割強程度だろう」
スキンヘッド男がそう告げる。
「まあ、貴方の顔を見る限り、四割だろうが三割強だろうが、あまり関係なさそうだけどね。どうして初陣生還率の低さを知ってて、戦場に来たの?」
黒髪女性が少年に問うた。
「そりゃ、もちろん、英雄になるためさ!」
「……は?」
「男たるもの、やっぱ名を揚げてこそナンボだろ? そうなると、今の時代一番手っ取り早いのはこれ系の仕事じゃん? 〝世界連合軍〟――〝世連軍〟には筆記試験で落ちてしまったし、それで討伐者ギルドかなって」
世連軍とは、〝世界連合軍〟の略である。
「……バカなの? まあ、このご時世、暗いよりかはポジティブなほうがいいかもしれないけど」
と呆れるように黒髪女性は腕を組む。
「うっせーな! 人の夢バカにすんじゃねぇよ! あんたこそどーなんだよ!」
「私……? 別に言葉にするほどでもないわ。ありふれた理由よ。この世界を魔獣からこれ以上、奪われないようにしたい――平和を取り戻したいってだけ」
「な、なんか立派だな……もっと金のためとか、そういうのが来ると思ってたぜ……」
「だったら、世連軍に入ったほうが良かったんじゃないか?」
女性にそう問うのはスキンヘッドの男。
「もしかして、俺みたく頭悪くて選考落ちしたとか?」
さっきの仕返しとばかりに、少年はからかった。
「失礼ね。これでも一時期世連軍にいたわ。一年も経たないうちに辞めたけど」
「ほう、よければ理由を聞いてもいいか? なに、私も道中は喋っていたいタイプでな」
すっかり会話を楽しむスタンスになったらしいスキンヘッドの男が、興味津々に聞いた。
黒髪の女性もなんだかんだで会話好きで、特にためらう様子もなく答える。
「……組織って、自分のやりたいことができる場所じゃなくて、上のやりたいことに付き合わされる場所でしょ? 確かに討伐者ギルドと違って収入は安定してるし、その他待遇も良くて〝世連軍所属〟って体裁は、どんな場所でも一発で信用されるハイブランドな肩書ね。〝世界を救う〟という〝教育された〟ハリボテの使命感でコーティングしながら、目的のない人生をローリスクで走破するだけならいい場所だけど、こうしたいああしたいがある人間には組織都合の縛りや制約が、すべてを妨げるわ」
「まあ、組織ってもんはそういうところだしな。私も大昔、支援部隊勤務だったんだが、ある国の正規軍にいたからわかる。特に軍はトップダウンの極致だ。正規軍は自国を守ることが優先だから、時には友好的な周辺国を見捨てでも、自国を優先せざるを得ない心苦しい状況もあった」
「私は、自分の戦場は自分で決めたいの。特に世連は潔癖な組織じゃない。政治やお金の都合で守るべき国の優先順位が暗黙で決められてるし、命令のまま知らない土地に派遣されて捨て駒のように使われる。その点、討伐者ギルドは魔獣が出る以前は冒険者ギルドだったこともあって、クエストによる受注者募集形式で自分の行きたい戦場を選べるわ」
「人気の戦場――募集は争奪戦だけどな。定員も無限ってわけじゃないし」
スキンヘッドの男はそう言って、ため息をつく。
「そういう意味では、今回のクエストも報酬がいいせいか、早いもの勝ちの争奪戦だったな。なんとか運良くありつけてよかったよ」
討伐者ギルド。かつて魔獣がいない時代は冒険者ギルドと呼ばれ、世界各地を巡って未開拓地を発見したり、古代遺跡の調査や新種の生物の研究などを行う〝冒険者〟という人達を束ねる組織だった。今ではそんなことをしている余裕もなく、目的も手段も一新された組織――〝討伐者ギルド〟を名乗っている。目的はもちろん世界からの魔獣の排除で、所属する者達は〝討伐者〟として世界各国に派遣されて戦闘に当たる。元々冒険者は危険が伴うことも多く戦闘経験者が豊富だったことから、討伐専門への鞍替えは比較的容易であった。
「確かに強い目的とかがあるなら、安定とか捨ててでも縛りの少ない討伐者になるほうがいいかもな。でも俺的にはやっぱ世連軍だぜ……。〝世連軍所属〟って肩書は、英雄への近道だしな。ああ、やっぱ今からでも入りてぇ~!」
少年は悔しそうにぼやく。手っ取り早く名誉の得られる世界連合軍は、相性の良い職場だろう。
「ま、組織のブランドがない分苦労するが、討伐者ギルドでも活躍すれば有名にはなれるさ。それに安定しないってだけで、クエスト次第では一発の報酬は世連よりも大きいぞ」
「そういえば、貴方は? 私達にだけ語らせて、自分は何も明かさないのかしら?」
黒髪の女性はスキンヘッドの男を半眼で睨んだ。
スキンヘッドの男は答えた。
「私か? 私は金だな。妻と子を養わないといけない。討伐者は危険な仕事だが、激戦地であればそれなりに報酬もいい。一気に稼いでいつか討伐者を引退し、安全な国に引っ越して妻と子と平和な生活を送るのが目的だ」
黒髪の女性は己の意志のため、少年は名誉のため、スキンヘッドの男は金のため。この幌馬車には、様々なバックボーンを持つ者達が乗っているようだ。
「……おっと、そういえば、まだ名前を名乗ってなかったな。私の名前はバロック・スーサン。得意魔道は治癒、B級討伐者だ」
スキンヘッドの男が自己紹介する。
討伐者には実績や実力に応じて、最上位のS級から、新人のE級までランク付けされている。E級は新人、D級は見習い、C級は一人前、B級はベテラン、A級は達人、S級は偉人クラスとされており、上位にいくほど人口は少ない。多くの凡人はC級止まり、一部才ある者がなんとかB級に届き、その中でさらに限られた一握りの天才がA級となれて、S級は一国に数人程度しかいないほど希少である。
このクエストは最低限の実力が求められること、しかし危険内容から応募者の数がほしいことから、最低応募ランクはC級とされている。したがってこの馬車に乗るのは全員C級以上だった。
