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第十三章 編集

処刑シーンの撮影から一週間が経った。

その間も、残りのシーンを順番に撮り続けた。

裁判の場面、父に見捨てられる場面、地下牢での独白。

それぞれの撮影は、処刑シーンほどわたくしを追い詰めることはなかったが、どれも容易な作業ではなかった。

それでも、撮影のすべてが終わった日、わたくしの胸には不思議な達成感があった。

クランクアップの瞬間、主演女優と抱き合って泣いた。

スタッフたちが、拍手で締めくくってくれた。

その音が、スタジオの中に温かく響き渡った。

そして、いよいよ編集作業が始まった。

編集室は、撮影所の建物の奥まった場所にある。

窓のない小部屋に、大型のモニターと編集機材が並んでいる。

外の音はほとんど聞こえず、時間の感覚が薄れていく場所だった。

ここで、撮影した素材を繋ぎ合わせ、一本の映画として完成させていく。

編集を担当するのは、父の映画を三十年近く手がけてきたベテランだった。

白髪混じりの頭に、細い縁の眼鏡をかけた、物静かな男性である。

口数は少ないが、フィルムへの目利きは業界随一と呼ばれている。

最初の打ち合わせで、彼はわたくしに尋ねた。

 

「この映画、何分にするつもりですか」

 

わたくしは、迷わず答えた。

 

「三時間半です」

 

編集者は、眼鏡の奥の目をわずかに細めた。

驚いているのか、呆れているのか、その表情からは読み取りにくかった。

 

「商業映画で、三時間半は長い」

「配給側から圧力がかかるだろう」

 

その言葉に、わたくしは頷いた。

それは分かっていた。

通常の商業映画は、長くても二時間半程度に収まる。

三時間半という上映時間は、興行的な観点から見れば、明らかな障壁になる。

 

「それでも、この物語には三時間半が必要です」

 

きっぱりと告げると、編集者はそれ以上何も言わなかった。

ただ、機材に向かい、素材を呼び出し始めた。

編集作業は、まず全素材の確認から始まった。

撮影監督が丁寧に撮り溜めた映像は、膨大な量に及んでいる。

同じ場面でも、複数のテイクが存在し、それぞれに微妙な違いがある。

どのテイクを選ぶか、どこで切るか、次のシーンとどう繋ぐか。

その判断を、一コマずつ積み重ねていく作業だった。

作業を始めて数日が経った頃、父が編集室を訪ねてきた。

これまでの編集の進捗を確認するためだろう。

わたくしは、現時点での仮編集版を、父に見せることにした。

父は、椅子を引き寄せ、モニターの前に座った。

編集者も同席している。

上映が始まると、父は腕を組んだまま、じっとスクリーンを見つめていた。

三時間を超えた頃、仮編集版が終わった。

父は、しばらく無言のままだった。

その沈黙が、重い。

わたくしは、自分の呼吸が浅くなっているのを感じながら、父の言葉を待った。

 

「長い」

 

父の第一声は、それだった。

短く、明快で、容赦のない一言だった。

 

「全部必要です」

 

わたくしは、即座に答えた。

父の目が、わずかに動いた。

 

「全部必要だと言うなら」

「削る理由を説明しろ」

 

その言葉の意味を、わたくしは一瞬考えた。

削る理由を説明しろ。

逆説的な言い方だった。

残す理由ではなく、削る理由を問われている。

 

「何かを削るとしたら、どの場面を削りますか」

「そしてそれを削った時、何が失われますか」

「それを説明できれば、なぜ全部必要かが分かるはずだ」

 

父の言葉に、わたくしは改めてモニターに向き直った。

編集者が、静かに素材を巻き戻す。

わたくしは、一つ一つの場面を指差しながら、父に説明を始めた。

最初に取り上げたのは、裁判の場面だった。

この場面は、現状で二十分近くある。

通常の映画であれば、半分以下に圧縮するところだろう。

 

「ここを削ると、主人公が孤立していく過程が見えなくなります」

「裁判の長さそのものが、主人公の絶望の深さと比例しています」

「時間を短縮すれば、観客は主人公が追い詰められていく感覚を、体で感じることができなくなる」

 

父は何も言わず、聞いている。

わたくしは続けた。

次に、地下牢での場面を取り上げた。

ここも、セリフの少ない長い場面である。

主人公が牢の中で一人、壁を見つめているだけの映像が続く。

 

「セリフがないから、削りたくなる場面だと思います」

「でも、この沈黙の時間が、主人公の孤独を表しています」

「セリフで語れないものを、時間の長さで語っている場面です」

 

父が、腕を組んだまま、わずかに頷いた。

編集者も、黙って聞いている。

一場面ずつ、わたくしは説明を続けた。

冗長に見える場面にも、それぞれに理由があることを、丁寧に言葉にしていった。

婚約破棄の夜会の場面。

あの場面には、多くのカットが含まれている。

主人公の表情だけでなく、周囲の貴族たちの反応、父の後ろ姿、エルフィーネの涙。

それらを一つも省くことができない理由を、わたくしは順番に説明した。

 

