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 ラドだけではなく、その場にいた全員が言葉を失くしていると、執事ヴィルマンが軽く会釈し、美丈夫に話しかけた。


「レギュラスお坊ちゃま、こちらはロレシオン商会の皆々様と、エーデル&ジョンテイラーの方々です。どうぞ、ご挨拶を」

「この度は御足労くださり、ありがとうございます。本日はどうぞ、よろしくお願いします」


 美丈夫は形の良い唇を動かして挨拶をくれた。


 くれたはいいが、なんだって?


 執事のおっさんなんて、美丈夫をレギュラス坊ちゃまって――――はああ?!


 皆が皆言葉を失くす中で、再び言葉が紡がれる。


「あの、皆様。なにか? どうぞ、楽になさってください」


 少し戸惑ったような声。


 もう、何が何だか分からなくなった。いや、だって、別人だろ?


「ラド、ラド。あれが、レギュラス様?」


 ディーノはラドをつつく、茫然としていたラドは当然慌てふためく。


「し、しらねぇよ! べ、別人だろ?」

「聞いてた人物とは似ても似つかないんだけど」

「だから知らねぇよ……あんな奴」


 戸惑う空気の中、我らがロレシオン商会会長パトリックが前に出る。


 そして誰もが疑問に思っていることを恐れ多くも聞いてくれた。


(さ、流石だぜ! 会長!)


 俺達にやってのけないことを、やってのけるそのど根性。


「……失礼とは思いますが、一応、確認を。その公爵譲りの緑の瞳……レギュラス様でございますか?」

「え、はい。そうですが?」

「これはまた……! 最後に会った日と、こう、随分と御様子が違っておりましたもので、見違えました。ご無礼を謝罪致します」

「いえ、お気になさらず」


 ――本当に誰だお前。


 レギュラスと言う人物を知っている、悪い噂を耳にした事のある人ならば、今目の前で自身をレギュラスだと認めたこの美少年にそうツッコんだだろう。そうだろう。


 普段ならば「そんな事も分からないとは、この低能が!」などと暴言を吐き散かす場面であるというのに、なんだその温厚な対応は。


 お前の口から「お気になさらず」なんて言葉が飛び出てくる方がびっくりだわ。お気にしちゃうわ!


 あー、パトリック会長もそこでお引きにならないで、もう少し根掘り葉掘り聞いて下さいよー!


 俺たちゃそんな確認だけじゃ納得できませんって。


(って、あのレギュラスが目下の者と握手してるし、何が本当にどうなってんだ!?)


「改めて、お久し振りで御座います。ロレシオン商会会長、パトリックです」

「レギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハです。ようこそ、歓迎します」


 もうお前絶対別人だろ~~!


 そこはあんた「お前みたいな者に名乗る安い名など持ち合わせてはいないんだよ」って、言う所だろー! 鼻で笑う場面だろー! 蔑めよー!


 「歓迎します」って、そこは「下民に跨がせる敷居はない!」って言う所ー!


 ラドは心の中で幾多もの叫び声をあげる。


 なんだこの甘いマスク。美形イケメン、ちょっと黙ってろ。なんだその全女性を魅了するような微笑ヤメロ。あらやだ、カッコイイ。本当もう、ムリ。


 誰やねん。お前絶対レギュラスちゃうわ!


 ラドが内心荒ぶっていると、自称レギュラスはエーデル&ジョンに向き直って挨拶を交わしていた。


「レギュラスです、本日はよろしくお願いします」

「あらあラ、まぁまァ。お噂では領地で療養されていると聞きましてヨ。ねェ、ジョン」

「これは坊ちゃん。見違えましたで候。随分とご立派になられまして」

「こーーんな痩せこけになっテ、お体のお加減はどうでござんしョ?」

「あー、ははは。体調の方は以前よりも、はい。それはそれは、すこぶる良いですよ!」


 もう本当に、お前誰だよ。早く本物のレギュラスの野郎を誰か連れてこいよ。


 あと、今のミセスエーデルの発言は皮肉だぞ。なに素知らぬふりで普通に返してんだよ。


 体調がすこぶる良いだなんて、そりゃあそうだよ。あんなデブがこんな不摂生なんて知らない体型になったらそりゃ良いに決まってる。


 気の張り損だ。ラドが肩を落としたと同時に、ミセスエーデルが言いたいことを代弁してくれた。


「あてくシ、見てくれだけでは騙されませんのヨ? 本当の本当ニ、あなーたガ、悪名高いレギュラス様なのかしラ?」


(おいおい、おい! 良いのか? それ言っちまっていいのか!?)


