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組織せよ (一九四三年十一月二十九日)

 これは、毛沢東同志が陝西・甘粛・寧夏辺区の労働英雄招待大会でおこなった演説である。



 きょう、共産党中央は、陝西シャンシー甘粛カンスー寧夏ニンシァ辺区の農民大衆と工場、部隊、機関、学校から選ばれた男女の労働英雄、および生産面での模範活動家を招待しているが、わたしは党中央を代表して少しばかり話したい。わたしが話そうとおもっていることを一口にいえば、「組織せよ」ということである。辺区の農民大衆および部隊、機関、学校、工場の大衆は、中国共産党中央西北局が昨年の冬に招集した高級幹部会議の決議にもとづいて、この一年間生産運動をおこなってきた。この一年間の生産は、あらゆる面で大きな成果をあげ、大きな進歩をとげ、辺区の面目はこのため一新した。高級幹部会議の方針が正しかったことは、すでに事実によって完全に立証されている。高級幹部会議の方針の主眼は、大衆を組織すること、あらゆる民衆の力、あらゆる部隊、機関、学校の力、あらゆる老若男女の一人まえまたは半人まえの労働力を、可能なかぎりもれなく動員し、組織して、一大労働部隊をつくりあげることにある。われわれには戦争をする軍隊もあれば、労働をする軍隊もある。戦争をする軍隊としては、八路軍、新四軍があるが、この軍隊がまた、一面では戦争、他面では生産という二つの役目を果たすのである。われわれにこの二つの軍隊があれば、またわれわれの軍隊にこのふたとおりの能力があるうえ、さらに大衆活動をおこなう能力が加われば、われわれは困難にうちかち、日本帝国主義をうちたおすことができる。辺区の昨年までの生産運動はまだ成果がそれほど大きくなく、それほどいちじるしくなく、上述の点を完全に立証するには十分でなかったとすれば、ことしの成果はこの点を完全に立証している。これはみんながその目でみているとおりである。

 ことし、辺区の軍隊は、土地のあるところでは、兵士一人あたり十八華畝①の土地を耕作し、食べるものでは野菜や肉や油、着るものでは綿入れやジャケツ、くつや靴下、住むためには洞窟どうくつや家、会議するためには大小の講堂、日常つかうものでは机や椅子や腰かけ、紙や筆や墨、たくものではたきぎや木炭や石炭など、ほとんどすべてを自分でつくり、自分でまかなえるようになった。われわれは、自分で労働するという方法で、衣食の充足という目的をたっしたのである。一人ひとりの兵士は、一年のうち三ヵ月間生産に従事すればよく、あとの九ヵ月の時間は訓練と戦闘に従事することができる。われわれの軍隊は、その給与を国民党政府からも受けず、辺区政府からも、民衆からも受けずに、完全に軍隊自身でまかなえるようになった。この創造は、われわれの民族解放事実にとって、どんなに大きな意義をもっていることか。抗日戦争六年半のあいだ、敵は各抗日根拠地で、焼きつくし、殺しつくし、奪いつくすという「三光」政策を実行しているし、陝西・甘粛・寧夏辺区は国民党からいくえにも封鎖され、財政的にも経済的にも非常に困難な地位におかれているのだから、われわれの軍隊がもし戦うことしかできないとすれば、問題は解決のしようがない。いまでは、われわれの辺区の軍隊はすでに生産を習いおぼえており、前線の軍隊も、一部はすでに習いおぼえ、他の部分はいま習いはじめている。勇敢でよく戦うわが八路軍、新四軍の全部隊の一人ひとりが、戦争をすることもでき、大衆活動をすることもできるばかりでなく、さらに生産もできるようになりさえすれば、われわれはどんな困難をもおそれることはなくなり、孟子がいったように「天下無敵」〔1〕となるであろう。われわれの機関、学校も、ことしは大きく前進し、政府からは経費のごく一部を支給してもらうだけで、大部分を自分たちの生産で解決している。昨年はまだ野菜を五〇パーセントしか自給できなかったのが、ことしは一〇〇パーセント自給できるようになり、豚、羊の飼育によって食肉が大幅にふえ、また日用品を生産する作業場もたくさんつくられた。部隊、機関、学校が物質上の問題を全部あるいは大部分自分で解決したので、民衆から税金として徴収する分がすくなくなり、民衆にとっては、生産したもののうちで自分の需要にあてる分が多くなった。軍隊と民衆はともに生産を発展させ、衣食の充足ができるようになって、みんながよろこんでいる。さらに、われわれの工場では、生産が発展し、持藤が摘発され、生産の能率も大いにあがった。全辺区にわたって、数多くの農業労働英雄、工業労働英雄、機関、学校の労働英雄がうまれ、軍隊のなかにも数多くの労働英雄がうまれ、辺区の生産は軌道にのったといえる。これらはすべて大衆の力を組織した結果である。

