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第七章 デビュー企画

大学を卒業し、わたくしは父の経営する映画制作会社に籍を置くことになった。

コネだと言われることを避けるため、最初は別の部署で、地道に経験を積むところから始めた。

助監督として現場に入り、企画書の書き方を学び、業界の仕組みを一から叩き込まれた。

卒業制作で受けた評価は、社内でもいくらか知られていた。

そのため、入社から一年ほど経った頃、わたくしにも初監督作品の話が持ち上がるようになった。

会議室に呼ばれたのは、ある秋の午後だった。

プロデューサーの一人が、何冊もの企画書を机に並べていた。

 

「黒崎さんのデビュー作、そろそろ決めましょうか」

 

プロデューサーは、企画書を一枚ずつ手に取り、説明を始めた。

 

「今、一番数字が見込めるのは、この恋愛映画です」

「人気小説の映画化で、原作のファン層がそのまま動員に繋がります」

 

別の企画書を取り出しながら、彼は続けた。

 

「こちらは、話題のアニメ作品の実写化です」

「正直、賛否は分かれますが、若年層には強い」

 

さらに、もう一冊。

 

「これは漫画原作ですね。連載中ですが、すでに映像化の権利交渉は進んでいます」

 

机の上には、似たような企画書が何冊も並んでいた。

どれも、原作の知名度を活かした、商業的に安全な企画ばかりである。

わたくしは、その一つ一つに目を通しながら、内心では別のことを考えていた。

 

「これらの企画には、興味が持てません」

 

率直に告げると、プロデューサーは驚いた様子で顔を上げた。

 

「黒崎さん、デビュー作は重要なんです」

「ここで結果を出さないと、次の機会が回ってこない可能性もあります」

 

その言葉には、業界の厳しい現実が込められていた。

理解はできる。

けれど、わたくしの決意は揺るがなかった。

 

「断ります」

 

はっきりとそう告げた。

プロデューサーは、戸惑いを隠せない様子で、わたくしを見つめた。

 

「では、何を撮りたいんですか」

 

その問いに、わたくしは少し間を置いてから答えた。

 

「わたくしには、どうしても撮って世界に送り出したい映画があります」

 

会議室に、奇妙な沈黙が落ちた。

プロデューサーは、意味を測りかねるような顔をしている。

 

「それは、どんな作品ですか」

 

わたくしは、深く息を吸い込んだ。

これまで、誰にも本当の意味では語ったことのない物語。

それを、ようやくここで口にする時が来たのだと感じた。

 

「わたくしが、殺された話です」

 

その一言に、プロデューサーの表情が固まった。

当然の反応だろう。

何の脈絡もなく、唐突にそんなことを言われれば、誰でも戸惑うはずだ。

 

「黒崎さん、それは……比喩的な意味ですか」

 

問いかける声には、明らかな困惑が滲んでいた。

わたくしは、それ以上の説明をすることができなかった。

ただ、静かに首を横に振った。

会議室を出た後、その話は社内でちょっとした噂になった。

「黒崎さんが、また突拍子もないことを言っている」

そんな声が、廊下のあちこちから聞こえてくるようだった。

数日後、わたくしは父の部屋を訪ねた。

父は、社長室の机に向かい、何かの資料に目を通していた。

わたくしが入ってくると、顔を上げてこちらを見た。

 

「企画の件で、揉めているそうだな」

 

父はすでに事情を知っているようだった。

わたくしは、覚悟を決めて、自分の考えを伝えた。

 

「お父様、わたくしは商業的な企画を撮るつもりはありません」

 

父は、何も言わずに、わたくしの言葉の続きを待っていた。

 

「わたくしが本当に撮りたいのは、たった一つの物語です」

「これまで、何度かお話ししてきたあの企画です」

 

『悪役令嬢』の物語のことだ。

学生時代に撮った短編から、商業作品として、もっと長い物語にしたいという思いを、これまでも何度か父に話してきていた。

父は、しばらく沈黙していた。

やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「撮れ」

 

その一言に、わたくしは耳を疑った。

社内の誰もが懐疑的な反応を示す中、父だけが、迷いのない声でそう告げたのだ。

 

「お父様、よろしいのですか」

「商業的な見込みは、立っていません」

 

念を押すように尋ねると、父は静かに首を振った。

 

「理由は聞かない」

 

その言葉だけを残し、父は再び手元の資料に視線を戻した。

わたくしはしばらく動けずにいた。

父は、理由を尋ねもしなかった。

それなのに、迷うことなく「撮れ」と告げてくれた。

その言葉の重みが、胸の奥に深く染み渡っていく。

廊下を歩きながら、わたくしは込み上げてくるものを抑えきれなかった。

これまで、誰にも理解されることのなかった物語。

それを撮ることを、父だけが認めてくれたのだ。

けれど、同時に、大きな不安も押し寄せてきた。

本当に、この物語を映像として完成させることができるのだろうか。

前世の記憶という、誰にも証明できないものを源泉にした物語を。

自室に戻ったわたくしは、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。

空の色が、前世で最後に見たあの青空とは違う色合いで、街を染めていく。

撮ると決めたからには、もう後戻りはできない。

この物語は、わたくしにとって、ただの作品ではない。

誰にも届かなかった、あの最後の願いを、今度こそ届けるための手段だった。

企画書を作成するため、わたくしは机に向かい、ペンを取った。

タイトルは、すでに決まっている。

『悪役令嬢』。

これから始まる長い制作の道のりを思うと、胸の奥が引き締まる思いがした。

それでも、もう迷いはなかった。

この物語を、必ず完成させる。

その決意だけを胸に、わたくしは企画書の一文字目を書き始めた。











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