15
シュベルツは体重計を見て、信じられないと目に水の膜を張り、口元を押さえる。自分の目が信じられず、後ろに控えるヴィルマンに振り返る。
「おめでとうございます。レギュラスお坊ちゃま」
ヴィルマンは優しく微笑む。その表情に、言葉にシュベルツは感極まった。
嘘じゃない、夢じゃない、これは紛れもなく現実で。自分の頬ではなく腹を摘んで確認する。
「あ、ああ、あのっ! これ、細工とかしていませんよね?」
「しておりませんとも。その数字は正真正銘、レギュラス様の努力の成果で御座いますとも」
「うわ、うわ、うわ――!!」
喜びのあまりシュベルツはヴィルマンに抱き着いた。これがどうして喜ばずに居られるものか。念願かなって、やっとの思いで、平均とされている体重まで辿り着いたのだ。
あの無駄すぎる贅肉を削ぎ落し、脂肪を筋肉へと変え、見て欲しいこの力こぶと腹筋を。まだまだ鍛えがいはありそうだが、この年で此処までのプロポーション。正にビフォーアフター。
「おれ、俺っ! ついにやり遂げました――!!」
シュベルツはあり余る嬉しさに、小躍りし、鼻歌を携え。すれ違う使用人の手を取っては感謝の言葉を告げ、リズミカルなステップで師であるケルヴィンに報告しに行けば「煩い黙れ」と、鉄拳を喰らい大人しくなった。
「えへへ! えへ、ケルヴィンさん! 改めておはようございまっす!」
「おい、グレン。この馬鹿をどうにかしろッ! 鳥肌がおさまらん!!」
「わーレギュラス様ってばケルヴィンに抱き着こうなんて、百年早いですよ。長くつるんでますけど、こいつが誰かと熱い抱擁してる姿なんて卒業式典でも見たことありませんもん」
「そうなんですか?」
「余計な詮索はするな。まったく、この程度で浮かれおって」
ケルヴィンはシュベルツの額に指を弾き追い払う。「あで」と情けない声を洩らしながら、シュベルツは少しだけ後ずさった。
「ところでレギュラス様。俺にはなにかありませんか? この、俺に!」
グレンは両腕をこれでもかと広げて、満面の笑みを浮かべる。
(――そうだ、今日まで減量に関してはグレンさんが手とり足とり指導をしてくれたんだ!)
雨の日も風の日も雪の日も、この人は手加減と言う言葉を知っているのかと疑いたくなるほどのハードな日々。千切っては投げられ、庭の芝生に転がされ、青い空を見て気を失い。
マナーがなっていないと、半日かけて食事の作法を学ばされ。
体力がないと運動した後に肉を口の中に詰められ、乗馬の訓練と言いながら馬から落とされ。足を踏まれたレディの気持ちだと足を踏まれ。身体が堅いと関節を外され……。
ダメだコレ、思い出したら切りがない。
シュベルツは途中から記憶の掘り出しを放棄して、グレンに向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「今日までご指導ご鞭撻のほど、まことにありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「……んー? あり?」
「では、俺はこれで」
「え……、え!? まってまって、待って!?」
シュベルツはそそくさとその場を去ろうとしたが、グレンは勢いよく引き留める。
「教師とその教え子の熱い抱擁は?!」
「え、なんですか。ホウヨウ? ちょっと距離近いですね。離れましょう」
「さっきケルヴィンに抱き着こうとしたじゃん! ね、ね? 俺は!?」
「グレンさんは、なんかちょっと……やだなぁ」
「え!! や、やだって、なんでですか!?」
「いや、だって……ねぇ」
「れ、レギュラス様?」
訳が分からないと、グレンはよろよろと後ずさる。それに追い打ちをかけるかのようにケルヴィンは鼻で笑いだす。
「不様だなぁ、グレン」
「け、ケルヴィン……? まさか、お前まで俺を」
「ククッ……これで分かっただろう? これが積み重ねてきた実績の差だ」
「なっ、なんだって!? レギュラス様、俺の一体何処に不満が!?」
「俺、長男なんで、もし俺の上に兄が居たらケルヴィンさんみたいな兄さんが欲しいなって」
「そんな理由で!?」
一体二人はいつの間にそんな親密な仲になったって言うんだ。
思いもよらぬ理由にグレンは動揺する。
