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第九章 脚本

父への告白を終えた翌日から、わたくしは母との脚本作業を本格的に再開した。

これまで誤魔化してきた部分を、母にも正直に打ち明けることにした。

母の書斎で、わたくしは改めて、自分の前世について語った。

母は、父の時と同じように、最後まで黙って耳を傾けてくれた。

話し終えると、母は静かに涙を拭いながら言った。

 

「だから、あの脚本にはあんなに重みがあったのね」

 

母もまた、わたくしの言葉を信じてくれた。

その安堵感が、これからの作業への大きな支えになった。

脚本作りは、これまでとは違う段階に入っていった。

構成や設定の部分は、比較的スムーズに進んでいく。

登場人物の名前、舞台となる王国の地理、貴族社会の仕組み。

それらは、わたくしの記憶を頼りに、母が丁寧に整理してくれた。

けれど、核心となる場面に差し掛かると、作業は途端に滞り始めた。

それが、処刑のシーンだった。

何度書き始めても、ペンが止まる。

最初の一行を書いた時点で、手が震え出すこともあった。

パソコンに向かっても、画面を見つめたまま、何時間も文字が打てない夜が続いた。

 

「美月、無理しなくていいのよ」

 

母は、隣でそう声をかけてくれた。

けれど、わたくしは首を振った。

 

「この場面を書かなければ、物語は完成しません」

 

意地のようなものが、わたくしを突き動かしていた。

逃げてはいけない。

そう自分に言い聞かせながら、何度も机に向かった。

それでも、書けない日々が続いた。

処刑台に上る場面を想像しようとすると、当時の感覚が、生々しく蘇ってくる。

階段を上る足の震え。

広場を埋め尽くす群衆の視線。

最後に見上げた、抜けるような青空。

それらの記憶が押し寄せてくるたび、わたくしの呼吸は浅くなり、手が止まってしまう。

夜、自室のベッドに横たわると、決まって同じ夢を見るようになった。

夢の中で、わたくしは再び処刑台に立っている。

群衆の中に、セドリック様とエルフィーネの姿がある。

何度叫んでも、誰にも声が届かない。

その夢から目覚めるたび、わたくしは全身汗びっしょりになっていた。

心臓が早鐘を打ち、しばらくは動けないこともあった。

ある夜、特に激しい悪夢から目を覚ましたわたくしは、思わず声を上げてしまったらしい。

廊下を挟んだ向こうの部屋から、母が駆けつけてきた。

 

「美月、大丈夫?」

 

母は、わたくしのベッドの脇に腰を下ろし、背中をさすってくれた。

わたくしは、まだ夢の余韻から抜け出せず、しばらく言葉を発することができなかった。

落ち着きを取り戻した頃、母はわたくしの顔を覗き込んだ。

 

「どんな夢を見たの」

 

その問いに、わたくしは少し迷いながらも、夢の内容を語った。

処刑台に立つ場面のこと。

誰にも声が届かない絶望のこと。

母は、わたくしの話を聞きながら、何かに気づいたような表情を浮かべた。

 

「この映画は、傷口を開く作業なのね」

 

その言葉が、わたくしの胸に深く突き刺さった。

まさに、母の言う通りだった。

この脚本を書くということは、癒えていない傷を、自らもう一度切り開く行為に他ならない。

 

「……もしどうしても苦しいのならこの場面は私が書いても……」

 

母の脚本家としてではない母親としての優しい問いかけに、わたくしは静かに首を振った。

 

「いいえ」

「この傷を開かなければ、本当の意味で前を向けない気がします」

 

母は、わたくしの言葉をしばらく噛み締めるように黙っていた。

それから、わたくしの手を取り、優しく握りしめた。

 

「一人で抱えなくていいわ」

「お母さんも、応援するから」

 

その言葉に、わたくしの目から涙がこぼれた。

これまで、一人で背負ってきたつもりの重荷を、誰かと分かち合えること。

それがどれほど心強いことか、改めて実感した瞬間だった。

その日から、処刑のシーンを書く作業は、母と二人三脚で進められることになった。

わたくしが記憶を語り書いていき、母がそれを纏めてくれる。

時には、わたくしの言葉が詰まると、母がそっと続きを促してくれた。

 

「その時、何が一番辛かった?」

 

母の問いに、わたくしは少しずつ、心の奥底にある感情を言葉にしていった。

 

「裏切られたことより、信じてもらえなかったことが、一番辛かったのだと思います」

「真実を話しても、誰も聞こうとしてくれなかった」

 

母は、その言葉を丁寧にメモしながら、頷いた。

 

「それなら、その孤独を、しっかり描きましょう」

 

二人での作業は、決して楽なものではなかった。

何度も筆が止まり、涙を流しながら言葉を紡ぐ夜もあった。

けれど、一人で抱えていた時とは違い、その痛みには確かな意味があるように感じられた。

数週間かけて、処刑のシーンがようやく形になった。

書き上げた原稿を読み返した時、わたくしは静かに涙を流した。

それは、悲しみの涙だけではなかった。

長年抱えてきた感情を、ようやく言葉という形で外に出すことができた、安堵の涙でもあった。

母は完成した原稿を読み終えると、わたくしを優しく抱きしめた。

 

「よく頑張ったわね」

 

その言葉に、わたくしはこれまでの苦しさが、少しずつ溶けていくのを感じた。

脚本全体が完成したのは、それから一ヶ月ほど経った頃のことだった。

全編を通して読み返すと、そこには紛れもなく、わたくしの真実が刻まれていた。

誰にも届かなかった声が、ようやく一つの形になったのだ。

完成した脚本を手に、わたくしは窓の外を見つめた。

これから、この物語を映像として撮り上げていく。

それは、さらに大きな痛みを伴う作業になるだろう。

それでも、もう怖くはなかった。

母という理解者を得て、わたくしの覚悟は、より一層揺るぎないものになっていた。

脚本の表紙には、タイトルだけが静かに記されている。

『悪役令嬢』。

その文字を見つめながら、わたくしは次の段階への決意を新たにした。















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