第23話 討伐軍議と、若き『白銀の梟旅団』
冒険者ギルドの二階、太陽の光が差し込む広々とした会議室には、平時とは打って変わった重苦しい緊張感と、埃っぽい武具の匂いが漂っていた。
集まったのは、明日のゴブリン大討伐作戦に参加する数十名もの腕利き、あるいは命知らずの冒険者たち。
その中心にある長大な木製テーブルには、バツ印が書き込まれた一枚の詳細な周辺地図が広げられていた。
「皆、集まったな。今回の討伐作戦で、僭越ながら全体の指揮を執らせてもらう。王都から来たBランクパーティー『蒼天の黎明団』リーダーの、レオニスだ」
テーブルの一番奥で、太い腕を組んで重々しく口を開いたのは、歴戦の猛者といった風貌の、無数の傷が刻まれた鎧を纏う屈強な剣士だった。
彼がレオニス。
最前線で豊富な実戦経験を持ち、何よりも仲間の命と危機管理能力に長けた、生真面目な『超・慎重派』のリーダーである。
彼の背後には、同じく『蒼天の黎明団』の優秀なメンバーが静かに控えていた。
驚異的な索敵能力と隠密スキルに長け、危険な森の奥深くで今回のゴブリンの正確な数を割り出した、エルフの斥候・セラフィーナ。
そして、身の丈ほどもある分厚く巨大な鋼の盾を背負い、単体の強力なボス戦で絶対に防衛線を崩さない、岩のような重装備のタンク・ガルド。
彼ら三人は、個の武と強力な連携を誇る少数精鋭のパーティーだが、それゆえに今回のような『質の低い敵を、圧倒的な数で捌く大規模戦』は、彼らの本来の持ち味とは少し不向きな戦いであった。
「セラフィーナの決死の偵察によれば、現在確認できるゴブリンの総数は約1000匹。厄介なことに、後方から魔法を使う『ゴブリン・メイジ』や、巨体と力で統率を取る上位種『ホブゴブリン』の姿も複数確認されている」
レオニスが、地図上にある、山間を縫うように走る細い谷を指差した。
「まともに平野でぶつかれば、奴らの数の暴力に左右から包囲され、確実に押し潰される。よって、我々はこの狭い谷間に幾重にも陣を敷き、地の利を活かした防衛戦を行う。重装の戦士を前面に隙間なく押し出して『絶対の盾の壁』を作り、その後ろの安全圏から、魔法と弓でひたすら数を削り切る。泥臭いが、これが一番確実だ。絶対に、死んでも陣形を崩すなよ」
それは、冒険者たちの被害を最小限に抑える、実直で理にかなった完璧な戦術だった。
他の冒険者たちが、生き残るために真剣な顔で唾を飲み込み、深く頷く中――ただ一人、千代女だけがひどく不満げに桜色の唇を尖らせた。
「なんじゃ、防衛戦か。千もの大軍を相手にするというのに、ひたすら待ちの戦とは退屈な。ここは少数精鋭で敵の本陣に奇襲をかけ、総大将の首級を真っ先に上げるべきではないのか?」
「……なんだ、お前は」
水を打ったような静寂の中、突然響いた場違いな発言に、レオニスが親の仇でも見るような鋭い視線を千代女へ向けた。
鎖帷子や革鎧すら一つ着けず、薄く反った片刃の剣だけを提げた、まるで春の野原へ遠足にでも来たかのような、ヒラヒラとした軽装の異国の女。
「某は千代女! 先陣、一番槍は某に任せておけ! 敵の首魁は一思いに斬り捨ててくれる!」
千代女はそう自信満々に宣言するや否や、会議用の神聖な机の上に、トンッ、と片足を勢いよく乗せた。
――ほんの少しの間。
会議室に、何とも言えない、痛いほどの静寂が落ちる。
「……却下だ」
レオニスは、絶対零度の声で冷たく言い放った。
