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衣裳部屋に並ぶ新調したばかりの様々な衣装。使用人はその中から今日の予定と天気に合った服装を見繕う。
それを主人のもとにまで運び、袖を通して貰う。
昔の主人であれば、気に入らないと約十回は衣裳部屋を行き来させられたものだが、態度を改めた今の主人は差し出した服に文句一つ言うことなく袖を通してくれる。
そして極めつけは、これである。
「今日もありがとう!」
顔面偏差値が圧倒的に高い微笑で礼を言われれば、それはもう使用人冥利に尽きるが如何せん、これではいけない。
「レギュラス様。主人であるあなたが安易に、下の者に礼を述べてはなりません」
「あ、でも、その……癖で」
どんな癖だよ。
なにがどうなってそんな習慣が身についたんだよ。
「それでは朝食のお時間ですので、参りましょう」
今日もまた、一日が始まる。
普段通り、ケルヴィン指導のもと座学を取り組み、グレンの指揮の下剣術を学び、休憩時間に予習復習を行い、昼食をとっていた頃、早馬が駆けた。
「レギュラスお坊ちゃま、今日より二週間後。王都への帰還が決まりました」
それはもう、春が終わりを告げようとしていた頃の話し。
「え?」
「おめでとうございます」
「ありがとう……ゴザイマス?」
シュベルツは困惑した。そう言えば、学習計画が終われば王都に呼び戻されると言われていたことを思い出す。それは喜ぶべきものなのだろうか。
(あーっと、エリアスちゃんに手紙で教えとこ)
わかりましたと、シュベルツは再び昼食に戻る。午後にはグレンとケルヴィンから今後二週間の予定をザッと説明され、そのハードスケジュールに言葉を詰まらせてしまう。どうやら二人はギリギリまで詰め込む気でいるらしい。
「レギュラスお坊ちゃま。王都にお戻りになりましたら、シルヴィア様と食事会がありますので」
「ので?」
聞き返すもヴィルマンは冷めきった笑顔を携えており、この人にしては珍しいなと思いながら次の瞬間には絶句する羽目になった。
「徹底的にこのグレンがマナーを叩き込まさせて頂きます!」
勢い良く開いた扉の先には女装したガタイのよいグレンがいた。
「……ぇっ! ……は!? …………うわっ!!」
驚き過ぎて言葉を失った。
なんだそのフリフリもこもこな衣装に、ちょっと色の濃い化粧。靴もちゃんとヒールだし、背ぇたっか! 鬘も長いし、睫毛もなんかバッサバサで、帽子もご立派。
そんな派手ななりをしたグレンが軽快な足取りでレギュラスの前に移動してくる。
「さあ! レギュラス様! 我が国が誇る立派な紳士となりましょう!」
「くっ来るなー! このケダモノ――!?」
「まあ! レディに対する言葉ではありませんことよ!」
「ヒッ!! どこがレディだよ!? バケモノだよ!! うわっちょ! ムリ! 顔ちか!!」
「なんてはしたない言葉使い! 紳士たるものはどのような些細なことでも動揺を表に出してはなりませんのよ!」
「その言葉使いヤメテ! 気持ち悪いからヤメテ! こっち来ないで!! 些細じゃない全然些細じゃないからぁ――っ!」
「さあ、レギュラス様! この不肖グレンを婚約者だと思って接してみてくださいな!」
「アンタそっちの気があったのか!? 演技上手いな!!」
「すね毛もきちんと剃りましたよ」
「要らないよそんな情報!! 誰でもいいから、助けてよーーーー!!
