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アッヘンヴェルバッハ家は、カルナ・ヴォルトガント王国が建国する以前から存在した名家だ。
その歴史はキャンベル王国という小国が存在していた頃まで遡る。
簡潔に言えばカルナ・ヴォルトガントが併合した国の元王族。それがアッヘンヴェルバッハだ。
カルナ・ヴォルトガント王国建国に携わった功績から、公爵の地位を賜り。旧キャンベル王国領土の一部を除き、ほぼ全てが現在のアッヘンヴェルバッハ公爵家の領地として扱われている。
歴史ある誉れ高き一族。
その現当主であるロードンは昼頃に帰宅すると、領地から呼び戻した息子を早々に呼びつけた。
随時部下から送られてくる報告書から、息子の現状を大体把握しているが、実物を知っている訳ではない。前回会った時は驚くほどの変化を見せてくれたが、今回も同じように行くとは限らない。
「旦那様。バーナードです。レギュラス様をお連れしました」
「入れ」
ロードンは書類から顔を上げ、開かれた扉の先に現れた人物に目を見張った。
そこにいる少年が纏う色は見粉うことなく自分と同じものだが、その容姿は懐かしい少女を想起させた。
「失礼致します」
そう口にした少年から目が離せない。ロードンは瞬きもせずに、身なりの良い彼をじっくりと見つめた。見れば見る程に、若くして亡くした妻の姿が重なり続ける。
「――……レギュラス、なのか?」
「はい」
やっとのことで絞り出した言葉に、返って来たのは短い返事。
ロードンは一つ頷くと、座るように促す。
今までであれば実の父親であるに関わらず、返事もせずに席にふんぞり返り、「で、なにようで?」などと傲慢な態度を取っていた少年は、礼儀正しく「失礼します」と一礼して席に着く。
まるで見違えた息子の姿に、ロードンは釘付けだった。
腰を下ろした少年の背後には、グレンとケルヴィンが立ち並ぶ。ロードンは咳払いを一つ零して早速本題に入った。
「今回呼び戻したのは、お前の再教育を任せたグレン及びケルヴィンが、お前に対して合格点に値すると報告が上がったからだ」
「え……っ」
シュベルツは後ろを振り返り、グレンとケルヴィンを見上げる。グレンはにこやかに笑顔を浮かべてくれたが、ケルヴィンからは、前を向けと睨みつけられ、慌てて姿勢を正す。
「信頼する二人から同時期に上がった報告だ。よって、今後は私の監視下に置き、様子を見ることにした。今後の生活態度次第では学園への復学も視野に入れておくつもりだ」
「えっ……俺が、復学ですか? つまり、学園に通う?」
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「いえ……ただ、自主退学を言い渡されたと聞いておりましたので、通うことになるとは」
「そんな些細なことは、どうとでもなる」
(些細じゃねぇよ)、シュベルツは内心でツッコミを入れた。
公爵家の出の者でありながら、自主退学を言い渡されるレベルの問題を起こしたんだぞ。どんな問題かまでは知らないけど。
二人の教師から学園復帰の様な話しを耳にしていたが、まさか、本当になるとは。
(あ、違う。グレンさんもケルヴィンさんも、知ってた口だコレ)
てかね、てかさ。痩せて態度も真面目にすれば自由になれるって話しだったのに、なんか全然全く違う方向に進んでない? 俺そろそろ生まれ故郷に帰りたいんだけど。
(学園なんてとこに放り込まれたら全く身動き取れなくなるじゃん! 今も身動き取れてないけどさ!)