しかしそれも束の間、ケルヴィンは先程までの凶悪な笑みを引っ込め、どこか楽しそうに忍び笑いを洩らした。
「レギュラス。その辺にしといてやれ、後が面倒だ」
「そうですね。すみません、グレンさん。冗談です」
「な、なんだよ! 二人して! 俺をからかうなんて! うらあ!!」
「わっ!?」
「待て、私を巻き込むなッ!!」
グレンは並び立つ二人に勢いよく抱き着く。
「俺の繊細な心を弄んだ罰だ!」
「あはは!」
「レギュラス、笑い事じゃない。さっさとこの体力馬鹿の脳筋をどうにかしろ!」
「ケルヴィンさん……俺まだ一度もグレンさんに勝ったことがないんで、無理ですよ……ぐぇ」
「ぐぬぬ……」
シュベルツはケラケラと楽しそうに笑い声をあげ、腕力で抱きしめてくるグレンをケルヴィンは懸命に押し返そうとするも、その努力は空しく終わる。
その攻防は通りかかった執事見習いが小さな悲鳴を上げるまで続いたらしい。
***
「本日はご予定を変更してお洋服を仕立てましょうか」
「したてましょう?」
え? 別にいいじゃん。今まで通り屋敷にあるレギュラスの衣装に手を加えて着ればいいじゃないか。
いや、最近は手直しする時間がなかなか取れなくて困ってるけど。
ヴィルマンの言葉にシュベルツは疑問符を浮かべる。
「そろそろ、体のサイズに合った。きちんとした御召し物を身に纏って頂かなくてはなりません」
「でも今日は論文と銃の訓練が……」
「ケルヴィン様とグレン様にはお話を通しておりますので、ご心配なさらず」
「へぁ……」
「既に業者の方は午後から手配しております」
準備いいなぁ。ここまで用意周到ならこっちが拒否しても無駄だろう。
シュベルツは分かりましたと、ベッドから起き上がり、執事見習いに手伝われながら身支度を整える。
そう言えばまだ大いに太っていた頃。服の着脱が一人では難しく、恥ずかしながら使用人の方々の手を煩わせてしまっていた。
だが今は、別に一人で着替えができる体型だ。
手伝ってもらわなくともいいんじゃないだろうかと考えたが、主人の支度の手伝いもまた使用人たちの仕事なのだから、奪ってはいけないのだと考えを改めた。
(んー。随分と、この生活にも慣れたな――……)
身なりを整え、シュベルツは執事見習いに礼を言って、部屋を後にする。
貴族は凄い、洋服を仕立てる為だけに仕立て屋を呼びつけるだなんて、本当に凄い。
平民の自分たちは手頃な既製品を買ったり、布生地を買って一から仕立てたりと懐事情と持ち前の技術を試されるばかり。それを専門の業者に丸投げしてしまうとは。
そんなことを思っていたのは束の間。本領発揮はこれからであった。
「これは一体……」
午後。屋敷の前には四台の大型馬車、屋敷の中には商人が忙しなく荷物を運び入れている。後からもう一台、デザインの不思議な豪勢な馬車がやってくる。
一体何事だろうか。引っ越しかなにかか?
ヴィルマンやその部下たちは商人たちに指示を出し、話し掛ける隙が無い。
一人右往左往していると、ケルヴィンとグレンが向こうからやって来た。
「あ、ケルヴィンさん、グレンさん。あの、これって?」
「公爵が手配した王都でも指折りの商会だ。ロレシオン商会と言えば分かるだろう?」
「ろれ、しおん?」
「……レギュラス。そろそろ、その冗談は止しておいた方がいい」
ケルヴィンは肩をすくめ、眉間に皺を浮かべる。その様子にシュベルツは慌てて朧げな記憶を掘り起こす。
「ちょーっと、待ってください。えーっと、ロレシオン……確か、記憶違いでなければ王室にも品を卸しているとかいないとか?」
「……そうだとも」
「王室御用達の称号を持つ有名なブランドですよ。レギュラス様」
「そんな凄い商会がどうして、ここに?」
「そりゃ、レギュラス様の買い物の為ですよ。これから忙しくなりますよ! 俺とケルヴィンも手伝いますからご安心を!」
「俺の、買い物? えと、ヴィルマンさんには洋服を仕立てるだけだと……」
「服は勿論だが、その他身の回りの物を全て一新しろとの御命令だ」
「………………はい?」
言われた言葉を理解するのに時間がかかった。いま、彼はなんと言ったか。
「身の回りの物、全て?」
「公爵なりのレギュラス様へのご褒美ですよ。以前からご愛用されているブランドだと聞いておりましたが……なにか?」