 ラドは肩をはねらせた。もしそいつが本当にあのレギュラスの野郎だったんなら、とんでもないことになんぞ。


 そんなラドの不安を余所に、とうのレギュラスは言葉に迷っている。


(さあ、もういっそのこと正体を現せ偽レギュラス!)


 だが、レギュラスがなにかを言う前にジョンが声を荒げた。


「こら! エーデル! 言葉を慎まぬか!! レギュラス坊ちゃんが機嫌を損ねたらどうするつもりだ!? 申し訳ございません、レギュラス坊ちゃん。妻が大変失礼なことを申しました!!」

「いえ、ジョンさん。頭を上げてください。エーデルさんの仰る通り、外見は見て分かるように変わりましたが、心はそうじゃない。過去、確かに俺は取り返しのつかないことを、多く、してきたと思っています。そのことに対し、弁解の余地もございません」

「……レギュラス坊ちゃん?」

「この一年、多くを学び、自身の行いが恥ずべきことだと知りました。だからこそ、可能であれば、これからの自分を貴方がたに見極めて頂きたい。今の俺に出来るのは、それだけです」

「坊ちゃん……」


 まるで信じられないと、ジョンは目を瞬かせ、レギュラスを注視してしまう。


 ジョンだけではない、その部屋に集まったアッヘンヴェルバッハ家の使用人以外全員が目と耳を疑った。


 あの、レギュラスが、失礼を言った人間に対して、頭を上げろと言い、他人の言葉を真摯に受け止める姿勢を表すとは。到底信じ難い。


 今目の前にいる彼は本当に、彼のレギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハ本人なのだろうかと、疑ってしまう。


 従業員たちは互いに顔を見合わせ、言葉を失くす。


 別人だと言われた方がまだ納得できる。外見も中身も、そっくり取り替えたと言われた方が信じられる。


「今日はどうぞ、よろしくお願いします。体型が物凄く変わっちゃって、最近着る服に困ってるんですよ」


 レギュラスは少しのあどけなさを残しながら、そう笑ったのだ。


 それからはもう、呆気にとられた。


 ミセスエーデルは言いたいことを言い放ち部屋を出て行ってしまうし、不躾な態度を取ったというのに自称レギュラスは全く怒らないし、「では、皆様。少々ゴタつきがありましたが、早速始めましょう」、なーんて、ヴィルマンさんは手を叩く。


 すると待っていましたと言わんばかりに、自称レギュラスの背後に控えていたミスターケルヴィンとグレン様が前に出て指示を出し始めた。


「ラド! なにぼーっと突っ立ってんだ、さっさと商品をもってこんかい!」

「は、はい! 只今!」


 ラドとディーノは慌てて商品を箱から取り出す作業に没頭した。

 それはもう、怒濤の買い物だった。

 ジョンが自称レギュラスの寸法を測る一方で、ロレシオン商会は様々な商品を確認してもらい購入リストに次々と記入していく。


「ラド、お前がそれ持っていけ! こっちは手が離せん!」

「どえ! 俺が?」

「早くしろ!」

「はいぃ!」


 箱から取り出したばかりの商品を自称レギュラスの前に持っていき、商品説明をする。


「レ、レギュラス様。こちらのランプはラルグラントの伝統工芸でつくられたモザイクランプでございます。金属部分は銅製で、形はスズラン型と呼ばれるものになります。一つ飾るだけでもお部屋の雰囲気が随分様変わりします」