いつの間にかヴィルマンさんは退室してるし、女装したグレンさんが迫って来るし、どこにも逃げ場がない。
シュベルツは大声で泣き叫ぶ。
「ほら、レギュラス様! おれ……じゃなくて私の手をおとりになって下さい! 本当ならば男性がエスコートなさるんですからね!」
「…………はい」
そのちょっと高い声ヤメテ欲しい。
「これ、絶対女性の教師を呼んだ方が効率的なんじゃないですか? そんな、グレンさんが身を削らなくても」
「急だったんでそうそうには見つかりませんって、それに女性の落とし方とか俺得意なんでバンバン叩き込みますよ! 先ずは出来る男のデートの誘い方。ちゃんと相手の子の好みをリサーチすることが大切です。雰囲気も大事ですがぁ……初心初心なレギュラス様には少し早いので、先ずは出来る気遣いから!」
「……はい」
シュベルツは女装したグレンに手を引かれ、下唇を噛みしめながら早速指導を受ける破目になった。
「はい! ダメ! その扱いはナンセンス!」
「なんせんす……」
「いいですか、少しの段差でも手を差し伸べて下さい。あと、もっと会話を弾ませること!」
「ひゃい」
もう泣きたい。なんでこんな高身長の女装した男性と並んで歩いて、ことある毎にダメ出しを喰らっているんだろうか。褒めるってどこを褒めればいいの? 睫毛長いねって言えばいいの?
口説き方を知らないシュベルツに痺れを切らしたグレンは、見本を見せますからといいシュベルツの横に座るとその手を取って視線を合わせる。
「うん、いつ見ても綺麗な瞳だね。まるでキュピレールのエメラルドの様に吸い込まれてしまいそうだ」
「ひえっ!」
「知っているかい? エメラルドは神に最も愛された光り輝くものが身につけていた宝石とされているんだ。そんな秘宝を瞳に宿す君もまた、皆に愛される輝かしい人なのだろうね。君はいつも人を惹きつける特別な魅力を持っているんだ」
「い、いい、いえ、あのっ、そんな大層なものはっ」
「俺もまた、その輝きに引き寄せられた哀れな男の一人。どうか、今夜は朝まで君のもとに置いてくれないだろうか? 今宵、美しい君を独り占めさせてほしい。ダメ、だろうか?」
グレンは手に取ったシュベルツの手を優しく包み込み、指で輪郭を器用に強弱をつけて撫ぜる。手を自身の口元まで近づけてリップ音まで器用に鳴らしてみせた。
極めつけに上目遣いに小首をかしげるテクニックまでつかって誘惑してくる始末。高身長の男が、上目遣いで見上げるという普段ならばないようなシチュエーション。女性はこういうギャップの違いにどきどきするらしい。
これが女性の口説き方なのか!? なにこれ!? なんか突然一夜に誘ってるし、なにがどうなってんの!? 独り占めなにそれ恐い!!
「どうか、ご慈悲を――……」
「おい、グレ…………」
扉がノックされ、ケルヴィンは入ってくるなり出て行った。なんて素早い反射運動だろうか。
「ケルヴィンせんせぇーい!!」
シュベルツはグレンの手を振り解き、ソファーから勢いよく飛びのくと脱兎のごとくケルヴィンを追いかけ、引き留める。
「大丈夫だ、安心しろ、私はなにも見ていない。さぁ、レギュラスその手を放せ。放すんだ」
「俺を見捨てないでください先生!」
「まさか、グレンに女装癖があり、二人がその様な関係だったとは他言無用。約束しよう」
「約束しないで約束しないで! そんな関係じゃないから、話を聞いて下さい! 顔を逸らさないでください!!」
「ちょーレギュラスさまー、急にどっか行かないで下さいよ。はい、続き続き! 次はレギュラス様が俺を口説いてみてください!」
踵の高い靴を履いているというのに、グレンは軽やかな足取りで二人の後を追いかける。
「こっちに来るなグレン! 手を放せレギュラス! この馬鹿力め!」
「こっちに来ないでくださいグレンさん! お願いします見捨てないでくださいケルヴィンさん!」
「あ! ちょうどいいからケルヴィンも手伝っておくれよ。レギュラス様ってば女心何一つわかってなくてさ大変で大変で」
グレンはそう言いながら、シュベルツを肩に担ぎ、ケルヴィンを脇に抱える。
「さあ! ミス・シルヴィアの為に男を磨きましょう!!」
「グレンさん先ずその恰好をどうにかしてください! 後生ですから!!」
「お前たちのいざこざに私を巻き込むな!! ぐっ、レギュラスの馬鹿力はグレン譲りか忌々しい!!」
二人を抱えてグレンは部屋に戻り、再び授業が執り行われたのだった。




