統一戦線における独立自主の問題 (一九三八年十一月五日)
これは、毛沢東同志が、党の第六期中央委員会第六回総会でのべた結論の一部である。統一戦線における独立自主の問題は、当時毛沢東同志と陳紹禹とのあいだにあった抗日統一戦線問題についての意見の相違のうちでもきわたった問題の一つである。これは本質的には、統一戦線におけるプロレタリア階級の指導権の問題である。このような意見の相違について、毛沢東同志は一九四七年十二月の報告(『当面の情勢とわれわれの任務』)のなかで、つぎのような簡単な総括をおこなった。「抗日戦争の時期には、わが党は、こうした投降主義思想(これは第一次国内革命戦争の時期における陳独秀の投降主義思想をさす――編者)に似かよった思想、すなわち国民党の反人民政策に譲歩し、人民大衆を信頼する以上に国民党を信頼し、おもいきって大衆闘争をおこす勇気がなく、日本占領地区で解放区を拡大し、人民の軍隊を拡大する勇気がなく、抗日戦争の指導権を国民党に進呈する、といった思想に反対した。わが党は、マルクス・レーニン主義の原則にそむいたこのような軟弱無能な腐敗した思想にたいして、断固たる闘争をおこない、『進歩勢力を発展させ、中間勢力を獲得し、頑迷勢力を孤立させる』という政治路線を断固として実行し、解放区と人民解放軍を断固として拡大した。これによって、わが党は日本帝国主義の侵略の時期に、日本帝国主義にうち勝てることが保障されたばかりでなく、日本の降伏後、蒋介石が反革命戦争をおこなった時期にも、人民革命戦争によって蒋介石の反革命戦争に反対する道に、順調に損害をうけることなく転ずることができ、短期間のうちに偉大な勝利をおさめることが保障されたのである。これらの歴史の教訓を、全党の同志はしっかりと心にとめておかなければならない。」
援助と譲歩は消極的でなく、積極的でなければならない
長期の協力のために、統一戦線内の各政党が相互援助、相互譲歩を実行することは必要であるが、それは消極的でなく、積極的でなければならない。われわれは、わが党、わが軍を強化し拡大しなければならないし、同時に友党、友軍の強化と拡大にも賛助しなければならない。人民は、自分たちの政治的経済的要求をみたすよう政府にもとめるのと同時に、抗日に有利なあらゆる可能な援助を政府にあたえるのである。労働者は工場主に待遇改善を要求するのと同時に、抗日に有利になるよう積極的に働くのである。団結して外敵にあたるために、地主は小作料、利子を引き下げなければならないし、同時に農民も小作料、利子を支払わなければならない。これらが相互援助の原則と方針であり、消極的な一面的な方針ではなくて積極的な方針である。相互譲歩もまたそのとおりである。おたがいに足場のくずしあいをせず、おたがいに相手の党、政府、軍隊内に秘密細胞をつくらないことである。われわれの側からすると、国民党を安心させて、抗日に有利にするため、国民党およびその政府と軍隊のなかに秘密細胞をつくらないことである。「やらないことがあって、はじめてやろうとすることができる」〔1〕とは、まさにこのようなことをいう。赤軍の編成がえ、赤色地域の制度がえ、暴動政策の廃止がなければ、全国的な抗日戦争は実現できない。前者を譲歩することによって後者を得たのであり、消極的な段どりで積極的な目的をたっしたのである。「よりよく躍進するために後退する」〔2〕ことが、まさにレーニン主義である。譲歩を純然たる消極的なものとみなすことは、マルクス・レーニン主義にゆるされるものではない。純然たる消極的譲歩もあったが、それは階級も革命も全部譲りわたしてしまった第二インターナショナルの労資協調論〔3〕である。中国では、さきの陳独秀、のちの張国燾が投降主義者であった。われわれは投降主義にたいしておおいに反対すべきである。われわれの譲歩、後退、防御あるいは休止は、同盟者にたいしてであろうと、敵にたいしてであろうと、すべて革命政策全体の一部分とみなし、全般的な革命路線と結びつけて、その不可欠の一環とみなし、曲線運動の一断片とみなすのである。一口にいって積極的なものである。
民族闘争と階級闘争の一致性