「ラルグラントって確か、アレスティア連合王国のカントリーの一つですよね。すごいなあ、そんな所から遥々」

「ええ、そうですとも」

「初めて見る模様だ。綺麗だね」

「では、購入リストに書き加えておきます」

「へっ!? え、え?」

「なにか?」

「い、いえ!」

「レギュラス様、次は首を上に向けて、そう!」

「ぐえ」


 ラドは商品を包み直し、商品を移動させる。


「ふぅー、なーんか拍子抜けだぜ」


 ラドは独り言を呟いたつもりだったが、不意に声を掛けられた。


「全く、その通りだね」

「あン? あー……ディーノか」

「やぁ」

「なにしてんだ?」

「先輩が休んでろって、控えの人達と交換で休憩してろってさ。他にも休んでる人もいるから。ほら、ラドも少し休憩しよ?」

「あ、ああ」


 ディーノに促され別室に移動すればそこにはティーセット一式とお茶請けが用意されていた。アッヘンヴェルバッハの方で用意してくれたらしい。

 流石は公爵、良い茶葉に、良い陶磁器、そしてなんとも美味しい焼き菓子の数々。


「よぉ、ラド。ディーノ。お疲れさん」

「あ、先輩。どもっす」

「こっちこいよ。これ旨いぞ」

「貰います」


 ラドとディーノは大人しく座り心地抜群のソファーに腰を掛ける。そしてお茶を啜り、菓子を口に運びながら言葉を交わす。


「いやー、あれがあのレギュラス様だって?」

「全くさ。別人だろ。絶対別人。俺、前に見たことあるんだよ」

「替え玉疑惑浮上」

「公爵の隠し子に一票」


 先に休憩にしていた先輩たちが口々に、あれは偽物だと言い張る。


「ラド。どうしたんだよ、さっきからだんまりで」

「んん。いや、なんかなー」

「ふぅん」


 歯切れの悪いラド。一方ディーノはにこやかだ。


「オレは良い意味で期待を裏切られたよ。良い人じゃないかレギュラス様」

「お前は本当のレギュラス様を知らないから……」

「本当ってなんだよ」

「……あーもう! 何が本当で嘘か、分っかんね!」

「でもさ、パトリック会長は納得してたよ」

「そ! それが不思議なんだよっ」

「なら順序立てて考えようよ。貴族は血縁関係に拘る。しかもアッヘンヴェルバッハは何代にも渡って王族の親類を度々招き入れているから、血統も血統さ。そんな家が血の繋がりのない替え玉なんて用意する訳がない。ましてや、偽物の為にこんな盛大な買い物、普通はしない」

「まっ、そりゃそうだわな」

「さっきも気持ちを切り替え再スタートします宣言してたし、やっぱ本人なんじゃない?」

「はーん、これだからディーノは」

「むっ、なんだよ?」

「だーかーらー……」


 ラドが言いかけると、扉をノックされ侍女がワゴンを押して入って来た。


「お茶のおかわりをお待ちしました。こちらはワッフルで御座います、トッピングはいちごジャムとブラウンチーズ、ガナッシュ・モンテの三種をご用意させて頂きました。どうぞ、ごゆっくり」


 侍女はテキパキと自らの仕事をこなし、出て行こうとしたところをラドが声をかけた。


「あ、あの」

「はい、なんでしょうか?」

「その、レギュラス様の事でお伺いしたいことが」

「坊ちゃんが、どう致しましたか? まさかご無礼を!?」


 使用人はギョッとした表情を浮かべ、慌てだす。


「い、いえ! そうじゃなくて、その、前に会った時とはその随分と様子が違ったものでして」

「あぁ、成る程。そのことですか。そうですよね。お気持ちお察ししますわ。この一年間ずっとお傍でお仕えしてきた私共も未だに目を疑う程の変貌ぶりで」

「え、じゃあ。やっぱり……」

「ええ、勿論。減量に成功したんですの。あの方は、紛れもなくレギュラス様ご本人で御座います」

「この一年で……あんなに」

「ええ、ええ! そうで御座いますとも! この一年、ケルヴィン様とグレン様のおかげでレギュラス様はお変わりになりましたの。体型だけのお話じゃありませんのよ。中身もそれは随分とお優しくなって、使用人の私たちを普段から気遣う様になって下さりましたのよ」


