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第八章 告白

企画が正式に動き出してから、わたくしは脚本作りに取りかかった。

これまでの短編とは違い、長編としての構成を一から練り直す必要がある。

母に協力を仰ぎながら、何度も打ち合わせを重ねていった。

けれど、作業を進めるうちに、わたくしはある壁にぶつかった。

物語の根幹に関わる部分、特に主人公の内面描写について、どうしても説明がつかない箇所が出てきたのである。

母は、脚本の打ち合わせの中で、何度も同じ質問を繰り返した。

 

「美月、この場面の感情の動き方、すごく具体的なんだけど」

「何か参考にしているものがあるの?」

 

その問いに、わたくしはいつも言葉を濁してきた。

前世の記憶があるなどと、誰に話せばいいというのだろう。

信じてもらえるはずがない。

そう思い込んでいた。

けれど、物語が進むにつれて、誤魔化しきれない部分が増えていった。

処刑場面の描写、裁判の様子、貴族社会の細やかな描写。

それらすべてが、単なる想像とは思えないほどの具体性を持っていた。

ある夜、脚本の打ち合わせを終えた後、わたくしは父の書斎を訪ねた。

父は、いつものように机に向かい、何かの資料を読んでいた。

わたくしが入ってくると、顔を上げてこちらを見た。

 

「どうした」

 

その問いかけに、わたくしはしばらく答えられなかった。

心臓が、痛いほど早く脈打っている。

これまで誰にも話したことのない秘密を、今、ここで明かそうとしているのだ。

 

「お父様に、お話ししたいことがあります」

 

父は手にしていた資料を置き、わたくしに向き直った。

何も急かすことなく、静かにこちらを見つめている。

その沈黙が、かえってわたくしの背中を押した。

 

「わたくしには、前世があります」

 

その一言を口にした瞬間、部屋の空気が変わったような気がした。

父は、何も言わなかった。

ただ、わたくしの顔をじっと見つめている。

わたくしは、堰を切ったように、これまでの記憶を語り始めた。

公爵令嬢として生まれたこと。

婚約者に裏切られ、無実の罪を着せられたこと。

誰一人として、わたくしの話に耳を傾けてくれなかったこと。

そして、処刑台の上で、最後まで誰にも理解されないまま、人生を終えたこと。

語りながら、わたくしの目から涙がこぼれた。

小さな時から、ずっと胸の奥に抱え続けてきた記憶。

それを初めて、言葉にして誰かに伝えている。

父は、最後まで遮ることなく、わたくしの話を聞いていた。

普通であれば、信じてもらえるはずのない話だ。

作り話だと笑われても、おかしくはない。

それでも、父は黙って耳を傾け続けてくれた。

すべてを話し終えると、部屋には静寂が満ちた。

わたくしは、不安な気持ちで、父の反応を待った。

父の表情からは、何を考えているのか読み取ることができなかった。

長い沈黙の後、父は静かに口を開いた。

 

「だからあんな映画が撮れたのか」

 

その言葉に、わたくしは息を呑んだ。

否定でも、嘲笑でもなかった。

父の声には、むしろ深い納得が滲んでいた。

 

「お父様……信じてくださるのですか」

 

恐る恐る尋ねると、父はゆっくりと頷いた。

 

「お前が五歳の頃、現場で見せた助言を覚えている」

「あれは、子供が思いつくようなものじゃなかった」

 

父は、過去を振り返るように、視線を遠くへ向けた。

 

「映画は嘘をつく。だからこそ、真実を映せる」

「俺はずっと、そう信じて映画を撮ってきた」

 

その言葉を、わたくしはこれまで何度も耳にしてきた。

父の口癖として。

けれど、今この瞬間、その言葉の本当の意味が、わたくしの中で初めて繋がった気がした。

 

「お前が撮ろうとしている『悪役令嬢』は」

「フィクションという嘘の形を借りて、お前の真実を映そうとしている」

 

父は、わたくしの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「それなら、信じる信じないの話じゃない」

「お前がその物語を、本気で映せるかどうかだけが問題だ」

 

その言葉に、わたくしの胸の奥で、何かが大きく動いた。

これまで一人で抱え続けてきた重荷を、初めて誰かと分かち合えたような感覚だった。

 

「ありがとう、ございます」

 

声が震えた。

涙が止まらなくなり、わたくしはその場に立ち尽くした。

父は椅子から立ち上がり、わたくしの肩にそっと手を置いた。

 

「これからは、辛い場面を撮ることになる」

「自分の記憶と、何度も向き合うことになるだろう」

 

その言葉には、これから始まる制作の険しさへの予感が込められていた。

 

「覚悟は、できているか」

 

問いかけに、わたくしは涙を拭いながら、力強く頷いた。

 

「はい」

「もう、逃げません」

 

父はわたくしの言葉に満足したように、小さく頷いた。

それから再び机に戻り、何事もなかったかのように資料に目を通し始めた。

けれど、その背中からは、これまでとは違う温かさが伝わってくるように感じられた。

書斎を出た後、わたくしは廊下にしばらく立ち止まっていた。

窓の外には、満天の星空が広がっている。

前世で見た夜空とは違う星々だが、その輝きには、どこか懐かしさを感じた。

誰にも信じてもらえないと思っていた物語を、父だけが信じてくれた。

その事実が、これからの制作への大きな力になることを、わたくしは確信していた。

これから、自分の記憶の最も深い部分へと、向き合っていかなければならない。

婚約破棄の夜の絶望。

裁判での孤独。

処刑台での最後の願い。

それらすべてを、もう一度、自分の手で形にする。

痛みを伴う作業になることは、容易に想像できた。

それでも、もう後戻りする気はなかった。

父の理解という何よりも大きな支えを得て、わたくしの中の決意は、より一層強固なものになっていた。

星空を見上げながら、わたくしは静かに心に誓った。

この物語を、必ず、最後まで描き切るのだと。










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