「い、いえ!」
「んー、有名テイラー、エーデル&ジョンも到着したみたいですね!」
「えーでる、あんど、じょん?」
シュベルツは玄関に向き直り、固まった。
玄関から入って来た数人の集団はなんとも奇抜、なんとも型破りな衣装を身に纏っていたからだ。
赤青黄色、原色に原色を重ね合わせた、まるで幼い頃に父親に連れられて見に行ったサーカスの劇団員のような集団に、開いた口が塞がらなくなる。
この人物たちが、先程グレンが教えてくれた有名な仕立て屋で間違いないのだろうか。
そりゃそうだろう、こんな人目を惹く格好なんだ。そりゃ有名にもなれるよ。
腰や頭部に大きな鳥羽を付け、カラフルなそれは動くたびに大きく揺れ動く。
顔はなんともゴージャスな仮面で覆われており、人相は分からない。
女性の履いているスカートは中になにを詰め込んだのか疑うほどに膨れあがり、男性は自身の身長の半分はあるのではないかと言わせるほどの高さがある帽子を被っていた。
「エーデル&ジョン! 只今惨状つかまつり候!!」
「荷物を運んでおくんなまシ!」
先頭に立つ二人の男女は屋敷の使用人に指示を出し始める。それのなんと圧とアクの強い事か。
これが貴族様の仕立て屋なのか。
「あ、ああ、あのー……」
シュベルツはケルヴィンとグレンに向き直り、説明を求めようと思ったが、二人の引き攣った表情に言葉を詰まらせていた。
(んんー? 二人も、知らなかったのか?)
シュベルツが言葉を失くす一方で、ケルヴィンとグレンは言葉を交わし始める。
「――おい、どういうことだ。何なんだコレは? 手配ミスか?」
「さ、さぁ? でも、ミズ・エーデルとミスター・ジョンの声だったし、間違いではないはずだけど?」
「こんな野蛮な連中がいてたまるか……!」
「ち、ちょっと、俺。聞いてくるからっ」
グレンは奇抜な集団に話しをききに速足で向かう。
「えーと、ケルヴィンさん?」
「……悪夢だ。少し待っていろ」
「……はい」
数分後、話を終えたグレンは笑顔で戻ってくる。
「どうだった?」
「んー、なんか大丈夫そうっぽいよ。うん」
「あれの何処がだ?」
「商品の方も見せて貰ったけど、そっちは普通。あの恰好はオーナーと従業員だけなんだってさ。キャンペーンの一環だとかなんとか?」
「キャンペーンの一環だなんだとしても、あの恰好は、由緒正しきアッヘンヴェルバッハ公爵家に招かれた者として言語道断。非常識だ。馬鹿にしているとしか思えんな。速やかに、辞退して貰え」
「いやいや、無理でしょ。王都から遥々来て頂けたわけだし、それにロレシオン商会から布や、衣装に合わせる装飾の打ち合せもある。今後の予定を一通り確認したけど、こっちもあっちも今日しか予定がない」
グレンの言葉にケルヴィンは押し黙る。その眉間にはいつもの皺が三割増加されており、二人の様子を横から伺っているシュベルツは、事態の大きさに追いつけず、二人を見比べていた。
長い沈黙、ついにケルヴィンは息を深く吐き出し、グレンを見据える。
「――……本当に、品の方には問題がないんだな?」
「それは保証する」
強く頷くグレンに、ケルヴィンも又頷き返す。
「分かった。いくぞ、レギュラス。付いて来い」
「え!? あ、はい!」
蚊帳の外だったシュベルツは突然名前を呼ばれ、反射的に返事を返してしまう。ケルヴィンが付いて来いというのだから、付いていくしか他になし。
長く広い廊下を三人は速足で移動する。
「レギュラスお坊ちゃま、こちらはロレシオン商会の皆々様と、エーデル&ジョンテイラーの方々です。どうぞ、ご挨拶を」
通された部屋の中には、先程遠目から確認した商会と仕立て屋の面々が揃ってシュベルツを凝視していた。
挨拶を促され、シュベルツは慌てて一歩前へ踏み出る。
「この度は御足労くださり、ありがとうございます。本日はどうぞ、よろしくお願いします」
グレンという師に地獄の猛特訓が如く徹底的に仕込まれ、磨き抜かれた一挙一動は歪みなく。言葉使いも至極丁寧、相手に不快感を与えない笑顔も完璧にこなせた――。筈なのに、なぜか静まり返る室内に、シュベルツは内心で慌てた。
(なにかアクション起こしてくれよ、頼むから――!)
