ナイトショー
だんだんと日が落ちてきました。
パーク内は、色々な街灯が点きはじめました。街灯が点いているといっても、決して明るくはなく、なんとなく街並みがぼんやりと見えているような感覚を演出しているみたいです。あの火山は、うすい紫色に光っており、幻想的な側面と、不気味な側面の両方を見せているようでした。私たちは、海の見える広場に戻っていました。
彼は、さっきの態度を謝った上、最後のチャンスでいいから、ついてきてほしいところがあると言ってきました。私は、気持ちの整理がついてはいませんでしたが、最後に彼を信じようと自分に言い聞かせ、ついていくことにしました。
多くの人がレジャーシート、タオルケットといった様々なものを広げ、海の方を見て座っています。
この後20時から、東京ディズニーシーが誇る最大規模のナイトショーである、“ファンタズミック”というものが開催されるそうなのです。魔法使いになったミッキーマウスが、その力を使って様々なイマジネーションを繰り広げていくというストーリーなのだそうです。水上船、花火、パーク中に広がる音楽を駆使し、とんでもない規模で繰り広げられるとのことなので、大変人気があるのだそうです。私たちは、一時間半以上も前から、場所をとり、マップを下に敷き、座って待っていました。彼は鞄を前の方に置いていました。ほとんど会話はありません。
日は完全に落ちました。完全に夜です。パーク内はやはりとても綺麗でした。こんなちょっとギスギスした感じがなければ、この凄さを共有できるのにと思いました。
20時近くになると、風が吹いてきました。海風です。このパークは実際の海に面しているため、本当に海から風が吹いてくるのです。5月であるのにもかかわらず、とても肌寒く感じました。
彼は相変わらず無言で隣に座っています。小腹も空いてきました。そういえば、パークに入園して以降、サンドイッチしか食べていませんでした。
園内の明かりが消えました。お客さんたちの歓声が聞こえてきます。どうやら始まったようです。海にはいつの間にか、一つの黒い何かが浮かんでいました。それは、上の方向にどんどんと伸びていきます。その黒いものは、星空のように光り始めました。音楽は、魔法使いの弟子の冒頭部分が流れています。何かが始まっています。
その時です。ジャンという音とともに、いくつかのサーチライトの光が点灯し、空の本当に高いところまで照らしました。歓声が聞こえます。黒いものは、伸びきったようで、全体の形は三角形のようになっていました。流れ星のような光が渦をまくように三角形の中を登っていきます。パンッと音と共に花火が散りました。
すると、なんと素敵なことでしょう。三角形のてっぺんにミッキーマウスが立っていたのです。
ミッキーーー♡!!興奮したお客さんが叫んでいました。私はただただ驚きました。ミッキーが杖を振ると、黒かった三角形は青色に変わりました。これは、大きな魔法の帽子だったのです。ミッキーはこの大きな魔法の帽子の上に立っていたのです。そして、ミッキーの繰り広げるイマジネーションの世界が繰り広げられたのです。
様々な映像を映すスクリーンとなった魔法の帽子のまわりに、多くの船がやってきて、ライオンキング、スティッチ、ジーニーといった様々なキャラクターが登場してその世界を盛り上げました。最後にはドラゴンまで出てきました。もう凄すぎて、表現が上手くできません。とにかく凄いのです。
私はいつの間にか彼の腕をつかんでいました。今度は、優しくつかんでいました。あの“願いの橋”以降、色々あったけれど、彼と素敵な時間を共有できたと思いました。
最後の花火と共に、ショーが終わりました。園内が最大の歓声に包まれています。私も彼も、精一杯の拍手をしました。
「ファンタズミック、お楽しみいただけましたか。この後も、東京ディズニーシーで、素敵な旅のひと時をお過ごしください」
男性の声で園内アナウンスが流れました。お客さんたちが立ち上がって移動し始めました。暗くて気が付かなかったのですが、人の数はとんでもないことになっていました。一歩歩くだけで、誰かと肩がぶつかるほどの混雑です。園内にいたほとんどの人が、この海の周りに集まってきたかのようです。私たちも立ち上がり、今度はしっかりと手をつないで、人の流れと共に歩きました。
入口の地球儀のところに来ました。昼とは違い、地球儀がライトに照らされ、キラキラと輝いています。その周辺にいるお客さんたちは、名残惜しそうにその地球儀や、自分たちの姿を写真に収めていました。私も、スマートフォンのカメラで、その美しい旅の象徴を写真に収めました。
「ねえ、一緒に撮ろうよ」
彼に提案しました。彼は予想通り、おどおどし始めましたが、地球儀を背にして立たせ、私も隣に立ち、精一杯腕を伸ばしてスマートフォンをかざして一枚撮りました。全身は写せなかったですが、ディズニーシー内で2人で撮った、初めての写真でした。