 侍女は、それはもう語り出す。以前のレギュラスがどれ程に手の付けられないモンスターだったのか。


 陶器を割らない日がなかった日々、頭を下げてすれ違うだけで罵声を浴びせられ、食事を抜きにされた者だっている。


 他にも様々な証言の後に、一呼吸いれて今度は一年前を境に、豹変した出来事を喋り出す。


 突然減量を始め、最初は三日坊主と思ったソレは今日まで続き、今ではあの誰もが目を惹くプロポーション。


 中身まで別人のように変わり、この一年随分と努力をなさったのだと神妙な顔つきで頷く。


「そういうことですので、疑いたくなる気持ちも分かりますが、あなた方が先ほどお見かけになった坊ちゃんは、正真正銘レギュラス様でお間違えありませんわ。それでは、仕事があります故」


 ――失礼。


 侍女は怒濤に語った後、速足で部屋を去った。


「あそこまで、言われちゃあ……なぁ?」


 先輩たちはワッフルを咀嚼して飲み込む。


「だ、そうだよ。ラド?」

「……へいへい、お上がそう言うんなら従いますとも。俺たちゃ商人なんでね」


 ラドは肩をすくめる。どうやらまだ納得していない様子だったが、ディーノは深く追求しないことにした。


 休憩時間も終えて再び商品運びで馬車と屋敷を往復し、ようやっと終わった頃には日は傾きかけていた。


「荷台も随分軽くなったな」


 整えた荷台の中は行きと違って品数が少ない。

 広々として見える。


「ほら、お前等。さっさと帰り支度しろ」

「へーい」


 商品を崩れないように固定し、点検を終え馬車に乗り込もうとした時だ。


「ロレシオン商会の皆様」


 ヴィルマンがにこやかな笑みを携えてやってきた。お見送りだろうか。


 パトリックは馬車から降り、直ぐ様対応する。


「どうかなされましたか?」

「いえ、主人に変わってお見送りを。それから、本日この屋敷で見聞きしたこと一切を、他言無用でお願い致します。これは、ほんのお気持ちと、紹介状です。どうぞお受け取り下さい」


 ヴィルマンはパトリックの手に、金貨の入った袋と、封筒をおさめた。


 金貨がぎっしりと入った袋は重く、紹介状に記された名前にパトリックは目を見開き、深々と頭を下げた。


「勿論のことです。お前たちも分かったな?」

「え、は、はい!」

「了解です」


 部下たちの慌てた返事にパトリックは頷く。


「それから、ホテルをこちらでご用意させて頂きました。代金も全てこちらが負担します故、気が向きましたらどうぞ、お立ち寄りください」


 最後に渡された封筒の中身は、アッヘンヴェルバッハ領地キャンベルでは有名なホテルへの招待状。


 古城を高級ホテルへとリニューアルした、王族も宿泊すると言われている豪勢な宿泊施設。


「それでは、道中お気を付けくださいませ」


 ヴィルマンは一礼すると、今度はエーデル&ジョンテイラーのもとに足を運んだ。


 パトリックはその後姿に一礼を返すと、ラドの乗っている場所に乗り込んだ。


「あれ、会長何でぇこっちに?」


 先程は後ろの馬車に乗っていたのに。


「なぁに、この馬車に一番口の軽そうなやつがいるからな」

「へー、そりゃ大変だ!」

「お前のことだぞ、ウルドラド」

「デスヨネー!」


 そして馬車は走り出す。


「いいか、絶対に他言無用だ。つい、うっかり、酒の席で口を滑らせるなんて解雇処分ものだからな」

「肝に銘じておりますとも! 商売は信用が第一ッスから! 今のこの瞬間から俺は無口な男前になります!」

「一番の長所を取り除いてどうすんだ。で、なんだ。なにか訊きたいことがあるんだろう」

「……そりゃ、まぁ」


 ラドは視線を斜め上に逸らす。

 会長が今気に掛けてくれているんだ、聞くなら今しかないだろう。


「レギュラス様の事で質問があります。今日の取引相手の無茶苦茶超絶イケメンな美少年が、レギュラス様ってのが到底信じられません。そこんところ、会長はどうなんですか?」