 大衆の力を組織すること、これが一つの方針である。ほかにこれと反対の方針はないだろうか。ある。それは、大衆観点に欠け、大衆にたよらず、大衆を組織せず、農村、部隊、機関、学校、工場の広範な大衆を組織することに心をそそがないで、ただ財政機関、供給機関、商業機関の小部分の人を組織することにだけ心をそそぐこと、経済活動を広範な運動、広範な戦線とみなさないで、ただ財政の不足をおぎなうための臨時的手段とだけみなすことである。これがもう一つの方針であり、あやまった方針である。陝西・甘粛・寧夏辺区には、過去にこのような方針があったが、何年かにわたって正してきたので、とくに、昨年の高級幹部会議とくとしの大衆運動をへてきたので、いまではもうそのようなあやまった考え方をしている人はあまりいないだろう。華北、華中の各根拠地では、戦争がはげしくおこなわれていることや指導機関の注意不足もあって、大衆的な生産運動はまだ広く展開されていない。しかし、党中央の今年十月一日の指示〔2〕が出てからは、各地方とも、来年の生産運動をおこす準備をしている。前線の条件は、陝西・甘粛・寧夏辺区よりももっと困難であり、きびしい戦争がおこなわれているばかりでなく、一部の地方ではきびしい災害にみまわれている。しかし、戦争を支援し、敵の「三光」政策に対処し、災害の救済をするためには、一方で敵に打撃をくわえ、他方で生産をおこなうよう、党、政府、軍隊、人民を全部動員しなければならない。前線での生産については、これまでの数年間にすでにいくらか経験をつんでおり、それにことしの冬の思想的準備、組織的準備および物質的準備が加われば、来年は広範な運動がまきおこされるであろうし、また、広範な運動をまきおこさなければならない。前線は戦争という環境におかれているので、まだ「衣食の充足」とまではいかないが、「自分で労働して、困難を克服する」ことは、完全にできることだし、またぜひそうしなければならない。

 いま、われわれが経済面で大衆を組織するもっとも重要な形態は協同組合である。われわれの部隊、機関、学校の大衆的な生産に、協同組合という名まえをむりにつける必要はないが、集中的指導のもとで相互援助と共同労働の方法によって、各部門、各組織、各個人の物質的需要をまかなうこのような大衆的な生産活動は、協同組合の性質をもっている。これは一種の協同組合である。

