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グレンは時間を見計らってエリアスのもとに訪れていた。エリアスは座っていた椅子から勢いよく立ち上がりグレンのもとに駆け寄る。
「グレン来てくれたのね!」
「はい、エリアス様。先程は失礼いたしました」
「いいのよ。ねえグレン。その、ね」
「はい?」
「レギュラスお兄様に、なにか意地悪なことをされたらわたしに言って。わたしがグレンを助けてあげるから!」
エリアスは顔を真っ赤にさせ力強くグレンの手を握りしめた。それは少女の確固たる決意。けれどグレンは一瞬キョトンとした後にへらりと笑った。
「大丈夫ですよ、エリアス様。エリアス様がご心配されるようなことはされてはおりません。それに……」
自分がレギュラス様を揶揄う側だからという言葉を吞みこんだ。レギュラス様は根が真面目だし、色々信じやすく騙されやすい。
軽い冗談も本気で信じてしまう節があり、腹を抱えて笑ったこともある。
ニコニコと笑うグレンに対して、エリアスは眉間に皺を寄せた。
「それに?」
「いえ、なんでもありません。それより、用事があったのでは?」
「はい……!」
グレンとエリアスは上質な椅子に座り、話に花を咲かせているとある物に目が留まった。
それは見覚えのある白い雪兎の編みぐるみ。
グレンは立ち上がり、それを手に取った。
「どうしてこれが、ここに?」
「あ、グレン。それとってもかわいいでしょ?」
「え、ええ。これはどうなされたんですか?」
「屋敷の中で拾ったのよ。侍女に聞いても誰のものか分からなくて、だからわたしが貰ったの!」
「……そうでしたか」
「グレン?」
「僭越ながらエリアス様。俺はこの人形の持ち主を存じております」
「まあ! いったいどんな方なの? こんなに可愛らしいんだもの、きっと素敵な方がお作りになったのね!」
「ええ、レギュラス様ですよ」
「……えっ」
「これをお作りになられたのはレギュラス様ご本人なんです」
エリアスはまさに開いた口が塞がらないと言わんばかりに目も見開いて固まった。
「先日、人形の一体を失くしてしまったのか、見つからないと塞ぎ込んでしまっていて。エリアス様が拾って下さったんですね」
「……ら、ない」
「エリアス様?」
「そのお人形、要らないわ。わ、わたしは、なんてことをっ……きっとお兄様に、怒られてしまうわ」
お兄様の私物を結果として取ってしまうことをしてしまったのだ。
エリアスは顔を両手で覆い、肩を震わせて大粒の涙を流し始めてしまった。
そんな少女の視線に合う様にグレンは片膝をつき、優しく声をかける。
「エリアス様、エリアス様」
「……グレン、わたし」
「なら一緒にレギュラス様に届けに行きましょう!」
「だ、だめよ! きっとレギュラスお兄様がこの事を知ったら、怒り狂って、また……またっ!」
「大丈夫、安心してください。俺がついていますから。もしレギュラス様がエリアス様に手を出そうものならば、この俺がお守りします。約束です」
グレンはエリアスを抱きかかえ、レギュラスの部屋を目指して歩き始める。
グレンは不思議で不思議でならなかった。何故あのレギュラスがこんなにも怖がられ嫌われるのか理解できなかった。
確かに最初に渡された資料や耳にする噂では、頭が痛いと言わんばかりの問題児だったが、実際に本人と会い、接していくうちに誠実な人物という印象の方が大きく、そこまで悪い人物には見えなかった。むしろ随分と揶揄いがいのある人物だ。
あの厳格な公爵ですら、その目にうっすらと涙の膜を張ってレギュラスの心変わりを心底喜んでいたし、先日はアッヘンヴェルバッハ公爵自ら息子の性格矯正に対して嬉しい言葉を貰ったばかりだが、素直に受け取れず上辺だけで返事したばかり。
