10
降誕祭は一日、二日目と過ぎていくばかり。二日目は王城で盛大な催しがあったようだがシュベルツは屋敷にてお留守番。食事や適度な運動をする以外は課題として渡された本と睨めっこ。
まだ数十ページしか読めてはいないが本の内容をシュベルツは大層気に入っていた。遠い異国のお伽噺。ケルヴィンさんにしては珍しいと、ホクホクした気持ちで読み進めているとグレンが抜き打ちで様子を見にやって来た。
「あれ、その本……」
「グレンさん、知っているんですか?」
「ええ。まぁ。でもこれ、改訂版ですね」
「そうなんですか?」
「そうですよ。どこまで読みましたか?」
「50ページ程度は」
「読むのおっそ! じゃあ、『双子のメットバッハ』は読みましたか」
「……そりゃ、まぁ」
「改訂版だと双子は手を取りあって国を治めました、めでたしめでたしですけどね。原本だと続きがあって、弟が兄を殺すんです。それでその罪を敵国の仕業と擦り付け聖戦を開戦。それから……ああ、そう『願いを叶える聖杯』に続くんです」
「願いを叶える、聖杯?」
「ええ、『双子のメットバッハ』『願いを叶える聖杯』『閉じ込められた主』『幻の青い月』と繋がるんですよ」
「へぇ」
「でね、原本だとどの物語も結構な頻度で登場人物が無残な死を遂げているんですよね!」
「今それ言う必要ありましたか??」
聞かなきゃよかったとシュベルツはげんなりと肩を落とす。
「でもなぁ、『幻の青い月』だけは他と違って微妙な終わり方なんだよなぁ」
「俺、まだ読んでないんですけど」
「美しい湖の乙女が月が欲しいと毎晩泣いて、彼女の願いを叶えようと何人もの男が月を捕らえようとするんですよ。けど誰一人として月を捕らえることができない」
「ねえグレンさん! 待って聞いて! 俺、まだ、読んで、ないっ!! そこまで読めてないですってっば!」
「それでね、どの男も諦めた時に一人の男が言うんだよ。自分ならば月を捕らえることができるんだって。まあその男は双子のメットバッハの死んだとされる兄なんだけど」
「唐突に最大のネタバレ?!」
「本当は生きていたのか、それとも死後の世界の話しなのか……まぁ御伽話だからね。新月の晩に男は湖に浮かび上がる月を掬い取って乙女に捧げると、乙女は月を受け取り、男に永遠を誓って、月を空高くへと投げ捨て男と共に湖に沈んだってとこで終わり」
「貰った月捨てちゃったんかいッ!!」
「そーなんだよ。で、その月ってのが十年に一度現れる互いの月だと、この本が書かれた国ではそう言い伝えられているんですよ」
「へぇー」
「来年が丁度、互いの年になるから楽しみですね。しかも百年に一度の双色だから尚のことだよ。来年はお祭り騒ぎだ」
グレンは話のネタバレをした後に、「じゃあ帰るからまた今度」と、あっという間に部屋を後にしてしまう。あの人は本当に嵐のような人だとシュベルツは肩を落として、再び本の翻訳に取り掛かった。
『互いの月』。それは十年に一度だけ夜空に月が二つ現れる年のこと。
そして『双色』とは月の色を意味する。通常の月の色は白く輝きを放つが、百年に一度だけ互いの月の色が赤と青に染まりあがる現象。
双色は別名『紫の帳』とも呼ばれている。
「願いを叶える、聖杯……か」
シュベルツはその話に目を通し、そんなものが本当にあるのならばそれが欲しいと思った。それがあれば元の身体に戻れるかもしれないから。だが所詮はお伽噺。
そんなものなどある筈がない。
シュベルツは静かに本を閉じた。
***
降誕祭の三日目は家族団欒で過ごすものとされ、アッヘンヴェルバッハ家の者は全員居間に集まり、義母と双子の兄妹は話に花を咲かせ、その横でロードンは小難しい本のページを捲っている。
時折相槌も打っているようで。一方シュベルツは家族とは距離が開いた場所でもくもくと紅茶を飲み、ロードンと同じく本をのページを捲っていた。
