22
シュベルツは少しだけ物が少なくなった部屋を見渡し、直ぐさま踵を返して歩き出す。
屋敷の前には既に馬車が用意され、後は乗り込むだけ。
最後の一週間はあっと言う間で、ただやっぱり、女装させられたことは頭が痛い案件だった。そりゃ、肉体は15歳だけど、精神年齢22歳なんだよ。きっついものがある。
「行ってらっしゃいませ、レギュラスお坊ちゃま」
ヴィルマンや使用人一同に見送られ、シュベルツはキャンベルの屋敷を後にした。
勿論向かいの席にはグレンとケルヴィンが普段通り座っている。
「あれ? レギュラス様……その本って」
「アイロシャスの『業の美しさ』です」
グレンは見覚えのある独特な文字が気になり、訊ねれば、さらりと答えが返ってくる。
「いやいや、その文字……そんな、まさか、ゲヘナ語?」
「そうですけど……?」
「けけけ、ケルヴィン!?」
「なんだ愚か者。騒がしいぞ」
「レギュラス様が奇怪文字を御拝読しておられておいでだぞ!? 何が如何なってんの!?」
信じられない! グレンは顔を真っ青にさせケルヴィンに問い詰めるも。「お前と違って学習意欲が盛んなだけだ」と適当にあしらう。
「えーえー、本当にそれ、読めちゃうんですか?」
「読めますよ?」
「うっそだぁ……だって、ゲヘナ語ですよ!? 奇怪な学者しか読み解けない奇怪文字ですよ!? 可愛い俺の愛弟子になんてものを……!」
「煩いぞグレン。静かにしろ。全く、はしたない」
「レギュラス様ー! こっちの、こっちのレライ語の本読みましょうよ! 俺、職業柄レライ語は完璧何で!」
「あ、その本ならもう読み終わってます」
「わあ! 本当に学習意欲がおありだぁ!」
全くと言っていいほど構ってくれない友人と教え子に、グレンは頭を抱えた。
そして王都の屋敷につけば、バーナードと数名の使用人に迎えられた。
シュベルツが一歩足を踏み出した時に、周囲から息を呑む音が聞こえたがバーナードが一つ咳払いをするだけで場は静まり返る。
「お帰りなさいませ、レギュラス様」
「お久し振りです」
「長旅、お疲れになられましたでしょう。旦那様は明日、お戻りになる予定で御座います故、本日はごゆっくりお休みくださいませ」
「はい」
前に来た時と同じように部屋へと案内され、扉を開けた先は、模様替えされたレギュラスの自室だった。
「……へっ?」
曰く、ロレシオン商会との取引の際、同時にこっちの部屋も作り替えたらしい。いつも模様替えする時はそうしているらしい。らしい。
バーナードさんに「何か?」と訊ねられ、慌てて誤魔化した。
なんてお金のかかることを!
流石は貴族、とんだ金遣いの荒さだよ!
わーこのランプ、あっちの屋敷にもあるやつだー。
「旦那様より、供をつければ敷地内をご自由にしても良いとのことです。どう致しますか?」
「え! 屋敷の中を歩いてもいいんですか!?」
「ええ、構いませんとも」
「え、えーじゃあ、ちょっとだけ散歩してもいいですか? ずっと座りっぱなしだったんで」
屋敷の中も探索したいし。
そうそう、母カレンティアさんはお友達と遠出してて、弟ジークくんと妹エリアスちゃんは学園の寮にいるらしい。
「じゃあ、俺がレギュラス様に付いていきますね。ケルヴィンは休んでろよ」
「端からそのつもりだが?」
流石のケルヴィンも旅疲れを感じているようで、グレンに後のことを任せるとそのまま客室の方に去って行った。
「じゃ、行きましょうか」
シュベルツはグレンと並んで屋敷の中を移動する。
その道すがら何人かの使用人とすれ違うも、視線と空気と反応が微妙だった。なんとなく、分かってはいたけどさ。うん。
「いやー度々お邪魔はしてましたけど、きちんと見るとやはり凄い! 流石はアッヘンヴェルバッハ。王都でもこれほどの土地を有するなんて、他に類を見ません!」
グレンは感心した素振りで辺りを見渡す。
「本当にね」
シュベルツはあまりの広さに、驚きを通り越して呆れた。
平民が下町で狭い部屋を一室寝床に大所帯で暮らしている一方で、貴族街に住む連中がこのような広い土地を有していたなんて思いたくなかった。
屋敷だけでも凄いのに、庭だけで規格外の広さ。小さな温室もあった。
育てている植物のなんと豊富なことか。
キャンベルの屋敷はもともと郊外に建っていて、周りが大自然だったから気にしなかったが、ここは違う。王都の最上階という限られたスペースに位置する場所だ。
そんな場所でこれ程多種多様な植物を育てているとは感嘆しかない。
手入れの行き届いた庭を散策し終わり、シュベルツとグレンは屋敷に引き返した。




