第18話 退屈な権力者と、南の港町への旅立ち
上空から襲来した空の厄災・ワイバーンを、瞬きする間に空中で一刀両断した、翌朝。
冒険者ギルドに併設された薄暗い酒場で、千代女は一人、山盛りのオーク肉のローストを豪快に平らげていた。
周囲のテーブルの冒険者たちは、すっかり「竜殺しの英雄」あるいは「規格外のバケモノ」として定着した彼女を遠巻きに眺め、「あれが飛竜を真っ二つにした剣か……」「凄まじい食いっぷりだ……」と、ヒソヒソと畏怖の声を漏らしている。
そんな中。バンッ! と勢いよく酒場の両開き扉が開き、ギルド長のグレンが血相を変えて飛び込んできた。
「おい千代女! のんきに飯なんか食ってる場合じゃねぇ、早くこの街から逃げろ!」
「む? 飯の最中に騒々しいな。また空飛ぶトカゲでも出たか?」
口の周りの脂を袖で無造作に拭いながら、不思議そうに小首を傾げる千代女に、グレンは頭を抱えた。
「飛竜よりよっぽど厄介な奴だ。この辺境都市ファルサを治める『領主』だよ! お前が飛竜を瞬殺したって噂を昨晩のうちに聞きつけて、自分の『専属騎士』として強引に囲い込もうと、ギルドに私兵を差し向けてきやがったんだ!」
「ほう!」
千代女の涼やかな瞳が、カッと猛禽類のように輝いた。
「この街を治める領主とな! 数多の冒険者を束ねる街の長ならば、さぞ腕が立つ、恐ろしき猛者なのであろうな!?」
「いや、剣なんか一度も握ったこともない、金と権力だけが取り柄の、嫌ったらしい腹の出たおっさんだ。だが、この街でアイツに逆らえば、後々法を盾にされて色々と面倒なことになるぞ」
「……なんじゃ、ひどくつまらん」
最高に期待を裏切られた千代女は、心底退屈そうに、そしてひどく不満げに深いため息をつき、愛刀『無銘』を腰に差して立ち上がった。
「戦えぬ弱者の下に就き、護衛の真似事をする気など毛頭ないわ。面倒なら、すぐに出立するぞ。……さて、次はどこへ往こうか」
「ははっ、戦闘狂のお前なら絶対にそう言うと思ったぜ。……ほらよ、俺からの餞別だ」
グレンはニヤリと悪戯っぽく笑い、懐から蜜蝋で封がされた一通の分厚い手紙を取り出して、千代女に投げ渡した。
「ここからずっと南にある、この国で一番巨大な港町、『アクアリア』のギルド長宛ての紹介状だ。この辺境のファルサには、もうお前が満足するような獲物はいねぇ。だが、その巨大な港町周辺のダンジョンや海なら、お前が求めるような骨のあるバケモノもウヨウヨしてるはずだ」
「おお! それは素晴らしいな! 世話になったぞ、グレン殿!」
新たな死合の予感に満ちた紹介状を懐にしまい、千代女が足取りも軽くギルドの裏口から出ようとした、その時だった。
「お待ちください、千代女さん!」
背後から、必死に呼び止める高い声が聞こえた。
振り返ると、そこには見違えるような姿の少女が立っていた。
上質な深い青色の魔術師ローブを身に纏い、先端に輝く魔石が埋め込まれた立派な樫の杖を握りしめ、背丈ほどもある大きな荷物を背負ったソフィアが、息を切らせて駆け寄ってくるところだった。
昨日千代女から貰った莫大な金貨で、ただの案内役ではなく、「精霊魔法士」として戦うための一流の装備を整えてきたのだ。
「私を……私を、一緒に連れて行ってください! 道案内でも、精霊魔法による後方支援でも、身の回りのお世話でも、お金の管理でも、なんでもしますから!」
ソフィアは深く、深く頭を下げた。
忌み嫌われるハーフエルフである自分を少しも差別せず、圧倒的な強さを持ちながら、大金を無造作に与えてくれた千代女。
常識外れで無茶苦茶な人だが、ソフィアは己の持つ精霊魔法の才能をすべて懸けてでも、この恩人に一生ついていこうと、昨晩ベッドの中で固く決意したのだ。
「金の管理……ふむ。異世界の銭は種類が多くて面倒であったからな。うむ! 賑やかになって良い! 案内と財布、それに魔法での加勢も任せたぞ、ソフィア!」
「はいっ! ありがとうございます!」
パァッと、不安げだった顔を太陽のように輝かせるソフィア。
こうして、最強の戦闘狂と、その手綱(と財布)を握る精霊魔法士のハーフエルフの凸凹コンビが誕生したのである。
◆
「開けい! 領主様より、竜殺しの英雄を迎えに参ったぞ!」
それから数十分後。
仰々しい銀の鎧に身を包んだ、偉そうな領主の私兵たちがギルドの正面扉を乱暴に蹴破った時、すでに千代女たちの姿はどこにもなかった。
「もう遅いぜ、お偉いさん方。英雄様なら、とっくの昔に次の獲物を求めて旅立っちまったよ」
グレンが肩をすくめて空のジョッキを掲げ、酒場の冒険者たちが「あばよ、最強の姐御ォ!」「また化け物の首を手土産に帰ってこいよ!」とドッと威勢の良い笑い声を上げる。
———その頃。
千代女とソフィアを乗せた、南へと向かう大型の乗合馬車は、ファルサの街の城壁を抜け、砂煙を上げながら平原の街道を爆走していた。
「南の海か。塩の香りのする海風。まだ見ぬ強者が、某を待っておるのだな!」
馬車の窓から身を乗り出すようにして顔を出し、平原の風を浴びながら無邪気に笑う千代女。
その隣で、ソフィアは新調した杖を両手でぎゅっと抱きしめながら、(どうか、千代女さんが満足するくらい強い魔物がいますように……できれば、私に被害が及ばない程度に……)と、森の精霊に切実な祈りを捧げているのだった。