心臓はバクバク鳴るし、冷や汗が滲み出てくる。
また自分はなにか間違いでも犯したのではないか。そう思わずにはいられない。
「あの、皆様。なにか? どうぞ、楽になさってください」
シュベルツが再度声を掛ければ、今度はどよめきだしてしまった。
一体全体なんだというんだ。やっぱり自分は何かを失敗したに違いない。
シュベルツは背後に控えるグレンとケルヴィンに助けを求めようとしたが、ロレシオン商会の中でも年季の入った商人の一人がシュベルツの前に出た。
「……失礼とは思いますが、一応、確認を。その公爵譲りの緑の瞳……レギュラス様でございますか?」
「え、はい。そうですが?」
「これはまた……! 最後に会った日と、こう、随分と御様子が違っておりましたもので、見違えました。ご無礼を謝罪致します」
「いえ、お気になさらず」
ああ、なるほど。シュベルツは納得した。
(そっりゃ、そうだよなー。この人と最後に会った日なんて知らないから、ものほんのレギュラスの時だろうし。うん。あのデブがこんな風に痩せるだなんて誰が想像できるかってんだよ)
自分だって、あの醜悪なデブがこんな美形に様変わりするだなんて思いもしなかった。ここ最近はガラスに映り込む姿を目にするたび、顔が良いとハッとさせられたものだ。
ビフォーアフターも過度な表現は毛嫌いされるものだし。
(年上の男の俺でも見惚れちゃいそうな外見だもんな。俺、がんばったッ!)
自身の努力の末の賜物がこの容姿。正直な所、誇らしくてたまらない。
この人たちの反応は至極当然だろう。そうだろう。
まぁ、自分の本当の身体ではないんだけどさ。
「改めて、お久し振りで御座います。ロレシオン商会会長、パトリックです」
この人が会長ってことは商会のトップだったのか!
シュベルツはドキドキしながら自らも自己紹介する。
「レギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハです。ようこそ、歓迎します」
シュベルツがパトリックから差し出された手を握り返すと、パトリックは目を見開き、シュベルツの顔と握られた手を見比べ、最後には首を軽く横に振った。
「いやはや……なんとも」
「なにか?」
「いいえ、いいえ! なんでも御座いません!!」
「……そう、ですか?」
不思議そうに思いながらもシュベルツはエーデル&ジョンテイラーに向き直る。
「レギュラスです、本日はよろしくお願いします」
「あらあラ、まぁまァ。お噂では領地で療養されていると聞きましてヨ。ねェ、ジョン」
「あぁ、そうだね。これは坊ちゃん。見違えましたで候。随分とご立派になられまして」
「こーーんな痩せこけになっテ、お体のお加減はどうでござんしョ?」
「あー、ははは。体調の方は以前よりも、はい。それはそれは、すこぶる良いですよ!」
あの脂肪の塊を根こそぎ、削ぎ落したのだ。体調が悪い訳がない。
女性はシュベルツを頭の天辺から靴の先まで見定める様に観察し、目を細める。
「あてくシ、見てくれだけでは騙されませんのヨ? 本当の本当ニ、あなーたガ、悪名高いレギュラス様なのかしラ?」
その言い方には刺があった。もともと一風変わったイントネーションであったが、それが刺を強調させる。
シュベルツは目を瞬かせ、女性を凝視してしまう。
――『悪名高いレギュラス様』
そうだった。ここ数ヶ月すっかり忘れていたが、レギュラスという人物は、自分より身分の低い者に対して罵詈雑言を吐き散かし、不名誉を与え。誰かの不幸を声に出して笑い、成功を目前としてものを踏みにじる。人の道を踏み外す、悪逆非道な子供。
「えっと……」、シュベルツが口を開くとそれよりも早く、ジョンと呼ばれた男性が声を張り上げる。
「こら! エーデル! 言葉を慎まぬか!! レギュラス坊ちゃんが機嫌を損ねたらどうするつもりだ!? 申し訳ございません、レギュラス坊ちゃん。妻が大変失礼なことを申しました!!」
ジョンは勢いよく謝罪の形を取り、頭を下げる。頭を下げると必然的に帽子も下を向く。その勢いに。
――わぁ、すごい。
シュベルツは内心でそんなことを思いながら、ジョンに頭を上げる様に促す。
「いえ、ジョンさん。頭を上げてください。エーデルさんの仰る通り、外見は見て分かるように変わりましたが、心はそうじゃない。過去、確かに俺は取り返しのつかないことを、多く、してきたと思っています。そのことに対し、弁解の余地もございません」
「……レギュラス坊ちゃん?」
