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婚約者……婚約者?
「どええ――!? こ、婚約者が、いるんですか!? え? 十五歳ですよね、俺?!」
「何を言ってるんだ。ついにボケたか」
「レギュラス様……もしかして、シルヴィア嬢のことをお忘れで?」
「え、えぇっと……シルヴィア? って誰?」
愕然と動揺している俺に二人は頭が痛いと言わんばかりに首を横に振ったり、深い溜息を吐いたりと忙しない。あ、これ、あかんやつや。まーたやらかしてしまった。
「おい、グレン。説明してやれ」
「うーん。一応説明しますが、ヴォッケンシュタイン伯爵がご令嬢、シルヴィア・フォン・ヴォッケンシュタイン。レギュラス様とシルヴィア嬢は八つの頃から婚約しております」
「八つの頃から!?」
八つの頃から将来の結婚相手が決まっているなんて貴族って凄い。本当に凄い。よく分からないけど凄い。
俺だって一応恋人はいたけど、家のことを優先させてたら三日で振られたぐらいだよ。
「ち、因みに、そのシルヴィアさんってどんな人で?」
「ぶっちゃけいうとヴォッケンシュタイン家は伯爵とは名ばかりの貧乏貴族でしてね、借金も莫大で、ですが公爵……ロードン様はヴォッケンシュタイン領の手付かずの鉱山が目当てでしてね」
「せ、政略結婚だ!!」
「その通り。シルヴィア嬢はレギュラス様と同い年で、今は学園に通っておいでです」
「あ、同い年なんだ」
「ええ。彼女には何度かお会いした事はありますが、見目は麗しく、とても聡明な女性です。まさに才色兼備と言ったところでしょうか」
「へぇ~」
なんかすごい人が婚約者なんだなぁ。グレンさんと美意識の違いがなければ、そこまで言わせるほどの美人なようだ。
くっ! 羨ましいなあ、レギュラスめ!
「それにしても、婚約って、やっぱり気が早すぎませんか?」
「いやいや、いや! 普通ですよ。当たり前。中には産まれる前から親が相手を決めてる場合もありますし」
「お前の妹もそうだろうが」
「へっ?」
突然ケルヴィンさんが鼻で笑い始めた。なんだってんだ、この人は。
でも、妹って、思い当たるのは先程見送ってくれたエリアスただ一人。
「え! エリアスって婚約者がいるんですか!?」
あの子まだ十歳ですよ!?
「今はまだ婚約者候補の一人に過ぎんがな」
「あ、ああ相手は! どこのどいつですか!?」
「我が国、カルナ・ヴォルトガント王国第一王子、ロベルト王子殿下だが。なにか?」
「ひえっ?!」
すっごい大物引っ張り出されて、言葉がなくなった。
第一王子ってあれじゃん、王位継承権第三位の、次期国王と謳われている王子様。レギュラスの妹がまさか未来の王妃候補だったとは。
世も末だ。恐いよ王侯貴族の婚姻状況。
「じ、じゃあ、グレンさんとケルヴィンさんも」
「結婚など人生の墓場だ。そんな無意味な事をする必要がどこにある」
「へい」
「俺の場合は将来が約束されている様な物なので、女性関係のトラブルはこれ以上経歴の傷になるからと、今は一切絶ってます」
「はぁ? それって」
「これ以上はノーコメントでーす! 普段通り詮索しないでくださいね!」
「……へい」
なんだろ、取りあえず、聞かなかったことにしよ。
いやはや全く、謎の多い人たちには変わりない。
シュベルツはもそもそと椅子に座り直し、窓の外の景色を眺めた。
***
雪が溶け、まだ寒さの残る今日この頃。
「お坊ちゃま、エリアスお嬢様よりお手紙が届いていらっしゃいますよ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「ご兄妹、仲睦まじく。嬉しゅう御座います。はい」
