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第27話 ノア・メーア?

「どういうことだ……」


 ノア・メーアを見て動揺するヴァルカに、ドリス博士が問うた。


「誰なのじゃ?」


「ノ……ノア・メーア先生だ……。セイラム魔道学園で教鞭を執っていた……。私やエステルの担任教師だ」


「他の者達と同様に生存し、捕まっていたということかの……? しかしお主もエステルも、あまり嬉しくなさそうじゃな……」


 その真意に何かあると、ドリス博士は鋭い視線を交互にふたりに向けた。エステルもヴァルカと同様に、警戒する視線を〝メーア先生〟に向けている。

 ヴァルカは小さく頷く。

 おかしいと、思った。

 どうして彼女だけ、〝綺麗〟なのだろうか。他の壁に埋め込まれた者達は、この三年一度も身を綺麗にする機会がなく、それ相応に老廃物に塗れている。目の前のメーア先生は、裸体であることは共通しているものの、まるでついさっき入浴したかのように清潔だ。


 それに、どうして彼女だけ意識が覚醒し、壁から脱出して動き回れているのか。確かに魔道使いとして実力者だった彼女であれば、それが可能だったかもしれないが、どうやって食料も飲み物もなさそうなこの場所で生きながらえたのか。

 否、そもそもおかしいのだ。


(なぜ、生きている?)


 あのとき確かに自分は彼女の死を――〈インフィルトレーター〉の体内で溶かされ、分解されていく様子を一部始終見たはずなのだ。

 それなのに、汚れどころか傷一つなく歩き回っている。


「貴様は、〝何〟だ?」


 ヴァルカはメーア先生に〝見える何か〟にそう問うた。

 〝何者だ〟とは問わない。それは人に対して問う言葉選びだから。

 すると――――。


「ふふ……あは……アハハハ! なんだ、もう茶番は終わりか!」


 人間味あふれるメーア先生の口調で、メーア先生ではない何かは笑う。


「お前達人類と他愛ない会話ができるのを、ずっと楽しみにしていたんだがな。せっかく人の外見と知識を手に入れたのに、ここを離れられないから暇で仕方がなかった」


 そう言って右腕を掲げると、ずっと人間の色や質感をしていた肌は徐々に白半透明に変化していき、右手が手首あたりまでドロリと粘液に変化、滴りまではしないものの重力に従ってネバッと液状に垂れ始める。

 その液体的肉体を、ヴァルカは見たことがあった。


「私は、〝これ〟だ」


 その〝これ〟の答えをいち早く口にしたのは、ドリス博士。


「まさか……魔獣か!?」


「この肉体の〝元〟の記憶では、私はこう呼ばれていた――〈インフィルトレーター〉と」


「〈インフィルトレーター〉……!」


 その言葉を聞いて、ヴァルカは思い出す。


(こいつは……)


 かつて、目の前で恋人のリィナが殺されたビジョンを。

 アルフォンスは魔獣と聞いて、取り急ぎ剣を抜く。


「なんで、〈インフィルトレーター〉が人間の姿してんだよ! もっとドロっとした液体の塊みたいなやつだっただろ!」


 剣を構えるも、目の前の状況に混乱して手元が震えていた。


「私はどうやら記憶や知識を含めて、人間の姿に〝変身〟――いや、〝再現〟することができるようだ」


「なに……? 〈インフィルトレーター〉にそんな能力が確認されたことはないぞ!?」


 ドリス博士は驚きを隠せない。装杖の研究者はその研究目的が魔獣討伐である以上、その対象のことにもある程度詳しい。何より元S級冒険者なのだから、知識以上に経験として知っているのだ。


 ――〈インフィルトレーター〉に、変身能力なんて備わっていない。

 それが現在の人類の正式な知識である。しかし目の前の魔獣を自称する存在は、各部の形状から見た目の肌の色合いから質感まで、元のRPGで見るスライムのようなゼリー状のものではなく、人のものを再現していた。