シュベルツが緊張で手に汗握り、内心で荒ぶっていることなど露知らず、ロードンはどんどん話を進め、それに対して適当に相槌を打つ。
話を聞けば、まだグレンさんとケルヴィンさんは俺の家庭教師でいてくれるらしい。マジか。
「それから、二日後にヴォッケンシュタインのご令嬢と食事会だ。失礼のないように」
「……はい」
「以上だ」
さっさと話を切り上げる公爵に、シュベルツは意を決して話しかける。
「……あの」
「なんだ」
「生活態度の改善が見られなかった場合は……」
「その場合は、再び領地に戻すが?」
「そうですか」
逃げ場無し。まだキャンベルなんていう領地に戻されるよりも、大人しく王都に居た方が動きやすい。こっちの方が故郷の村と距離近いし。
もう話が終わりならばとシュベルツは立ち上がり、退室するが、背後に控えていた二人がロードンに呼び止められる。
「ケルヴィンとグレンは残れ、話がある」
「御意」
「畏まりました」
シュベルツは執事バーナードと共に部屋を後にする。
一方部屋に残されたケルヴィンとグレンは、ロードンから報告書の再確認及び、今後の連絡事項を受けていた。
「お前たち、よくやった」
「身に余る光栄で御座います」
「恐悦至極に存じます」
「謙遜は良い。やはり、お前たちに任せて正解だった様だな」
「全ては閣下の先見の明によるものかと」
「そんな物を、持ち合わせたつもりはないのだがな」
「ご謙遜を」
グレンとケルヴィンは深く頭を下げ、ロードンからの言葉を噛みしめた。
「あれには相当、手を焼いただろう。私も随分と扱いに困ったものだ」
「いえ、そんなことは」
「いや、いいんだ。正直な感想を聞かせてくれ。妻が亡くなってからだ。あの子があんな風に変わってしまったのは……」
前妻であったオフィーリアが床に伏せ、亡くなってからと言うもの、レギュラスは何か月も塞ぎ込み続けた。
見るからにやつれ、笑顔の数も少なくなっていく。
最初は母親を亡くした悲しみと、早くに後妻をむかえたことへの戸惑いで感情が追い付けずにいるのだと思い、時が経てば治まるだろうとロードンは楽観視していた。
時間が解決してくれるだろうと。だがそれが、いけなかった。
ロードンが仕事忙しさに、家を空け、使用人に全てを任せている間に、レギュラスは態度を豹変させた。暴飲暴食を繰り返し、気に入らないものがあれば喚き散かし、人を嘲笑うようになった。
気が付けば至る所で問題行動を起こし、手の付けられない荒くれ者へと成長していた。
怠惰の化身と言っても過言ではないその姿からは、美しく聡明だったオフィーリアの面影は見る影もなくなり、本当に我が子なのかと疑ったほど。
「全く酷い有様だった。あれの態度に、屋敷を離れる者も多くてな」
何度尻拭いに追われたことか、何度叱り付けたことか、それでもレギュラスは態度を改めるどころかより悪化させ、学園と言う檻の中であの事件を起こした。
「全く……何を考えているのか分からない、気味の悪い子だよ」
ロードンは厄介者だと言わんばかりに、眉間に皺を寄せる。その様子にグレンとケルヴィンは顔を見合わせた。
グレンとケルヴィンは任を与えられ、領地に強制収用されてからのレギュラスしか知らない為か、ロードンの言葉に戸惑った。二人からしてみれば、レギュラスと言う教え子は、素直で真面目、少し間の抜けた性格の親しみやすい少年だったからだ。
家の名を持ち出すこともなく、常に謙虚で直向き、とても教えがいのある生徒だった。
「お言葉ですが、閣下」
ケルヴィンは普段通りの澄ました顔で口を開く。
「なんだね?」
「どうか、少しでも構いません。レギュラス様と、一度、きちんと話し合ってみてはいかがですか?」
「……どういう意味だ?」
「話を聞く限り、レギュラス様はとてもお変わりになられました。今ならば、ご子息の真意を聞けるのでは?」
「……そうだな。考えておこう。お前たち、もう下がってよい。あぁ、バーナードに会ったらこっちに戻るように伝えてくれ」
「畏まりました」
二人は頭を垂れ、部屋を出る。それから少し歩いて、グレンは不機嫌な声を上げた。
「なーんだかな」
「なんだ」
「なーんか、思ってたんと違う」
「何がだ」
「ほら、レギュラス様はさ、根はめっちゃいい子じゃん。閣下もそれを見越されて俺達をつけたんだと思ってたんだけど。なんか違ったっぽい?」
「……距離が近すぎるから分からないこともあるのだろう」
「でも、あのアッヘンヴェルバッハ公爵だぞ! そんな人が、あんな風に他人を……実の息子にそんなこと言うかフツー」
「我が子だから余計に、分からぬのだろうな」
「……そっかー?」
グレンは不満そうに返事をする。
七つ存在する公爵家の中でも第一等に位置する、アッヘンヴェルバッハ公爵。
その権威は王族に次ぐと謳われる程。
――だが、それだけに留まらず。
アッヘンヴェルバッハ現当主であるロードンは、歴代当主の中でも見事な手腕を持ち、数多くの事業を成功へと導いた実力者だ。その見事な采配から、彼には先見の明があると囁かれるほど。
現在は自身の領地で、蒸気機関の技術を用いた汽車の実用化を進めている最中である。
鋭い洞察力と、数々の偉大な功績をたてた人物だからこそ、グレンは納得出来ずにいた。
「まー、うーん。いいや」
「……そうしておけ。公爵ならば、時機にお気づきになるだろう」
「そうだな!」
なんせ彼は、未来を視通す力を持った類い稀なる御方なのだから。




