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第12話 フィスティス・トレーユの想い

「またこんなところでサボっているのか、留学生」


 その声にフィスティス・トレーユは目を覚ました。視界に映ったのは、仰向けのこちらを覗き込むノア・メーアの顔だ。


「あら、また私を捜しに来たの? 学級委員さん」


 セイラム魔道学園二年B組学級委員の役職を担う彼女は、同じクラスメイトの不良生徒たるフィスティスを捜しに来たのだ。


「先生に捜せと言われてな。まあ、いつも通りこの屋上にいると思っていたが」


「ふふ、ノアは私のことよくわかってるわね」


「ああ、何度ここが立ち入り禁止であると、教えても覚えないバカだと……よくわかってるさ、フィスティス」


「いやね、ちゃんと覚えてるわよ。覚えてなお、ここに来てるの」


「余計たちが悪いな」


「だって、ここにいれば他の人は来ないもの」


 呆れて頭を抱えるノア。


「まったく、呆れたやつだ。どうやって入った? 前回合鍵は没収したはずだが……」


「鍵開けの魔道って、知ってる? もう市販の魔道書には載ってないんだけど」


「またコレクションの魔道書か……さらに呆れるな」


 フィスティスは上体を起こして、微笑みを浮かべる。


「あら、前は魔道書収集癖、褒めてくれたじゃない。〝お前の収集は消えゆく魔道の保管になる〟って」


「それは微塵も否定しない。使い方に文句を言ってるんだ。まったく、オリエンスにあるご実家も、この体たらくでは〝なんのために留学させたのか〟と嘆くぞ」


「別に家が困ろうがどうだっていいわ」


 フィスティスは自分を縛る実家が嫌いだった。留学したのも、家のあるオリエンス帝国から離れるため。手段を選んでられないようなよっぽどのことがない限り、両親に甘えるようなことなんてしたくない。この留学費用だって、自身で家庭教師をするなどして稼いだものだし、留学資格自体本国での成績で掴み取ったものだ。


「そう言うがな、フィスティス……」


「もう、ガミガミうるさいわね。貴方は私の母親? 最近彼氏と別れて落ち込んでるの。放っておいて」


「またか……。ジョンソンだったか?」


「それは二人前。今回はスティーブンよ。また浮気だった」


「もう少し相手をちゃんと選んだらどうだ? 数撃てば当たるってものじゃないだろう」


「処女に言われたくない」


「その処女に言われるほど、酷い男遍歴だと気づくんだな」


「……貴方こそ、気づかないくせに」


「どういう意味だ?」


「なんでもないわ、鈍感女」


 だからいつまでも自分は、〝代わり〟で我慢する羽目になるのだとフィスティスは言いかけたが、すんでのところで飲み込んだ。

 この本心は、決して口には出せない。


「喧嘩を売っているのか? 下手な商売だな」


「今なら私と訓練場で魔道決闘、お買い得よ?」


「……ふっ、いいだろう、悪くない。買い叩こう、その性根を叩き直してやる」


「ふふ、次は負けないわ」


 彼女との心地よい今の関係を、壊したくはないから。


     ★☆★☆★☆★☆★☆


「もう十年以上経つのか……」


 また目を覚ましたとき、フィスティス・トレーユは夢の中よりも十数年以上歳を食っていた。懐かしい過去の記憶。三年前から何度も見てしまう。

 周囲を見回すと、見慣れた討伐者ギルドのエノク支部の執務室。両袖机の上には真っ白の用紙――やりかけの仕事が、散らばっていた。椅子に座ったまま、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


(エノク支部、臨時副支部長――似合わない肩書きね)