「確かにこの肉体にあった記憶には、私に関する情報でこの現状と一致しているものはなかった。だが、一方で面白い知識も発掘できたんだ。なんだったか……」


 そう言って頭に右手人差し指を添え、考える仕草は人間のそれである。先程液状化した右手は、いつの間にか再び人間のものに構成されていた。


「ああ、そうそう。記憶にはこうあったな、〝突然変異個体〟と」


「突然変異個体……!?」


 エステルも驚愕した。

 確かヴァルカもかつてメーア先生の授業で、知識として習った覚えがある。

 それを、まるで教え諭すかのように、〈インフィルトレーター〉が語った。


「二十万体に一体、本来の役割や能力とは別に、特殊な固有能力を持った個体が種類関係なく誕生することがある。それはお前達のいう〈コマンダー〉に支配されず、自ら思考して行動する主体性と独立性も持ち合わせ、いずれは次のダンジョンの主となる運命にある……だったか?」


「〝ダンジョンの主〟じゃと……? お主がこのダンジョンにおいて、最上位の魔獣じゃというのか!?」


 聞き逃がせないキーワードに、ドリス博士は目を丸くした。


「このダンジョン〝内〟においては、そのとおりだな」


 人間の驚くリアクションが楽しいようで、〈インフィルトレーター〉は口元を綻ばせる。


「よもや、魔獣とコミュニケーションを取る日が来るとはの……」


 まったくの未知の状況に、ドリス博士の頬に緊張の汗が流れた。

 すぐさま敵対行動をしてこないのは、〝人類と他愛ない会話ができるのを、ずっと楽しみにしていた〟が本音なのか、あるいは人類に対する余裕か、はたまた両方か。


 とにかく即座戦闘とならないことをチャンスと思ったエステルは、〈インフィルトレーター〉に問いかける。コミュニケーションができるとわかった聡明な彼女は、ダメ元でも何か人類に役立つ情報が引き出せないかと思ったのだ。


「貴方達魔獣は、一体どこからやってきたんですか! 何十万という群れが、どうやって人類史上つい最近まで人類に気づかれず、生きてきたんですか……!」


 これは全人類が感じている疑問だ。〝ある日突然現れた〟。それが魔獣達への印象であり、そしてそこから何もわかっていない。

 しかし、それはどうやら魔獣側も同じなようで、


「我々の共通認識としては、お前達こそある日突然目の前に現れたという認識だ。もっとも、私がこの世界に産み落とされたのは、お前達の時間間隔でいう五年前。それより前に関する質問については、答えを出せる情報を持っていない。このノア・メーアなる者の記憶には、〝ある日突然、異なる世界からこの世界に放り込まれたのでは〟という憶測もあるが……これもあくまで妄想の類だろう」


「そう……ですか……」


 思ったより進展した情報を得られなかった、という落胆がエステルの顔に浮かぶ。しかし異世界転生者であるヴァルカとしては、確信に至る材料がないにしろ、可能性としてありえると思った。メーア先生がその可能性を考えていたことに驚きである。


「もう一つ聞きたいことがあります。ここで何をしているんですか? どうして生き残った人達を、捕まえたんですか?」


 エステルはさらに情報を得ようと質問を続ける。


「ん? ああ、そうか……まだ人類の知識にはないのか。なに、簡単なことだ」


 ためらいもなく、まるで本当に旧知の仲であるかのように〝敵〟は答えた。


「捕まえた人間を、お前達がダンジョンと呼ぶ〝この子〟に、魔力を食わせているんだ。自分じゃ動けず餌も獲れないくせに、それしか食わない厄介なやつでな」


「食わせる……? ダンジョンに? それってまるで……」


 察してしまったエステル、そして彼女を始め一同は、衝撃に顔を強張らせる。


「……そうだ。〝ダンジョン〟は、私達の〝仲間〟だ。そして今、外にいる子達を産み落とした〝母〟でもある」


「なんじゃと……!?」


 ずっと魔獣達の拠点だとか生産工場だとか言われていた〝場所〟が、まさかの魔獣の一種――すなわち〝生物〟だったことに驚きを隠せない。

 〈タイプ:ダンジョン〉――それが正体だった。


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