Ⅲ:つまり傀儡
「どうやらアルフォンスが見た通りのようだ」
三日経って神官長がやって来た。
いや、そうだけど。何を今さら。
千里眼ってそういうものだけど。
未来視じゃない。夢でもない。過去ですらない。
ただ実際に起きている出来事が、見えるだけ。
自分の願望でもない。他人の願望でもない。実際に起きている出来事。
人の心の中が見えるわけでもない。
只管に現在の出来事が見えるだけだ。
分かっているはずなのに何を言っているのか。
私の声に出さない言葉が聞こえてきたように、神官長が苦々しそうな顔を浮かべる。そんな顔をされても何とも思わないのだが。
「リチェ王女殿下は、アルフォンスの弟に冤罪を着せて断罪する。捏造の証拠もある。リチェ王女殿下の侍女や護衛たちが報告をあげた」
気を取り直したのか、神官長が話を始める。まぁその辺りのことも知っていることなので、ふーん、としか思えない。
「陛下は実際にそれを今度の夜会で行ったら、リチェ王女殿下を見限ることにした」
その辺りのことは見る気がなかったので知らなかったから、驚く。
「知らなかったか」
「見えなかったので」
神官長に知らなかったのか、と探りを入れられたから、見る気がなかった、ではなく、見えなかった、と伝える。千里眼がなんでもかんでも見えるわけじゃない、ということを改めて神官長は知ったらしい。
そうか、と頷く。
「だいぶ見えないことが多くなって来たな」
「そうかもしれませんね」
思惑通りなので問題ない。
「特殊なスキルは場合によっては年齢を重ねるごとに退化する、らしい。別のスキルだが、研究資料が残されていた」
「そうですか」
なんの特殊なスキルなのかは尋ねない。他にどんな特殊スキルがあるのか、全く興味が無いから。情報として入ることはあっても積極的に知りたいとは思わなかった。
「アルフォンスの千里眼はいつまで見えるか」
「さぁ。知りませんね」
「お前は他人事だな」
「ええ、自分のことを含めて無関心ですね」
神官長以外と関わらない。
国王に会ったのは千里眼のスキルが判明した時くらいだ。
親? 弟? こちらが勝手に見ているだけの相手で関わったことは無い。
神官長との間に擬似の親子関係の情があるわけでもないし、上司と部下という仕事上の関係の情があるわけでもない。当然、友情も恋情も無いし、抑々お互いに信頼感情も無い。
人間関係が希薄どころかゼロに近い私が、血縁上は家族たちに家族の情など芽生えるはずもない。自己愛すら芽生えてない。自己愛が芽生えているのなら自死を選ぼうなんてしない。だから他人事だな、と言われてもそうですね、と頷くのみ。
「自分のスキルがどこまで持つのか、私はどうでもいいですし、弟や両親がどうなろうと私には関係ないですからね」
「お前、自分の弟のことだぞ」
「弟として会ったことも無いですし、交流も無い。お互いに存在している事実を知っているだけの相手に何を思え、と」
神官長はさすがに弟が冤罪を被せられることにも淡々としている私に、呆れたような顔をしたが、私の返しに黙り込む。
国と教会が監視という監禁生活を強いてきた結果が情を育むことの無い傀儡を産んだのだと気づいたらしい。
「情が湧かないのか」
「何も。それは神官長と国王陛下が望んだことでしょう。良かったですね。監視という名の監禁生活を強いた人間がどうなるのか。結果は、情が湧かない傀儡としての出来上がり」
痛烈な皮肉だと思ったのか、神官長の頬が痙攣している。
「人形などと、何を言っている」
声が震えているのは怒りを隠すためなのか、別の理由なのか。そこを突っ込むつもりはない。だが、訂正はしておかなくてはならない。
「誰も人に似せた形などと申してないですよ。人形のにんぎょう、ではなく。傀儡、つまり操り玩具のにんぎょう、だと申し上げています。国王陛下を含めた国の中枢と神官長を含めた教会の傀儡という意味のにんぎょう。そうでしょう?」
別に痛烈な皮肉だと受け取るのならそれはそれで構わない。
だが、私が言っていることは事実のみ。
神官長以外と関わらない私に情が育まれなかった結果、千里眼という玩具を持った生きた傀儡が誕生したのだから。
正確に言えば、私は国王にも神官長にも操られていない。意思のない傀儡では無い。そんなものになりたくないし、なる気もない。
だからこそ、千里眼のスキルをコントロールして、見える物を制限しているのだから。本当に操られている傀儡だったら自分の意思も無く見えた物を全て報告している。
けれど、監禁生活で出来上がったのが傀儡だと思わせておかねば、千里眼のスキルをコントロールしていることがバレてしまうかもしれない。そんなことになれば、監禁生活どころか意思を失くし千里眼を使うだけの道具に成り下がる可能性もある。
千里眼という特殊なスキルが存在する。
隣国では魅了という特殊なスキルを持つ人間が存在する。
それなら意思を破壊するような特殊なスキルを持った人間が存在してもおかしくない。
私は。
楽になりたい。
だったら意思が無い方が楽かもしれない。
けれどそれは、アルフォンスという名を持つ私という人間では無い。
私は、人間として楽になりたい。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