 農民大衆についていえば、かれらのあいだで何千年らいつづいてきたのは、一家族一世帯を一つの生産単位とする小私有経済であった。このような分散的な小生産こそ封建支配の経済的基礎であって、農民を永遠の貧困におとしいれてきたのである。このような状態を克服する唯一の方法は、しだいに集団化することであり、集団化を達成する唯一の道は、レーニンがいっているように、協同組合〔3〕の道をへることである。辺区では、われわれはすでに数多くの農民協同組合を組織しているが、それらはいまのところまだ初級形態の協同組合であって、将来、ソ連式のコルホーズとよばれる協同組合に発展するには、なおいくつかの発展段階をへなければならない。われわれの経済は新民主主義的なものであり、われわれの協同組合はいまのところまだ小私有経済を基礎として(私有財産を基礎として)つくられた集団的労働組織である。これにもまたいくつかの型がある。その一つは「変工隊」「扎工隊」のような農業労働の相互援助組織〔4〕であって、以前、江西チァンシー省赤色区域で労働互助社、または耕田隊〔5〕とよばれ、現在も、前線の一部の地方で互助社とよばれている。その名称がなんであるかをとわず、一単位の人数が何人、何十人、何百人であるかをとわず、一人まえの労働力だけからなるものか、半人まえの労働力も参加するものであるかをとわず、相互援助が、労力、役畜、用具によるものか、農繁期に食事や宿泊まで集団的にするものであるかをとわず、またそれが臨時的なものか、永久的なものであるかをとわず、要するに、大衆が自由意志で参加する(けっして強制してはならない)集団的相互援助組織でさえあれば、それはよいものである。このような集団的相互援助のやり方は、大衆が自分で発明したものである。まえに、われわれは江西省で大衆の経験をまとめたが、こんどはまた陝西省北部でこのような経験をまとめた。昨年の高級幹部会議の提唱とことし一ヵ年の実践によって、辺区での労働の相互援助は大いに系統化され、いっそう発展してきた。ことし、辺区では数多くの変工隊が集団的な耕作、除草、収穫をおこない、収穫高は昨年の二倍にふえた。大衆がこのような大きな実績をみたので、来年はもっと多くの人びとがこのやり方を実行するにちがいない。われわれはいまのところ、全辺区の何十万という一人まえおよび半人まえの労働力が、来年一ヵ年のうちにみな協同組合に組織されるとは期待していないが、ここ何年かのあいだにはその目的をたっすることはできるであろう。婦人大衆も一定量の生産に参加するよう全部動員しなければならない。のちくら者はすべて生産に参加させ、まじめな人間になれるよう改造しなければならない。華北、華中の各抗日根拠地では、大衆の自由意志を基礎として、このような集団的相互援助の生産協同組合をひろく組織すべきである。

 このような集団的相互援助の農業生産協同組合のほかに、なお三つの形態の協同組合がある。それは、延安イェンアン南区協同組合のような、生産、消費、輸送(塩の搬出)、信用の協同化を包括した、総合的な協同組合と、輸送協同組合(塩の輸送隊)および手工業協同組合である。

 人民大衆のこの四種類の協同組合、および部隊、機関、学校の集団労働の協同組合があるので、われわれは大衆の力を一大労働部隊として組織することができる。これは、人民大衆が解放をかちとるのにかならずへなければならない道であり、貧困から富裕に変わるためにかならずへなければならない道であり、また抗戦勝利のためにかならずへなければならない道である。共産党員はだれでも、大衆の労働を組織することを習得しなければならない。知識層出身の党員もそれを習得しなければならず、決意さえあれば半年か一年で習得することができる。かれらは大衆が生産を組織し、大衆が経験をしめくくるのをたすけることができる。われわれの同志が大衆の労働を組織することを習得し、農民をたすけて戸別生産計画をつくり、変工隊、塩の輸送隊、総合的な協同組合を組織すること、軍隊の生産、機関、学校の生産、工場の生産を組織すること、生産競争を組織し、労働英雄を表彰し、生産展覧会を組織し、大衆の創造力と積極性を発揮させることを習得するなら、それに、ほかのさまざまの能力も加わって、われわれはかならず日本帝国主義をおいだすことができ、かならず全国の人民と力をあわせて、新しい国家をうちたてることができる。

