第36話 耐熱の外套と、星降る頂
「ほれ、これを持っていきな」
バルバスの工房に戻った千代女たちの前に、分厚い布の塊がドサリと投げ出された。
それは、火竜の皮をなめして作られた特製の『耐熱外套』と、火山ガスを防ぐための厚手の覆面だった。
「おお、これはありがたい。……ん? 親父殿、お主も着替えてどこかへ行くのか?」
千代女が首を傾げた。
目の前のバルバスは、自分用の耐熱マントをすっぽりと被り、背中には巨大なハンマーではなく、特殊な鉱石を砕くための分厚い『ツルハシ』を背負っていたのだ。
「決まってんだろうが。俺も一緒に行くんだよ」
「親父が!?」
リオンが驚いて声を上げる。
「当たり前だ! 『星の鉄』は、ただ石を割って持ってくるような簡単なモンじゃねェ。どこの部位が刀の修復に一番適しているか、ドワーフの大鍛冶師であるこの俺が直接見極めねェと意味がねェんだよ!」
バルバスは鼻息を荒くして言い放った。
職人としての意地と、伝説の素材を自分の手で採掘したいという執念だ。
「ガッハッハ! 良いぞ、親父殿! ならば案内と石拾いはお主に任せた! 某は心置きなく、あのデカい竜と斬り合えるというわけじゃ!」
千代女は大笑いし、マントを羽織った。
こうして、千代女、ソフィア、リオン、そしてバルバスの四人は、マグメリアの街を背に、噴煙を上げる活火山へと足を踏み入れた。
火山の道中は、バルバスの警告通り、過酷を極めた。
足元は靴底が溶けそうなほど熱く、時折、地面の裂け目からシューッと高温の有毒ガスが噴き出してくる。
「あつぃぃ……。もうダメです……私、ここで干からびます……」
ソフィアは涙目で杖にすがりつき、自身の風魔法で冷気を口元に集めながら、なんとか歩みを進めていた。
リオンも滝のような汗を流し、無言で急斜面を登っている。
バルバスはドワーフ特有の熱への耐性で平然としているが、重いツルハシを背負っているため息が荒い。
そんな中、千代女だけは、まるで近所の山を散歩するように軽快な足取りだった。
無駄な力みが一切ないため、体力の消耗が極端に少ないのだ。
「ほれ、ソフィア、リオン。足元がおぼつかんぞ。強敵を前にしてバテてどうする」
「姐さんの……体力が……おかしいだけだ……ぜ……」
リオンが息も絶え絶えにツッコミを入れたその時。
「……着いたぞ。ここが、火山の頂上。マグメリアの大火口だ」
先頭を歩いていたバルバスが、足を止めた。
巨大なすり鉢状になった火口。
その底には、ドロドロと煮えたぎる赤い溶岩の海が広がっている。
そして、その溶岩の海の中央。
黒く固まった小島のような場所に――『それ』はあった。
周囲の熱気とは明らかに違う、青白く冷たい光を放つ巨大な岩の塊。
それが、天から降ってきたという『星の鉄』だ。
だが、千代女の視線は、石ではなく、その上に乗っている巨大な影に釘付けになっていた。
「おおおおおっ……!!」
千代女の口から、歓喜の震え声が漏れる。
隕石の上に、とぐろを巻くようにして眠っていたのは、バルバスが描いた絵よりも遥かに巨大で、凶悪な姿をした魔物だった。
全長は十メートルを軽く超える。
鋼よりも硬そうな漆黒の鱗が、まるで夜空の星のようにキラキラと輝いている。
背中には巨大なコウモリのような翼が折りたたまれ、太い鼻息が漏れるたびに、周囲の空気がビリビリと震えた。
Aランク指定の凶悪魔物。
星喰いの竜
「おい……冗談だろ。あんなデカいバケモノ、人間の武器が通じるのか……?」
東の大陸で数々の猛者を見てきたリオンでさえ、その圧倒的な質量と威圧感を前に、思わず足を一歩後退らせた。
ソフィアに至っては、恐怖で声も出ず、バルバスの背中にしがみついている。
「……バルバス殿」
千代女が、静かに口を開いた。
先ほどまでの上機嫌な態度は消え失せ、極限まで研ぎ澄まされた冷たい殺気を放っている。
「良い石じゃ。あれならば、某の『無銘』も喜んでくれよう」
チャキッ、と。
千代女が、刃こぼれした愛刀をゆっくりと鞘から抜いた。
「某があのデカブツを惹きつける。お主らはその隙に、あの光る石をかち割ってこい」
その抜刀の澄んだ音に反応したのか。
ズズン……と、隕石の上で眠っていた巨大な竜が、ゆっくりとその凶悪な頭を持ち上げた。
金色に輝く、爬虫類特有の縦長の瞳孔。
それが、侵入者である千代女たちを真っ直ぐに見据える。
「さあ……踊ろうか、デカブツ」
煮えたぎる溶岩の海を前に。
最強の剣士と、星の鱗を持つ巨竜の、文字通り命を削り合う死闘の幕が切って落とされた。