「そのなりで治癒かよ……。俺と同じ強化魔道特化だと思ってたぜ」
信じられないといった目で、少年はバロックを見た。
「よく言われる。さっきも言ったが、元々支援部隊出身だ。ヴェスパー王国のな」
「ヴェスパーって……三年前に魔獣のせいで……」
黒髪女性が問う。
「ああ……家族を守り切るので、精一杯だった」
「ごめんなさい、余計なこと掘り起こしたわね」
「いや、このご時世珍しくないんだから、気にしないでくれ。守りきれたからというのもあるが、国より家族を優先したあのときの選択は、今でも間違ってないと思ってる」
「ええ、貴方の選択に敬意を表するわ。私はアンナ・ローゼ。得意魔道は氷属性。C級ね」
「少年、君の名は?」
バロックが視線を少年にやり、聞いた。するとその橙色の短髪をかき上げて、
「よくぞ聞いてくれました。俺はC級討伐者――アルフォンス・ダイオン! 英雄になる男さ!」
「……そ、頑張ってね」
呆れた目でアンナは素っ気なく返した。
「リアクションが氷属性すぎる!」
「ハハハ! 若いっていいな。私も昔はそういった英雄願望があったよ」
対してバロックは愉快そうに笑った。
「バロックのおっさんも?」
「ああ、私にはどうやら、その才能はなかったみたいだがな。でもその代わり、今では家族の幸せが夢さ」
――そんなふうに三人が他愛ないやり取りしていると、進行方向向かって先頭左側に座っていたメガネの女性が唐突に口を開いた。
「……そろそろ目的地に近づいてきたので、作戦のおさらいをします」
その声に十人が一斉にピリついた。
メガネの女性は、何やら数枚の用紙を挟んだ木製のクリップボードを取り出して、話を続ける。
「まずはご挨拶を。この度、このパーティーの現場指揮やサポートをさせていただきます、討伐者ギルド〝セト支部〟のラウラ・マクラウドと申します。以後お見知り置きを」
セトとはアウロラ共和国の首都である。皆を乗せた馬車はそこからやってきたのだ。
それからメガネをクイッと上げ直すと、
「現在我々の馬車が向かっているのは、アウロラ共和国と旧フェリックス王国の国境線付近にあるオルトラ峡谷です。最新の報告によりますと、魔獣の軍勢約三万が国境沿いの村ミルスに向かっています。現在世連軍とアウロラ軍が、塞き止めているとのことです」
「出る前のブリーフィングでも言ってたけど、やっぱ世連軍が上手くやってんだな……俺らあんまやることなさそう」
そう残念そうにアルフォンスは後頭部で腕を組む。何人か経験の浅い者達は同様の意見のようで、同じようにため息をついた。別に世連軍がいようがいなかろうが報酬額は変わらないが、魔獣を倒して名を揚げたい英雄願望の強い者は、獲物を取られた感覚に陥るのだろう。
「……その〝最新〟の報告とやらはいつのだ?」
そう質問したのは、今までずっと一言も発しなかったボロボロの黒いマントを羽織った男だ。歳はだいたい十代後半から二十歳前後。ラウラの向かいに座っていて、腕を組んでいる。襟足まで伸びた黒い髪と、顔の中心を横断するように、左頬から鼻背部を通って右頬まで伸びた横一文字の大きな傷跡が特徴的だ。
結構好みかも、とアンナは内心思う。
「前回の中継点である村で受けた報告ですので、約二時間前となります」
「……そうか。遮って悪かった」
「いえ」
それから男はまた黙った。しかしその目は先ほどより険しく、そして鋭く、ここではない何かを見据えている。思わずアンナはその瞳に見入ってしまった。
「では続けます。我々のクエストはこの人数規模のパーティーから見てわかる通り、少数精鋭、すなわち前線で真正面から魔獣を迎えるのではなく、主力軍側面から敵後方に回り込み、群勢の唯一の司令塔、巨大魔獣〈タイプ:コマンダー〉をピンポイント撃破することを、目的としています」
〈タイプ:コマンダー〉。数万ごとの群れに基本一体存在し、万単位の群勢を指揮する役割を持った司令専門の魔獣だ。その見た目は尻尾と後ろ両脚を持たないトカゲ。例によって全身を体毛なき白い肌に覆われ、口以外の目や鼻、性器といった器官を持たない。そういった部分は他の魔獣とあまり違いはないが、特徴的なのはその大きさである。全長にすると三十メェトは超えるだろう巨体だが、細長い蛇のような〈ドアノッカー〉とまた違ったタイプで、横幅にもでっぷりした大きさを持つ。
一方、その大きさのわりに本体はさして戦闘能力は高くなく、攻撃に魔道も使わない。ただしどう動くかの指示を一気に全軍に伝達する特殊能力を持ち、その速度は現人類のそれを遥かに凌ぐ。命令自体はシンプルで人類ほど複雑な戦略は立てられないものの、万の生き物が一斉に方針を変えられるので脅威である。この存在のせいで、魔獣の群勢はまるで一体の生き物であるかのように振る舞えるのだ。
恐らくはその伝達手段には、人類にとって未知の魔道が用いられており、見えない聞こえない不可視の伝達を可能としている。そこに常に変換する魔力を確保したいがゆえに、攻撃手段に魔道を用いないのだとされている。
そしてこの一体を倒すと、今まで積極的に人類を襲っていた魔獣達は、まるで時が止まったようにピタリと静止する。命令が伝達されなくなると、突如生物らしさを失って彫刻のように、その指揮系統にあった個体は皆一斉に硬直するのだ。そうなればあとは動かない相手を一方的に屠るだけなので、人類側の勝利もかたい。逆に言えば〈コマンダー〉を撃破しなければ、相手が多ければ多いほど苦戦を強いられる。
人類は万に届かない魔獣の群勢であれば、それなりに追い返すことに成功しているのだが、壊滅させた経験はほとんどなく、その数少ない経験はすべて〈コマンダー〉撃破が成功した戦場だった。
「撃破って言っても、確か〈コマンダー〉って魔道も物理も、一切効かない特殊な身体してんだろ? どうやって倒すんだ?」