カントリー・ハウスの一切を取り仕切る執事ヴィルマンは、ここ一ヵ月と半月以上続いている手紙のやりとりに、素晴らしい出来事だと涙腺を緩めていた。
そうして懐かしそうに過去の記憶をなぞり出す。
「まるで、オフィーリア様がご存命だった頃を思い出します」
「オフィー……母上が?」
「はい。オフィーリア様は旦那様と会えない日は、お手紙を書いておいででした」
「……そう、なんですか」
オフィーリアは何気ない日常の一編を綴り、返事のない手紙をずっと書き続けていたらしい。
ヴィルマンの昔話を聞きながら、シュベルツは受け取ったばかりの手紙の封を開け、まだあどけない文字の羅列に目を通す。
手紙の内容は今通っている学園での授業のこと、友達のこと、噂の殿下のこと、内容は目まぐるしく変わりシュベルツは文面から読み取れる微笑ましい光景に笑みを浮かべた。
読み終われば自分もペンをとり、手紙を書き出す。
「それで、その時。オフィーリア様は……」
「ヴィルマンさーん」
「はい。なんでしょうか?」
「実は手紙の他に送って欲しい物があるんですけど、大丈夫ですか?」
「物にもよりますが、何を送りたいのですか?」
「えーっと、この前のエリアスからの手紙でヘッドドレスが友人たちの間で流行っているらしくって、ちょっと作ってみたんです。ストーンを使った刺繍もしてみたから、エリアスの刺繍の勉強にもなるかなって」
女性というものは老若問わず流行りものに目がないと知っている。つまりエリアス自身が興味の引くもので裁縫の勉強への学習威力を高めようという魂胆だ。
お店で売っているものが実は自分でも作れると知れば、作ってみたくなるだろう。そうだろう。
かつてシュベルツは「あれが欲しい、これが食べたい」という弟と妹達のリクエストに自分で材料を買って作れば経費削減できるのではと考え、実践した猛者である。
普段の仕事の合間に時間を見つけて作ったものは、店に並ぶ商品と見比べると、たしかに見劣りはするが、それでも欲しい物を手にした家族は喜んでくれた。
その考えが貴族の子どもに通用するかは分からないが、シュベルツは試してみようと取り組んだが、今時の流行りが分からない。
現在周囲にいる女性は屋敷で働いている女性たちばかり、彼女たちに今の流行りを訪ね回りやっとの思いで完成させたヘッドドレス。
気に入ってもらえるだろうか。
「これなんですけど……」
「おぉ……これはこれは。きっとエリアスお嬢さまもお喜びになるでしょうとも。お手紙と共に、急ぎの便で届けさせましょう」
「お願いします」
シュベルツは手紙を書き終え、慣れた手つきで蝋で封をするとヴィルマンにあとを任せた。
手紙も当初はケルヴィンが検閲していたが、他愛もない二人のやりとりに嫌気がさし、時間の無駄だと判断するやいなや検閲はなくなった。
本当に中身を確認しなくても良いのかと再度確認を取れば、「なるほど、レギュラス。貴様は私への嫌がらせ方を覚えたか?」と、それはそれは見惚れそうな笑顔で言われた。
「お坊ちゃま、そろそろご就寝の時間になります。おやすみなさいませ」
「はい。おやすみなさい」
シュベルツは寝台の上に横になり、ランプの灯りを消した。
明日も朝は早いのだ。
最近のスケジュールは去年よりもハードなものになっており、ケルヴィンからは通常の科目に加え、多種多様なテーマの論文という論文を書かされている。
貴族として当たり前の教養だと古典レライ語からはじまり、他国の言語まで幅広く覚えさせられ、現在はギリギリ及第点で三カ国語を学び終えた。勿論、読みも書きも含めてのギリギリ及第点。
座学が終われば次は教養の授業。
「レギュラス様って、ぶっちゃけ、少々、変な訛りがありますよね?」