だがそろそろ本にも飽きてくる。シュベルツは傍で控えているケルヴィンに声をかける。
「ケルヴィンさん」
「どうした?」
「部屋から編み物の籠持って来てもいいですか? っていうか、部屋に戻ってもいいですか?」
「……お前なァ」
「だって俺がここに居る意味ってありますか? ないですよね?」
「ないな」
「ほらぁ」
ならいいじゃないかと思ったが、伝統だからとダメ出しを喰らう。
「籠を持ってくることは許可してやる。さっさと行くぞ」
「あ、はい」
シュベルツはケルヴィンの後に続いて一旦居間を後にした。部屋に戻り、編み物道具が入った籠を手にして戻る際。シュベルツは階段で盛大にこけた。
ケルヴィンは突然横から巨体が転げ落ちていく様を見せられ、随分ギョッとしてから慌ててシュベルツに駆け寄った。
「なにやっているんだ……この愚か者」
心配しているというよりもドン引きしているような声がかかる。
「いったぁ……、いってぇ……これ絶対頭にたんこぶ出来ましたって。ここ、ここです凄く痛い」
「なんの主張だ」
「いだだだだッ!」
ケルヴィンはシュベルツが痛いと主張する頭部を強く掴んだ。
前回のオーバーワークの一件で不調があればすぐに報告する様に言われたから報告したのに、何故追い打ちを喰らったのか。シュベルツは、これはおかしいと異議申し立ての文章を後に綴った。
「あっ! 毛糸が! 編み物が!!」
手に持っていた筈の籠から網掛けの編み物や、丁寧にまいた毛糸玉が階段下で散乱しており、通りかかった侍女が既に拾い集めてくれていた。
「わあ、拾って下さってありがとうございます!」
「え、ええ。当然のことで御座いますとも、レギュラス様」
侍女は引き攣った笑みを浮かべ、籠をシュベルツに手渡す。あのレギュラスが他人のしかも自分より身分の低い者に礼を言うなんて。侍女の全身に鳥肌が立ち、普段よりも十数倍素早い足取りでその場を後にした。
「おい、一応医者に診てもらった方が」
「あ、大丈夫です一応受け身をとったので」
「……受け身」
ケルヴィンは額を手で押さえていた。眉間の皺もいつもより三割増しだ。あの転がり様で受け身をとっていたことがケルヴィンにとっては信じ難く。けれど横を歩くレギュラスあ現にピンピンしている。
足を挫いたなどはなさそうだ。
「グレンさんにいつも投げ飛ばされていますから」
「なるほど、分かった」
二人は目からハイライトを消し、今はこの場にいないグレンの無茶ぶりを思い出していた。
「そう言えば、ケルヴィンさんとグレンさんって友達なんですか」
「…………はっ?」
「いつも仲いいですもんね」
「はあ? 誰と誰が仲いいだって?」
「ケルヴィンさんとグレンさんが」
「私はアイツが嫌いだ」
「えっ! そうなんですか!?」
「昔からグレンの奴なんざ大嫌いだとも」
大嫌いだという割には普段の接し方は普通に仲が良さそうに見えていた為、シュベルツは顎に手を当てて首を傾げる。
「私は大人だ。私情を挟むつもりがないだけだ」
ケルヴィンはそれだけ言って居間の扉を開く。
シュベルツはそうか、大人だもんなと一人納得した。なんせ社会で生きていくには周囲と合わせる必要性があるのだ。シュベルツだって工場で働いていた時に苦手な上司がいたもんだ。
居間に戻れば妹のエリアスが居ない。けれど少し経てば戻って、再び話に花を咲かせ始めた。
シュベルツはその話声を聞きながら手元を動かして編み物を始めた。
「私の大切な天使たち、少しだけ待っててね。ロードン、行きましょう」
「ああ」
カレンティアはジークとエリアスを一度抱き締めると、ロードンと共に部屋を去る。
「ケルヴィンさん」
「なんだ」
「あの二人はどこに?」
「……プレゼントを取りに行っているだけだ」
「プレゼント」
ああ、そうか。降誕祭だから子どもたちに物を送るのか。シュベルツが兄妹を盗み見れば、ジークはこっちを凄い目で睨んでいた。
(こっわ!)