 われわれ共産党員は、どんな問題においても、大衆と結びつくことができなければならない。もし、わが党員が、一生涯、家のなかにとじこもって外に出ず、風雨にもさらされず、世間を知らないとしたら、そうした党員は中国人民にとっていったいなんの役にたつだろうか。なんの役にもたたないし、われわれはそのような人間を党員にしておく必要はない。われわれ共産党員は風雨にさらされ、世間を知るべきである。この風雨とは大衆闘争という大風雨、この世間とは大衆闘争という大世間である。「靴なおしも三人よれば諸葛孔明の知恵」というのは、つまり大衆には偉大な創造力があるということである。中国人民のあいだには、じっさいに何千何万という「諸葛孔明」がおり、どの村、どの町にも、それぞれ「諸葛孔明」がいる。われわれは大衆のなかにはいり、大衆から学び、かれらの経験をまとめ、これをよりよい系統だった道理と方策にして、ふたたび大衆に知らせる(宣伝する)とともに、大衆がそれを実行して、かれら自身の問題を解決し、解放と幸福をかちとるようよびかけるべきである。もし、地方活動にあたっているわれわれの同志が、大衆から浮きあがり、大衆の気持ちを理解せず、大衆が生産を組織し生活を改善するのを援助できないなら、また、かれらに救国公糧を要求することだけを知っていて、まず九○パーセントの精力をさいて大衆の「数民私糧」の問題の解決を援助してやれば、あとは一〇パーセントの精力をさくだけで救国公糧の問題は解決できるということを知らないなら、それこそ国民党の作風にそまり、官僚主義のほこりにまみれているのである。国民党は民衆から物をとりたてるだけで、民衆になに一つあたえはしない。わが共産党員もそうであるなら、そうした党員の作風は国民党の作風であって、その顔には官僚主義のほこりがたまっており、お湯でもつかってきれいに洗いおときなくてはならない。どの抗日根拠地の地方活動にも、このような官僚主義の作風があり、大衆観点に欠けているために大衆から浮きあがっている同志が一部いるとおもう。大衆と親密に結びつくには、このような作風を断固として克服しなければならない。

 このほかに、われわれの軍隊活動には、軍閥主義の作風があるが、これもやはり国民党の作風である。なぜなら、国民党の軍隊は大衆から遊離しているからである。われわれの軍隊は、軍隊と人民の関係でも、軍隊と政府の関係でも、軍隊と党の関係でも、将校と兵士の関係でも、軍事活動と政治工作との関係でも、幹部相互の関係でも、正しい原則をまもるべきであり、けっして軍閥主義の欠陥におちいってはならない。上官は兵士を愛護すべきであり、かれらに無関心であってはならないし、体刑をくわえてはならない。軍隊は人民を愛護すべきであり、人民の利益をそこなってはならない。軍隊は政府を尊重し党を尊重すべきであり、独自性を主張してたてついてはならない。わが八路軍、新四軍は人民の軍隊であって、従来もりっぱであったし、現在もりっぱであり、全国の軍隊のなかでもっともりっぱな軍隊である。ところが、近年らい、たしかに一種の軍閥主義的な欠陥がうまれており、軍隊活動をしている一部の同志は傲慢ごうまんさが身につき、兵士にたいし、人民にたいし、政府にたいし、党にたいして横柄にふるまい、地方活動をしている同志をせめるだけで自分をせめようとせず、成績をみるだけで欠点はみようとせず、お世辞をききたがるだけで批判はききたがらない。たとえば陝西・甘粛・寧夏辺区には、このような現象があった。昨年の高級幹部会議と軍政幹部会議をつうじ、またことしの旧正月の擁政愛民運動と擁軍運動をつうじて、このような傾向は基本的には克服されたものの、まだいくらかのこっており、ひきつづき克服しなければならない。華北、華中の各根拠地にもこのような欠陥があり、そこの党および軍隊はこうした欠陥を克服するよう注意しなければならない。

 地方活動における官僚主義の傾向にしても、軍隊活動における軍閥主義の傾向にしても、その欠陥の性質はおなじで、大衆から浮きあがっていることである。われわれの同志の圧倒的多数はよい同志である。欠陥のある同志であっても、批判をくわえ、あやまりを指摘しさえすれば、あらためさせることができる。だが、かならず自己批判をおこない、あやまった傾向にまともに目をむけ、それをまじめにあらためなければならない。地方活動において官僚主義の傾向を批判せず、軍隊活動において軍閥主義の傾向を批判しないならば、それは国民党の作風をのこしておこうとするものであり、官僚主義のほこりや軍閥主義のほこりを自分のきれいな顔にのこしておこうとするものであって、よい党員とはいえない。われわれが地方活動において官僚主義の傾向をすてさり、軍隊活動において軍閥主義の傾向をすてさるなら、すべての活動は順調にすすむであろう。生産運動ももちろんそうである。

