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――春。それは、恋の季節。
すっかりあたたかくなり、春たけなわを実感する毎日。
後日改めてエリアスとロベルト第一王子の婚約が発表された。
「子どもってぱねぇっすわ。ほんと」
「いやはや、凄いじゃないですか。レギュラス様、恋のキューピットじゃないですか!」
「オレ、ナニモ、シテナイ」
「いやいやいや、ここ、書いてありますよ。――レギュラスお兄様が下さったヘッドドレスのおかげですって!」
「ヨク、ワカラントデス」
「ほらー、また訛ってますよー。訛り矯正でボール口に突っ込みますか?」
「身に覚えが、無きにしも非ず……くっ!」
シュベルツは何度も手紙を読み返し、内容が理解できないと遂にはケルヴィンにこの手紙を翻訳してくださいと頼み込み頭部にゲンコツを喰らってから日は浅い。
エリアスからの手紙は、普段通り季節の挨拶から始まり他愛のない話を少し、そしてロベルト王子との婚約の流れ。
なんでもシュベルツが送ったヘッドドレスは、やはり流行している派手めなものとは毛色が違い、少々地味とはいえ、出来は上々だった。
ヘッドドレスを送った後の手紙には、「今度のお茶会で早速お披露目しますわ」と嬉しいことが書かれ、シュベルツは、「そこまで喜んで貰えて嬉しいよ」と返信をしている。
まさかその今度のお茶会が王子と愉快な婚約者候補たちのお茶会だと、文面だけでどのように察すればよかったのだろうか。
エリアスはお茶会にどうしてもこれを着けていきたいのだと、珍しく駄々をこね。母カレンティアの手によって用意された新品の衣装を断固拒否。願いを聞いてもらえないのなら今回のお茶会には出席しないと部屋に立てこもってしまった。
見かねた侍女たちは、今回限りだとカレンティアを説得し、ヘッドドレスに合わせた衣装を新たに手配したらしい。
流行りものとは違う、おとなしめな衣装はお茶会ではある意味目立ったようで。結果としてそれが王子の目に留まり、二人の距離は急速に近づくことに――。
「……意味が、分からない」
三文小説のようだとも言いたくなる。
シュベルツはお祝いムードに包まれる屋敷内で一人頭を抱えた。
「良かったですね、お兄ちゃん」
「グレンさん、やめてください。気持ち悪い。本当に」
自分より年上の男性に兄などとは呼ばれたくなどない。
「お手紙の返事、なさらないんですか?」
「書きます、書きます。もうあっち行っててください!」
シュベルツはグレンを部屋から追い出し、早速返事を書き出す。まさか一庶民の自分が王族の婚約をお祝いすることがあろうとは、人生何が起きるか分かったもんじゃない。
(はぁ……余計なことをしないようにしないと。波風立たないように)
そうは言っても、この身分じゃそんなことは言っていられない。
公爵だぞ、自分公爵だぞ。その息子だぞ。しかも今まで散々悪行三昧だったらしい、危険人物だ。
(目立つなって言う方が無理だよなぁ……はぁ)
本日何度目かになる溜息。シュベルツは、窓の外に視線を移し、シグレの花を見つめた。
***
キャンベル領内に聳え立つ、アッヘンヴェルバッハ家の屋敷に仕えている使用人たちの間では噂話が絶えない。つい一年ほど前であれば仕事の愚痴や、使える主人の息子への悪態ばかりついていたが、最近では、そう、噂話が絶えないのだ。
環境が変われば人は変わると言うが、これはあまりにも良い傾向だと執事ヴィルマンは微笑んだ。
「見て、レギュラス様よ」
「それにしても、凄いお変わりようよね? 普通以上にカッコイイ」
「そうそう、こっちに戻って来た時なんてぶくぶくの、ふとっちょで! いつ床が抜けるか気が気じゃなかったし」
「私、賭けてたのよ。半年で正体を現すって。それがこの通りなんだもの」
「私は三ヶ月だったから、大損よ……って、この賭けはもう成立しないし無効よね?」
「無効よ無効。当たり前でしょ」
「私さっき、レギュラスお坊ちゃまに服の裾を直して欲しいって頼まれたの」
「以前はご自身でもお洋服を手直ししていましたよね? あの方がお裁縫得意でびっくりしちゃった」
