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第26話 再会

 ヴァルカ、ドリス博士、アルフォンス、エステルの四人は、脚を止めずとにかく走った。〈ウォール〉の向こうも途中やはり魔獣は出ず、ここはエステルが言ったように住処ではなく、ただの魔獣を生み出す生産工場なのかもしれない。

 ――なんて、ヴァルカが思考を巡らせていると、


「みなさん、この先開けた場所に出ます!」


 エステルの指差す先、この長く続いた道の〝出口〟が薄っすらと見えてきた。


「そろそろ〈ナイト・ビジョン〉の効果が弱まってきたのう……。言われるまで、その〝出口〟とやらが見えんかったわい」


「そっか、私〈シムラクルム〉があるから……では、ここを抜けた先で、再度かけ直しをお願いします!」


「ウム、承知したのじゃ!」


 そして、一同は長かった一本道を抜けた。


「ここは……?」


 そこは、ドーム状の空間だった。


「え……」


 エステルからなぜか強張った声が漏れる。そしてそれっきり彼女から続きを紡ぐ言葉はない。その表情を確認すると、薄っすら声と同じく強張っているようにも見えた。

 弱まった〈ナイト・ビジョン〉の効果でも、何とか空間の構造・輪郭は把握できる。恐らくは縦にも横にも、直径五十メェト以上はありそうな広大な場所だ。同時に自分達はそれほどまで、深く進んで来たことを自覚させられる。


「う……少しばかり、妙な臭いがするのう……」


 鼻奥につんとまとわりつく不快さに、思わずドリス博士は顔をしかめる。その漂う正体不明の臭気は、他のパーティーメンバーも感じていた。


(なんの臭いだ……?)


 その根源をヴァルカ達が周囲を見回して探ろうとするも、少し明かりが足りない。確かに〈ナイト・ビジョン〉の効果が落ちているようで、すぐそばの仲間の立ち位置はまだわかるものの、この場の全体像を視認するのは難しかった。壁の存在自体はわかるし、それとなく輪郭はわかる。その壁にあちこち何やらボコボコと突起のようなものが生えているのも、シルエットだけならわかった。しかし詳細までははっきり視えない。


「〈ナイト・ビジョン〉」


 ヴァルカ以外も同様なようで、さっそくドリス博士が魔道で皆の視界に再び光を作った。


「これで視えるようになっ……」


 が、言い切る前に、その目に可視化された周囲の景色を見て、彼女の言葉が止まる。


「なん……だよ……これ……」


 アルフォンスもあまりの衝撃の光景に、目が釘付けになっていた。

 ヴァルカですら、言葉を紡ぐ余裕なんて湧かない。


「…………」


 さっきまでの鼻腔内に蔓延る不快さなんて、一瞬で頭から消え去ってしまっていた。

 なぜなら、


 そのドームの壁一帯から天井まで、地面以外のあらゆるところに、無数の一糸まとわぬ人間達が意識なく磔にされていたのだから。


エステルは目の前の光景に顔を歪ませて硬直していた。絶句の理由はこれだったか。


「なんじゃこれは!! もしや、やつらは……魔獣は、人間を捕獲していたのか!?」


 そうとしか思えない。しかし誰もドリス博士からこぼれた問いに、断言できる答えを持たない。

 磔にされた人達は、老若男女国籍人種関係なく皆着衣を一切身にまとわず、生まれたままの動物としての姿で、正確には〝埋め込まれて〟並べられていた。壁の中に下半身すべてと両腕の前腕部分が埋まり、上半身と頭部だけを露出させている。

