25裏技と絶望
「アソボウね~」
目を糸のように細めて口角を引き上げた化け物はニタニタと僕たちに向き直る。
「なんとか身を隠す場所を探さ――――」
「ごめ……」
振り向いた瞬間リリは支えを失った棒のように地に伏してしまった。
「リリ! リリ!」
「ゴロシデアゲルね~」
「っ」
リリを抱えた瞬間背後に強い気配を感じて飛び退く。
地がえぐられ土煙が舞う中、横穴が視界に入る。
即座に両義足に魔力をこめ地を蹴った。
土煙を破り化け物が接近する。
「間に合えっ!」
毛だらけの指が僕に触れる寸前。
僕の速度が爆発的にあがり横穴に転がり込んだ。
「デテコイ! ゴロズゾ!」
横穴の入り口は狭く巨体が入り込めないらしい。
しかし問題はこの後だ。
「よりにもよって袋小路か」
僕の希望を断ち切るように横穴の道は途切れている。
入り口の化け物はじっとこちらを覗き込む。
進めないし戻れない。
まさに八方塞がり。
おまけにリリの身体を蝕むように紫色のあざがひろがっている。
「毒か」
「あーし、が、囮になる」
「しゃべっちゃダメだ」
気息奄奄のリリを制止する。
なんて女だ。毒に侵されてなお立ち上がるのか。
だかリリが囮になったところで逃げるのは難しいだろう。
僕が助かるためには化け物があきらめるか助けがくるのを待つしかない。
しかし時間をかければリリは毒によって命を落とす。
リリを助けるには僕が化け物を倒すしかない。
しかし化け物はリリの攻撃をものともしないやつだ。
「鞄から、革袋をとって」
「これ?」
革袋の底をもちあげリリは喉をならす。
染み込む水のように侵食していた紫色のアザの速度がゆるやかになった。
「毒消しのポーションなんだけど完治はしなさそう。かなり強い毒をもっているみたい」
血色は少しましになってはいる。
しかしリリの言葉を肯定するようにアザの侵食はとまってはいない。
「薬が身体に行き渡るまで話でもしようよ」
「じゃあリリのことを教えてよ」
気が紛れるのならと僕は会話にのった。
「あーしね、元は貴族だったの。可愛く生まれて職業もわりと良くて、何不自由なく育ったの」
「自慢?」
「んーん。不幸だなって。毎日着飾って他の貴族とお茶してパティーにでて、"完璧"で、平和で、最悪につまらなかった」
どこか遠い目をするリリはため息をひとつついて続ける。
「だから逃げたの。家族もすべて捨てて冒険者になったの。バレないように肌の色も服装もしゃべり方も全部かえたわ」
「それで楽しくなったの?」
「不完全で不透明な日々はスリル満点で楽しかった。でも最初だけだった。すぐに貯蓄もできて、魔物も相手にならなくなったの。冒険者としてまた"完璧"になっちゃったの。そしたら」
僕に視線を向けるリリ。
「手も足もなくて、職業もなくてなにもない不完全の象徴みたいな男の子に出会ったの」
「失礼だけど、死にかけているから許してあげる」
「びっくりしたなぁ、この子と一緒なら不完全で楽しいことが起きるって確信したの」
「僕が言えたことじゃないけど打算だらけだね」
「ふふ、でもあーしの勘は大ハズレ。完璧を捨ててまで、ずっと不完全をもとめてたのにね、このままずっとハルクといたいって思ったの。今はハルクを失いたくないって思ってる」
「それは残念だったね」
僕だってリリを失いたくない。
もうボトムズ師匠のときのような思いをするのはごめんだ。
しかし、このままじゃ飢えて心中か土の壁を被られてなぶり殺し。
リリはなおも毒に蝕まれている。
心の死と本当の死が同時に選択をせまる。
リリを見捨てて我が身かわいく隠れ通すか。
一片の希望も見いだせない中、リリが生き残る道を探すか。
むだな思考。
奴隷を辞めたときから答えは決まっている。
しかしどうしたものか。
おそらく僕の全力が直撃してもダメージは与えられない。
手段を考えていると魔水が義足に落ち、はじけた。
「なんだ? 義足が焼けこげて……」
あぁ化け物から逃げるときに臨界点を超えて魔力をこめすぎたから――――
「そうか!」
糸のように細く頼りない唯一の希望を確実につかんだ。
あとは糸が切れないように立ち回るだけ。
僕にできるか? いや、僕にしかできない。
「化け物のディナーショーといこうか」
「ハルクだめ! 殺されるよ!」
「待ってて必ず助ける」
言い残して横穴から飛びだした瞬間に化け物の腕が肉薄してくる。
すんでのところで躱し懐に入り込む。
捕まったら終わり。
攻撃を受けても終わり。
ノーダメージでヤツを再起不能にするしかない。
禁断の果実を口にするように決心する。
臨界点ギリギリで保っている魔力のバランスを意図的に崩す。
右腕が直視できないほどに赤く発光する。
ヤツの手が僕をつかみにかかるが心の色で読めている。
既に僕は眼前にいるぞ。
「くらえっ!」
瞬間。
赤い光が消えダンジョン内に一瞬、闇がおとずれる。
しかし直後にあらわれた閃光と轟音に闇はかき消された。
そう魔力保持の臨界点を突破し意図的に爆発させたのだ。
顔の毛がはげ、皮膚がただれる化け物。
ぼろぼろだが右腕はまだ形をたもっている。
化け物は苦痛の声をあげるが致命傷を負っている様子はない。
「頑丈だなっ」
再度、化け物の眼前に移動した僕の左足は赤く発光している。
実験は完了した。
今度は全力をこめてやろう。
化け物の口内に左足を突っ込み、その左足に先ほどの倍以上魔力をこめた。
と同時。
けたたましい轟音がダンジョン中に鳴り響く。
炸裂。
今度はただれるだけではすまないほどの威力、影も形もとどめていない。
僕も左足を失った。
しかし、僕は生きている!
顔面を失った化け物は大木のように土煙をあげ倒れこむ。
「僕の左足は死ぬほどにうまかったようだね」
一息ついて横穴のリリを抱えてでる。
「もう少しの辛抱だ。耐えてよ」
「ハルク、無茶しすぎ」
うっすらと開かれた目は僕を称賛しているようにみえた。
片足を失ってうまく歩けないがこれでなんとか帰ることができる。
そう安心したことを後悔した。
「そんな……」
「アゾボアゾボ」
絶望はまだ訪れていなかったのか。
目の前にたたずむ2体の化け物を前に僕は言葉を失ってしまった。
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