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シュベルツは様変わりした部屋の様子に、小さな悲鳴を上げた。
(めっちゃ、俺好みの内装!)
今までのギラギラとした重苦しい雰囲気の部屋は、シンプルだが品のある部屋に様代わり。
取り寄せた商品も無事全て届き、シュベルツが外で地獄のような訓練をしている時間帯に、業者と使用人が力を合わせて部屋の中を作り替えてくれたらしい。
壁紙も変わっている。
(でもなー、これ全部俺のじゃないんだよ)
残念なことに、これは全てレギュラスの成人祝いの品物だ。
ははーん。泣いた。
きっと本物のレギュラスが戻ってきたら、これ全部捨てられちゃうんだろうな。絶対に奴とは趣味が合わないと思うから。
「……いつになったら、戻れるんだろう」
シュベルツは誰にも聞かれる事のない声で呟いた。
「おいレギュラス、さっさと授業始めるぞ」
「はい」
「今日は早速ゲヘナ語を教える」
「出た、奇怪文字」
「愚弄するな馬鹿者。先ずはこの図式を覚えろ」
見せられたのは二つの図。一枚は五角形、もう一枚は六角形の変わった図。
(あれ、これ?)
シュベルツは図をマジマジと見つめ、首を傾げた。
「これはツリー図式と呼ばれるゲヘナ語の基礎中の基礎だ。ゲヘナ語全てを読み解くにはこの二つのツリーを活用しなくてはならない。まず18の円形と32の小径からなるツリーは二つに分解でき、正しく分解した物がこの二枚になる」
五角形は9の円形と15の小径、六角形は9の円形と17の小径からなるツリー。
「すべての円形と小径には番号と名前がついている、先ずはそれを教えるが……おい、聞け」
「あ、はい」
シュベルツは慌ててペンを手に取った。それを確認して、ケルヴィンは言葉を続ける。
「簡単な五角形の方から始める、先ず第一のコーネリウス、第二のティトリウス、第三のクローリウス、第四のファルパルス、第五のクラウディウス、第六のルクレ……」
ケルヴィンは言いかけて口を閉じる。けれどシュベルツは、用紙に『ルクレティウス』と書き込んでいた。それもゲヘナ文字で。前文も全てゲヘナ文字で書かれている。
「おい」
「はい?」
ケルヴィンはシュベルツの手元を覗き込む。
「知っているのか?」
「ええっと」
誤魔化すように視線を逸らすシュベルツに、ケルヴィンは冷めた視線を送る。
「時間は有限。お前が知っていることを説明しろ。全部だ」
「……はい」
シュベルツは渋々と語り出す。
ゲヘナツリーに属する円形と小径に割り振られた名前と番号、および意味と象徴、役割、関係性。
「で、あるからして、以上の関係を考慮し第八のティベリウスと、第十二のヴァプラの円形は……」
「――……もう十分だ。つまり、お前はゲヘナ語の基礎は完璧と言う訳か」
「いや、あの、そうなりますね。はい』
「いつ覚えた」
「……昔。ち、知人に教えて貰ったんです。幼い頃に……でもまさか、これがゲヘナツリーだなんて呼ばれるものだなんて知らなくて」
「成る程、ならば早速翻訳を始めてしまおう」
ケルヴィンは分厚く古びた本を差し出した。
「アイロシャスの『いと高き者ども』だ。基礎を理解し、読み書きも充分ならば問題ないだろう」
「確かに、なんとか読めますね、これ」
開いた本に綴られた見慣れた文字にシュベルツは冷や汗を流した。
奇怪文字の全文が理解できてしまっている。
まさか幼い頃に父親に教えられた唯一の物語がゲヘナ語の基礎などと誰が想像できようか。
父親の名はダライアス。姓はロットー。
シュベルツ・ロットーの実の父親である彼は、もしかしたら奇怪な学者だったのかもしれない。元々身元不明な人物だったが、母親の愛した人で自分の父親だから深く詮索はしなかった。
流石に五年ほど前から蒸発した事は殴り倒してやりたい気持ちを今尚抱いているが――。
シュベルツがまだ幼い頃から、父親は家に寄り付かない人物だった。一年に数度たまに帰っては結構な額のお金を家に入れ、また行方をくらます。
そんな父親が、一ヶ月ほど家に滞在していたことがあった。それは本当に珍しく、シュベルツはその一ヶ月を毎日父親と出掛け過ごし、物語を教えられた。
木の枝を拾っては地面に複数の丸を書き、それを線で繋いで色々な話を聞かせてくれた。
『七番目のクィントゥスは潔癖症でね、赤い七星が輝く冷血な男だ。だが友人である三番目のクローリウスとは仲が良く、二つを繋ぐ七つ目の小径であるエッラは友情を意味させる』
「おとーさん、これは?」
『それはペルゼネと言って、夜明けの小鳥を意味する。小鳥は夜明けにしか飛ぶことが許されないんだ』
「夜明け以外に飛ぶとどうなっちゃうの?」
『身体中の羽を黒く塗りつぶされ、足も一本増やされる。今度は夕刻にしか飛べなくなるんだ。鳥は目が悪いから暗闇は上手く飛べないんだ。それが十七のラグナロクと十三のグシオンを繋ぐレイブンとされている又の名は夜啼く鴉』
そんな風に初めて聞く話を心弾むように面白く教えられ、楽しく話に聞き入り、まるで暗号の様な文字には目を輝かせ夢中で覚えた。
父親は最後にいつも約束を交わす。
『これは俺の息子であるお前にだけ教える秘密のお話だ。母さんにも、誰にも話していけないよ……とくに、隠されたシュヴァイツァーから通ずる第三の木の根元は、俺とお前だけの秘密だ』
「しゅばいつぁー?」
『シュバイツァー……それはお前の名前の由来となった言葉だ』
隠されたシュバイツァー。
記さずともそこに存在し、知恵ある者にしかその道は開かれない。正しき者が歩む道。門番であり、騎士であり、王であり、戒めを守る者。故にその存在を秘匿とされ、沈黙を余儀なくされた孤独な王国。
又の名を、無冠なる偉大な大王。道を塞ぐ者。
『それが、お前だ。シュベルツ』
「おれの、名前……うん!」
古い記憶だがこの話だけはよく覚えていた。鮮明に――。
「ケルヴィンさん」
シュベルツは本から顔を上げて名前を呼ぶ。その目はキラキラと輝いている。
「なんだ?」
「これ、すっごく面白いですね。特にルテリア記の第27章」
「……ほお、よく分かっているじゃないか。そこは翻訳版では訳されていない、原本ならではの醍醐味だ」
「こんなに面白いのに翻訳されてないんですか!?」
「翻訳した者がとんだひねくれ者でな、知りたければ叡智に手を伸ばせ。つまり自分で学習して読み解けとワザと訳さなかったらしい」
「な、なるほど!」
「アイロシャスが気に入ったのであれば、メギドも読んでみると良いだろう。今度取り寄せておこう」
「ありがとうございます!」
シュベルツは再び視線を本に戻し、黙々と読み進める。その一方でケルヴィンは学習予定欄からゲヘナ語の項目を取り消した。
代わりに帝王学の授業を取り組む事になることを、シュベルツはまだ知らない。




