第18話 かつて王都リーリスだった場所
――今日この日、ヴァルカはいつもの黒いマントを羽織り、戻ってきた。フェリックス王国、王都リーリス、セイラム学園に。
(あれが……リーリスだった場所か)
丘の上に築かれた人類の陣地から、遠目にかつての故郷を眺める。そこにもはや以前見ていた景色はなく、あらゆるものが破壊されてほとんど更地になっており、都を囲っていた外壁もシンボルであった王城や学園校舎も、何もかもが原形すら残っていない。まるで広大な瓦礫のゴミ捨て場のようだった。
「…………」
時折大きな爆発や、かすかに鳴き声、小さいが人の声などがまばらに聞こえる。
すでに戦いの火蓋は切られており、今いる陣地は数日前までは魔獣達の領域であった。楽に獲得できた領域であるかのように思えるが、今現在も囮を引き受けた連合軍による継続した戦闘によって、この場の安全が確保されていることを忘れてはいけない。人間の命を毎秒消費しながら戦う彼らの尽力が緩めば、一瞬で再度奪われてしまうだろう。ダンジョンから近いのだ。当然である。
だから普通なら、そんな不毛なことはしない。すべてはダンジョン攻略を成せると信じての、進軍なのだ。
(これでもし失敗に終われば――人類は確実に後退する……)
改めて責任の重さを痛感し、しかし顔に出さないよう平静を装った。
あくまで自分は、復讐をしにきたのだと言い聞かせながら。そんな使命感を帯びた覚えはないと思いながら。
(ここまで、長かった……)
エステル、ドリス博士、アルフォンス、アンナ、バロックも、並んで同じ景色を見ている。各々何を抱えているのかはわからないが、それぞれ緊張の面持ちで口元に緩みはない。ドリス博士もいつもの白衣ではなく、髪を後頭部あたりで団子状に結い、動きやすい短パンを中心にした服装になっていた。手には自身の身長よりも大きい、錫杖のような魔道使い用の杖を握っている。これが彼女のいわゆる戦闘服姿なのだろう。
連合軍が魔獣達を引き付けての突入作戦。魔獣は数が多いものの単純なので、こうしたシンプルな手法でも引っかかる。〝人類はこう考えているからこう対策する〟といったところまで考えない。
と言いつつ、こちらも最善手が取れているかと言われると、そうでもないだろう。現状の人員、世界情勢、予算といった様々な条件を総合的に考えると、これがもっともマシな方法というだけなのだ。
もし人類が皆、飛空可能な魔道〈フライ〉を使えればと思う。制空権を取りつつ、もっと有利に戦えるからだ。しかし現実的にそれが難しいのが辛いところである。習得難度は標準的な中級魔道なのだが、空中での姿勢制御など魔力以外のコントロールが必要かつ、とても複雑なせいで使いこなすのが非常に難しく、さらに別の魔道も併用して戦うという器用な真似ができるのは極少数。また一度の変換量も多く、他の魔道と同時使用なんてしていたらあっという間に魔力枯渇するのだ。
(ままならないな……)
配られる手札の内容も枚数も、十全には程遠い。
「ヴァルカさん」
聞き覚えのある声が背後からしてヴァルカが振り返ると、そこにはまさしく〈フライ〉の使い手でもあるラウラ・マクラウドが立っていた。その後ろには武装した魔道使い十人。いずれも年老いた六十は超えそうな男性達で、その瞳から放たれる覚悟の雰囲気は、ただの老人ではなく熟練の老兵であることを確信させる。
「ミス・マクラウド、久しぶりだな」
「はい、お元気そうで何よりです」
セト支部のギルド職員なので、この場にいるのだろう。
「少々ご挨拶させていただこうかと」
そう言ったラウラの背後から、ひとりのプレートアーマーを身につけた年配の男が前に出てきた。バイザーを上に開き、顔を出している。その顔だけでもあちこち傷跡があった。
歴戦の勇士――このような言葉が脳裏によぎる。
「お主が、攻略パーティーのリーダーか?」
「ええ、そうです」
「ワシは護衛パーティーのリーダーを預かる、ロイド・ガーランドだ」
「ヴァルカ・グランです」
彼を始めとしたこの武装した魔道使い達は、ヴァルカ達の両サイドを囲み、ダンジョン突入をサポートする護衛パーティーである。人数としてはもっといたほうがいいかもしれないが、サポートを目的とするなら、範囲魔道を使える魔道使いをこれだけ集めれば十分だろう。何より多すぎると、連合軍が引き付けたはずの注意を、かえってこちらに向けさせかねないし、とにかく突き抜けて目的地に到着する速さを重視するので、機動力の観点から大軍にならないほうが動きやすい。
「……若いな」
とロイド氏。どういう意図の言葉なのか、読み解こうとしていると――――。
「ああいや、すまない。悪い意味で言ったのではない。むしろこのような作戦に若人を立たせてしまった、ワシら年寄りの不甲斐なさに自己嫌悪してな」
「人類も、余裕はありませんから……必要です」
「そうじゃない。本来必要不要の話ではないのだよ。なのに必要の話しかできなくなっているのが問題で、そして歯痒いのだ」
この護衛隊は高報酬だが、その分恐らくこのクエストでもっとも危険な立ち位置を担う。
報酬目当てではないのだろう、その瞳は皆、生者の気配を感じないほどくすんでいた。
「お前さん、歳は?」
「十八です」
「……それでその〝目〟か。ヴァルカ殿、年寄りの戯言として聞いてくだされ」
「……? なんでしょう……?」
「常に己が〝生きたい人生〟を生きなされ。〝生きたい〟――そう思える本当の人生を探し、生きなされ。死ぬのは、その後でも遅くない」
彼が何を言いたいのか、その諭すような目から伝わってきた。
「…………」
ヴァルカはなんとも答えられなかった。
「それだけだ。あとは、戦場でな」
ロイド氏は立ち去ろうと背を向ける。彼に合わせてラウラ含めた他の十人も、目礼だけして去ろうとした。
ヴァルカは老兵のリーダーに、ひとつ質問を投げかける。
「ロイドさん……貴方はそれを全うできそうですか?」
すると、彼だけ少し立ち止まり、顔をこちらに向けると、
「これから、しにいくのだよ」
それだけ答えて、自身らのテントのほうに戻っていった。
聞くところによると、皆討伐者としてA級の実力者のようだ。




