第11話 ミーシャとの約束
夕方――――。ヴァルカとミーシャさんは部屋に帰ってきた。あれからふたりはエステルと別れ、ドリス博士からメンテナンス済みの義手を受け取ったあと、夕飯の材料を購入するという想定していた一日のスケジュールを全うした。
途中ほとんど会話はなかった。義手を受け取る際、ドリス博士はふたりの様子を訝しんでいたが、あえてか踏み込んでこなかった。
〝セイラム魔道学園に、魔獣達がダンジョンを造った〟
その事実を知ったのは、ドリス博士に保護され、喪失の絶望とショックから少し落ち着き、ようやく関心を外部に向けられた頃だった。
魔獣は習性として、占領した人類の領域だった場所に、拠点として新たなダンジョンを造り出す。そしてそこから次の侵略を開始するのだ。どうしてリーリスの中心部や王城のあった場所ではなく、セイラム魔道学園なのかはわからないが、現在アウロラ共和国やオリエンス帝国の国境沿いに襲撃してくる魔獣は、すべてその〈セイラム・ダンジョン〉から発生している。
今回、トレーユ先生達は、このダンジョンの破壊ないし、拠点としての機能停止を企図している。エステルの教えてくれた作戦の大枠は、簡単に言えば討伐者達と各国正規軍、世界連合軍でダンジョン周りの大量の魔獣を引き付け、その間に攻略パーティーが突入するというものだった。
ヴァルカはエステルの誘いにすぐには答えず、その場では保留にした。
理由は――――。
「ヴァルカくん……」
部屋に戻るなり、不安そうにミーシャさんは目の前に立って、瞳で訴えてきた。何の話をしたいのかは明白だ。まずはちゃんと彼女と話をしなければいけないと、ヴァルカは考えている。ゆえにあの場で即答はしなかった。
〝正直、いつもの戦場とはわけが違います。生きて帰れる保証はほぼないです〟
エステルの言葉だ。覚悟を試す意味合いもあっただろうが、きっと間違ってもいないだろう。いつもの巣から漏れ出た火の粉を振り払うのとはわけが違う。
「エステルは三日ほどセトに滞在すると言っていた。答えるまで猶予はあるが――――」
「……答えはもう決まっているのよね?」
ミーシャさんの問いに、ヴァルカは頷く。
「……じゃあ、私も行く」
「ダメだ」
彼女の申し出を即刻跳ね除けた。
「どうして……!」
「君はもう戦場では戦えない。足手まといだ」
「……!」
言い方は良くないが、事実だ。ここは下手に希望を持たせたり可能性を感じさせないよう、曖昧にするよりはっきり言ってしまったほうがいいだろう。何よりそもそも彼女を戦場に立たせたくない。
「あれから魔道の練習どころか、一度も使ってすらいないだろう? 魔獣を目の前にして冷静でいられるか? やつらの攻撃を避け、防ぎ、逆に殺せるか? 周りが常に守ってくれると思わないことだ」
「練習……すれば……」
「そんな簡単に、ブランクをなんとかして対処できる相手なら、そもそも人類は魔獣相手にこんな戦争になっていない」
「でもヴァルカくんは行くんでしょう……!? エステルさんだって、〝過去を断ち切りませんか?〟って言ってた! 私も無関係じゃない!」
「過去を断ち切るといっても、その場にいる必要はない。私が代わりに断ち切ればいいし、そもそもあの言葉は主に私に向けられていたものだろう」
事前調査していたなら、エステルも気づいているだろう。ミーシャさんには戦争に行く覚悟も実力も、今となっては持ち合わせていないことを。だからあの言葉は明確にヴァルカだけに向けられていた。
「ヴァルカくん……次は今までと違う……。ダンジョンに行くなんて、人類は数えるくらいしかやったことがないし……何より一度も成功していない。今度は……ダメ。本当に、死んじゃう……」
「私は死なない。今までもそうだっただろう?」
何の保証もない。自信もない。
「いつものように、ただ待っていてくれればいい。それで……」
「私がどんな気持ちで、いつも貴方を待っていたと思ってるの!!」
「……!」
その大きな感情に、思わずヴァルカは返す言葉を失う。初めてかもしれない。怒りの感情が強く出た彼女の大声を聞くのは。
「私が何も気にせず、ただいつも見送っているだけだと思ってた……? 手を振って言う〝いってらっしゃい〟の笑顔が、本当だと思ってた……? 呑気に夕飯のメニューを考えながら、帰りを待っているとでも思ってた……? ふざけないで!!」
ミーシャさんは頭を胸に預ける。それをヴァルカはいつものように、受け入れも拒絶もしない。
「いつも失う不安でいっぱいだった……見送るとき、このまま帰ってこないんじゃないかっていつも怖かった。帰って来るまで、いつも貴方のことを考えてた。それに戦いに行くのを止められない、止める資格も価値にもなれない自分がいつも嫌いだった……」
顔を上げて、頭一つ分高いこちらを上目遣いで見ると、その目には涙が今にもこぼれそうに浮かんでいた。
「リィナには遠く及ばない……何より貴方の中にはまだあの子がいる……。止められないのは、わかってる……でも、一度だって戦いに行ってほしいなんて、思ったことない……」
「ミーシャさん……」
「お願い、独りに……しないで……」
そう言って、ミーシャさんはヴァルカの唇を塞ぐ。
「…………」
その言葉に、涙に、想いに、口づけに、ヴァルカはこの三年で初めて気持ちが揺らいだ。
彼女はゆっくり唇を離すと、潤んだ瞳ですがるように見つめる。
「三年……三年も経ったの。長くはないけど、決して短くもない。何も変わらないわけがない……」
〝何も変わらないわけがない〟――その変わったものが何かを、彼女は言葉にはしない。
しかしその変わらないわけがないという言葉自体は、なぜかヴァルカにも沁みた。
「私は……」
でも、その揺らぎを振り切る。
じゃないと、これまで見送ったみんなの死と、背負った想いが無駄になる。
じゃないと、リィナの死を無視することになる。
じゃないと、今までの自分の怒り、憎しみ、殺意が嘘になる。
「……すまない。私は――〈セイラム・ダンジョン〉に行かないといけない」
「…………知ってる」
「私は、リィナ達の仇を取らないといけない」
「……知ってる」
「私は、これまで背負った人達の復讐を、勝手にやめるわけにはいかない」
「知ってる……」
「今できるのにやらないなら、このままこの先一生できる気がしないんだ」
「うん……貴方はそういう人」
ミーシャさんは小さくため息をつくと、ヴァルカの胸元から離れて一歩後ずさった。
「なら、ひとつ約束して……生きて帰るって」
「それは……」
〝約束できない〟――そう言おうとすると、真っ直ぐ彼女は瞳をヴァルカに突き刺した。
「貴方が死んだら、私も後を追う」
「……!」
「後追いさせたくないなら、絶対生きて帰って」
その目に嘘はなかった。きっと彼女はその言葉を全うするだろう。少なくともそう思わせる説得力が宿っていた。
「……わかった、約束しよう。君はその……少しずるいな」
「私を好きなだけ甘えさせた、ヴァルカくんのせい。もう独り立ちなんてできないよ」




