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先ずは体の寸法から始まり、その横でグレンがいくつかの助言をこぼす。
「出来ればもう少し鍛えたいので、今測ったものよりも少しゆとりのあるものをお願いします。身長も伸び盛りですから。訓練服はそうですね、こちらの伸縮性のある生地を使って……おや、こっちの布もなかなか」
「グレン様、それは新しい商品でして。元々は労働者用に開発したのですが、なかなかいい出来でしょう?」
「なるほど。では、こちらを」
「かしこまりました。レギュラス様はどちらの色がお好みでしょうか?」
「え!? く、訓練用でしたら汚れが目立たないものの方がー」
「かしこまりました」
「レギュラス。次はこのペンを使ってみろ」
「え……これで、十本目ですよね?」
「いいから、書け。インクはこっちだ」
「いえっさー」
シュベルツはケルヴィンから渡されたペンで自分の名前を書く。
(あ、これ。さっきのより書きやすい。持ち手もいいなぁ)
「お気に召しましたか?」
「あ、はい。凄く良いですね!」
「レギュラス様は筆圧が少々お強いように見受けられましたもので、こちらでカスタマイズさせて頂きました」
「かすたまいず……」
「商人。そのペンとこっちの、これもだ。レギュラス、気に入ったものは他にあるか?」
「あ、えーっとこっちのペンはデザインが素敵だと思います」
「ガラスペンですね。ペン軸からペン先まで、全てガラス製。知り合いの職人が発案したものでして、いまはあまり市場には出回っておりませんが他にも種類が豊富で、後日取り寄せましょう」
「え! 取り寄せって……別にそこまではしていただかなくとも」
「気に入られたのでしょう? インク壺も併せてご用意いたします」
「ゴヨウイイタシマス……」
ダメだコレは、あかん奴や。迂闊な発言できないぞ。
先程から、良いか悪いか聞かれる度に律儀に答え、良いと言ったものが購入リストの中に書き加えられていく。これで何十個目だ。お金大丈夫か?
何度か値段訊いたけど、どの人も笑顔でスルーするばかりで、恐い。恐すぎる。なんだこの怒濤の買い物は。これが貴族の買い物なのか!?
「レギュラス様ー、ちょっとこっちの服に袖を通して下さーい。ほら、上着脱いで」
「うわ、グレンさん! ぐえッ?!」
「失礼しまーす。そっちのスカーフとタイ、リボンも取って下さい」
「次、足の型を取るので、お願いします」
「ステッキの支柱は黒檀と紫檀、どちらになさりますか? ハンドルのデザインでしたら、レギュラス様の個人紋であるフクロウをあしらったものはどうでしょうか?」
「手の寸法、失礼します。レギュラス様の小指は通常の型より少し長め、ですね。まぁ、お爪がお綺麗ですわね。お手入れがしっかりと行き届いている証ですわ」
「頭部のサイズを測らせて頂きます」
「レギュラス様ならこっちの布生地がお似合いでしょう! このダークブルー!」
「こちらもお薦めです! どうですかこの触り心地、羊毛の肩と脇の上質な部分だけを使用をした一級品です」
「その布でしたら、こちらの宝石はどうでしょうか? あぁ、レギュラス様。私めはロレシオン商会傘下の宝石商ラウレンスと申します」
次々と押し寄せる、人と物と人の波にシュベルツは悲鳴を上げることも出来ず、良し悪しなど全て直感で受け答え続けた。
そうかレギュラスの部屋でよく見かけたフクロウを模した品々は個人紋だったのか。そう言えば印章もフクロウだったっけ。なるほど。
爪は最近、使用人の方々が勝手に手入れしてくれて、へぇ、羊の毛って方と脇が上質なんだ。
「商人、この著者ターラトの本一式と、そうだな。フォルトゥムとペルソナの原本もだ。アイロシャスもできれば原本で欲しい。メインデルトもいいだろう。それから――」
「お任せください」
あれ、ケルヴィンさんが勝手に注文してるや、それも本ばっかり。
「レギュラス様はお裁縫の御趣味がおありと耳にしています、この刺繍糸なんですが」
「わあ! かわいい!」