ジョンは掛けられる優しい声にゆっくりと頭をあげる。
「この一年、多くを学び、自身の行いが恥ずべきことだと知りました。だからこそ、可能であれば、これからの自分を貴方がたに見極めて欲しい。今の俺に出来るのは、それだけです」
「坊ちゃん……」
まるで信じられないと、ジョンは目を瞬かせ、シュベルツを注視してしまう。
あの、レギュラスが、失礼を言った人間に対して、頭を上げろと言い、他人の言葉を真摯に受け止める姿勢を表すとは。
今目の前にいる彼は本当に、彼のレギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハ本人なのだろうかと、疑ってしまう。
別人だと言われた方がまだ納得できる。外見も中身も、そっくり取り替えたと言われた方が信じられる。
「今日はよろしくお願いします。体型が物凄く変わっちゃって、最近着る服に困ってるんですよ」
そう言って情けなく笑うシュベルツは手を前に差し出す。ジョンは戸惑いながらもその手を握り返した。
夏になれば十六歳を迎える少年の手は思った以上にごわついており、ジョンはその努力を少しだけ垣間見た気がした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。坊ちゃん。ほれ、エーデル、お前もなにか言わないか?」
「フンッ! お話には聞いておりましたけド、本当ニ、心を入れ替えましたのネ? エリアスお嬢様かラ、あなーたのことを散々聞かされてましたノ」
「エリアスから?」
「えエ、えエ! 自慢なお兄様だト、ヘッドドレスや肩掛け、うさぎの編みぐるみまで見せられましたワ!」
「え! あの子、本職の方々に見せたんですか? えー恥ずかしいなぁ」
「良いですこト? あの日のお茶会ハ、カレンティア夫人から直々のご依頼で、流行りのデザインをふんだんに盛り込んだドレスを着ていただく予定だったノ! それガ、あろうことカ、流行りとは正反対の衣装をエリアスお嬢様はお選びになられてしまったノ!!」
「え、は、はい」
「お分かりになっテ!? あてくしハ、ずぅっとエリアスお嬢様の衣装をこの手で縫ってきたのヨ! なのニ、なのニ……テイラーにとってこれ程の屈辱は初めてでしてヨ! あなーたはあてくしのライバルヨ!!」
エーデルはキッと、目に力を込めてシュベルツを睨みつける。そんな二人の間に、ジョンと彼が引きつれた従業員が慌てて割って入る。
「おい、こら、エーデル!! お前ちょっと、頭を冷やしてきなさい。お前がどーしても一緒に行きたいというから連れてきたが、いきなり、なんだ、失礼だろ!!」
「言いたいことは言いましたワ! レギュラス様が本当に心変わりを為されたのならバ、恐い物なんてありませんワ! これにて失礼!」
踵を返してエーデルは部屋を出て行ってしまう。
「ルーシェ、お前はエーデルに付いて行きなさい」
「は、はい! 奥様~! お待ちくださーい!」
ルーシェと呼ばれたこれまたド派手な服を身に纏う従業員は、スタコラとエーデルを追い掛けて扉の向こうに消えた。
まるで嵐だ。
シグレの花を散らさせた暴風の如くだと、シュベルツは内心で、「なんかすごく、凄かった」と頷く。
「いやはや、妻が大変なご無礼を……おこ、怒ってますよね? 流石にね?」
ジョンは冷や汗をダラダラと垂らしながら、チラリとシュベルツを盗み見た。
「え、いや、あの……随分個性的な奥様ですね」
「妻はとても才能のあるデザイナーなのですがね、少々気性が荒いところがありまして」
「いや、お気になさらず。なんか俺も悪いみたいですし」
経緯が経緯なだけに悪いことは言えない。
そうか、エリアスの今迄の衣装は彼女が手掛けていたのか。シュベルツは口を堅く結んだ。
王子殿下とその婚約者候補たちの集いの場は、お茶会と言う名のお見合いだ。
その様な場に持ち寄られる品々は一級品ばかり。それだけではなく、より箔がつくようになる。上手く他貴族の目に留まれば、良い宣伝にもなる上、王族に気に入られれば王室御用達の称号も貰える絶好の機会の一つ。
結果的に彼女の機会を奪ってしまったのは自分かもしれない。
(後で、謝った方がいいよな……うん)
シュベルツは肩を落とした。
それを横目で見ていたヴィルマンは、手を鳴らし、声を張る。
「では、皆様。少々ゴタつきがありましたが、早速始めましょう。レギュラスお坊ちゃま、こちらに」
「あ、はい」
ヴィルマンに促され各々が動き出す。