彼のような、何よりも実戦のリアルを重んじる慎重なリーダーからすれば、千代女のふざけた格好と空気を読まない態度は、ただの『頭のいかれた自殺志願者』にしか見えなかったのだ。
「いいか、新人。これはお遊びのゲームじゃない。1000匹の群れに、そんなふざけた軽装で突っ込めば、どこから飛んでくるかも分からない毒塗りの流れ矢一本で死ぬぞ。お前のような協調性の欠片もない奴に、命を預ける前線を任せるわけにはいかない」
「な、なにぃ!? 某の剣が通用せんと申すか!」
不服そうに大声を上げる千代女の首根っこを、隣にいたソフィアが「すみません! すみません! この人、少し頭のネジが数本飛んでるんです! 悪気はないんです!」と、涙目で必死に押さえつける。
レオニスはひどく疲れたように深いため息をつき、部屋の隅で大人しくしていた四人組の若手パーティーを呼んだ。
「ヴァン、お前たちCランクの『白銀の梟旅団』は、後方の遊撃と、万が一前衛が崩れた際の陣形の穴埋めを頼む。そこの騒がしい新人剣士とハーフエルフも、お前たちのパーティーの最後尾に組み込む。死なせないよう、適当に面倒を見てやってくれ」
「はいっ! 了解しました、レオニスさん!」
淀みない元気な声で返事をして歩み出てきたのは、まだ若く、しかし瞳に強い意志と純粋な光を宿した軽装の剣士・ヴァンだった。
「初めまして! 俺は『白銀の梟旅団』リーダーのヴァンだ。千代女さんにソフィアさんだね。明日の大仕事、よろしく頼むよ!」
ヴァンは犬のように人懐っこい、屈託のない笑顔で右手を差し出した。
彼の後ろには、癒しの神聖術の杖を大事そうに抱えた気弱そうな回復係の少女・イリスと、少しムラっ気がありそうな、赤い髪の精霊術師のベルカが、ペコリと控えめに頭を下げている。
「おいおい、ヴァン。ただでさえ俺たちはまだパーティーの連携が粗いんだぞ。あんな鎧も着てない、協調性ゼロの特攻野郎を押し付けられて、最前線が突破されたらどうすんだよ」
そう呆れたようにぼやいたのは、パーティーの最後尾で、黙々と愛用の弓の手入れをしていた狙撃手の青年・ノアだった。
冷静沈着で観察眼の鋭い彼は、千代女のふざけた軽装と態度を見て「確実に自分たちの足手まといになる」と、冷酷で現実的な計算を弾き出していたのだ。
「まあまあ、ノア。同じギルドの仲間同士、助け合っていこうぜ!」
若いながらも持ち前の明るさと人望があるヴァンが宥めると、ノアはやれやれと大げさに肩をすくめ、深い溜息を吐いた。
彼ら『白銀の梟旅団』は、前衛・魔法・回復・狙撃とパーティーのバランスこそ非常に良いものの、いかんせん致命的な経験不足のパーティーだ。そこに『千代女』という名の、常識外れの劇薬の異物が混ざることで、明日の戦場がどう転ぶかは、神ですら未知数であった。
「ふむ、お主らの部隊に入るのか。よかろう!」
千代女は、差し出されたヴァンの手をガシッと骨が軋むほど力強く握り返し、ニカッと歯を見せて笑った。
「千の大軍勢を前に狭所に陣を構え、部隊を組んで迎え撃つ! まるで本当に日ノ本の合戦のようじゃな! ヴァン殿、明日の戦、大いに楽しもうぞ!!」
一人だけ、これから血みどろの死地に向かうとは思えないほど、遠足前夜のようにウキウキしている千代女の姿に。
白銀の梟旅団の面々は「……この人、本当に大丈夫か? 明日、死ぬんじゃないか?」と、盛大に顔を引きつらせるのだった。




