すれ違い
時刻は16:00前くらいになっていました。気のせいかもしれませんが、入園した時よりも人が増えたように見えました。時々向かいから歩いてくる人たちと体が接触することもありました。それでも景色は相変わらず綺麗でした。
次に向かったのは、園内の左奥にある、アメリカンウォーターフロントというエリアでした。1920年代のアメリカを再現したところのようで、大きな船を目の前にし、街、大きなホテル、鉄道といったものが視界に入ってきました。また、街灯が、ある通りはガス灯だったり、別の通りは電気灯だったりと、時代が発展していく様も表現してありました。その細部に至るこだわりには驚きました。
彼は、“トイ・ストーリーマニア!”というシューティングゲームのアトラクションがあると教えてくれ、今そこに向かっているのだと言いました。私が、トイ・ストーリーが好きであることを覚えてくれていたようです。
・・200分待ち。待ち時間はこう表示されていました。単純計算しても3時間以上待たなければいけない。園内が混雑しているのは分かっていたけれども、アトラクションにこんなに影響してくるとは思いもしなかった。(後から聞いた話ですが、このアトラクションは園内で一番人気があるようです)どうしよう?彼に相談しました。彼はしばらく考えてから、ごめん、今回はあきらめて次に行こう。と言いました。私もそれに従いました。残念だけれど、仕方がない。こんなに混雑しているから、待っているだけで疲れてしまうでしょう。私は次に期待しました。
“タワー・オブ・テラー”というアトラクションの前に来ました。とても大きなホテルの建物で、中はエレベータータイプのアトラクションであるようです。詳しいことは分からないけれど、何か呪いの人形が私たちに呪いをかけてくるというようなものらしいです。これは、160分待ちでした。やはりちょっと厳しい。私たちは特に相談もすることなく、次に向かうことにしました。
向かうところは園内にそびえ立つ火山の方だというので、近道を通るために一度海の方に戻ることにしました。大変な混雑をしているトイ・ストーリーマニア!を右目に通り過ぎ、海へ向かう一直線の通りを歩いていました。
すると、その通りにはいつの間にか先ほどよりも人が増えていました。よく見ると、右側にある建物から続々と人が出てきているのです。ここは、ブロードウェイ・ミュージックシアターとう建物のようで、何かショーをやっていたようです。数百人単位の劇場なので、それだけの人が出てくると混雑するでしょう。人の波に巻き込まれて、いつの間にか、つないでいた手は離れてしまっていました。彼は、少しずつ私より先に進んで行きました。私は彼の姿を見失わないように追いかけました。彼も、ときどき私の方を振り返り、私がちゃんといるか確認していました。すごい人の波なので、彼の顔はさすがに穏やかではありません。
彼は言葉には現さないですが、感情が顔や行動に出てしまうことが時々あるのです。その辺りはいつも少し心配なのです。
その時です。彼が、前方から歩いてきた人と肩と肩がぶつかりました。相手は大学生くらいの男性でした。よく見ると、スマートフォンを片手に持ってうつむいていました。私は人をかき分けて彼の方へ急ぎました。
彼は舌打ちをしました。そしてぶつかった男性を睨みむように振り返りました。相手は気が付いていません。彼の左手が伸びました。男性を捕まえようとしています・・。
・・・間に合いました。私は伸びた彼の左腕をしっかりと掴みました。私は彼の顔を見ました。彼は、一言、ごめんと言いました。相手が明らかに悪いとしても、そういうことをする状況ではないことくらい彼は分かっているのです。
「行こっ!」
彼の左腕に私の右腕を組み、一緒に歩きました。彼は鞄を右に持ち替えました。通りを抜け、再び海の見えるところに出ました。そして今度はすぐ左に曲がり、右には海、左側には古きアメリカを望むことができる道を進みました。美しい眺めが広がっているのですが、どうしてか、私たちは腕を組んだまま、無言で歩きました。
入口から見えていた火山のふもとと思われる場所に着きました。要塞のような建物を右側に見て歩くと、左側に洞窟のようなものが見えてきました。時々振動のような音が聞こえてきます。人は多いですが、そこは薄暗く、少し怖い気がしました。私はちょっと歩みを緩めましたが、彼はそのまま私を引っ張っていこうとしました。
「ねえ、ちょっと待ってよ。ちょっと怖い」
私はそう言いましたが、彼は、大丈夫、面白いアトラクションがあるんだ、と言って私をそのまま引っ張っていきました。
“Journey to the Center of the Earth” という言葉が書かれた(浮き出た?)マグマが流れ出ているように見える岩が見えました。その先には、さらに狭い洞窟の入り口が見えます。そこに多くの人が入っていきました。彼が言うには、地底を探検するというアトラクションなのだそうです。待ち時間は110分と書かれていましたが、彼は躊躇することなくその入口に向かいました。
彼の説明が始まりました。このアトラクションは、海底二万里の作者でもある、ジュール・ヴェルヌという作家の“地底旅行”という作品がベースになっている。だが、それはあくまでベースであり、このアトラクションは全くオリジナルのものになっている。
最初に、ゲストは、“テラベーター”という特殊なエレベーターに乗って、地下800mにある基地に向かう。そして、ネモ船長によって開発された地底走行車に乗って地下トンネルの調査を行うんだけれど、突如火山活動が活発化してね。あっ、ちなみにネモ船長なんだけれど、これはさっき言った海底二万里に出てくる登場人物であってね・・・・
私は正直、聞く気分にはなれません。狭くて薄暗く、時々振動音(火山活動?)の聞こえてくるこの場所が怖くてたまらないのです。彼に言ったのに、聞いてくれません。彼は覚えてきたことを機械のように話すだけ。
私の気持ちを考えてくれているのでしょうか?