「それがね、ここ最近は勉学の方が忙しくて時間が取れないんですって」
「でもそろそろ、直せる服が……ねぇ?」
侍女たちは休憩時間に集まり、お茶を汲み、菓子を摘みながら一人の人物の話題で持ち切りだ。
休憩室の窓から伺える庭先では、話題の人物がグレンの指導の下、体を動かしている。
「……本当、別人みたい」
侍女の一人が感慨深く呟けば、昔から仕えている者は短く何度も頷いた。
下劣で醜悪な傲慢レギュラスが人が変わった様に温厚になり、聞き訳がよくなった。
減量も成功しているのか随分と見てくれがよくなっている。規格外のデブからまぁまぁ規格内のデブに、それから普通のデブになったら、普通のデブからぽっちゃりに。そして今や普通体型。
良い筋肉のつき方をしているのだろう、同年代の少年と見比べても綺麗な立ち姿。
でっぷりと丸かった二重顎も今やみる影はなく、綺麗な顎のラインがそこには存在していた。
そして、やはりと言うべきか。
両親の優れた部分を上手く引き継げていたようだ。今のレギュラス・フォン・アッヘンヴェルバッハは整った顔立ちをしている。
それはそれは、遠くから彼の事を何も知らない者が見れば、見惚れてしまうほどに。美丈夫や美少年と言う言葉が似合った。
流石の劇的なビフォーアフターに、使用人一同感服したものだ。
時折見かけてはその格好よさに息を呑む者も絶えない。
「ねぇ、あの噂。本当なのかしら?」
「ただの噂でしょ? レギュラス様がエリアスお嬢様とロベルト王子の仲を取り持っただなんて」
「私はそれより、レギュラスお坊ちゃまとエリアスお嬢様がお手紙のやりとりをしていることに驚きで」
「耳と目を疑いましたわ」
「じゃぁ、今度ロレシオン商会とあの有名仕立て屋エーデル&ジョンが来るって言うのは?」
「それは、本当よ。侍女長が張り切ってたもの」
「うっそ! すっごーい!」
「あ、レギュラス様。またグレン様にいじめられてるわ。ほら」
「あら、本当。最初は恐れ多かったわよね、随分慣れたけど」
窓の外から聞こえるレギュラスの叫び声をバックミュージックに、彼女たちは深く頷き、お茶を啜る。
グレンがまたレギュラスにちょっかいを掛けている様で、その様子に憐れみの籠った眼差しを向ける他ない。
「私、最近。レギュラス様のことが、本当にね、少しよ。ちょっと、お可哀想にって、思ってしまって……」
「あら貴女も? 私もね、ちょっと、そう思ってるところなの。本当に、少し」
「ええ。最初はグレン様がお坊ちゃまをコテンパンにするものだから、私達が逆恨みをうけるのではないかと、夜が眠れなくて大変だったものよね」
今思い出しても身の毛がよだつレギュラスへのグレンの接し方。グレンと言う人物が、どれほどの人物だと聞いていたとしても、火の粉がこっちにまで降りかかるのではないかと気が気じゃなかった。
肥え過ぎた豚のようなレギュラスをグレンが背負い投げした光景ですら、彼女たちは今でも夢に見ては飛び起きることがあるらしい。
彼女たちのそんな予想に反して、レギュラスは仕返しなどをすることもなく、言われたことに忠実で、それぞれの指導に喰らいついていた。
時には言いつけを破って自らにより厳しく律し、許容範囲を超えて倒れてしまうなんて言うハプニングもあったが。それすらを乗り越えて、今がある。
「そうそう、ケルヴィン様も大概ではなくて?」
「寡黙でミステリアスな方だと聞いていましたのに、罵声に怒声……随分と、その……慣れましたわ」
「グレン様もお噂とは違った方ですわよね。もっと厳格な方かと思っていましたのに、かなりフレンドリーで驚きました」
「噂は当てになりませんのね。お姿はかっこいいのに……」
噂の君は、それはもう噂とはかけ離れていることに、彼女たちは落胆した。けれど目の保養であることには間違いないと頷く。
「そろそろ、仕事の時間だから。私、もう行きますね」
侍女の一人が腰を上げ、そそくさと部屋を退出する。残された彼女たちはもう少しだけ外の様子を見ていようと、休憩時間ギリギリまでお茶を啜った。
――あ、また転ばされてる。
誰かがそう呟いた。