 わが辺区での生産は、農民大衆、機関、学校、軍隊、工場のいずれの面をとわず、大きな成果をあげ、軍隊と人民の関係においても、大きな進歩をとげており、辺区の面目は以前とは大いにちがってきた。これらすべてのことは、われわれの同志の大衆観点がつよまり、大衆との結びつきが大きく前進したあらわれである。しかし、われわれは自己満足すべきではなく、今後ひきつづき自己批判をし、ひきつづき進歩をはからなければならない。われわれの生産もひきつづき進歩をはからなければならない。われわれの顔にほこりがついていれば、毎日顔を洗わなければならないし、ゆかにほこりがあれば、毎日掃除しなければならない。われわれの地方活動における官僚主義の傾向、軍隊活動における軍閥主義の傾向は、すでに基本的に克服されたとはいえ、こうした悪い傾向はふたたびうまれてくる。われわれは、日本帝国主義と中国の反動勢力にいくえにも包囲され、散漫な小ブルジョア階級に包囲されているので、ひどくよごれた官僚主義のほこりと軍閥主義のほこりが毎日われわれの顔にたくさんふりかかってくる。したがって、われわれは、けっして成果があがるとすぐに自己満足するようなことがあってはならない。清潔をたもち、ほこりをとりさるために、毎日顔を洗い、毎日掃除しなければならないのとおなじように、自己満足をおさえ、つねに自分の欠点を批判すべきである。

 労働英雄、生産模範の諸君。諸君は人民の指導者であり、諸君の活動は非常に成果をあげているが、わたしは諸君も自己満足しないよう希望する。わたしは、諸君が関中、隴東、三辺、綏徳にかえり、延属②の各県にかえり、機関、学校、部隊、工場にかえってから、人民を指導し、大衆を指導して、いっそうりっぱに活動し、なによりもまず、自由意志の原則にもとづいて、大衆をより多く、よりよく協同組合に組織するよう希望する。諸君がかえってから、これを実行し、これを宣伝して、来年ふたたび労働英雄大会がひらかれるころには、われわれがもっと大きな成果をあげられるよう希望する。



〔 ##注## 〕

〔1〕 『孟子』巻三「公孫丑上」から引用。

〔2〕 本巻の『根拠地での小作料引き下げ運動、生産運動および擁政愛民運動をくりひろげよう』をいう。

〔3〕 レーニンの『協同組合について』にみられる。

〔4〕 「変工隊」「扎工隊」はいずれも陝西・甘粛・寧夏辺区の農業生産における集団的相互援助の労働組織である。「変工」とは労働力を交換することであり、農民相互のあいだで労働力を調整する方法である。そのなかには、労働力と労働力との交換、畜力と畜力との交換、労働力と畜力との交換などがある。変工隊に参加する農民は、それぞれ自分の労働力または畜力をもって、順番に、集団的に、その隊員の土地を耕作してまわり、決算のときには、一労働日は一労働日で相殺され、人力または畜力を多くだしたものには、すくなくだした人から手間賃が支払われる。「扎工隊」は一般に土地の不足している農民によって組織され、扎工隊に参加している農民は、おたがいに労働力を交換して助けあうほか、おもには労働力を必要としている家に集団的にやとわれていく。

〔5〕 本選集第一巻の『われわれの経済政策』注〔2〕にみられる。

〔 ##訳注## 〕

① 華畝の原語は畝で、耕地面積を計算する中国の単位である。十五華畝が一ヘクタールにあたり、また、一華畝は日本の六・七一畝にあたる。

② 関中、隴東、三辺、綏徳、延属は、欧西・甘粛・寧夏辺区における五つの分区である。


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