純粋に疑問を呈するアルフォンスに、呆れた顔でバロックが尋ねる。
「お前、出発前のブリーフィング聞いてなかったのか?」
「ちょ、ちょっと途中からウトウトしてたかも……」
それにはさすがに残り九人の呆れ果てた視線が注がれる。
そう、〈コマンダー〉には、攻撃が効かない。剣や斧などの物理的なものから、魔道による魔力攻撃、そして魔力を用いない火薬による爆破なども一切受け付けないのだ。
つまり、無敵。
これが魔獣の群勢を殲滅ないし、撃退が困難な理由の一つである。その巨体の体表にはあらゆる攻撃を無力化する特殊な透明の膜、ないしこれもまた人類にとって未知の魔道による保護が働いているとされ、今のところ人類の持つあらゆる手段がその皮膚を傷つけることに成功していない。
が――――。
「基本的に〈コマンダー〉は上級火属性魔道、〈ゴア・ボム〉によって討伐できます」
丁寧にラウラが答えた。おさらい――他の者達へのリマインド目的も兼ねてだろう。
「〈ゴア・ボム〉って……! 確かにすげー強いけど、肉体を崩壊させて魔力すべてを爆発力に変える自爆魔道だろ!? 自殺するのかよ!?」
アルフォンスは驚愕する。自分を犠牲にしないと発動しない魔道を、わざわざ使うことに驚かない者はいない。
「それしか効かないってことか……?」
アンナは肩を竦める。
「ちょっとどころか、爆睡してたでしょ?」
「うぐ……」
「正確にいえば、〈ゴア・ボム〉も通常のやり方では効きません。その特殊な体表によって、無効化されるでしょう」
補足するようにラウラは言った。
「は? それじゃ、自爆する意味ねーじゃねぇか!」
「ええ、そのままでは無駄死にです。なので、敵の〝体内〟で魔道を使用するのです」
「えっ……? 体内?」
「〈コマンダー〉の討伐は〝基本〟的には、〝必死隊〟による犠牲前提の戦法を取ります。言い換えれば生贄です」
「いくら〈コマンダー〉と言っても、体内は無敵ではないのよ」
ラウラの説明を、アンナが視線をうつむけて引き継いだ。
「あらゆる生物の弱点ね。魔獣の群れの中に隊を突っ込ませて、護衛担当が周囲の敵や〈コマンダー〉自身の注意を惹きつけている間に、隙を見て〈ゴア・ボム〉発動者が口内に潜入――要するに自分から捕食されに行くの。〈コマンダー〉は歯を持たず、丸呑みで捕食するから、発動者はそのまま体内に潜り込める。そして消化によって死ぬまでに、魔道を発動するって戦法よ。まあ、これを〝戦法〟と言っていいのかわかんないけどね」
アンナの説明に、バロックが付け足す。
「護衛パーティーも、発動者が食われるまで注意を惹きつける目的に特化して、必要最低限しか割かれていない。だから生き残るのは稀でだいたい殺される。よしんばそのとき生き残れたとしても、〈ゴア・ボム〉の絶大な火力に巻き込まれて生存は見込めない」
「そんな……」
アルフォンスは自らの命と引き換えにする戦い方に、言葉を失ったようだ。しかし現実として、より多くの人類を生かすために、少数の犠牲はもはや必須なのだ。
そこで、ふと彼はある矛盾に気づいた模様。
「あれ? でもよ、〈コマンダー〉って体表に攻撃弾く何かがあるんだろ? 体内で〈ゴア・ボム〉を使っても、皮膚の裏から無効化されねーのかよ?」
アンナが解説する。
「恐らく効果を防ぐのは外からのもの、つまり一方から飛んできたもののみで、反対方向から――体内からのものはそのまま素通りするみたいね。それがその無効化能力の特徴として〝一方からしか防げない〟のか、魔力を節約するために〝一方からに絞っている〟のかはわからないけど」
「でもそれで……本来なら生き延びられるかもしれない護衛も、確定で死んじまうのは……やるせないな」
「まだ〈コマンダー〉撃破という、〝名誉〟を果たせた上でならマシなくらいよ。このやり方は失敗も多い。そもそも〈コマンダー〉を守る群れを突破して、わざと捕食されるというのが一番の難関。そして負傷しつつ発動者を体内に〝仕込めて〟も、発動までに力尽きたのか土壇場で怯えて何もできなかったのか、不発に終わったケースもあるわ。当然失敗イコール護衛含めて犬死に。こんな杜撰なのに、特に世連軍は好んで使用するわね」
アンナの表情は暗さをさらに濃くする。
「も、もっといい案なかったかよ! その体表の膜をなんとかするとかさ!」
訴えるように怒りを交えた声をアルフォンスは上げる。
対してラウラが冷静に答えた。
「それを考える時間、技術、人材を揃えている時間があれば、そうしていたでしょう」
「くっ……それも、そうか」
と、仕方なくも受け入れかけたところで、アルフォンスはふとある可能性に辿り着く。
「って、もしかしてこのパーティーって、その必死隊なのか!?」
先ほどの暗い表情とは打って変わって、呆れた目でアンナはアルフォンスを見据えた。
「バカね、そんな作戦にわざわざ志願すると思う? そもそもこの中の誰も、〈ゴア・ボム〉なんて高等な魔道使えないわ」
「へ?」
「このことは募集要項にも書いてあったと思うけど?」
「うぐ……〝激戦地への派遣〟って文字しか見てなかった……」
〝英雄志願者〟らしいムーブに、もはや誰も呆れて反応もしなかった。
「今回の作戦は世連軍との共同作戦なので、もちろん予備のプランとして必死隊の準備も別にあります。ただそういうのは使命感あふれる彼らの役目でしょう」
ラウラがメガネのブリッジをくいっと上げる。これから戦場に向かうというのに、常に冷静だ。
「先ほども申し上げましたが、〈コマンダー〉は〝基本〟的には〈ゴア・ボム〉による自爆特攻で討伐します。ですが、今回我々のパーティーが用いるのは、生還前提の戦法です」
「生還前提……?」
どういうことだと首を傾げるアルフォンス。