「観客が、主人公と同じだけ孤独を感じるためには、周囲の人間の無関心を、丁寧に積み重ねる必要があります」

「一人が目をそらす。また一人が耳を塞ぐ。その積み重ねがなければ、主人公の孤独は伝わらない」

 

説明しながら、わたくしは自分の言葉が、単なる編集論を超えていることに気づいていた。

これは、前世のわたくし自身が感じた孤独の、解説でもあった。

父は、わたくしの説明をすべて聞き終えた後、しばらく沈黙していた。

編集スタッフは、メモを取りながら、静かに頷き続けていた。

 

「分かった」

 

父の言葉は、短かった。

 

「ただし、一つだけ条件がある」

 

わたくしは、父の次の言葉を待った。

 

「観客を、退屈させるな」

「長い映画は、観客への挑戦状でもある」

「すべての場面が、次の瞬間への緊張感を保っていなければならない」

 

その言葉に、わたくしは深く頷いた。

長さそのものを武器にするのではなく、長さを正当化できるだけの密度が必要だということだ。

父が帰った後、わたくしは編集者と向き合った。

編集者は、眼鏡を外し、目を細めながら言った。

 

「監督の説明、よく分かりました」

「ただ、父親の言葉も正しい」

「もう一度、全体を見直しましょう」

 

そこから、本当の意味での編集作業が始まった。

場面の順序を入れ替え、不要なカットを削ぎ落とし、音と映像の呼吸を整えていく。

削るということは、諦めることではない。

残すべきものをより鮮明にするために、余分なものを手放す作業だ。

編集者は、時折手を止め、わたくしに問いかけてきた。

 

「このカット、次のシーンと繋いだ時、観客は何を感じると思いますか」

 

その問いに、わたくしは真剣に答えた。

映像の一コマ一コマに込められた意図を、言葉にしながら考えることで、自分でも気づいていなかったものが見えてくることがあった。

編集は、熟練した手つきで映像を繋いでいく。

同じ素材でも、切るタイミングが一秒違うだけで、全く異なる印象になる。

音楽との兼ね合いも、細かく調整していった。

音楽は、世界的な作曲家が担当してくれることになっていた。

彼は、「音楽は観客を騙す」という信条を持つ人物だと聞いている。

編集が固まり次第、音楽の収録に入る予定だった。

作業は、何日も続いた。

編集室に籠もりきりになり、外の光を忘れる日もあった。

食事を持ち込み、モニターの前で食べながら作業を続けることも珍しくなかった。

ある夜、編集がふと言った。

 

「この映画、どこかで見たことがある気がするんです」

 

わたくしは、手を止めて編集者を見た。

 

「どこかで、とは?」

 

編集者は、少し考えてから答えた。

 

「映画の中で、というんじゃなくて」

「人生の中で、という感じです」

「理不尽に責められても、誰も助けてくれない感覚」

「誰かに話を聞いてほしくて、でも誰も聞いてくれない感覚」

 

そう言いながら、編集者はモニターを見つめた。

 

「誰でも、一度や二度は、そういう経験がある」

「この映画は、そういう場所を突いてくる」

 

その言葉に、わたくしは何も答えなかった。

ただ、深く頷いた。

編集が完成に近づいてきた頃、わたくしは通し上映を行った。

編集者と二人きりで、完成版に近いものを最初から最後まで見る。

三時間三十分。

編集を重ねた結果、最終的な上映時間は二百十分となっていた。

最後の場面が終わり、暗転した後、しばらく二人とも言葉を発しなかった。

編集者が、静かに息を吐いた。

 

「いい映画になりました」

 

その一言だけで、十分だった。

わたくしの目に、じわりと涙が滲んだ。

ここまで来るのに、どれほどの時間と痛みを要したことか。

 

「ありがとうございます」

 

声が掠れた。

編集者は、優しい目でわたくしを見た。

 

「監督、一つだけ聞いてもいいですか」

 

わたくしは頷いた。

 

「この映画の主人公は、実在する人物ですか」

 

その問いに、わたくしは少し間を置いた。

 

「います」

 

短く答えると、編集はそれ以上聞かなかった。

ただ、静かに頷いただけだった。

翌日、父に連絡を入れ、改めて通し上映を見てもらうことになった。

父は、二百十分を最初から最後まで、黙って見続けた。

終わった後の沈黙は、最初の時より長かった。

やがて、父は静かに言った。

 

「これでいい」

 

それだけだった。

それだけで、十分だった。

わたくしの中で、何かが完結した感覚があった。

編集室を出た後、廊下の窓から空を見上げた。

長い間、この部屋に籠もっていたせいで、外の空気が妙に新鮮に感じられる。

青く広がる空は、前世で最後に見た空と同じ色だった。

あの日、わたくしが誰にも届けられなかった真実が、今ここに、二百十分の映像として存在している。

その事実が、胸の中で静かに輝いていた。

次は、試写会だ。

この映画を、初めて観客に見せる日がやってくる。

どんな反応が返ってくるのか、怖い気持ちがないとは言えない。

それでも、もう揺らぐことはなかった。

この映画は、完成した。

廊下の窓から差し込む光を全身に浴びながら、わたくしは静かに次の扉に向かって歩き始めた。











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