シュベルツは直ぐ様視線だけではなく顔まで勢いよく逸らし、見なかったことにした。
ロードンとカレンティアは侍女に荷物を持たせて戻ってくると、早速ジークとエリアスに物を送っていた。
その光景に、故郷の家族のことを思い出す。
思い出すとやるせなくばかりで、自然と頭を垂れてしまう。手に拳をつくり手のひらに爪が食い込もうと、筋が浮かび上がろうと頑なに力強く握り締める。
見せつけられる家族の姿にシュベルツは歯を食いしばった。
「レギュラス」
違う、俺はレギュラスじゃない。俺は、おれは。
「レギュラス。おい、返事をしないか」
「えっ……」
シュベルツは咄嗟に頭を開ければ、ロードンがこちらを見ていた。ロードンだけではなく、カレンティアもジークもエリアスも、部屋にいた侍女や執事、ケルヴィンまでシュベルツを見ていた。
「は、はい……っ!」
向けられた全員の視線に戸惑いながら、シュベルツは勢いよく立ち上がり返事をする。ロードンはシュベルツの前に立つと、一つの箱を差し出した。
「お前にこれを送ろう」
「え、あ。これを、俺に……ですか?」
「そうだとも。さぁ、受け取りなさい」
「ですが、俺にはそんな資格……ありません」
父から子への贈り物。家族の絆。父ロードンが、実子であるレギュラスに送るものを、どうして俺なんかが受け取れようか。シュベルツは首を横に振った。
ロードンは我が子の言葉に耳を疑った。
後ろではカレンティアたちも顔を見合わせて困惑している。
「何故だ?」
「俺は、貴方の子として……相応しくありません」
本当ならば貴方の息子じゃないと言い放ちたかったが、口が不自然に縫い付けられてしまう為、慎重に言葉を選んだ。
確かにこの身は間違いなく貴方と血の繋がった息子であるが、心が違う。魂が違う。
歩んできた道が何もかも違う。
「レギュラス。顔を上げなさい」
「……?」
いつの間にか俯いていた頭を上げ、ロードンの顔を見る。
「お前を領地に送った日からお前に関する報告は随時私に届いている。知っているな?」
「……はい」
「正直な所、こうやって今のお前の姿を見せられるまで報告書を疑っていた。なんせこれまでが惨憺たる有様だったからな。だがな、今、ようやっと確信したよ」
ロードンはレギュラスの肩を優しく、けれど力強く掴むと、その険しい表情を和らげた。こんな厳格そうな人でもこうやって笑うのだとシュベルツは驚くも、次の言葉に心は耐えられなかった。
「レギュラス。この八ヵ月間よく頑張った。よくぞ心を入れ替えた。見違えたぞ。我が息子よ」
「……ッ!!」
シュベルツは言葉を失くし、再び俯く。すると涙腺はほどなくしてゆるみ、ぽたりぽたりと大粒の涙を落とし始めた。
実の親でも子の中身は分からないものなのか。シュベルツはただただ絶望に打ちひしがれた。流れる涙を拭うこともせず、抱き寄せられた父の腕の中に大人しく立ち竦む。
シュベルツが何をしても、我武者羅に足掻いたところでそれらすべての功績は肉体の持ち主であるレギュラスの評価になってしまう。これがどれ程無意味なことだろうか。
心を入れ替えたんじゃない、本当に心が、中身が入れ替わっているんだ。別人なんだ。
シュベルツは知らない。レギュラスと言う男がどれほどの人物だったかなんて知らない。
シュベルツの手にはロードンに押し付けられるように渡された贈り物が納まっている。それを落ちないよう手に引っ掛けて自室へと戻る。椅子に腰かけ、ドッと疲れを感じているとケルヴィンは自身の顎に手を当て、口を隠しながら呟く。
「正直、驚いたな」
「……何が、ですか?」
シュベルツは訝しげにケルヴィンを見上げる。
「お前がそんな風に考えていたことにだ」
「……?」
「公爵の息子として相応しくない、と」
「……ああ」
そんなことか。シュベルツは視線を下に戻す。当然だろうに実の息子ではないのだから。
「――『ナキは言い放つ、人の本質ほど真に見抜ける者はいない。例えそれが血の繋がった縁者でも』」
「ん。ドナードの審判か」
「……はい」
「そんな一節を引用して何が言いたい」
「別に」
「……いいだろう。だがな、私から言えることは、公爵を失望させるな。それだけだ……分かったな」
「……はい」
ケルヴィンは酷く落ち込んだ様子のレギュラスを残し部屋を後にした。
降誕祭も無事終わった翌日、翌々日とシュベルツは体調がすぐれないと言い部屋から出ることを拒否した。食事も部屋に運ばせ、一人でとっている。