 必要だから手に入れた。三年前は一切興味のなかったものだ。

 と、そのときだ。

 トントン、とノックが部屋に響く。


「なんだ?」


 と声で返すと、ドアの向こうから「私です、エステルです」と帰って来る。彼女はずっとアウロラ共和国に派遣していた。どうやら戻ったらしい。


「戻ったか、入れ」


「失礼します」


 入ってきたのはエステルと――三年ぶりに見る元・教え子達だった。


「久しぶりです」


 ヴァルカ・グランと、


「お久しぶりです」


 ミーシャ・レスレメルだ。

 ふたりが部屋に入ると、エステルがドアを締めて達成感に満ちた顔で笑みを作った。


「お連れしました! ヴァルカさんとミーシャさんです!」


 フィスティスは椅子から立ち上がると、ミーシャとヴァルカの前まで近づいた。


「……久しぶりだな」


 そう言って、ふたりをまとめて静かに抱きしめた。すでに過去の悲しみで枯れてしまったのか、嬉し涙でも出なかった。しかし心は確かに歓喜で潤う。こんな気持ちは、エステルとともに生き延びられたことを確信した日以来かもしれない。


「はい……」


 ミーシャが抱き返してくれる。その温もりが、確かに生存を感じさせた。ヴァルカは彼女と同じようにしないが、代わりに言葉で返した。


「また会えてよかったです」


「ミスター・グラン、随分背が伸びたようだな。それに……」


 左腕に目をやる。彼の今の二つ名どおり、銀色の義手に置き換わっていた。


「今は私の武器です」


「……そのようだな」


 次は視線をミーシャに向けた。


「ミス・レスレメルも、美しくなった。エステルはいつまでも子供っぽいというのに」


「あー! ヒドいです! ムゴいです! ザンコクです! 気にしてるのに!」


 エステルは頬を膨らませて、抗議の声を上げる。その怒り方がまた子供っぽさを強調しているのだが、本人は気づいていないようだ。


「先生はその……」


 ミーシャはフィスティスを眺めるように見て、言葉を詰まらせる。当然だ。ヴァルカほどではないが、生き延びるために大きな怪我をした。目は無事だが、左頬から首筋を通り――服で隠れているが、右胸まで大きな火傷痕が残っている。三年前、〈タイプ:ポーン〉の〈ファイヤーボール〉に負わされたものだ。


「かなりおぞましい見た目になっただろう?」


 と自嘲気味に笑みを浮かべる。

 すると、


「いえ、今のほうが魅力的です。生きる力を感じます」


 そう言ったのは、ヴァルカだった。その目にはお世辞や同情ではない、心からそう思っていると確信させる真摯さが宿っていた。


「ふっ……三年経つ間に、女を口説けるようになるとはな」


「そんなつもりはありませんでした。それよりその口調……」


「なんだ?」


「……いえ、なんでもありません」


「代わりに、遠慮のない冗談は言えなくなったようだな」


 かつて二千ノーラだったか、三千ノーラだったかで貸し借りの問答をしていた頃が懐かしい。

 この三年間でエステルを除いて初めて会えた生存者だからか、思っているよりフィスティスは上機嫌になっていた。

 本当に、彼らだけだったのだ。

 てっきり生き残りは自分達くらいだろうという思い込みと、自分とエステルの生活の立て直しで精一杯だったことから、オリエンス帝国にたどり着いたあともしばらくは他人に目を向ける余裕なんてなかった。自分達の立ち位置がやっと定まり、落ち着いた頃にヴァルカ達の生存を知り、それを機に可能な範囲で知り合いの生存者を積極的に捜し始めた。


 しかし、彼ら以外の情報を見つけることはできなかった。現在進行形でいろんなところに情報収集を依頼しているが、期待が湧くような報告は上がってきていない。


「……さて、もう少し再会の喜びを分かち合いたいところが、さっそく計画の話がしたい。オリエンスまで来てくれたということは、〝乗ってくれた〟と期待していいのだな?」


 ヴァルカは頷く。


「私はそうです。ですが、ミーシャさんは――――」


 と言いかけて、ミーシャが引き継ぐ。


「私はダンジョンには行きません。彼の帰りをここで待ちます。そのために来ました」


「アウロラではなく、ここでか?」


「……ここにいれば、戻った彼に一秒でも早く会えますから」


 その瞳から彼の身を案じる不安と希望、そして愛情が強く読み取れた。


(なるほど、君だけは未来に進もうとしているのだな……)


 そんな彼女が羨ましく思えたのだった。


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