第17話 散りゆく無名の英雄達
「人類世界に勝利を!」
右翼に展開する世界連合軍の歩兵は、自身を鼓舞するため標語を叫び、無詠唱で〈ハイパワーブースト〉〈ハイガードブースト〉〈ハイスピードブースト〉の三種の中級無属性強化魔道を唱える。各種強化魔道は効果としては、身体能力を強化するだけというシンプルさだが、それは言い換えれば複雑な扱いを必要とせず、時と場所を選ばない汎用性の高さを意味し、加えて習得も鍛錬も比較的容易な魔道ということもあって、知恵を絞るのが苦手な学のない多くの魔道使いに好まれた。そしてそうした者達の多くは、戦場において近接戦を担う歩兵となった。
歩兵達は襲ってくる魔獣達を、端からその強化された肉体で剣を振り回しながら、薙ぎ払っていく。
「出たぞ! 〈ガーディアン〉だ!!」
誰かの叫びに、皆が一斉に振り返る。
すると、そこにはポーンと同じ人型ながら横にも縦にも大きい、肥満体の六メェト近い巨大魔獣が一体立っていた。
「くっ……でかい……!」
ダンジョン付近には普段の戦場では、見ないようなタイプの魔獣もいる。
まさに〈タイプ:ガーディアン〉と名付けられたものがそれだ。〈コマンダー〉の次に大きい体躯を持ち、自身の腹部ほどの大きさまで膨らんだ両手が何より特徴的だ。
(あれに潰されたら終わりだな……)
例に漏れず全身は白い肌、口以外の各種器官を持たず、そして魔道を使う。使うのは主に強化魔道で、そこは〈チェイサー〉と似ているが、〈パワーブースト〉系のみに特化していた。あの両手を最大限に活かす魔道である。
その握り拳で殴られたら、ひとたまりもないだろう。
そんな攻撃的な魔獣にもかかわらず、〝ガーディアン〟なんて呼ばれているのは、その役割が人類生活圏への侵攻には一切なく、ダンジョンの周辺にのみ配置されて攻撃をもって敵の侵攻を防ぐことにあるからだ。
「うぉおおおおおおおお――――!!」
ある勇敢な歩兵が、〈ガーディアン〉に飛びかかろうと挑んでいった。
しかし、戦場にいるのはやつだけではない。横から〈ポーン〉に飛びかかられて押し倒されたその歩兵は、その〈ポーン〉ごと――――。
グシャリ。
〈ガーディアン〉の握り拳に押しつぶされてしまったのだった。
「うぐ……」
さっきまで勇ましさを見せていた人間が、あっという間に目の前で肉塊になったことでその場の兵士達は一瞬恐怖を募らせるが、そんなことで止まっていられない覚悟が彼らの中にはあった。
この場に駆けつけたばかりのある小隊は、〈ガーディアン〉に挑むことを決意する。
「俺がやつを引き付ける! その間に隙を見つけて、小隊全員で不意打ちしろ!!」
「なら隊長、その役目、私が……!」
「バカか!! お前らに周囲の〈ポーン〉を気にしながら、やつの気を引き付けられるか!?」
「それは……」
ダンジョン付近の魔獣の群勢には、〈チェイサー〉はその役割的に適していないのか数はほとんどいない。その代わり〈ポーン〉がその分を埋めていた。やつらは〈チェイサー〉ほど素早くはないが、遠距離からの魔道による攻撃から、接近しての肉弾戦まで多彩な戦い方をするのが厄介だ。隊長の言う通り、そんなトリッキーな相手に意識を割きながら、目の前の巨体の気を引くのはたかが一兵卒には厳しい。
「意味のある死以外は許さんからな!!」
そう言って隊長はひとり、〈ガーディアン〉の気を引くため突っ込んでいった。
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一方で、左翼に展開するアウロラ共和国軍のある小隊と、ともに行動するオリエンス帝国軍のある小隊もまた、〈ガーディアン〉に苦戦していた。
「こいつ……! 〈コマンダー〉みたいに、魔道が効かない!」
「いや、傷はついてる! 無駄に硬いだけだ!!」
歩兵の中には〈ファイヤーボール〉や〈アイスアロー〉など、初級の遠距離攻撃魔道を扱える者もいる。ただ適性がより無属性の強化魔道にあるがゆえに、歩兵として配属されていた。
遠距離攻撃魔道を放った歩兵は、他の仲間が接近する中で援護目的の〈ファイヤーボール〉を放ったが、肌に小さく焦げ跡を作るくらいの成果しか得られず。効いていないわけではないが、効いているとは言い難い。
「隊長、この場は私が引き受けます! 一旦下がって立て直しを!」
部下の進言を、アウロラ軍の小隊は剣を構えて笑い飛ばした。
「はっ! ヒヨッコが偉そうな口きくな! お前ひとりで何を引き受けるって! そんな英雄みたいなこと、お前だけにやらせるか!」
「隊長……」
たった一体に、すでに両小隊を合計した兵の三分の一がやられている。周囲には〈ガーディアン〉の拳に叩き潰された人間〝だったもの〟が、まるで吐瀉物のように中身を撒き散らして転がっていた。
幸運なのは、〈ガーディアン〉は個体数が少ないことだろう。
約二十万の群れに対して、〈コマンダー〉が現在確認された数でいうと十体、〈ガーディアン〉が約百体とされている。〈コマンダー〉一体をひとつ群れの単位と見做すと、〈ガーディアン〉はおよそ群れひとつに十体いることになる。
「こいつらには死んでも渡さねぇ。俺達の国を……! 故郷を! ここが正念場だぞ!」
「はいっ!」
いずれは自分達の国もフェリックスのように飲み込まれる。アウロラ共和国とオリエンス帝国は、常にその恐怖を抱えていた。今はなんとか国境線で持ちこたえているものの、無限に思える数を次々投入してくる魔獣の群勢に対し、いずれは人類側の戦闘員のストックが先に尽きる可能性が高い。
そうなる前に、決着はつけないといけない。その考えは国の上層部はもちろん、末端の兵にも内心では浸透していた。
「アウロラの隊長さん、かっこいいこと言うが、手が震えてますぜ!」
そう言って隣に剣を構えて立つのは、オリエンス帝国軍の小隊を預かる小隊長だ。
「ここは俺らみたいなバカの集団の手も必要なんじゃないか?」
「助かる……! だが、この震えは、勇み立つ心が奮起しているだけだ!」
世の中、一人の理不尽による死は悲劇的に扱われる。しかしこうした集団の死はただの数値――否、戦場においては正確に数値にすらならず、十把一絡げの有象無象として〝約〟で括られるのだ。彼らの戦いが、死が、人生が人類にもたらすものは、あまりにも少ない。しかし、それでも彼らは最期まで剣を握ることを諦めなかった。