「それを今から――」
とラウラが説明を続けようとした、そのときだった。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
馬車を大きく震動させる衝撃とともに、その他のあらゆる音を押し潰すような爆発音が鳴り響いた。
当然、馬車はその場に停止。
「なんだ!?」
一斉に十人は外に飛び出して、状況把握に取り掛かる。馬車を引く馬二頭が驚き暴れようとするのを、御者が宥めていた。
外はすでに夜で暗いはずだったが、空はまるで昼間のように明るく照らされている。その理由は、これから馬車が向かうはずだったオルトラ峡谷のある方角にあった。
「〈ゴア・ボム〉……」
そう呟いたのはアンナだ。目を丸くして呆然としている。
その視線の先には、大規模爆発による巨大なキノコ雲が天高く聳え立っていた。
「どうして……」
ずっと人形のように表情を崩さなかったラウラも、さすがに予想外すぎたのか困惑の感情が顔に張り付いている。
だが、そんな彼女さえも冷静さを失う事態で、唯一涼しく状況を眺めている男がいた。
「〝最新〟の報告から二時間も経過してるんだ。戦況が変わっていても不思議ではない。まあ、この様子だと、良いほうではないようだがな」
先ほど中継点での報告時間を聞いていた黒マントの男だ。その目はバロックよりもさらに〝ほとんど死人のような目〟で、キノコ雲を見つめている。
「な、何があったのでしょうか……世連軍が私達に手柄を渡すまいと功を焦った……とか?」
ラウラは不安そうな瞳をマントの男に向ける。
「――だとまだいい。ただあの魔獣との前線でそんな余裕が持てるなら、人類はこんなにも窮地に立っていない。考えられるのは〝予備プランでなくなった〟ってところだろう」
「思ったより魔獣の侵攻が激しく、先行せざるを得なかった……?」
そこにアンナが割って入る。
「何にしろ、〈ゴア・ボム〉が成功したってことは、魔獣の群勢はもう止まったってことよね? 〈コマンダー〉が撃破されていれば、魔獣は静止して動かなくなるって……」
「あれが〈コマンダー〉に使われていれば……そうですね」
不安そうな瞳でキノコ雲を見直すラウラ。
「どういうことよ……」
とアンナはそう言うが、ラウラの言葉の意図は理解できた。それだけに表情は曇る。
黒マントの男は言う。
「追い詰められた状況では、〈コマンダー〉を狙うなんて〝贅沢〟は難しい。必死隊による作戦は、そもそも主力軍が群勢のほとんどを引きつけてくれているから、別働隊として動けて成立するものだ。それができない場合、次点で使う相手は自ずと決まる」
と、彼はそこまで言ってラウラに指示を出した。
「ミス・マクラウド、空からの観測は可能か? 特にこのパーティーの進行方向の情報がほしい」
本来であれば指揮は彼女の役割なのだが、男のほうが経験豊富なのか次のアクションに出るのが迅速であった。
「は、はい、〈フライ〉を使えば……」
〈フライ〉とは風属性中級魔道のことである。
「頼む」
言われた通りにラウラは無詠唱で〈フライ〉を発動し、ふわっと浮くように空中に飛んだ。そして二十メェトくらい上空まで浮いたかと思うと、その場に静止し、取り出した単眼鏡で道の先を確認した。
途端、彼女は声を荒げる。
「……!! 前方――進行方向に、魔獣の群勢を確認!!」
上空から届いた知らせで、その場の全員に緊張が走った。
「数はおよそ七百と推定……!」
「七百!?」
その数にアルフォンスは圧倒される。七百は魔獣の群勢として少なすぎるが、こちらのほぼ七十倍の戦力差だ。
「……っ、そんなっ!?」
さらに驚愕するラウラに、黒マントの男が様子を尋ねる。
「どうした!」
「群れの最奥に、〈タイプ:コマンダー〉を確認!! 繰り返します、〈タイプ:コマンダー〉を確認!!」
張り詰めた空気にさらに冷気が走ったように肌が震え、皆の緊張が限界値に達する。
「そんな……じゃあ、さっきの爆発は……」
悪い予感が当たってしまったと曇らせるアンナに、黒マントの男は冷静に答える。
「追い詰められて、〈コマンダー〉撃破を断念、せめて群れを少しでも削ろうとして使用した――と言ったところか」
そう黒マントの男は推測した。
「……だが、いくら〈ゴア・ボム〉を群れに使ったといっても、さすがに今ので七百にまで削れたというのは、楽観が過ぎるだろう。大方、〈ゴア・ボム〉の発動に対し、〈コマンダー〉が避難のため群れとは別行動を取った……周囲の七百は、その護衛として分かれたものと見るのが妥当だ」
それゆえに想定された進路ではない、こちらの道へ向かってきているのだろう。
「ミス・マクラウド、あとどれくらいでここに来る?」
黒マントの男の問いにラウラは、
「あと十分もないかと……」
と、頬に緊張の汗を一筋流す。
「に、逃げようぜ! 十人じゃ無茶だ!」
怯えたアルフォンスが訴えた。
「貴方、英雄になるとか言っておきながら、怖気付いたの!?」
アンナはやる気だ。しかし彼女以外の多くのパーティーメンバーは、すでに戦意を失っていた。バロックもどうやらアルフォンスと同様のようで、
「真正面からやり合うのは、死ににいくようなもんだ。第一、すでに作戦は失敗している。その点では私も撤退を提案したい。こんなところが死地だなんて、冗談じゃない」
しかし黒マントの男は特に何も答えず、討伐者ギルドの所属御者のほうに向く。先ほどの震動で興奮状態の馬二頭を宥めるのに必死そうだ。
「御者、馬は動けるか?」
「ダ、ダメだ! 魔道で無理やり宥めるのが精一杯だ! 馬車を引くなんてとてもじゃない!」
彼は精神を落ち着かせる魔道を馬にかけているようだが、それでプラマイゼロを維持するので限界だ。これでは馬車での逃亡も当てにならないだろう。
