17
――それは、とある商会がとある公爵家に訪れた話。
ロレシオン商会と言えば、ここ十五年ほど前から、王都でも一位二位を争う程になった有名な商会だ。なんせ取引相手は王室から一庶民まで幅広く。扱う商品のたぐいも他の商会を凌駕するほど。
そんな王室御用達の称号を与えられた名誉ある商会の従業員は、ここ数週間暗い雰囲気に呑まれている上に、忙しなく動き廻っていた。
様々な地方から各地の一級品を取り寄せ、荷台に隙間なく積む。
「荷物は積み終わったか?」
「はい!」
「アッヘンヴェルバッハ公爵から直々の御依頼だ。再度点検を。不備があれば何を言われるか分かったもんじゃないからな」
「か、かしこまりました!」
上からの指示で従業員たちは再び荷物整理に追われた。出発は明日。
そして最終確認をしていた青年の一人、ウルドラドは深く溜息を吐きながら悪態を吐いた。
「あーー、いやだぁー!」
「どうした、ラド?」
一向に機嫌が悪いウルドラド、通称ラドの態度に、共に仕事をしていたディーノと言う青年は首を傾げた。
「どうしたも、こうしたも……あのアッヘンヴェルバッハ公爵からの依頼だぞ! お前だって依頼内容確認したよなぁ!?」
「ご子息の成人の儀に準じて、身辺を一新させるために、ぜひロレシオン商会にお願いしたい――。だったよな?」
「そーだとも、そーですとも! へんっ! ディーノは新参者だから教えてやるよ!」
「だから。どーしたんだよ?」
――本当は口止めされてんだけど。
もごもごとそんな言葉を口の中で噛み砕き、ラドは息を深く吸った。
「いいか、よく聴け。アッヘンヴェルバッハ公爵の嫡男、レギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハって奴がどんな奴かをな!!」
ラドは鼻息を荒くして、早口で語り出す。
それは三年前の秋の出来事。てんで見習いだったラドだったが、その働きが認められ会長であるパトリックに付き添い、勉強という体で彼の少年のもとに訪れたのが始まりだった。
丸々太った身体を着飾った少年の口から飛び出す暴言の数々に、ラドは度肝を抜いたそうだ。
「レギュラスって奴は、俺が尊敬してやまないパトリック会長に対して暴言を吐き続けたんだぞ!」
商品の品質が悪いだとか、見た目が気に喰わないと難癖をつけ。こんなポンコツを売りつけようとする奴の魂胆が知れない。爵位を金で買うような輩だ、当然だとも言い切った。
そんなの全部言いがかりだ。
ラドは知ってる。少年が今床に投げつけた石鹸は、もっとも稀少価値の高い赤いルベルの実の一番搾りであるルベルジュースから出来る純度百%のオイルをふんだんに使用した、最も贅沢な石鹸だということを。
(突然変異の赤い実がどれだけ貴重か……!)
約二年間寝かせ、水分と油分を自然分離させた僅かな上澄みオイルをつかった、品質も、透明感のある香りも、その見た目の美しさもトップレベルの一品。
他国の王族だって愛用している貴重な品だ。
今パトリック会長に投げつけたカトラリーセットは、純度の高いシルバーを使った品だ。その持ち手の繊細な細工は、カナト国南部の伝統技法を用いて作られた珍しいものだ。
今投げた懐中時計は、中の機械仕掛けを直接見せるようにしたスケルトン型と言われる、ここ最近開発されたばかりの最新作。文字盤を端に追いやった為に、実用性は低いが、中で動く歯車の様子と、赤く輝く宝石は見る者を魅了させる。
あれは、それはとダメ出しを喰らう商品達をラドは悔しい思いで見つめた。
苦労して様々な土地から掻き集め、鑑定しつくした品々をここまで愚弄されるなんて、気が気じゃなかった。この品より良い品なんて、今はまだ、存在しない。
ラドが怒りを沸々と湧き上がらせ投げられた商品を拾う一方で、パトリックと言えば頭を下げて平謝りばかり、主人の機嫌取りで大忙しだ。
「おい、お前。爵位は?」
突然、まだ声変りのしていない少年の高い声で声を掛けられ、ラドは肩をはねらせ、どもりながらも律儀に答える。
「お、おれ……いや私は、平民の出でして……」
そういうやいなや、レギュラスは勢いよく立ち上がり、唾を吐き散らしながらパトリックに怒声を浴びせた。
「おい!! パートリック!! 貴様、どう言うつもりだ!!」
「申し訳ございません、レギュラス様!!」
「この俺様の前に、こんな薄汚い平民を連れてくるとは随分となめたものだな!! 父上に言いつけてやる!! お前が、お前如きが、アッヘンヴェルバッハ家に泥を塗ったと!!」
「申し訳ございません。確かにこの者に爵位はありませぬが、彼は良い目を持っております。商品の取り扱いもこの年で十二分に心得ております故、本日は勉強の意を兼ねて同行させた所存でございます」
「だから何だと言うんだ!! いい訳か? 見苦しいな!! 知っているぞ、お前はズウェーテル出身らしいな? よくもまぁ、貧相な国のよそ者が金を積んだものだ!!」
「確かに私の産まれはズウェーテルですがっ……」
「もういい! さっさとそのガラクタをまとめて帰れ!! バーナード! こいつ等を屋敷の外に追い出せ!!」
「レギュラス様!!」
「畏まりました」
それからまた一悶着あり、お詫びの品として何点かを無料で提供し、どうにか取引を終わらせることができた。
「そりゃあ、酷いな……」
