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23臨界点と魔力剤


 僕はとんでもない場所にきたかもしれない。

 眼前に背筋が寒くなるような光景が広がる。

 裂けた首から綿が漏れだした人形がにっこりと笑い。

 身体の一部を欠損した小動物が元気よく走り回る。

 脚が二本しかないイスや、割れた鏡。


 とにかくまともなものが無い。



「ひどいところだ」

「失礼ね。可愛いじゃん、あーしの部屋」



 2本脚の椅子に座るリリは器用にバランスをとり、うっとりと目で僕を見つめる。



「あぁ、なんて可愛いの。偽物の手足なんてとっちゃえばいいのに」

「そんなことはどうでもいいからさ。早く鍛えてよ」


「焦った顔も可愛いわぁ」



 ダメだ自室に入ったと同時に自分の世界にトリップしたようだ。



「鍛えてくれないなら帰るよ」

「だぁーめ。彼ピッピなんだから、ちゃんと話しをしてくれなくちゃ」



 僕の左腕をつかんだリリは上目遣いのまま口を開く。



「まずは、お互いのことを知るところから始めましょ」

「えぇ……せめて鍛えながらにしてよ」



 口を尖らせながらもリリは気を取り直したようにサッとたちあがる。


「仕方ないなぁ、じゃあその偽物の手足に魔力を送り込んでみて」



 いわれた通り力をこめる。



「もっと!」



 息を止めてグッと力む。

 木製の義肢装具が赤く光りだす。



「その状態を維持して。ちなみにこれ以上は手足の魔力回路が焼ききれて爆発しちゃうから気をつけてね」



 なんて危険なことをやらせるんだと言いたかったが、義肢装具の光が弱くなる。

 ろくに会話もできない。

 とんでもない集中力が必要だ。



「じゃあそのまま組手するわよ」



 リリの無茶に驚いた瞬間、全身の力が抜け光りも消える。

 喪失感と脱力感に襲われるなか吐き気をもよおす。



「ざんねん、魔力切れね」

「はぁっ……はぁっ……」

「さあ、もう一回!」



 いや無理でしょ。と目で訴える。



「だーめ。強くなるんでしょ?」



 とてもじゃないが魔力不足だ。

 指一本動かせそうにない。


 床に崩れ落ちた僕にリリがなにかを飲ませる。



「まずっ!!」



 なんだこれ!?

 舌を引きちぎって捨ててやろうかと思うほど不味い。

 腐って虫のわいたパンでもこんな味はしなかったぞ。



「これは魔力剤よ。魔力を無理やり回復させるの」

「材料はなにを使っているの?」

「知らない。効くならなんでもよくない? さ、もっと飲んで」



 それからは奴隷時代に受けた拷問を可愛く思えるほどの時間が続いた。

 魔力を使い果たしては、回復の繰り返しだ。

 身体が逃げろと叫ぶが理不尽に打ち勝つために耐えた。

 耐えて耐えて耐え抜いた。



「うぇっ、絶対にうぇっ、強くなってやる!」




 リリの部屋に転がり込んで一週間で変化が表れる。

 魔力を爆発寸前まで維持しても動けるのだ。



「そう、その調子! 今が臨界点。魔力消費をさらにあげるために組手をするわよ」

「おーけー」



 ハエがとまるような速度で恐る恐る右ストレートを繰り出す。

 遅い一撃をリリが受けるとゆっくり反撃がくる。

 右腕を引き戻して防ぐ。

 速度はたしかに遅いが鈍器で殴られたような重い一撃がのしかかる。

 

 5分も続かずに魔力切れとなった。

 リリは「いい感じ!」と親指をたてて笑う。



「僕強くなってる?」

「間違いなく強くなってるよ」



 どれほど成長しているのか実感はないが、リリは僕のできるギリギリを見極めて調節しているのだ。

 彼女の瞳に宿る真剣な色が手を抜いていないことを証明している。

 僕も全力で答えるために休まず拷問に耐えた。




 組手を続けて一ヶ月が過ぎたころ。

 一日中臨界点を維持することができるようになった。

 さらに以前では考えられない速度で動けるようになっていた。


 急降下する鳥のような速度で放たれるリリの一撃を受け止め同速で反撃を繰り出せるまでに。



「なんで、魔力を増やしているだけなのに反応速度が鍛えられるの?」

「臨界点の維持は頭を活性化させていろいろ良いんだってさ。あーしの先生がそう言ってた」

「リリの先生って想像つかないや」

「変人だよ」

「リリが言うなら相当だね」

「ちょっとどういう意味!?」

「ほら隙あり!」

「ハルクずるっ」



 軽口をかわしながら組手もできるようになった。


 トレーニングで膨れ上がった魔力は魔力剤十本をもってしても完全回復にいたらないほどだ。



「基礎はこれで十分そうね!」

「ああ、でもみんななんでこのトレーニングをしないの?」

「普通できないからよ」

「へ?」



 リリいわく4つの理由から誰もできない、しないトレーニングだという。


 ひとつ、臨界点を維持するためには身体の機微を観察し調整が必要で、そんな観察力がある人間は一握りだということ。


 ふたつ、肉体にも魔力回路は存在するが義肢装具より受けられる恩恵が少ないこと。


 みっつ、魔力剤一本を買うために白金貨3枚が必要であること。ちなみに白金貨一枚で2ヶ月は贅沢な食事を楽しめる。それを湯水のように使うやつは大金持ちか頭がおかしいか、またはその両方だろう。


 よっつ、常人は僕ほどの魔力上昇をしない。



「魔力剤ってそんなにするの……?」



 百本をゆうに越えるほど飲んでいるハズだ。

 とんでもない借りをつくってしまったかもしれない。



「気にしないでいーよ。ハルクのためだもん、いくらでも貢いじゃうよ!」



 ニカッと笑うリリの甲斐性に頭が上がらない。

 めんどくさそうに頭をかきながら鍛えてくれた師匠を思い出す。


 僕はまた大切な人ができてしまったようだ。



「ありがとう、リリ」



 とたん目線をさげ、膝をすり合わせモジモジと歯切れが悪く話しだすリリ。



「でもさ、あの……そろそろデートとか」

「――――リリさん! 緊急依頼です!」



 バンッと大きな音を鳴らし開け放たれた扉には見知らぬ女が手を掛けていた。

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