タウン・ハウス滞在もあと四日だけ。レギュラスは横に並び立つ人物に視線を向ける。
「……なんでグレンさんがいるんですか」
シュベルツは随分とぶすくれていた。一方グレンは満面の笑みを浮かべている。
「ケルヴィンの奴に急用が入ってしまって、今日からは俺がレギュラス様のみはり、間違えたお目付け役って訳ですよ。レギュラス様」
「はぁ、そうですか。じゃあ俺部屋で休んでいるので」
「なーに言っていらっしゃる! 身体を動かしましょうよ! ね、ね、ね?」
「一人で出来る柔軟体操は一通りやったので間に合ってます」
「俺が体を動かしたいんですー! お願いですレギュラス様、数時間だけ付き合って下さい!」
「ええー」
なんじゃそりゃ。レギュラスはあまりにしつこいグレンについぞ折れ、渋々と部屋を出て広い部屋に移動した。
「組み手と、剣術、筋力トレーニング……どれやりますか?」
では早速とグレンは木刀やトレーニング用の道具を見せびらかしてくる。
「あんまり動かない奴で」
「じゃあ組み手ですね! いっきますよー!」
グレンは手にしていた小道具を全て放り出し、いざ尋常に勝負と掴みかかってきた。
今日のグレンさんは妙に元気溌剌で容赦がなかった。なんだろ受け身だけが上手くなっていく気がする。
「いやぁ、今のフェイントはなかなか巧かったですよ」
「グレンさん本当に強すぎじゃないですか?」
「そりゃあ日頃から鍛錬してますからね。いやぁ、久々にまともな運動しましたよ。ここ最近ジッとしているだけだったもので」
「そう言えばグレンさんって今まで何やってたんですか」
「あー。実は俺、一応良い所の出なもんで、色々あるんです。もう降誕祭なんてずっと立ちっぱなしで、顔なんてこーんなに口角垂れ下げて大変だったんですよ。もー本当に」
「へぇ」
「あれ? 興味なさげですね」
「だって深く聞いても答えてはくれないんでしょ? なら無駄かなって」
「そりゃ、まぁ。そうですけど」
「なら、いいじゃないですか」
シュベルツは情けなく笑う。シュベルツはここ数日、自身の方針について深く深く考えた。
現在の状況から屋敷を抜け出すことはどう足掻いても出来ないことは明白で、取り敢えずは一年間の更生学習計画なるものを実行し周囲に認められるだけの実績をつくること。
晴れて外出許可が出れば、シュベルツの身体に入った本物の『レギュラス』を探し出してやろうとも考えている。
当時はよく考えもしなかったが、今思い出してみれば色々おかしな点が存在した。あまりにも不自然すぎる。どうして本物の『レギュラス』が自分に会いに来ないのか。治療費と口止め料だけ貰い引き下がったこともおかしい。
もしかしたならば『レギュラス』は、この入れ替わりを事前に知っていたのではないか、いいや寧ろ奴こそがこの入れ替わりの元凶なのではないのか。
そう考えだしたら切りがなかった。
領地にて監禁生活をおくることを知らされた『レギュラス』は、当然嫌がっただろう。
他人である自分でさえこの生活は正直辛い。
(レギュラスは俺を、身代わりにしたんだ)
一体絶対どんな方法で身体が入れ替わったのかは分からない。けれど、そうとしか考えられなかった。タイミングがタイミングだ。
平民の身体を乗っ取って、きっと今頃は自由を謳歌しているのだろう。
元凶じゃないにしても監禁生活から逃れ、自由に味を占めて逃亡した可能性も僅かながらに考えもしたが、納得できない。
そうだとしても到底許せることはできないと、シュベルツは拳を強く握る。
(レギュラスが話に聞く通りの奴なら、きっと。俺の家族は……ッ)
怒りが沸々と湧き上がる。
奴が今どこで何をしているのかは分からない。けれど、けれども、一つだけ分かることがあるとすれば、『レギュラス』はシュベルツの人生を無茶苦茶にしただけではなく、大事な家族まで巻き込んだ。
それだけはなによりも許せなかった。
『レギュラス』のことだ、家族に仕送りなんてことをするわけがない。
シュベルツが汗水流して朝から晩まで働いた金銭も、奴の手に渡り湯水の如く使われてしまった可能性が高い。
全ては憶測の域でしかないが、それでもならばなぜ奴はここを訪ねてこないのか。
それが全ての答えであるとシュベルツは確信した。
(俺は、絶対に、何をしてでも家族のもとに帰るんだ――!)