一通りの話を聞いたディーノは一つ頷きを返す。ディーノも又パトリック会長に拾われ、ここで働かせて貰っている身だ。
ラド並みに崇拝している訳ではないが、恩人を蔑ろにされるのはやはり気分がいい物ではない。
「そうだろう、そうだろう! ンなことがあったってのに、俺はまた同行をしなきゃいけねえんだよ!」
「いやでも、もう三年も経つんなら、流石に心変わりしているかもしれないだろ?」
「はあーん! あっまいね! アーモンドナッツのメープルシロップ漬けシュガーコーティングよりあっまいね!」
「そうかな?」
「噂では今、領地で休養してるって話だが……親も手が付けられなくなって領地の屋敷に監禁してんだよ」
ラドは検品しながらも会話を続ける。
「一年ぐらい前にゃ、学園の方で一悶着起こしたって話しもあってさ。他にも色々悪い噂があるんだよ……まぁ、全部お家の力で噂が広がらないよう揉み消したらしい。流石は公爵、王家と血の繋がりのある家系なこって」
「あー、でも。オレが聞いた噂じゃ、長女のエリアス様と王子殿下のご婚約はそのレギュラス様が仲を取り持ったって聞いたけど?」
「分ーかってないな、ディーノ。それはそれはお優しい天使のようなエリアスお嬢様が、レギュラスの野郎を気遣って周りに言わせられてんだよ」
ラドは脳裏に可憐な少女の姿を思い浮かべる。彼女との出会いは三年前の秋の事だ。
レギュラスの野郎との一件で腹の虫が収まらずにいたところ、「あなたは、だあれ?」とローズブロンドの波打った髪を風に靡かせた少女が声をかけた。
彼女こそ、アッヘンヴェルバッハ家長女、エリアス・フォン・アッヘンヴェルバッハ公爵令嬢。
若草色の潤んだ瞳は今にも零れそうなほどに大きく、ぷっくりとした頬に唇は甘いほのかな桜色。
ラドは恋に落ちたと同時に、失恋も知った。なんせ少女は公爵家の娘だ。
平民の自分では身分が合わない。
後から知ったが、王子殿下の婚約者候補だと聞けば、爵位が欲しいと血の涙を流したほど。
ウルドラドは絶賛エリアスお嬢様の大ファンだと主張し、王子殿下との婚約が決まったと知らされた日には一週間ほど仕事を休み、部屋に籠り続けたらしい。
「ラドって一途だよな」
「そうだとも! あーエリアスお嬢様にまたお会いしてーなー」
「ふーん」
「きっとエリアスお嬢様は毎日花を愛でているんだ、それから甘い焼き菓子を小さな口でお食べるになるんだぜきっと」
ディーノはラドの『エリアスお嬢様の可憐なる日々』という名の妄想に対して、適当な相槌を打ち、さっさと仕事を終わらせた。
そして翌日。
「なんで、ディーノが居んの?」
ラドは乗り込んだ馬車の中に友人がいることに目を見開いた。
「ああ、お願いしたら結構あっさり許可が出てさ、人手は多い方がいいんだって」
「いや、そうじゃなくて。昨日の俺の話聞いてた?」
「うん。噂のレギュラス様だろ? 興味が湧いちゃって」
「はああああ??!」
「ほら、ラド早く乗れって」
「いやいや、いや!」
「悪名高いレギュラスの野郎に会いに行くんだぜ? 正気かよ……」
「ほら、オレって自分の目で見た物しか信じない質だから」
「……そういえば、そうだったっけ? はぁー……後で泣き言はなしだかんな」
「勿論」
ディーノは笑顔で返事をした。
領地キャンベルの郊外に建つ、アッヘンヴェルバッハ家カントリー・ハウス。
到着するなり、荷解きが始まり従業員たちは慌ただしく商品を屋敷の中に運び込む。ディーノとラドも勿論荷運びをする為に屋敷の中を行ったり来たり。
「あれ? あの人すっげー綺麗だな」
ラドは視界の端に捉えた人物を視力の良い目で確認する。陽の光を浴びてキラキラと輝く白銀の髪に、遠目から見ても分かる程に整った顔立ちとスタイルの良さ。
そんな美少年の隣には――。
(おっ……隣に居るのは、あの有名なミスターケルヴィンに……ぐ、ぐぐぐ、グレン様――!? たしか、今、バカンス中だって!? こりゃあ、ニュースだぜ!)
「おい、ラド。そっちちゃんと持て!」
「へい!」
まさか淑女の皆々様に大人気なグレン様が、実は公爵家のお屋敷に居たとはビッグニュースだとも。ここ一年王都では全くと言っていいほど噂を聞かなかった人物だ。
(お、エーデル&ジョンテイラー御一行も到着してたのか。今日はいつにもましてド派手だなー)
事前に話は聞いていた為に、大して驚くことはない。
(さてさーて、あとは本日の主役を待つだけだ)
――悪名高い、レギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハ様をな!
ラドは姿勢を正し、他の従業員と共に並び立つ。
その隣に、ディーノも並ぶ。
「いよいよだね」
「ああ、どんなデブがきても驚くなよ。ディーノ」
「……うん」
向かい側にはエーデル&ジョンも荷物を運び終え並び立っている。各々は緊張した面持ちで今か今かと豪壮な扉を見つめる。
そして扉が開かれ、現れた人物に誰もが目を奪われ、息を呑んだ。
彼は先程ホールで見かけた美丈夫だ。
先程は遠目でしか確認できなかったが、こんな近場で見ると、その美しさがよく分かる。
白銀の髪に、深緑の瞳。精悍な顔立ちに、洗練された一挙一動は目が離せない。
(だ、誰だこのイケメンはよぉ?!)
ラドは驚く。背後にはミスターケルヴィンとグレン様が控えているし、どうなってんだ。そしてやっぱり、誰だコイツ!?