 エステルがあることに気づく。


「この人達……まだ生きてます!!」


「ほんとじゃ……! よく見れば、胸が動いて……呼吸しておる!」


「ちょっと待て! 魔獣が人を生かして捕らえるなんて、聞いたことねーぞ! あいつらは殺すか食うかしかしないはずだ!」


 そうアルフォンスが興奮気味に大声を出すが、現実がそれを否定する。


「そう思い込んでいただけ、ということじゃな……。現実的に、調べる手段もその気もなかったからのう」


「まさか魔獣が捕らえる……いえ、〝保管している〟なんて思いもしませんよ……!」


「何がしたいんだよ、一体……!」


 理解できないがゆえの恐怖と嫌悪感で、アルフォンスは顔を歪めた。


「この三年、飲まず食わずどうやって生きてたのじゃ……」


 ドリス博士が驚きとともにこぼした疑問。ヴァルカが憶測で答える。


「魔獣達が、食わせていたということか……?」


 壁に埋め込まれた者達は皆、顔から身体にかけて骨格が浮かぶほど肉や脂肪は落ちて痩けており、肌は皮脂や垢に塗れて黒ずんでいる。しかし一見して死亡している者はいなそうで、皆ちゃんと生きていた。


「じゃが、これじゃ……ただ〝死んでいないだけ〟じゃな……。生かされてるだけじゃ」


 魔獣達は、捕まえた人類をダンジョンの壁に閉じ込めて、何をしていたというのか。


「ヴァ、ヴァルカさん……!」


 そのときエステルがまた何かに気づいた。


「……どうした?」


「あれ……」


 ゆっくりと恐る恐る上った彼女の腕は、ある一点を震えながら指差した。ヴァルカはその指先の向くほうを目で辿っていき、そしてその震えの正体を知る。

 そこには、


「ビビ・カーラ……?」


 かつての級友が、天井に近い壁の上部に埋め込まれていた。


(生きていた……のか?)


 ツインテールだった髪は留め具を失って、そのまま下ろした状態になっているが、確かにビビだ。

 しかしその見た目の変わりようは、正視に耐えない有り様だった。あの鮮やかだった赤髪は傷んでくすみ、他の者達と同様に痩せこけ、以前の美貌は見る影もない。


「ヴァルカさん! ラルゴさんもいます!!」


 続けてエステルの指差す方向に、ラルゴ・エルーロンもいた。ちょうどビビと反対側の位置だ。ビビがいたことから、すぐさま他の級友の姿も探したのだろう。


「ラルゴ……!」


 同様に彼も、皮と骨だけの生きる屍のようになっている。そこに喧嘩友達だったときの精悍さは微塵もない。

 ふたりとも当時明確に死を確認したわけではなかったものの、状況的に生存の可能性はないだろうと考えていた。しかし彼らはあの三年前運良く生存、あるいは〝生かされて〟捕まり、こうして何らかの目的でずっとダンジョン内にいたのだ。

 死んだと思っていた人が生きていた。

 そして同時に気づいてしまった。


「まさか、ここにいるのは……」


 そのヴァルカの呟きに、ちょうど同じ発想を持っていただろうエステルが頷く。


「はい……恐らく、この人達は――――王都リーリスの生存者達です」


 そのとき、突如アルフォンスが叫んだ。


「兄貴!」


 皆が視線を向けると、彼は地面からほとんど離れていない高さの壁に埋め込まれた、ひとりの男性の前に立っていた。その男は皆と同様に痩せてはいるものの、どこかアルフォンスと似た容姿をしている。


「こんなところにいたなんて……! ったく……放浪癖もたいがいにしろよ……!」


衝撃の再会を果たしたのは、何も自分やエステルだけではないようだ。〝兄貴〟という言葉、そして涙を流してすがりつくその背中から、男が彼の家族なのだと一同は察した。

 ドリス博士が、皆に声を掛ける。


「手分けして、ダンジョンに埋め込まれたこの者らを救出するぞ!」


 異論はない。全員元よりそのつもりだった。涙を拭い、アルフォンスも頷いて返す。

 ――が、それを、ある声が妨げた。


「それはやめておいたほうがいいな」


 それは、攻略パーティーの誰のものでもない女性の声。


「何者じゃ!!」


 声のしたほうに一同が視線を向けると、ゆっくり奥から歩いて現れたのは――――。


「メーア……先生……?」


 エステルがこぼすように、その名を唱えた。


「久しぶりだな」


 一糸まとわぬ姿のノア・メーア先生が立っていた。


 当時と何も変わらない姿で。


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