Ⅷ:感覚で分かっていたこと 1
「どうだ、外に出た気分は」
ネイティアン様に声をかけられ、そちらを見た瞬間身体がクラリと傾いた。
「おいっ。運べっ」
ネイティアン様なのか、別の誰かなのか、誰かの手が私の身体に触れる。同時に、ブツリと闇へ意識が飛んでいった。
次に私が意識を取り戻したときには、身体が何かに沈んでいるような、いや、浮いているような不思議な感覚に全身が浸されていた。
「ここが天国か?」
自分の声がいやに掠れている。
「天国は死んだときに行け」
その声にそちらを見れば、ネイティアン様が座っていた。胸を張る? 逸らす? そんな姿で。ああ、千里眼のスキルで見たことがある。偉い人がよく取る姿勢だな、とぼんやり思いながら、尋ねる。
「死んで、ないんですか?」
「そうだな。私は死人の顔を見たことがある。葬儀という場面でな。葬儀は分かるか」
それは分からない、と首を振る。
「死者を天国か地獄へ送り出す儀式だ」
「地獄は悪いことをした人が行くところじゃないんですか。神官長が神官たちにそう説いてましたが」
葬儀というものの説明をしてくれたネイティアン様に、地獄について尋ねる。私は、死んだ後はどちらに行くのだろう、と思いながら。
「教会の考えはそうだが、完全に善人も完全に悪人もいない、と私は思うからな。知らん。例えば、友人に嘘をついた奴が居るとしよう。そいつは悪人かもしれんが、その嘘が友人を守るための嘘だったら、どうだと思う」
「友人を守る嘘?」
「友人が病だとする。自分の余命を知りたい、と言った。余命は知っているが、それを知った友人は生きることを止めてしまうかもしれない。だから、余命は知らないと嘘をついた。悪人か?」
ネイティアン様が具体的に話してくれて、ようやく理解する。でも、分からない。
「分かりません。友人が知りたいというなら教えるものでは無いんですか。生きることを止めるのは友人の自由ではないのですか。余命を知らないと言うのは、友人に嘘をついてもいいと思っているのでしょうか。それはなぜですか」
次々と疑問が浮かんで尋ねていく。
「お前は……人と関わらなさ過ぎたな。質問が子どものようで、そして、真っ直ぐであるからこそ、残酷でもある」
ネイティアン様がなんだか泣きそうな顔で私を見ている。
「なぜ、泣きそうなんですか」
「私が、か」
「はい」
ネイティアン様が泣きそうなのも分からない。ネイティアン様に尋ねると、驚いた顔をしてから、口角を上げた。
「お前が何も知らないから、だな。無知というのは、時に残酷なものだ」
「残酷とは」
言葉の意味が分からず尋ねる。
「とても、酷いということだ」
「私は酷い人間ですか」
「物を知らないからな。人の優しさや厳しさ、怒りや悲しみ、楽しみなどが分からなそうだ。そして、お前自身の感情も。お前は自分の境遇を嘆き悲しむことも無ければ、怒り狂うことも無かった。だから幸せだと思うことも分からないだろうし、苦しいことも分からない。死にたいと思ったのが唯一の感情。それは諦めという感情から来ているものだ。お前には諦めという感情しかない。それは、つまらなくないか」
せめて死に場所を選びたい、それは私がやりたいことだと思う。死にたいと思うのも、私の感情。でもそれは諦めという感情から思っているだけだ、とネイティアン様が言う。その感情しかないことがつまらないのではないか、と尋ねられたけれど。
「分かりません」
つまらない、ということすら、分からない。
私は、つまらないのだろうか。
生きていて楽しいとか、嬉しいとか、怒りとか、悲しみとか、多分、小さな頃は持っていたかもしれない感情、だと思う。今は……無い、かもしれない。
「どうせ、その身体では死に場所を選ぶことも出来んからな。その間に考えてみろ。動けるようになるまでな」
ネイティアン様が考えろ、と言う。
「このまま死ぬんじゃないんですか」
動けるようになるまで、なんて、別にもう、死んでもいいのに。
「お前、自分で死に場所を選びたい、と望んだだろうが。選ばずに死ぬのか」
ネイティアン様が呆れたように言う。
確かに選んでない。
「ちなみに、ここはどこですか。私は何の上に身体を横たえていますか」
なので、この場所のことを知りたい、と尋ねた。
「ようやくその疑問か」
ネイティアン様がボソリと呟いてから、ここは公爵家所有の別邸だと教えてくれる。ここで私は死に場所を選ぶまで生活するらしい。あと、私の全身が横たわっているのは、ベッドだという。
「こんなに全身が沈んでしまいそうで、浮かんでしまいそうなのに、ベッド?」
私がいつも寝ていたベッドは、一体なんだったのだろうと思っていたら、ネイティアン様が「だから扱いが酷い、と言っただろう」と呆れたように言う。なるほど、ベッドも酷い扱いだったのか。
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