「訛り?」
「はい。という訳で、上流階級特有の上品な言葉遣いと発音練習、それから独特な言い回しの勉強をしながらダンスの練習です」
「はい? なんて言いました?」
「ですから言葉使いと発音練習、貴族特有な言い回しに、ダンスの練習です」
「詰め込み過ぎじゃないですか?!」
「あのですね、もう四ヶ月しかないんですよ? 解ってますか? 正直、昨年は基礎の基礎の、基礎からお教えしていたので、もう予定を押して行かないと間に合わないんです。これからもっとハードになりますから、十分に覚悟してください」
「ま、マジですか?」
「まじまじ、本気のほの字です。さ、先ずは基本のステップから!」
「は、はい!!」
シュベルツはグレンの前に立ち、お辞儀をすると相手の手を取り、腰に手を回した。
一週間の内六日間は勉学に励み、週末だけは一時の休み。もう毎日がクタクタだ。
それに加え、エリアスとの文通を週一で行っている。やることが多すぎて目まぐるしく、趣味に時間を割くことも難しくなった。
「合格だ」
ケルヴィンはチェックを入れた解答用紙をシュベルツに差し出す、シュベルツは返された用紙に目を見開き、用紙とケルヴィンを見比べる。
「ご、合格ぅ……!」
「多少のスペルミスとケアレスミスが目立つが、問題はないだろう。文章の構築もなんら問題ない」
「やっ、やたー!」
「今日はここまでとする」
「ありがとうございました!」
シュベルツが頭を深く下げている間にケルヴィンはさっさと部屋を退出してしまう。授業が普段より早めに終わり、この後は珍しく予定がない。
手持ち無沙汰になり、なんの気なしに窓の外に視線を向けると風に靡く紫雲に目を奪われた。
「散歩でもするか」
シュベルツは部屋を出ると、すれ違った侍女に屋敷の周りを散歩してくると伝え、屋敷の外に出る。
そこには春の訪れを告げる薄紫の花がしだれる様に咲き誇っていた。あたたかな風に乗って運ばれるしとやかな甘い香りが鼻先を掠め、シュベルツは深く深呼吸をする。
(ここのシグレは立派だなぁ)
ものの見事な大樹に、シュベルツは感嘆の息を吐き、歩を進める。
シグレと呼ばれる花木は、総状花序を下垂させ、ラッパに似た形の小ぶりの花を一房に幾つも咲かせる。満開時には木を覆ってしまうほどしだれる様に咲き、地面にまで到達するため、紫の雨と呼ばれるようになった。
見る人によってはその姿を紫の雲と呼ぶ人も居るらしい。
花言葉は「繁栄」と「謙遜」、そして「秘めやかさ」。
シュベルツは紫雨並木の下をゆっくりと進み、風に揺れる花にそっと手を伸ばした。触れた花は何処か冷たく、けれど温かな風が頬を撫で、白銀の伸びた髪を揺らすからこんなものだと教えてくれる。
屋敷の周囲を散策し終わり、晴れた気分で戻るとエリアスから丁度手紙が届いていた。
部屋に戻りながら早速手紙の封を開き、内容を確認して、シュベルツはピタリと動きを止めた。
「あれ、レギュラス様ー? どったんですかー?」
廊下のど真ん中に突っ立って、固まっている教え子を不審に思いグレンは肩を叩く。
「ぐ、ぐぐぐ、グレッ、グレンさん??」
寂れたブリキの人形の如く、シュベルツは首を動かして振り返る。
明らかに不審な動きをする教え子に、グレンは首を傾げた。
「ここ、これッ!!」
「読んでいいんですか? えーっと、はいはい……あらまぁ」
シュベルツは手にした手紙をグレンに見せて内容を確認させた。グレンは綴られた手紙の内容に肩をすくめ、改まった。
「妹君、エリアス様のご婚約、誠におめでとうございます」
「ひえっ!!」
エリアスから送られてきた手紙の内容は、正式には未発表だが彼女の婚約者が決まったという報告だった。