――が、黒マントの男には最初からその想定はなかったようだ。
「いや、馬車を引く必要はない。片方の馬にお前とミス・マクラウドを乗せて、直接魔道で宥めながら走る程度ならできるか?」
「へ……? ま、まあ、それなら……でも俺らだけで逃げるなんて……!」
そのとき、ちょうど地上に降りてきたラウラからも抗議の声が起こった。
「そうです! 非戦闘員とはいえ、我々も戦場に立つ身。逃げるなど……」
確かに彼らがこの場にいてもできることは少ない。しかしプロの矜持として、敵前逃亡などしたくなかったのだろう。
「……誰も〝逃げろ〟とは言ってない。ここから後方二時間の距離には何がある?」
「何がって……中継点の村が……」
ラウラはそこまで呟いて、はっと黒マントの男の意図を察した。
「早急に馬で向かい、避難指示を出します!」
正解だ、と言わんばかりに男は頷き、ラウラの宣言によって御者も自分に求められている役割を悟った。
それから行動は早かった。馬車から一体の馬を切り離し、御者は精神系魔道を継続させながらラウラを後ろに乗せて走り去っていく。中継点だった村には現在村人はすでに避難してひとりもいないが、ギルドの現地サポート要員が滞在していた。彼らの多くは主に一時滞在する討伐者達の補給等のサポートや、周辺環境の調査などを行う非戦闘員で、御者やラウラのように戦闘経験どころか、戦闘手段すらほとんど持たない。できて初級の攻撃魔道を使える程度だ。だから巻き込むわけにはいかなかった。
そして男は背中で走り去る馬を見送りつつ、視線はこれから来るだろう魔獣の群勢のいる方向へと向きながら、
「滞在員達が避難し終えるだろうその時間まで、こっちはやつらを惹きつけて時間稼ぎだ」
そう言って黒マントの男は前に出た。
「まさかやる気か……?」
信じられないといった目で、バロックは男の背中を見る。
「どのみち人の脚で逃げたところで、いずれ追い付かれるだろう。私達に最初から逃げるなんて選択肢はない」
「……つまり、必死隊ってわけか」
と、アルフォンスがぽつりと呟く。
「いや、〝決死隊〟ではあるかもしれないが、〝必死隊〟には私がさせない」
そう言う黒マントの男の声は静かだが、その瞳には熱がこもっていた。
「さっきも言ったが、あくまでやるのは時間稼ぎだ。そこには私が〈コマンダー〉を〝仕留める〟までのも含んでいる」
「〈コマンダー〉を〝仕留める〟!? しかもひとりで!?」
「……そうだ。だから実質時間稼ぎを担うのは、私以外の九人ということになるな」
アルフォンスが驚くのも無理はない。倒すどころか、七百とはいえその群勢の最奥にいる〈コマンダー〉に近づくことなんて、普通ならこの十人で突進しても無理だ。第一、先ほどの会話の中で、ここの十人に〈ゴア・ボム〉を使える者がいないことが明らかになっており、そこには彼も含む。
「お前は聞いていなかったかもしれないが、元々その予定だった。本来なら軍と連携して行う予定だったが」
そういえば〈ゴア・ボム〉が発動する直前、〝ある戦法〟について話していたことをアルフォンスは思い出したようで、
「〝生還前提の戦法〟……」
少年の瞳に、希望が灯り始める。
「なるほどね……軍と連携できないのは痛いけど、その分向こうも万単位から七百になってるから、不可能でもないってわけか」
顎に指を添えて考察するアンナに、黒マントの男は首肯する。
「そういうことなら、乗ったわ!」
大杖を構えて、彼の左横に並んだ。
「私は貴方の判断に従う! 生きて帰れたらデートくらいならしてあげる!」
「……それは不要だ」
「なっ……! 私の人生初デートを捧げてやろうって言ってるのに!?」
「そういうのは〝フラグ〟って言うんだ」
「ふらぐ……? 何言ってんの?」
「縁起が悪いということだ」
「ハァ!? 私とのデー……」
とアンナのクレームを遮るように、大杖――のように見えた両手持ちの大剣を構えて、黒マントの右横に立ったのはアルフォンスだった。
「……黒のあんちゃん、俺も乗った! 正直まだビビってるけど!」
「助かる」
「おうよ! 英雄譚のプロローグとしては、悪くない!」
ふたりが覚悟を決めたのを見て、バロックもやれやれと観念したように杖を構え、
「……ったく。こうなりゃ、やってやる! 回復は任せとけ!」
と気合いを入れた。続いて一時は戦意を失っていた他の仲間達も、ある種の開き直りからやる気を持ち始め杖を構え出す。彼らもプロだ。やる気になった仲間に、怖気づいたところは見せられないプライドがあるのだろう。
「そういや、あんちゃん、杖は持ってないのか?」
アルフォンスは黒マントの男が、何も武器らしいものを持っていないことに気づく。
すると男はマントの下から、すっと左腕をあらわにした。銀色のガントレットだ。ガントレットは保護用グローブとして防具の役割が主だが、同時にその硬さは殴れば武器にもなる。
「なるほど、それで殴るスタイルか! 俺みたく強化魔道で肉体強くして、近接武器で殴るって感じだな!」
「よく見なさいよ、ガントレットじゃないわ」
「へ?」
アンナに注意されてアルフォンスがよくよく見てみると、彼のガントレットのように見えたそれは義手だった。思えば右腕は何も装着しておらず、露出している。
「義手……。左腕……ないのか」
「……昔魔獣にな。その代わり、今はやつらを殺すための武器となっている」
「武器?」
「さっき〝杖を持ってないか?〟と聞いただろう。これが私の〝杖〟だ」
「え、それが……?」
どう見ても杖ではなく義手にしか見えず、アルフォンスは首を傾げた。
その疑問に答えたのはアンナである。
「義手型の〝装杖〟って杖よ。まだ実用化はされてなくて、各国の研究機関で開発中の装備する杖――いえ、正確には肉体と直結することで、本来の杖よりも大きな効果を外付けで得られるようになった特殊な杖ね」