その後、あまり会話はありませんでしたが、そのままゆっくりと出口へと向かいました。
少しギスギスしたけれど、また時間をかければ分かり合えると思う。5年も付き合っているのだし。彼だって同じことを考えていると思う。
きっと。
私はそう思うことにしました。
「・・・あれ?ちょっと」
私は彼の方を見て言いました。さっきまで持っていた彼の鞄がなかったのです。彼もはっとした顔をしました。あの混雑の中、鞄がどこかにまぎれてしまったようです。私たちはそれに気が付きませんでした。
「ねえ、ちょっと戻りましょうよ。探さないと」
私は彼の腕を引っ張りました。しかし、彼は動きません。しどろもどろしているように見えました。どうしてかはわかりませんが。
「どうしたの?本当になくなっちゃうわよ」
「い、いや、大丈夫だ」
「・・・えっ?」
私はつい聞き返しました。
「だ、だから大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ」
「い、言えないけどさ」
「えっ、意味わかんない。ちゃんと説明してよ」
「だから大丈夫なんだって!」
「何がよ!」
私は、彼のはっきりしない態度に一瞬で嫌気が指しました。穏やかにいたいと言い聞かせていたのですが、あのアトラクションの時の気持ちを思い出し、お腹も空いていたし、怒りが一気にこみあげてきます。
「私が買ってプレゼントした鞄なのに、大丈夫だっていうの?」
「・・・今は俺のものだ。な、無くしてしまおうと、お、俺の勝手だ!!」
彼が急に声を張り上げました。私の我慢は限界に達しました。
「ふざけないで!あなたは不器用だから、私も気を遣ってついていってあげたのに、何なの?勝手に不機嫌になったり、キャストさんに声を荒げたり。私、本当に恥ずかしかったんだからね。しかも、その洞窟は怖いって言ったのに、私の気持ちなんか考えずに無理やり引っ張っていったじゃない。何が君のためよ。ふざけないで。それで何?鞄を無くしたからって大丈夫とか格好つけちゃって。なんなのよ。もう意味わかんない。信じられない。こんな素敵な場所でこんな風になっちゃうの?もうなんなのよ!」
私自身、何を言っているのかわからなくなっていました。けれど、私は怒りの感情が止まりませんでした。
「どうしたのよ。何か言いなさいよ」
彼は、何か言おうとはしていますが、言葉に出ません。
「もう待ってられない。もう疲れた。もういや・・」
私は目から涙がこぼれ始めました。もう感情をコントロールすることはできません。
「帰って」
「えっ?」
「先に帰ってって言ってるの」
「い、いや、でも」
「帰って!!」
何人かのお客さんが振り向きました。けれども、気にする余裕はありません。
「・・・わ、分かった。・・よ」
彼は一言そう言い、ためらいながら、ゆっくりと歩き始めました。途中、何度も振り返りました。けれど、私は彼の顔を見ることはしませんでした。ずっと下を向いていました。
しばらく時間が経ったのでしょうか。私は顔を上げました。彼の姿はありませんでした。
本当に帰ってしまったのです。
こんな時、何としてでも、私のこの気持ちを解消しようと頑張ってくれるのが、男の役割じゃないの?私は、また涙がこみ上げてきました。そして急にここから逃げ出したくなり、走り始めました。幻想的な空間、旅を表現した音楽、様々な思いでを共有した、お客さんの嬉しそうな声、キャストさんの声、様々な声が通り過ぎて行きました。
しかしそれは最後には、ただの建物や、雑音に変わっていきました。
「チャオー」
声が聞こえてきました。どこかで聞いたことのあるような。
「チャオー」
・・・・・・
下の方から聞こえてきます。私は、目を開けました。人が沢山乗った、水路を移動するゴンドラが、私の足の下をくぐっていきます。そして、海へと出て行きました。私は、気が付いたら、あの橋の上で、寄りかかって泣いていたのです。閉園時間も近づいているのか、園内はだいぶ人が減り、静まり返っています。あんなに混雑していたのに、今となっては物寂しさを感じさせています。船は、何隻も橋の下をくぐっていきました。互いにすれ違う船のお客さんとキャストさんが、チャオ!と言ってあいさつを交わしていました。私は、水路をぼんやりと見下ろしています。
こんな声も聞こえてきました。
「今から、ポンテヴェッキオという橋の下をくぐって出航した島へ戻ります。実はこの橋は“願いの橋”と呼ばれていて、この橋の下をくぐりながらお願いごとをすると、それは叶うと言われているのです」
「これから橋の下をくぐります。目をつむって、イタリアの歌を聴きながらゆっくりとお願いごとをしてください」
・・・・
サンタルチアが聞こえてきました。私の足の下で響いています。
私は、もう前が見えません。大粒の涙が頬を伝っていくのがわかります。それは、最後には私の頬を離れました。そして、海へ流れていく川に、落ちていきました。