「お前は随分ものをはっきりと言うなぁ」

「長所ですから」

「昔話になっちまうが、いいか?」

「問題ないッス!」


 パトリックは目じりを下げ、楽しそうに口角を上げる。


「オフィーリア様の面影が、しっかりとあったからだよ」


 オフィーリア・エイガー・アウグス・セイアッド・アッヘンヴェルバッハ公爵元夫人。


 色素の薄い金の髪に、つばの広い帽子を被り、色の濃い碧眼を持った麗しの貴婦人。


 見る者全てを魅了し、その目で見られただけ、一言言葉を交わすだけで彼女の虜になってしまう。唯一例外がいたとしたら、それはアッヘンヴェルバッハ公、唯一人。


 だからこそ彼は、彼女を伴侶として迎え入れることが出来たのだろうと、オフィーリアに恋い焦がれた者達は口を揃えてそう言った。


 かく言うパトリックもその一人だ。


「オフィーリア様って」

「レギュラス様の母君だとも、お若くして亡くなられてしまったが、彼女こそ偉大な人物だと私は思っているよ。私がこの国で成功し、王室御用達の称号まで頂けたのは全て……オフィーリア様のお力添えあってのことだ」


 彼女がいなければ自分は生まれ故郷に帰り、貧困とした生活を送っていたに違いない。


 パトリックは今でも瞼の裏に焼き付いて離れない、美しい少女の姿を見つめる。


 パトリックは今よりも若い頃、祖父の伝を辿って、アレスティア連合王国カントリーが一つズウェーテルからこのカルナ・ヴォルトガント王国へとやってきた。自国では職が見つからず、背に腹は代えられぬという思いを掲げて。


 そこで平民向けの小さな商会の下働きとして雇われながら、夜深くまで勉強をし、様々な資格を取得した。


 資格があれば仕事の幅が広がるし、給料も上がる。パトリックは片っ端から資格を取り漁り、偶々取得した資格の一つが会長の目に留まった。


 その資格があれば事業の幅がより広がる。


 パトリックはたった数年で商会の上役に昇格、商会を盛り上げた。だがそれが運命の分かれ目だった。


 大きな商会に目を付けられ、小さな商会はあっと言う間に撤退を余儀なくされた。


 パトリックは諦めきれずに、この数年で知り合った友人に声をかけ資金を募り、今度は自分で商会を建てた。

 その商会の名は、『レーオン商会』


「だがね、またも奴らに目を付けられ私たちは窮地に追いやられた。なんせ相手は貴族だからね、平民の私共じゃ太刀打ちできるわけがない。そんな時にオフィーリア様が現れた」


 なんでもお忍びで下町に降りてきたらしく。手当たり次第に色々な店に出入りしていたらしい。


 そして彼女は寂れた商館を見て、何があったのかを訊ねてきた。


 身なりの良い娘が興味本位で聞くものだから、ついカッとなってお貴族様ご用達の商会が自分たちを苦しめていると怒鳴ってしまった。


 すると彼女は言った。


『あら、この国で商売に失敗するだなんてあり得ないわ。私があなた方を支援いたしましょう。この国の良い所はお金で地位を簡単に買えることなんだから、それを有効活用しなきゃ勿体無いわ!』


 小さな形の良い口で、可愛らしい鈴鳴が鳴るように彼女は微笑んだ。


 相手が貴族ならば、あなたも貴族になればいい。


 相手が弱小商会を目の敵にして潰すのであれば、あなたは小さな商会を助けなさい。


『先ずは実績が必要ね。私がここの商品を買いましょう。このセイアッド公爵令嬢である、この私が』


 彼女こそ、エレステラ王国セイアッド公爵令嬢にして王位継承権代八位を持つ、オフィーリア・エイガー・アウグス・セイアッドだった。


「こんな商会に、あなたが望むような品は置いていない。冷やかしならば返ってくれ」

『ええ、ええ、いいえ。あるじゃない。知っていてよ、あなたはあの気難しいアルヴァロのお友達でしょ? 私はそこの硝子細工が好きなのだけど、私は学生の身分だから中々遠出は出来ないの。一筆書いてあげるから、私の為に商品を用意してちょうだい』

「何を勝手に!!」

『怒るのも当然だわ、私が好き勝手やっているんだもの。でもね、よーくお考えなさい。あなたは今、何を背負っているか、何が必要で、どうすれば大事なものが守れるのかお忘れでなくって? 泥船なんて誰も乗りたくないのよ』