激しい怒りを覚悟に変えて、シュベルツは決意を新たに固める。
「レギュラス様?」
「なんですか、グレンさん」
「何かありましたか?」
「いいえ、別に。もう部屋に戻りましょう。汗を流したいんです」
「……そうですか。そうですね!」
付き合って下さってありがとうございます。グレンがにこやかに言いながら部屋の扉を開けてくれる。途端、開いた扉の奥から小さな子供が勢いよくグレンに抱き着いた。
フリルとレースをふんだんに使ったスカートを揺らして、少女は満面の笑み浮かべている。
「グレン!」
「わっ、エリアス様」
「グレン、グレン! 会いたかったわ! どうして屋敷にきたのにわたしに会いに来て下さらなかったの? グレンがきてるって聞いて、わたし居ても立っても居られなかったのよ? 先日もいらしたと聞いてわたしがどれだけ悲しかったか……屋敷にいるのなら、少しだけでもいいの。わたしにグレンのお顔を見せて下さいな」
「えーっと、エリアス様。落ち着いてください。俺の仕事はレギュラス様のお目付け役ですので」
「でも、わたし、グレンに会いたかったの。本当なのよ」
「ありがとうございます。エリアス様」
「ねぇ、グレンは? グレンはわたしに会いたかった?」
「それは、勿論ですとも」
「ふふっ、とってもとってもうれしいわ」
シュベルツはギョッとしてその場で固まり、二人の様子を眺めているしか出来なかった。
「申し訳ございませんが、エリアス様。俺は今仕事中ですので、失礼させて頂きますね」
「えっ? ぁ……」
エリアスはグレンの言葉に首を傾げ、視界の端に佇むレギュラスの姿を見つけてしまった。
途端に少女はその表情から笑みを消し、サッと血の気が引いてみせる。口元に手を当て、小さく息を呑むと、後ろに後ずさった。
「ぁ……レギュラ、ス……お、にいさまっ」
「え、あ。こ、こんにちは~」
「わ、わたしっ、用事を思い出しましたわっ! グレン、またあとで」
震えた声でエリアスがレギュラスの名を呼んだ。
それに対してシュベルツが困ったように笑いながら挨拶をする。エリアスはビクリと肩を揺らし声をかける隙もなく身を翻すと、そのまま走り去ってしまう。侍女は慌ててエリアスを追い掛けた。
「見事な嫌われっぷりですね、レギュラス様」
「そりゃ、どうも」
「で、一体全体何を彼女にやらかしたんですか?」
「俺の記憶にはございません」
シュベルツは肩をすくめ、しれっとした表情で返事をした。本当に知らないんだから、しょうがないじゃないか。それにしてもあの怯えよう、一体全体なにがあったのか。多少は気になるが、将来はこの家を出ていく身、深く詮索することはやめておこう。
シュベルツは部屋に戻るなりさっさと汗を流した。