「へえ、詳しいんだな、お前」
とアルフォンスが素直に感心すると、大きくため息をつくアンナ。
ブリーフィング時に持ち主である彼が説明していたのだ。しかしもはやそのことは言うまいと、心の中で呟くのだった。
「にしても、腕が杖ってなんか変な感じ」
「見た目的にはそうね。でも杖って元々魔道使いが魔道を行使する際、威力を高めたり無詠唱でも成功しやすくしたり補助のためにあるでしょ? そういう本質の話をするなら、十分それも広義の杖と言えるわ」
「そういう……ものなのか?」
アルフォンスは微妙にしっくりきていない様子である。
「ねえ、ちょっとした興味からなんだけど、装杖を持っているってことは貴方……国の研究機関と繋がってるわけよね? ブリーフィングのときは説明してなかったけど……一体何者?」
そう問われた黒マントの男は、しばらく答えに窮し、やがてこう答えた。
「……ただの〝死にぞこない〟だ」
「死にぞこない……?」
「……」
「ふうん……」
それしか答えなかった男に、アンナは詮索してほしくない話題なのだと解釈し、以降は何も聞かなかった。
いよいよ魔獣の群勢が近くなる。無数の獣が地面を駆けるせいか、足元から震動が伝わってきた。
「来たぞ! 魔獣の群れだ!」
仲間の誰かがそういったのを皮切りに、皆雑談を止めて前方へと意識を集中させる。
開けた荒野を帯状に展開して、こちらに向かう群勢が見えてきた。
見慣れた〈ポーン〉と〈チェイサー〉の構成。典型的な群れの構成パターンだ。
「あれが魔獣……」
初めて見る魔獣――それも群勢に、アルフォンスの柄を握る手に力が籠る。
「それであの最奥の無駄にでけぇやつが、〈コマンダー〉だ」
バロックが指差す。その先には一際大きな魔獣がいた。〈タイプ:コマンダー〉。魔獣達の指揮官である。
「……いくぞ」
黒マントの男はそう呟くように言うと、銀色の義手を眼前に構え、力強く拳を握った。
「やつらに受けた理不尽を――叩き返すッ!!」
「「おうっ!!」」
一斉に十人は掛け声を上げるとともに、地面を蹴って走り出した。
十対七百の戦いが幕を開ける――。
★☆★☆★☆★☆★☆
「〈フローズン・スタチュー〉!!」
アンナが大杖を構えて唱えると、群れの一部分約十体の魔獣が、氷漬けとなった。
基本無詠唱は魔道名まで唱える必要はない。しかし仲間と連携して戦う以上、どんな魔道を使うかを示さないと、それを踏まえた立ち回りを仲間ができなくなる。もし無言で発動した場合、最悪射線上に誰かが思わず足を踏み入れ、巻き込まれてしまうなんてこともあるのだ。ゆえに魔道使いは、自分が何の魔道を使うかを周囲に知らせるため、自然と魔道名を宣言することが多い。
氷像化した魔獣らは押し寄せる後陣によって、そのまま躊躇いもなく押し潰されてしまった。
「あいつら仲間のこと何とも思わないのかよ!」
敵とはいえ、無情な所業に憤慨するアルフォンス。
前衛を務める彼は初の対群勢戦にもかかわらず、怯まず突っ込んでいく。
「俺は……! 俺は英雄になるんだ! 兄貴との約束を……守る……!」
そう己を鼓舞するように内心を言葉にし、続けて魔道名を口ずさんだ。
「〈パワーブースト〉〈ガードブースト〉〈スピードブースト〉!」
初級無属性強化魔道の連続詠唱。アルフォンスに限らずC級討伐者はたとえ対魔獣戦が初めてでも、普段から犯罪者対策など戦闘自体はそれなりに経験を積んでいる者が多い。戦いに向き合う姿は、慣れた様子だ。
向かってくる〈ポーン〉達の魔道〈ウインドカッター〉や〈ファイヤーボール〉をかわしながら、やつらの懐に飛び込んで剣を振り回した。強化された肉体による斬撃は、あっさりと〈ポーン〉の胴を上下に分断する。
「まず一体……!」
魔獣は一体一体は恐らく魔道を扱える人間の犯罪者よりは、種としての知能が劣る分対処は楽だろう。
「二体目! 三体! ついでに四体目っ!」
次々と〈ポーン〉、そして近くにいた〈チェイサー〉らもまとめて始末していく。彼と同様に近距離戦タイプの討伐者は自身を強化して武具を振り、アンナのような遠距離戦を得意とする魔道使いは、先ほどの中級氷属性魔道〈フローズン・スタチュー〉や、地面を広範囲に炎で満たす中級火属性魔道〈イラプション〉など範囲魔道で対処していた。上級の範囲魔道を使える者も中にはいたが、あえて使わないのは目的が時間稼ぎで継戦だからだ。
確かに上級魔道のほうが、威力も範囲も中級より上だろう。だが、それで七百を殲滅できるほど甘くない。加えて上級は魔力の消耗が激しいので、倒し切るまでに先に魔力が枯渇してしまう。そこである程度数を減らしつつ時間を稼ぐだけなら、中級程度がベターという結論になるのだ。幸運なことに〈ポーン〉や〈チェイサー〉程度の魔獣であれば、一体一体はそこまで強くなく、攻撃能力のある中級魔道であれば比較的容易に駆除できた。
「すまねえ! しくじった! 治療を頼む!」
パーティーのひとり、火属性魔道を得意とする魔道使いの男が、後方で控えるバロックのもとへ下がった。右腕に〈ウインドカッター〉を受けたようで、千切れてはいないものの大きく二の腕に切り傷を作り、今も血を溢れさせている。
「任せろ!」
バロックがさっそく駆け寄り、杖を握って上級無属性治癒魔道〈グランヒール〉を唱える。緑色の淡い光が火属性魔道使いの傷口を覆った。するとみるみる血は止まり、傷も癒えていく。中級でも十分だろうが、完治までのスピードを考えると上級が手っ取り早い。
「しかしすごい数だな……一体一体はたいしたことないのに、とにかく数がいやがる……」
そう言って、火属性魔道使いは舌打ちする。