(正直、俺とケルヴィンは極々普通の家庭教師レベルな事しかやってないんだけどなー)
グレンは泣きじゃくるエリアスの背を優しく撫でる。
(ほんと、レギュラス様は妹君や弟君になにをやらかしたんだ? うーん……あとで調べるか)
レギュラス様教えてくださらないし、エリアス様はこんな状態だし。第三者に聞くか。グレンはそんなことを考えながらレギュラスの部屋の戸を開けた。
「レギュラス様ーー!!」
「うっわ! 突然開けないでノックして下さいよ!! マナーですよマナー!」
「あっはっは! すみません!」
シュベルツはバクバクとなる心臓を押さえて、グレンの方を向く。するとその腕に抱えられた少女の存在に首を傾げた。蹲り、ぐずぐずと泣く可憐な少女。
「あ、えと。エリアスちゃん? なんで泣いて……まさかグレン、彼女に何かしたのか!?」
「いやいや、俺はなにも。と言うよりレギュラス様の方がやらかしたんじゃないですか?」
「へ? 俺ぇ?」
「心当たりは?」
「いえ、全く。というか、俺彼女と接点ないですし」
ちんぷんかんぷんだとシュベルツは手にしていた編み棒を手放して立ち上がった。
「実はエリアス様がこれを拾って下さっていたんで、届けにきたんです。ね、エリアス様」
エリアスからの返事はなく、グレンは手にしていたうさぎの編みぐるみをレギュラスに手渡した。
「あ! これ! ど、どこで拾ったんですか!?」
「どこだったか階段下だそうですよ」
「この子階段から落ちた時に、失くしてたんですよ!」
「階段から落ちたって……レギュラス様、お怪我は?」
「ああ……脂肪が守ってくれたので大丈夫です」
「ふむ……なるほどっ!」
シュベルツはあえて受け身をとったことは言わなかった。敢えて言わなかったのだ。グレンとの度重なる訓練の成果だと言いたくなかったのだ。
グレンは未だに揺れるレギュラスの腹に視線を向ける。その表情は笑ってはいたが、その目が笑っていなかったのをシュベルツは知っている。
「そうか、君が拾って持っていてくれたのか。ありがとう、エリアス」
シュベルツはエリアスの頭の上に手を乗せると、優しい手つきでその柔らかな髪と共に頭を撫でた。
エリアスは伸ばされた手にぎゅっと身を縮籠めるが、撫でられていることに困惑し俯かせていた顔をゆっくりと上げて目を見開いた。なんせあのレギュラスが自分に笑いかけ、あまつさえ優しく撫でているなんて。
その信じられない光景に、エリアスは、自分は夢でも見ているのではないかとレギュラスを凝視してしまった。
この人がこんな屈託のない笑みを浮かべるなんて、知らない。まるで、まるでこれでは別人のようで、エリアスは震える涙声で問い掛けた。
「お、おこらないの、ですか?」
「怒る? どうして?」
「だってわたし、お兄様の私物にさわってしまったのですよ?」
「怒らないよ。君は俺の落とし物を拾ってくれたんだから。寧ろ失くしたと思っていたものが見つかったんだ。お礼を言うのは俺のほうさ」
「怒鳴らないのですか? な、殴らないのですか?」
「えぇ? そんなことしないよ」
「……どうして?」
エリアスは再び大粒の涙を流し始める。静かに、一つ一つ綺麗な涙を落としていく。白い肌だから赤くなった目元や鼻頭がとてもよく目立つ。シュベルツはハンカチを取り出してエリアスの頬を伝う涙に当てた。
「ほら、涙を拭いて」
エリアスはハンカチを受け取り、涙を拭う。
「……まるで、夢を見ているようで……お兄様がこんなにお優しいだなんて」
エリアスはグレンの胸の縋り、わんわん泣き始めた。全く泣き止まない少女にグレンとシュベルツは困惑し、なんとか泣き止まそうとあれやこれやと手を尽くすが、泣き声を聞き付けた侍女長が駆け付けてくるまであと数分。




