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サムライ異世界に往く ~死に場所を求める最強の剣神、うっかり規格外の無自覚無双をしてしまう~  作者: 戯言の遊び
③緑の獣と王の脅威 編

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第28話 国宝級の漬物石と、無傷の凱旋

 真っ二つに割断されたゴブリン・キングの巨体が、完全に沈黙した。


 谷底を支配していた濃密で粘り気のある死の気配と、肌をチクチクと刺すような王の威圧感が、朝靄と一緒に嘘のように霧散していく。

 吹き荒れた暴風のあとに残されたのは、山のように折り重なった1000匹の緑の死体と、真っ二つに割れた大斬馬剣。

 そして、その血塗られた死地の頂点に、涼しい顔で立つ一人の美しい女剣士だけだった。


「…………」


 生き残った冒険者たちは、誰一人として言葉を発することができなかった。

 死を覚悟したあの絶望の淵から、時間にしてわずか数分。

 たった一人の、常識の枠を完全に破壊した規格外の存在によって、戦場における数の(ことわり)が、根本から暴力的に書き換えられてしまったのだ。


 氷のような静寂を破ったのは、カチャリ、という静かな金属音だった。


 今回の作戦の総指揮官であり、Bランクパーティー『蒼天の黎明団』のリーダーであるレオニス。

 彼は血と脂に塗れた己の大剣をゆっくりと鞘に納めると、泥濘む地面を踏みしめ、前へ歩み出た。

 そして、ゴブリンの死体の山を軽やかに降りてきた千代女(ちよめ)の真正面に立つと――足を揃え、背筋を伸ばし、腰から深く折る、騎士としての『最敬礼』の姿勢をとったのだ。


「……会議室での俺の無礼を、どうか、どうか許してほしい」


 頭を深く下げたまま、歴戦の猛者が絞り出すように言った。

 その声には、恐怖ではなく、純粋な畏敬の念が込められている。


「俺の目は完全に節穴だった。あなたは新人などではない。俺がこれまで長く過酷な冒険者人生で見てきた中で……最も偉大で、最も恐ろしい剣士だ」


 プライドの高いBランクのベテランが、防具すら着けていない軽装の女に対して、最大の敬意と謝罪を示す。

 周囲の冒険者たちが、その光景に息を呑む中。

 千代女はきょとんとした顔で小首を傾げた。


「なんじゃ、急にかしこまって。頭を上げよ」


 千代女はあっけらかんと、屈託のない太陽のような笑顔を浮かべた。


「無礼など気にしておらん! それよりも、千の大軍を相手に見事な陣を敷き、あの尋常ならざる圧力を前衛の者たちと共に持ち堪えようとしたお主の指揮は、実に天晴れであったぞ! 兵の命を散らさぬ見事な采配、そなたも立派な武将よ!」