「それが魔獣の本当の恐ろしいところだ。やつらが脅威なのは強さではない。その数にある。倒しても倒しても、襲撃のたびに同じ万単位の群れ……どれだけストックがいやがるのか、わかったもんじゃない」
治療に集中しながらバロックは答える。
「なあ……〝生還前提の戦法〟とやら、本当にいけるのか?」
負傷者は不安そうに顔を曇らせた。
「いけると踏んだから、このクエストを受けたのだろう?」
「それは……世連軍やアウロラ軍も一緒だって聞いてたからで……」
「だが、このクエストの要は――そもそもこのクエストは、あの黒マントの男を〝前提〟に組まれたものだ」
「そんなにやつはすごいのか?」
「お前、新人か?」
「……まあ、討伐者としてはな。最近世連軍から移った身だ。あのアンナって子と似たような経緯だよ。知り合いではないけどな」
「なら、言えるのはこれだけだ。〝託すしかない〟」
「それは……〝諦め〟か?」
「……妻と子がいる身としちゃ、それはできないな。そんな私が最終的には〝やってやるか〟となれるほどには、託せる男ってわけだ」
「そうなのか……」
「まあ、そもそも逃げるという選択肢は、やつの言う通り存在しない。となれば、どのみち一蓮托生だ」
「あ、ああ、そうだな」
「よし、傷もほぼほぼ癒えた。これでまだやれるだろ?」
「……わかった。やってやる……やれるところまで、やってやるさ!」
「その意気だ、行って来い!」
とバロックはドンと患者だった男の背中を叩いて送り出す。その後姿を視線で追いながら、注目は自身が命運を託した黒マントに移っていった。
「頼んだぞ」
★☆★☆★☆★☆★☆
黒マントの男は迷わず、魔獣の群勢に突っ込んだ。近づいてきた彼に対してまず〈ポーン〉が脅威と見て反応し、さっそく攻撃魔道を放つ。〈ウインドカッター〉に〈ファイヤーボール〉、他にも初級土属性魔道〈ストーンショット〉や初級水属性魔道〈ウォーターブリット〉が飛ぶが、いずれも彼には当たらなかった。
男は群れの中を駆け抜ける。否――駆けてはいない。しかしその肉体は確実に群れの中を、一直線に〈コマンダー〉に向かって移動していた。
かく呟く。
「――〈シフト〉」
と。
転移――上級無属性魔道〈シフト〉である。
男はその場で瞬時に消えたと思えば、次の瞬間には五メェトほど先に〝出現〟。この距離は彼の実力で転移できる最大幅である。なのでそれを間髪入れず連続して使うことで、結果的に素早い長距離移動を可能としていた。一度の距離が短すぎるので、数で補っているのだ。
それは脚で走るより断然速く、そして転移と同時に確実に敵の魔道を回避することができた。〈ポーン〉らの攻撃はすべて、もうすでに彼が消え、誰もいない虚空を無意味に通過するだけでしかない。
もし当たったところで――。
(〈ポーン〉は初級魔道しか使わない。軽度なら対魔道加工を施したこのマントで、問題ないだろう)
〈コマンダー〉のようにあらゆる魔道をすべて無効化するなんて万能さはないが、男の羽織るマントには初級魔道程度であれば、〝威力〟の八割以上を打ち消す加工が施されていた。これであればもし偶然〈ポーン〉の魔道が命中しても、致命傷にはならない。とはいえ、完全防御ではないので、甘えて魔道を受け続けるといずれ破損して無防備になるし、何より〝威力〟を殺すだけで効果を弱めるわけではないので、氷の魔道を受けると凍りつくし、火の魔道なら燃える恐れがある。何より少なからず衝撃はあるので、その場で思わず足を止めてしまい、近づいてきた魔獣達に囲まれてしまうリスクもあった。したがってあくまで緊急用としてしか使えず、回避できるならするに越したことはない。
ちゃんと効果まで削ぐ対魔道を意識した防具も世の中には存在するが、それを装着すると今度は自身を包み込むように対象とする〈シフト〉に影響してしまい、〝防具だけ転移しない〟なんてことも起こってしまうのだ。そうなると本末転倒である。したがって〝攻撃的な威力だけ削ぐことはできるが、魔道自体は通る〟という一般的に性能としては廉価品のような性能が、彼にとっては限りなくベストに近い選択肢だった。
男はやがて〈ポーン〉や〈チェイサー〉の群れを抜けて、巨大な司令塔の前に立つ。
「〈タイプ:コマンダー〉……」
大きく空を仰ぐほどの巨体――〈コマンダー〉。動きは遅いものの、その大きさは目の前にすると圧巻であった。
試しに男は手のひらを〈コマンダー〉に向け、小さな〈ファイヤーボール〉を放った。その火球は動きの鈍い巨体にとって格好の的であり、特に避けられることもなく命中する。
しかし――。
「やはり……〝壁〟は健在か」
命中した〈ファイヤーボール〉は、まるでシャボン玉のように弾けて消滅した。爆発すら起こさず、〈コマンダー〉の肌と重ねるように存在する透明な何かによって、阻まれたようだ。
男は即座に次の行動――上空へ転移した。五メェトずつ、空に昇っていく。〈フライ〉を使えない彼にとって、〈シフト〉による連続転移こそが上昇の手段だった。
やがて黒マントの男は〈コマンダー〉の頭上に出た。そのときから連続転移は止まる。当然、彼の身体は落下を始めた。
すると〈コマンダー〉は降ってくる男に気づくなり、丸呑みしようと上を向いて大きな口を開ける。最大までその顎を開くと小さな人間ひとりどころか、家一軒くらいの大きさであれば十分口内に含めるほどであった。
「…………」
男は微塵も動揺した様子を見せず、そのまま落下し――。
何の抵抗もなく、そのまま化け物の〝大穴〟に突入する。
――バクゥ。
確かに捕食した――そう感じた〈コマンダー〉が大顎を即座に閉じた。
黒マントの男が、捕食された――。
その光景を遠くから見ていたバロックは、驚愕の表情を浮かべた。生還の希望だったものが、〈コマンダー〉に食われてしまったのだから、当然だろう。〈ゴア・ボム〉を使えない彼が食われたとなれば、それはもう犬死にでしかない。