ダメだ。他所を気にしてなんていられない。先ずは自分の方を優先しよう。
そうして遂に、シュベルツは全てを捌き切った。
商人と仕立て屋はことが終わると、商品を片付け、またのご利用をと言いながら去っていく。
「お疲れ様です。レギュラスお坊ちゃま。購入した品は全てお部屋に運びましたので、後でご確認ください」
「も、もう……むり、です」
だらしなくソファーに座っていても、今は誰も叱咤する者はいない。流石にグレンとケルヴィンも疲労の色を見せている。
シュベルツは出されたお茶にちびちびと口をつけた。
「うわぁ、いい匂い。焼き菓子も美味しいー」
「そんなに食べたらまた太るぞ」
「ぐぬぬっ……明日の運動量、倍にするんでいいんです」
「レギュラス様に合わせて俺も運動量増やすんで、お菓子食べまーす。いやー、こんな大掛かりな買い物初めてで二度としたくないですね」
グレンは焼き菓子を摘み口の中に放り込む。
グレンの発言を聞いてシュベルツは思う。――ああ、別にこれが普通じゃないんだ。良かった。
今後もこのような形式で買い物をするのだと思ったら、身の毛がよだっていたんだ。
(そういえば、エーデルさんに謝れなかったや)
人と商品に囲まれ身動き取れず、終わった頃には疲労感を味わい。少しの休憩を取っている間に商人と仕立て屋の撤退は早かった。見送りも、外の様子を確認してきますと言いながらヴィルマンが見送ってしまったらしい。
坊ちゃまはお疲れのようでしたから、と。なんともよく出来た執事さんだ。
「そうそう、ジョンが。レギュラス様が直した服を褒めてましたよ」
「……へ?」
「市民向けの商品なら店に並べても遜色ないレベルだって言ってました」
「そんな大袈裟な」
流石は商人、人を持ち上げてその気にさせるのが得意なようだ。
あんなの、糸を解いて服を広げ、要らない部分はカットして、また同じように縫い合わせればいいんだ。
自分のお下がりを弟や妹たちに渡す際にはよくやっていた工程だ。
「では、私は先に失礼する」
ケルヴィンはカップの中身を空にすると、立ち上がる。
「ケルヴィンさん、もう行っちゃうんですか? もう少しゆっくりすればいいのに」
「生憎、購入した本を全て検閲しなくてはならない」
「すっごい大量に買ってましたもんね」
「ああ、そうだとも。勿論、全部お前用のテキストだがな」
「え…………っえ?!」
「レギュラス、お前も荷ほどきは早めに手を付けておけ。勉学に関する予定をこれ以上変更するつもりはないからな」
「ひえっ!」
あんな大量のしかも、原本が今後のテキストだと知って、シュベルツは戦慄した。
チラッと確認しただけだが、古典レライ語は勿論、エレステラ語、カナト語、リエール語、デランドル語、ベッセル語……と、まだ辞書がないと読めないものも複数確認している。
(アイロシャスと、ペルソナの原本なんて確か……古典ゲヘナ語じゃん!!)
古典ゲヘナ語とは、この世の地獄とまで言わしめた、生きとし生けるものが命を絶つと言われる死の国の言語。
かつては天の国と言われる程に栄え、一大陸を征服した大帝国だったが、度重なる戦争の末に滅び消え去った負の遺産。かつての大国だった土地は二万年が経つ今も尚、草の根が一本も生えないと伝えられている。
貴族の教養として習うレライ語よりも遥かに歴史が深く、戦火にのまれ資料も少ない。難解な為に読み解けるのは奇怪な学者ぐらいであると言われている古典。
「ケルヴィンさん……まさか、ゲヘナ語も読めたりなんて」
「当然読めるに決まっているだろう。お前もこれから読めるようになる」
――奇怪な学者が目の前にいた!! 読めるようになるなんてそんな宣言いらなかった!
ケルヴィンはそれだけ言い残して去ってしまう。
「レギュラス様、がんばっ!」
グレンは絶望の色に染まった表情のシュベルツにエールを送った。
「ちなみに、グレンさんはゲヘナ語は……」
「最初の図式を覚える段階で挫折しました」
シュベルツはがっくりと肩を落とし、再び、ソファーにだらしなく座り直した。




