↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

シリーズものの初期装備は大体同じようなものです

 館の地下は、ひんやりとしていた。


 石の階段を降りきった先に、それはあった。

 壁一面を覆う、銀灰色の金属の扉。継ぎ目ひとつない表面の中央に、見覚えのある紋章が刻まれている。


 三角形を貫く、一本の光の線。


「アーガスノルンのロゴ……」


 ゲームの中で、何百回も見た。ミッションの依頼画面で、敵の施設の壁で、ロード画面の片隅で。


「三ヶ月、毎日ここに来たよ」先輩が言った。「叩いても、削っても、魔力を流しても、傷ひとつつかなかった」


 扉の横に、小さな窪みがあった。

 ちょうど、スマホが一台はまるくらいの。


「……試してみます」


 ポケットからスマホを取り出し、窪みに置く。


 スマホの画面に、顔認証のマークが表示された。いつもの、あれだ。


 画面を覗き込む。


『顔を認識できません』


「…………」


『顔を認識できません』


「なんで!?」


「田中くん、五日間ヒゲ剃ってないでしょ」


「あっ」


 異世界の古代遺跡の前で、無精ヒゲに阻まれる男。

 リーネが後ろで、必死に笑いをこらえている気配がした。セレスは無言だった。無言が一番つらい。


『パスコードを入力してください』


 六桁を打ち込む。誕生日。セキュリティ的には最悪だが、今だけは自分の雑さに感謝した。


<<<2台目を認証してください>>>


「二人目、だって」


 先輩が無言で隣の窪みにスマホを置いた。こちらは一発で顔認証が通った。毎朝ちゃんと身だしなみを整える人は、異世界でも強い。


 空気が、抜けるような音がした。


 閉ざされていた扉が、静かに左右へ開いていく。


 中は、広い部屋だった。


 天井の照明が、ぱちぱちと瞬きながら点いていく。

 白い光に照らし出されたのは――この世界のどこにもないはずの光景だった。


 机の上に並ぶ、薄型のモニター。キーボード。

 壁際のラックに積まれた、黒い筐体の群れ。ケーブルの束。

 作業台には、分解されたままの電子機器と、はんだごて。


 反対側の壁には、金属のロッカーが並んでいた。

 セレスが警戒しながら一つを開ける。


 中には、黒いジャケットと、銃のようなものが収められていた。


「これは……武器、ですか」


「たぶん」


 手に取る。軽い。グリップの横に、小さな刻印。


 知っている。マナ・プロトコルで、新規プレイヤーが最初に支給される力場拳銃。ゲームの中で、俺はこれを握って、何十時間も怪異と戦った。

 隣のロッカーには、防護コート。通信用の耳かけ端末。力場を纏わせて殴るためのナックル。


 初期装備一式。


「マコト様、あっちにも……」


 リーネの声が、震えていた。


 部屋の一番奥。

 壁に寄りかかるように、人の形をした何かが、座っていた。


 骨だった。

 黒いジャケットを着たまま、膝の上に、力場拳銃を抱いて。


 その正面に、一台だけ、電源の入ったままのモニターがあった。

 画面の中央で、再生マークが、ゆっくりと点滅していた。


 誰も、しばらく動けなかった。


 やがて先輩が、静かにモニターの前に立ち、マウスを操作し再生マークをクリックした。


 画面に、映像が映った。


 この部屋だった。

 照明は今より暗く、机の上は今より散らかっていて、ラックの一部から煙が上がっている。


 カメラの前に、男が座っていた。

 三十代くらい。頬がこけ、額に血の滲んだ包帯を巻いている。黒いジャケット。あの骨が着ているのと、同じもの。


 男は、カメラをまっすぐ見た。


『……この映像を見ているなら、君は扉を開けられたということだ。つまり、旧時代の登録端末を持っている。俺たちの後継者だ』


 かすれた声だった。


『時間がない。要点だけ話す』


 男は、咳き込んだ。手のひらに血が滲むのが見えた。


『アーガスノルン・コーポレーション。それに連なる民間企業群。奴らは今も生きている。この世界のどこかから、全部を見ている。誰がどれだけマナを持っているか。誰がどこで何を買ったか。誰がマイナスに沈んで、誰が魔物になったか』


『計量石は、ただの支払い道具じゃない。あれは、奴らの目だ』


 リーネが、小さく息を呑んだ。


『そして、奴らの手先は、この世界に紛れている。ギルドに。教会に。君が信頼している誰かの隣に、奴らのスパイがいるかもしれない』


 男は、身を乗り出した。


『だから、忠告する。人目のある場所で、むやみに電子機器を使うな。旧時代の端末は、奴らの監視網に必ず引っかかる。一度でも見られたら、もう追われていると思え。俺の仲間は、それで全員やられた』


 背筋が、凍った。


 ベルカの市場。

 薬屋の前で、俺は大勢の人の前で、スマホを取り出した。少年に、1円を送った。


『俺たちは、奴らの支配を終わらせるために戦ってきた。人が、自分の命を取り戻すために。マナが、誰か管理されなくなる世界を』


 男の声が、少しだけ揺れた。


『……でも、俺たちはここまでだ』


 画面の外で、何かが爆ぜる音がした。

 男は一瞬そちらを見て、それから、もう一度カメラに向き直った。


 さっきまでの険しさが、ふっと消えていた。


『名前も知らない、君へ。ここにある物は全部、君のものだ。好きに使ってくれ』


『頼む』


『アーガスノルンによる支配を、終わらせてくれ』


 映像が、途切れた。


 長い沈黙だった。


 最初に動いたのは、セレスだった。

 壁際の骨の前に膝をつき、静かに目を閉じる。この世界の、死者への祈りの仕草だった。


「……ギルドと、教会」


 目を開けたセレスが、低く言った。


「魔導院の名は、ありませんでしたね」


「見落としただけかもしれない」先輩が言った。「あるいは、名前を出すまでもなかったか」


 セレスは答えなかった。

 ただ、その手が、腰の細剣の柄を強く握っているのが見えた。


 リーネは、俺の袖を掴んでいた。


「マコト様……ベルカの、トマくん……」


 わかってる。わかってるよ。


 俺は、モニターの横の端末に触れた。キーボードを叩く。

 画面が切り替わる。監視ログ。


 レジスタンスが盗み見ていた、通信記録の断片。

 その一番新しい行に、俺は目を疑った。


<<<<<<<<<<<<<<<

[新規] 未登録の転送を検知

場所:交易都市ベルカ/市場区画

デバイス:権限レベル不明/所有者不明

ステータス:追跡中

>>>>>>>>>>>>>>>


 日付は、二日前。


 俺が、トマに1円を送った、あの瞬間だった。


「……見られてた」


 先輩が、俺の肩越しに画面を覗き込んだ。

 それから、ラックの影に積まれた装備を、ちらりと見た。


「田中くん」


「……はい」


「急いだ方がいい」


 眼鏡の奥の目は笑っていなかった。


 壁際で、名前も知らない男の骨が、俺たちを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。