Ⅳ:冤罪による断罪 2
「ぐっ。……い、いや、お父様付きの執事がずっと側に居るとは限らないっ」
リチェ王女のその言葉にアビエイスが溜め息を吐き出す。よりによって国王付きの執事の存在を無かったことにする方向で来たか、と。溜め息さえ聞こえてくるほどだ。
毎回この千里眼のスキルで使って見ていると、教会内で見ているはずなのに、自分もその場に居るような臨場感を味わう。良いとは思わないが擬似体験と言えば擬似体験か。面白いとは思わないが。
正確に言えば、千里眼のスキルを使っていると、その場を上から見下ろしているような感覚ではある。
言うなれば、鳥が上空から全体を捉えているようなもの。だが、鳥は全体を捉えているのに対し、千里眼のスキルはその気になれば拡大も縮小も出来る。
鳥が更に上空へ上がった視点が縮小。高度を落として近づいたのが拡大ではあるが、鳥であればその視界に入る範囲だけしか見えないが、千里眼のスキルは拡大しても縮小しても全体が見えることに変わりない。
つまり、今回の場合は、王城内のホール一つ分を上から見ているが、アビエイスに近寄っても、ホールの隅々まで見える範囲は変わらない。リチェ王女に近寄っても同じこと。鳥であれば、見える範囲が制限されるだろうが、千里眼のスキルはそれが無い。
だからといって千里眼のスキルを持って生まれたことを良かったと思ったことは無い。
全てが見えるから面白そう、という感覚の持ち主であればこのスキルを楽しめたのだろうか。
残念ながら私は全く面白みを感じてない。
今も緊張感溢れる場だろう、王城のホール内。
そのはずなのに、雰囲気ぶち壊しでアビエイスの友人なのかリチェ王女の友人なのか知らないが、シャツのボタンが弾け飛びそうな勢いの体型の男性が、周囲の視線もシャツのボタンもモノともせずにホールの隅にある軽食コーナーで、せっせと食べ物を消費している。年齢は多分リチェ王女やアビエイスと同じくらい、つまり私とも同じくらいの年齢の若い男だ。その姿は、他の誰も気づいてないだろうが、千里眼のスキルでは丸見え。
千里眼のスキルでは、こういった本来なら見えない部分ですら見えてしまうので、面白いと思ったことは全く無い。
それにしても、よく食べるなぁ。
きちんとディッシュに盛っているが、その盛り付けが美しいし、物凄い勢いで食べているのに、食べる所作は美しさを損なっていない。……え。
バチッ
そんな音が聞こえそうな勢いで、その男がこちらを見た。
間違いじゃない。
完全にこちらを見た。
たった一瞬だが。
男は不思議そうな顔をして周囲を見回す。私という人間を探しているかのように。いや、違う。
男は、自分以外の誰も、私が見ていることに気づいてないことを不思議に思っているようだ。
ブツブツとそんな声が聞こえてくる。
千里眼のスキルはその場の状況を確認出来る。
見るだけでなく声も聞こえる。
分からないのは匂いだ。
「誰かに見られている。上から誰かが見ている。でも誰も気づいていない。気づいたのは僕だけ。もしかしてスキルか? そういえば、千里眼のスキルを持つ人が居ると噂になったことがあるな。噂だと思っていたけれど、本当ならそのスキルの人が見ている?」
勘の良い男のようだ。
それとも賢いということか。
男の独り言は全て正解。
「まぁ僕を見ているというより、この茶番劇を見ているのだろうけど」
コレを茶番劇、と言い切ってしまう辺り、本当に賢い男か、それとも裏事情を知っているのか。
「王女殿下、男爵子息ごときに嫁入りなんかしたくないって学院で取り巻き相手にいつも文句を言ってたもんなぁ。どうせ証拠も無い冤罪着せての婚約破棄だろうし、ボルグ男爵子息も願ったり叶ったりだろうし、婚約破棄は素直に受け入れそうだよね。まぁ冤罪は否定しなくちゃだろうけど」
男の独り言に、どうやら学院での繋がりがあるらしいと気づく。ボルグ男爵子息というのは私の生家であり、弟・アビエイスの家名だ。戸籍すらボルグ男爵家から抜けているけれど。だからこそ、アビエイスが嫡子として王城に届け出を出されているのだから。
私という存在は戸籍上ですら、家から消えている。現在の私の戸籍は平民だ。捨てられた証が第三者から見ても明確。
リチェ王女、それが証拠というものだ。
聞こえないのは分かっているけれど。
それにしてもこの男の独り言から察するに、リチェ王女とアビエイスとの関係性が悪かったことは有名のようだ。だから、茶番劇と言い切れてしまう、と言ったところか。それほどに有名であったのなら、国王ももっと早くからリチェ王女を何とかしておけば良かったのに、とは思うが、まぁ愛妾の子だから可愛がっていたらしいし、甘やかしてばかりだったらしいから、そのツケを払っている、というわけだ。
甘やかして色々と足りない王女だから政略の駒として他国との縁談も調わない。調えられない。
国王もようやくそこに気づいてリチェ王女を叱りつけたけれど、国王の言葉を聞き入れない。結果がアビエイスとの婚約だというのに、それすら冤罪を被せてまで婚約破棄する。まぁ国王もいい加減に見限るわけだ。遅過ぎだが。
そして、事態はさらに転がる。
「リチェ王女殿下、さすがに陛下付きの執事の存在を無かったことにするのは、殿下と言えども不敬にあたるのでは」
リチェ王女の取り巻きらしき令嬢三人が、さすがに顔面蒼白でリチェ王女が、国王付き執事の存在を否定していることを窘めている。この取り巻きらしき令嬢たちはいつもリチェ王女と一緒に居て、アビエイスとの婚約に不満を漏らすリチェ王女を中途半端に宥めていたメンバーだ。
殆ど興味が無かったから、リチェ王女と三人の令嬢がどんな関係なのかサラッと千里眼で垣間見ただけで関係性を把握しているつもりだったのだが。
もしかしたら、身分差などを考慮しつつ出来る精一杯でリチェ王女を止めていた、のかもしれない。
兎に角窘められているのだから、リチェ王女はそれを受け入れておくべきなのに。
「大丈夫じゃっ。お父様は妾の言うことはなんでも聞いてくれるお優しい方だからっ!」
あーあ。暗黙の了解とはいえ、こんな公の場で、しかも王城で、国王がリチェ王女を甘やかしていることをリチェ王女が公言した。これは、国王、自分の立場が揺らぐ可能性も出て来たな。さて、どんな決着をつけるのかな。
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