その瞬間を戦闘のさなか、ふとアンナも偶然一瞥した。当然一瞥で済むはずもなく、その衝撃的な瞬間に思わず、
「嘘……」
と顔が青ざめるとともに、脱力した声が漏れる。
が、しかし。
その絶望に歪みかけた表情は、すぐにも杞憂にほぐされた。
直後丸呑みされたかと思った黒マントの男は、連続〈シフト〉によってその口内から抜け出し、閉じた口の少し上空に転移していた。
「……私を食ったと思ったか? 残念だったな」
次に男は左腕の銀色の手のひらを〈コマンダー〉に向けて突き出し、その手首を生きた右手で支えるように握った。
「そろそろ終わりだ」
そして、静かにかく唱える。
「《――――アシュクロフト、解放》」
と。
途端、左義手の前腕部、上腕部のそれぞれに格納されていた二つの排熱口が、前縁を持ち上げて起き上がり、リトラクタブル的に外部へ展開された。同時にその腕の手甲にはめ込まれていた半球状の金半透明の水晶――〝人工水晶〟が、明るく光を放ち始める。それは空間にまるで、放電現象のごとき金色の光を放った。そして呼応するように男の両瞳も赫く染まる。
男は手の甲から金色の光跡を宙に描きながら、そのまま重力に任せて再び落下していき、〈コマンダー〉の前額板のあたりに着地した。
すかさず銀の手のひらで、そっとその表皮に触れる。
そして、
「――――焦げ果てろ」
本来の〈限界変換量〉を〝超える〟ありったけの魔力を変換し、膨らんだ〈ファイヤーボール〉の魔道を、その大きな体内に〈シフト〉で〝転移〟させた。
すると突如として、〈コマンダー〉の頭部が〝内部から〟燃え始める。
「ウォオオオオオオオオオオオオ――――――――」
白トカゲが、大きく顎を開いて低く唸るような悲鳴を響かせた。男はそのまま跳躍してその場から離れ、〈シフト〉を連続させながら地面へと降り立つ。
そして振り返り、しばし巨体を見上げた。
「…………」
体内を炎が駆け巡り、頭部から胴、腕へと燃焼範囲を全身に広げていく。
〈コマンダー〉の命が、文字通り燃え尽きようとしていた。
男はその終焉を確信すると静かに背を向けて、ゆっくりパーティーメンバー達のいるほうへと歩み始める。
「……《解放、終了》」
歩を進めながら静かに呟くようにそう唱えると、二つの排熱口が一発大きくため息のように最後の熱を吐き出し、ハッチを閉じるように銀色の筐体内へと自動で格納されていった。同時に金半透明の水晶も、まるで消えゆくロウソクの火のようにゆっくり明るさを弱らせていき、やがて眠るように光を失う。
そうして、ただの義手へと戻ったのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆
アルフォンスの強化魔道の効果が切れる。
(くそっ……! 効果切れか!)
すぐさまかけなおそうと、意識をほんの一瞬目の前から逸らしたそのときだ。
自分に向けて〈ポーン〉が両手を向けて突き出し、魔道を発動しようとしている瞬間が視界の端に入った。
「しまっ……!」
気づくタイミングが遅すぎた。このままでは回避が間に合わない。対魔道の防具を装着しているとはいえ、すでに何度も他の〈ポーン〉による魔道を受けてしまい、耐久力はほとんど残っていない。受け止めた場合、耐えきれず防具は崩壊し、肉体が大ダメージを受けるだろう。
それでも反射的に目を閉じ、腕で優先的に頭部を守ろうとガードする。もはや生物としての本能による仕草であった。
――が。
「……?」
いつまで経っても魔道が飛んでこない。
不思議に思い、腕を下ろしてまぶたを開けてみると――。
「え……?」
〈ポーン〉がまるで彫像のように、あるいは時が止まったかのように、魔道を放とうとするポーズのまま硬直していた。その個体だけでない。他の〈ポーン〉達――否、〈チェイサー〉達含めた魔獣の群れすべてが、微動だにしなくなっていた。
「止まってる……?」
ふと背後を振り返ると、全身を炎上させて地面にうつ伏せになり、物言わぬ死骸となった〈コマンダー〉が視線の先にあった。戦闘に集中していたせいか、敵司令塔の死に今になって気づいたのだ。
アンナを始め他のパーティーメンバー達も、燃えゆく巨体を焚き火でも眺めるように静かに突っ立って見ている。
「〈コマンダー〉が……燃えてる……」
その光景に、アルフォンスは呆然と心に浮かんだ言葉を、そのまま呟くことしかできなかった。
そんな彼の横に、バロックがやってきた。
「……見ろ、あれが勝利だ」
「あ、ああ……黒のあんちゃんがやったんだな……」
頭の中でこれが勝利かつ自分は生き残ったのだと理解しても、実感がなかなか追いつかなかった。経験のありそうな周囲も同様なのだから、初の対魔獣群勢の実戦を迎えるアルフォンスは尚更である。
しかし確かに初陣生存率三割強を生き抜いたのだ。こうして周囲を見回すと、メンバーは自分や黒マントの男を含めて六人まで減っている。
(これが……戦場か……)
改めて〈コマンダー〉のほうに視線を向けると、静止する魔獣達の中からこちらに向かってゆっくり歩いてくる影が一つ。
黒マントの男だ。
「アルフォンス、さっき〝討伐者ギルドでも活躍すれば有名にはなれる〟って言っただろう。あれがその最たる例だ」
「え……?」
「――A級討伐者〝銀腕〟のヴァルカ・グラン。絶望が群れをなすこの世界で、〝英雄〟と称される数少ない希望の一つだ」
使命を終えて帰還した英雄を遠目に見つめながら、英雄になれなかった男は英雄になりたい少年に、その名を告げるのだった。
ベルスラ暦六二二年――。
異世界〈レヴァンディア〉は、依然として絶望の中にあった。まるで地獄の炎のまとう灼熱こそが、この世界の平熱であると言わんばかりに。