「……ッ!」

『これをあなたに渡しておくわ。よくよく考えなさいな』


 パトリックは悩みに悩み、決断した。付いて来てくれる部下や従業員を守るために、藁にも縋る思いだった。


 渡された紙束と前金をもとに、あらゆる伝を辿って指名された商品を掻き集め、オフィーリアのもとに無事届ける。


 すると彼女は、とろける様な笑みを浮かべた。


『素晴らしいわ。あの偏屈で有名なフォルヴィオや……ふふっ、アルヴァロが一商人と取引するなんて、あなたってやっぱり凄いのね。流石は私が見込んだ商会の会長ね。報酬です、受け取って下さいな』

「お待ちください、代金がその……」

『なぁに、少なかったかしら?』

「いえ! そうではなく、多すぎ……ます。こんな大金」


 初めて見る大金の額にパトリックは目を瞬かせ、困った様にオフィーリアを見上げる。


『いいえ、いいのよ。言ったでしょう、それを基に爵位を買いなさい。これがその書類よ、受け取って』

「……なっ!」


 驚いて言葉を失くした。


(あの言葉は本当だったのか)


 渡された書類に目を通せば王家の紋章が記されており、紙の手触りからして偽物でないことも分かる。陽の光に照らしたインクの輝きも、これが本物だと物語っている。


 最初は戸惑った。平民の、しかも他国籍の自分が爵位なんてものを本当に買えるのか、買えたとしても相応しい人間になれるのか。


 だが直ぐ様決断し、金を積んで爵位を買った。そして新たな再スタートを切ることとなる。


「その時、この商会の名をオフィーリア様から頂いたんだ」


 レライ語でロレシオンは『天地を統べる百獣の王』と言う意味のある言葉らしく、これくらい天に噛み付く様な勢いがあった方が商売も繁盛するだろうと改名させられた。


 それからというもの、商売は大成功。売り上げも右肩上がり、そして遂には王室御用達の称号まで与えられるほどに成長した。


 パトリックは今でも自分より年若いオフィーリアの言葉を胸に刻み、支えにしているらしい。


 周囲を見て、自分で考え、友情を大事にし、他を思い遣る。


 ごくごく当たり前のことだが、上に立つ人間ほどその言葉は重くのしかかる。


「ええーっと、つまり、レギュラス様のお母様ってこの商会の大恩人? うっそ、マジで?」

「そうだとも。いいか、この話も秘密だからな」

「マジっすか」

「我々のこの成長ぶりを、あの方に見て頂きたかったよ。称号を頂いた瞬間に立ち会って欲しかった。だが彼女は幼いレギュラス様を残して逝ってしまわれた」


 恩人であるオフィーリアの忘れ形見。


 レギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハ公爵子息。


「だから、会長は、アッヘンヴェルバッハの依頼はいつも最優先で引き受けるんですね」


 ディーノは成程と頷く。多くの語り切れないクレームを受けながらも、パトリックは一度として断らない理由がようやく分かった。


「いや、でも思う所はあったんだぞ。まさかあんな聡明な御方から、レギュラス様の様な子が生まれるとは……いやはや」


 パトリックはハンカチーフで冷や汗を拭う。


 どれ程罵倒されようとも、パトリックは諦めきれなかった。あのオフィーリア様の愛息子だ。いつしかレギュラスが心変わりをする事を願って今日まで取引を続け、そして今回公爵からの命を受けた。


 その際、「様子の変わった息子を、目利きの良い君に是非見てもらいたい」と、言葉を投げかけられた。


 言葉の意味は解らなかったが、もしかしたら遂にレギュラスをお切りになるのではないかと、慌てふためいたものだ。


 そして再開した少年の姿に、驚いた。


 その姿が、在りし日の乙女と重なって見えたのだ。身に纏う色彩は父親譲りだろうが、その面持ちと優しい目つきは彼女の存在を思い起こさせた。


「一目見て分かったさ、彼がレギュラス様だとな。きっとオフィーリア様を知る者達が彼を見たら大層驚くだろう! あー、話せないのが残念で残念で!」


 どうやら、今日の出来事を一番吹聴して回りたかったのは、パトリック・レーオン子爵その人だったらしい。


「今日はなんてたって、アッヘンヴェルバッハの驕りだからな!」


 飲み明かそうじゃないか、明日の仕事に支障がない程度に。


 馬車は古城のホテルへと向かった。

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