「ねっ、ねえ。ちょっとその話は私には難しくて分からなくて、一旦落ち着いて別の話しない?」
彼は、はっとした顔をしました。よかった。気が付いてくれたみたい。しかし、彼は、分かりにくくてごめん。もう少しわかりやすく説明すると言って、また話しはじめました。違う。そうじゃない。
「ねっ、ねえ、そうじゃなくて、一旦別の話をしたいの。まだ待ち時間もあるし、後でまた教えてくれればいいから」
私は、できるだけ彼の気持ちを尊重してそう言いました。
しかし、彼は、はあ?なんで?とそんなことを言い出しました。君のためにせっかく時間かけて用意してきた話なのに、なんで分かってくれないんだ?とも言い出しました。
不機嫌そうな顔で私を見ました。周りの雰囲気もあるせいか、彼の事が少し怖く感じました。
そんな時でした。急に振動音が消え、アナウンスが流れました。
「お客様にお知らせいたします。センター・オブ・ジ・アースですが、システムの不具合により、運営することができなくなりました。ご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません。ただいまより係がご案内いたしますので、しばらくそのままでお待ちください。繰り返します・・」
場内がどよめきました。えーっ!という声や、ふざけんなよ!という声、子供に何のことか聞かれ、説明に奮闘するお父さんの声・・・本当に様々な声が一斉に聞こえてきました。お分かりとは思いますが、つまり、何かのトラブルでアトラクションが休止になったということです。せっかく訪れたのに、とても残念だし、夢の国でもこのようなことがあるのか・・と思いました。
彼の不機嫌そうな顔はいっそう悪くなりました。
キャストさんが誘導に来ました。申し訳ありませんと深々と頭を下げてお客さんを誘導し始めました。お客さんは、不満や、いつ復帰するのかというようなことをキャストさんに言っていましたが、指示に従って通路を戻り始めました。段々とお客さんは落ちつていきます。
「おいっ!」
突然声が聞こえました。そんなことがあってほしくない。と思いました。けれど、駄目でした。彼が、近づいたキャストさんに向かって声を荒げたのです。
「こんなに混雑して、まず園内に入れない、混んでいて乗れない、それで、止まるってなんだよ?てめえらの作る夢ってこんな程度なんかよ?はあ?」
お客さんの視線が向けられます。キャストさんはもう一度深々と頭を下げてきます。けれど、彼の怒りは収まっていません。
「何か保障するのかよ?」
・・・やめて
キャストさんが何か説明しようとしました。
「責任者出せよ!」
彼の怒りは収まりません。
・・・お願い、やめて。
「本当がっかりだな。こんな嘘の夢の国なんてよ」
「やめてよ!!」
・・・・・・
私は、いつの間にか声を発していました。
また、声だけではありませんでした。そのまま彼の頬を思いっきり引っ叩いていたのです。
場内が静まりかえしました。彼も黙りました。私は、彼の顔は確認せず、キャストさん、近くにいるお客さんに謝って、彼の腕を引っ張り、列を追い越して入口に向かいました。本当は列を抜かしていくのはダメなのです。けれど、無理でした。慌てたキャストさんも、追いついてこられないようでした。
入口に戻りました。同時に、彼の腕を離しました。できるだけ入口から離れました。(キャストさんが何かチケットのようなものを配っているようでした。後から聞いた話ですが、それは次回ディズニーシーに来たときに、アトラクションに優先的に案内してもらえるチケットなのだそうです)
悔しさ、恥ずかしさ、怒り、一体どの言葉で表現したらいいのかよく分からない感情でした。彼は後ろからゆっくりとついて来ました。
振り向きたい気持ちもあるのですが、振り向くことはできませんでした。




