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第28話 仇

「ってことは、俺達……魔獣の腹の中にいるってことかよ!!」


 その事実にアルフォンスは、青ざめる。


「はは、いい顔をするじゃないか。思っていた会話とは少し違ったが、こういうのも悪くない。この個体――ノア・メーアだったか。食べたかいがあったというものだ」


(〝食べた〟……?)


 ふとヴァルカに聞き逃がせないキーワードが通り過ぎる。


「さあ、次の会話はなんだ? せっかく会話というものが、できるようになったのだ。もっとお前達のことを聞かせろ。じゃなきゃ、あとは食らうだけだぞ?」


 それに対し、口を開いたのはアルフォンスだった。


「もう人類を襲うのをやめろ! 引き上げてどっかに行ってくれ!」


 しかしその懇願を、〈インフィルトレーター〉は一蹴する。


「お前達こそすべてを我々に譲り、世界の隅っこにでも引っ込めばいい。我々が生きていくためには、広大な領域が必要だ」


「くっ……!」


 平行線だった。同じ世界に両者が住むには、思考も価値観も何もかもが違う上に、数が多すぎるのだ。生き残るために譲り合い、分け合うのは難しく、パイの奪い合いをせざるを得ない。そもそも人類だけでもそうなっているのに、異なる生き物同士で奪い合う以外の選択肢を取れるはずがない。

 そうした会話の横で、ヴァルカは先程の〝食べた〟というキーワードに端を発し、ひとり別のことに意識を割いていた。


「そうか……。やはり同一個体だったんだな……」


「ヴァルカさん……?」


 様子のおかしいヴァルカを、エステルが訝しむ。

 彼はずっと引っかかっていた。

 なぜこの突然変異個体は、メーア先生に変身できたのか。その記憶を持っているのか。

 〈インフィルトレーター〉であることと、メーア先生に変身しているというふたつの〝手がかり〟は、ある可能性を当然想像せざるを得ない。

 

〝こいつがリィナを殺した〈インフィルトレーター〉と、同一個体なのではないか?〟

と。

 しかし、確信はなかった。他にも同じ種類の魔獣は多くいる。どれも人類から見れば、それぞれの見分けなんてつかず、同一個体かどうかなんてわからない。

 だから、〝もしかすると〟とは思いつつ、合理性を失って下手なことをしないよう冷静でいることに努めていた。

 だが、先ほどやつは自ら、その疑問符に答えを提示した。

 メーア先生を殺した――つまりは、リィナを殺した個体と同一であるということに。


「すまない……。冷静になれるのは……ここまでのようだ」


 その宣言と同時に、ヴァルカの憎しみに満ちた瞳が、仇敵を鋭く捉える。


「な……! いかん! 早まるな!」


 そうドリス博士が言ったときには、〈シフト〉を繰り返し、すでに飛び出していた。


「……ふむ、楽しい会話もここまでか。残念だ」


 〈インフィルトレーター〉はニィと笑みを浮かべ、背中から十本の蔓のような硬化した粘液の触手を生やす。それらはあっという間に長さ十メェト以上伸び、向かってくるヴァルカに次々と先端を差し向けた。


「ええい、始まってしまったか! ったく、世話の焼ける……!」


 ドリス博士は制止を諦め、錫杖を掲げて〈グランパワーブースト〉〈グランガードブースト〉〈グランスピードブースト〉を唱える。すると自身、エステル、アルフォンス、そしてヴァルカを強化魔道の淡い赤の光が包んだ。


「……!」


 ヴァルカは次々と強襲してくる触手の群れを、〈シフト〉で避けていった。襲いかかる触手は空を刺し、捕捉したと確信しても突くのは彼ではなく、至るは地面だった。

 そしてあっという間に、距離を詰める。


(この一回で、確実に殺す……!)


 本来なら〈インフィルトレーター〉程度の大きさの敵に、〈オーバードライブ〉を起こす必要はなく、通常の〈ファイヤーボール〉の転移のみで倒しきれる。しかし不運なことに、やつの体内はほとんどが水でできていた。それゆえに元々〈限界変換量〉の低いヴァルカの、それも〝初級〟の〝火〟属性魔道である〈ファイヤーボール〉だと、体内転移でも焼くことがそもそも難しい。この上なく、相性最悪なのだ。だからこその〈オーバードライブ〉。これにより、相性最悪を水すら蒸発する圧倒的火力で、強引に押し切る。


 加えて、体内のコアがやつの弱点だが、逆に言えばそれを破壊せずして討伐はなし得ない。あちこち状況に合わせて移動する対象物を適切に破壊するには、ヴァルカの場合狙うよりも一気に全体を丸ごと焼き切るほうが確実だった。

 そして何より、敵は人間の記憶力を再現している。会話を見るにそれを活かす程度の知能も持っている。手の内を一度晒してしまうと、対策を考えられてしまうかもしれない。

 だから、確実性を考えるなら、チャンスは一度のみ。そこに全力を出すしかない。

 復讐者は静かにかく唱えた。


「《アシュクロフト――――》」


 そこから〝解放〟まで唱えると〈スペムノンハベット〉により、人為的に〈オーバードライブ〉を引き起こすことができる。あとはそのまま左腕でメーア先生の顔をした偽物を掴み、焦がし尽くすのみ。

 それでヴァルカの復讐は終わりを告げる。

 ――が。


「やっほ、〝ヴァルくん〟」


 突如視界に、

 元恋人だった少女が、現れた。


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