「……っ!」


 レオニスの目が、大きく見開かれた。

 彼女は、ただ無軌道に暴れ回るだけの戦闘狂ではない。

 己の緻密な戦術と、前衛たちが命懸けで盾を構えて防衛線を維持したその『意味』を、この超越者はしっかりと俯瞰(ふかん)して見て、将として評価してくれていたのだ。


 レオニスは弾かれたように顔を上げると、憑き物が完全に落ちたような、清々しい笑みを浮かべた。


「……完敗だ。剣の腕も、将としての器の大きさもな」

「千代女さん……いや、千代女姐さん!!」


 レオニスの言葉を合図にしたかのように、後方からヴァンたち『白銀の梟旅団』の若手メンバーが、弾かれたように駆け寄ってきた。


「すっげえ! マジですっげえよ姐さん! 俺たち、今日から一生ついていきます!!」

「あの……私、千代女さんの戦いを見て、初めて、剣術が魔法より美しいものなんだって思いました……!」


 目をキラキラと輝かせ、完全に熱烈な信者と化したヴァンやイリスたちが、千代女を取り囲んで熱狂する。

 絶対的な死の恐怖から解放された数十名の冒険者たちの間に、安堵の笑い声と、千代女の武勇を称賛する歓声が爆発した。


 だが。

 そんな熱狂の輪から少し離れた場所で、一人だけ、ひどく現実的で絶望的な問題に直面し、白目を剥いている少女がいた。


「これ……討伐証明の『右耳』、誰が切り落として回るんですか……? 1000匹……私、もう嫌だ……お家に帰りたい……」


 凄惨な血の海を前に、膝から崩れ落ちる案内役のソフィア。

 しかし、泣き言を言っている場合ではない。

 現実逃避を終えた彼女は、フラフラと幽霊のように立ち上がると、解体用の短剣を握りしめ、真っ二つになったゴブリン・キングの巨大な亡骸へと近づいた。


「とりあえず、一番大物の魔石と耳だけでも回収しないと……」


 悪臭を放つ血肉を掻き分け、キングの胸の奥から『それ』を取り出した瞬間。

 ソフィアの目が、限界まで見開かれた。


「ひっ……!?」

「おお、ソフィアよ! 何か良い物はあったか?」


 血まみれの両手でソフィアが震えながら掲げていたのは、人間の頭ほどもある、禍々しくも吸い込まれるような美しい輝きを放つ、巨大な深紅の宝石だった。


「こ、これ……! ただの魔石じゃない、国宝級ですよ!? これ一つ王都のオークションで売るだけで、アクアリアの街が丸ごと買えるくらいの価値が……!」

「ほう。どれ、見せてみよ」


 震える声で叫ぶソフィアの手から、千代女は無造作にその巨大な深紅の魔石をひったくった。

 そして、谷底に差し込み始めた太陽の光に透かしてしげしげと眺め、ポンと手を打つ。


「ふむ、やけにデカくて丸い石ころじゃな。重さもそこそこ手頃だ。……うむ! 漬物石にちょうど良さそうじゃ!」

「「「…………漬物石!?」」」


 数千万、いや数億ゴールドの価値があるかもしれない大秘宝を、あろうことか『大根や白菜を漬ける重し』にすると高らかに宣言した女剣士に。

 その場にいた数十名の冒険者全員が、ズコーッと、見事なまでに盛大にずっこけた。


 常識も、戦術も、金銭感覚も。

 彼女のすべてが、枠に収まらない規格外。

 重苦しかった死地の谷底に、今度こそ、腹の底からの大爆笑の渦が巻き起こった。


     ◆


 その日の午後。

 アクアリアの冒険者ギルドは、まるで野戦病院のような物々しく緊迫した空気に包まれていた。


「いいか! あの1000の軍勢が相手だ、前衛の生存率はおそらく三割を切る! 討伐部隊が帰還次第、すぐにポーションと治癒魔法を限界までかけられるよう、医療班は入り口で待機しろ! 荷馬車をベッド代わりに用意しておけ!」


 ギルド長であるガイルスが、額に嫌な脂汗を浮かべながら、必死の形相で怒号を飛ばしていた。

 1000のゴブリンの群れ。

 いくら腕利きのBランクパーティーが指揮を執っているとはいえ、奇跡的に勝てたとしても、無傷で済むはずがない。

 最前線では必ず大怪我人、あるいは多くの無惨な死者が出ているはずだ。

 ガイルスは最悪の事態を覚悟し、キリキリと胃を痛めていた。


「ギ、ギルド長! 討伐部隊が帰還しました!! 今、大通りをこっちに向かってきてます!!」

「来たか! 担架を持て! 急げ!」


 バンッ!! と。

 ギルドの重厚な両開き扉が、勢いよく開け放たれる。

 ガイルスが血相を変え、医療班を引き連れて飛び出すと――そこにいたのは。


「ガッハッハ! やはり大勢での戦は良いな! 今夜は皆で、朝まで盛大な宴としようぞ!」


 泥と緑の血にまみれ、体力と魔力を使い果たして満身創痍でボロボロになりながらも……誰一人欠けることなく、五体満足。致命傷を負った『重症者ゼロ』というあり得ない状態で、満面の笑みを浮かべて帰還した冒険者たちの姿だった。


 そして、その先頭を歩く千代女は、まるで春の遠足から帰ってきた子供のようにケロリとした涼しい顔で、巨大な深紅の魔石(漬物石)とキングの黒鋼の斬馬剣の破片を山積みにした荷車を、カラカラとひどく楽しそうに引いている。


「あ……え……? 重症者は……? 死体は……?」


 ガイルスがポカンと間抜けに口を開けると、千代女の隣に付き添っていたレオニスが、呆れと尊敬の入り混じった苦笑いを浮かべながら、肩をすくめた。


「怪我人はかすり傷程度。全員、生還しました。……すべて、そこの楽しそうな『千代女さん』のおかげですよ」

「は……?」


 報告とまったく噛み合わない、理解不能な光景を前に。

 真面目な弟ギルド長・ガイルスの銀縁眼鏡が、カラン、と乾いた音を立てて石畳の上に滑り落ちたのだった。

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