長期にわたる協力によって長期の戦争をささえること、すなわち階級闘争をこんにちの抗日の民族闘争に従わせること、これが統一戦線の根本原則である。この原則のもとで、政党と階級の独立性をたもち、統一戦線における独立自主をたもつこと、協力と統一のために政党と階級の必要な権利を犠牲にするのではなくて、反対に、政党と階級の一定限度の権利をかたくまもること、こうしてはじめて脇刀にとって有利となり、協力というものもなりたつのである。そうでなければ、協力は混合になってしまい、必然的に統一戦線を犠牲にしてしまう。民族闘争においては、階級闘争は民族闘争の形態をとってあるわれるのであり、こうした形態が両者の一致性をしめしている。一方では、階級の政治的経済的要求は、一定の歴史の時期において協力をこわさないことを条件とし、他方では、階級闘争のあらゆる要求はみな、民族闘争の必要(抗日のため)をその出発点としなければならない。このようにして、統一戦線における統一性と独立性、民族闘争と階級闘争は一致してくるのである。
「すべては統一戦線を通じて」というのはまちがいである
国民党は政権をにぎっている党であるが、いまなお統一戦線の組織形態の存在をゆるしていない。敵の後方では、「すべては……を通じて」などできるものでなく、国民党がすでにゆるしたもの(たとえば「抗戦建国綱領」)にもとづいて、独立自主でやる以外にない。あるいは、国民党がゆるすだろうと予想したものは、さきに処置してあとで報告するのである。たとえば行政専員の設置、山東への部隊の派遣などといったことは、さきに「通じ」るとすればやれなくなる。フランス共産党はかつてこのスローガンをかかげたことがあったというが、それはおそらく、フランスには各党の合同委員会があるのに、社会党側が共同でさだめた綱領のとおりに実行しようとせず、依然としてかれらなりにやっているので、共産党としては社会党を制約するためにこのスローガンをかかげる必要があったからで、なにも自分をしばるためにこのスローガンをかかげたのではない。中国のばあいは、国民党が各政党の平等の権利を剥奪しており、各党を国民党一党の命令に従わせようとしている。われわれが、このスローガンをかかげることが、もし国民党にたいし、「すべて」はわれわれの同意を「通じ」なければなるないと要求するものであるとすれば、それはできない相談だし、こっけいなことである。またそれが、われわれのやろうとする「すべて」について、事前に国民党の同意をえようというのであるならば、国民党が同意しなかったばあいはどうするのか。国民党の方針はわれわれの発展を制限するものであり、われわれがこのスローガンをかかげることは、ただ自分で自分の手足をしばることになるだけで、けっしてそうすべきではない。いまのところ、さきに国民党の同意をえなければならないこと、つまりさきに報告してあとで処置することもあり、たとえば三つの師団を三つの軍に拡大編成することがそれである。既成事実をつくったうえで、それを国民党に知らせること、つまりさきに処置してあとで報告することもあり、たとえば二十余万の軍隊を拡充したことがそれである。国民党がいまは同意しないだろうと予想されるものは、しばらくのあいだ、処置しても報告しないでおくこともあり、たとえば辺区議会の招集などがそれである。しばらくのあいだ、処置も報告もしないでおくこともあり、たとえば実行したなら大局のさまたげになることがらがそれである。要するに、われわれはけっして統一戦線をやぶってはならないが、また自分で自分の手足をしばることもけっしてしてはならない。したがって「すべては統一戦線を通じて」のスローガンをかかげるべきではない。「すべては統一戦線に従う」ということばを、もし蒋介石や閻錫山に「すべて従う」と解釈するなら、それもあやまりである。われわれの方針は、統一戦線における独立自主であって、統一もしているし、独立もしているのである。
〔注〕
〔1〕 このことばは『孟子』にみられる。原文は「人為さざることありて、而る後に以て為すあるべし」となっている。
〔2〕 レーニンの『哲学ノート』――『へーゲルの著書「哲学史講義」の摘要』から引用。
〔3〕 労資協調論とは第二インターナショナルの反動理論で、資本主義国におけるプロレタリア階級とブルジョア階級との協調を主張し、革命的手段によるブルジョア階級の支配の転覆とプロレタリア独裁の樹立に反対するものであった。




